3.27.2009 .doc
3.27.2009 .doc








俺のデジコアは動いてるのだろうか。
動いてるなら、それは停止してもなんら問題ないことを自覚しているのだろうか。

RYUTO-FMを辞めてもう何年経つのだろう。
あれ程あった金は底をつき、会議の度に満面の笑みで握手を求めてきたオヤジ共とも会うことはなくなった。
電球に群がるかのように集まってきていたオンナたちはいつからか肥溜めを見るかのような眼で俺を睨むようになった。
クレジットの請求書も、国民年金の滞納通知も、何通届いているのか分からない。
ケータイはもう随分触っていない気がする。最後のメールが届いたのは何ヶ月前だったか。
入っていたアドレスは全部削除した。
削除したのは確か、片思いしていた女性にメールを送り、何故かメーラーだえもんさんから返信が来た時だ。
あの心優しい人がうっかりアドレス変更を忘れていただけだ、と信じていたのも、今では遠い昔のような気がする。



「俺のターン!三体のモンスターを生け贄に捧げオベリスク召喚!!」

暗い部屋でテレビの明かりを頼りに飯を食う。
今日は久しぶりに缶詰を食うことができた。
未だに仕送りを送ってくれる家族には感謝している。
だが仕事も見つからず、ハローワークに通い、面接を何度受けても落ちる俺のことを、家族はどう思っているのだろうか。
食って、飲んで、出して、寝て、それを繰り返す、消費するだけの俺は生きている価値があるのだろうか。

「更にアウスに団結の力を装備!俺の嫁は最強だァー!!」

画面の向こうではあの男がコスプレをしてカードをやっている。
かつてFIFαとかいう大会をやってたヤツは、いつの間に別のカードゲームに魂を売ったんだ?
ヤツと話さなくなって一年近く経つが、どちらにせよ、あのキモい、薄っぺらな男を眼前で見るのはもうご免だ。

「俺のターン、ドロー!『封印されしエクゾディア』!」
「なん…だと…!?」
「これが結束の力だ!」

ザマぁ見ろ。負けやがった。
無様な姿を晒すくらいならメディアに出るんじゃねぇよ、ガキが。





「よう、久しぶりじゃねぇか!」

ヤマトと久しぶりに会ったのは、日雇いバイトの仕事場に向かう途中だった。
ヤマトは古風なオープンカーに乗り、隣によく知っている美人を乗せていた。

「今度結婚するんだよ、俺たち」
「結婚式の招待状、必ず送るからね!」

幸せそうだなチクショー。
しかも宇宙飛行士かよ、アラ探したって見つかんねーよ。

「またラジオやる時があったら呼んでくれよな、ガブモンも一緒に!」
「じゃあね〜!」

ラジオは辞めたんだよ、とは言えなかった。
やってらんねぇ。超ジェラス。





「オラぁさっさとステージ組みやがれ!この社会のゴミ共!蹴り殺すぞ!!」

今日の仕事はライブのスタッフだ。
スタッフっつってもその扱いは奴隷同然だ。
命令すんじゃねぇよクソ社員。
社会の底辺一歩手前のくせに、俺より上に立ってるつもりかボケが。





日雇いのバイトはステージ設営からライブ中の警備員まで、全てを担当する。
今日は本番中、ステージ前の一番騒がしい場所に配置させられた。
アホみたいに詰め寄ってくるファンたちを、何が人気なのかさっぱり分からねぇアーティストのために押しとどめなきゃならない。

「イエー、盛り上がってるかい!!」
「「「キャー!!」」」
「じゃあココらで新メンバーを紹介するぜ!!」
「「「キャー!!」」」
「このライブが本邦初公開だぜ!しかも初の女性メンバーだ!!」
「「「キャー!!」」」
「今アンダーグラウンドで最もヤバいフィメールDJ、その名もDJ琉杜!!」
「みなさーん!私がDJ琉杜です!」
「「「キャー!!」」」
「俺たちこれから15人でやっていくぜ!これからもよろしくな!!」
「「「キャー!!」」」

耳を疑った。
彼女は俺が構成作家をやっていた番組でデビューしたDJだ。
思わずステージの方を振り返った。
水色の髪、DJブースに居る女性は見間違えるはずもない。
しかし今の彼女の、自信に満ちた顔はなんだ。

「それじゃあそろそろ新曲、行きます!」
「「「キャー!!」」」

足下で警備員の姿をした俺の姿になど気づきもせず、彼女はレコードを回しはじめた。





帰り道、珍しく屋台に入った。
なけなしの日給を帰り際に使うなんて普段はしないのだが、何故かその屋台からの美味そうな匂いに惹かれてしまったのだ。
あぁ、ラーメンが食いたい。
そうさ、今日は頑張ったじゃないか、一日くらい食うためだけに使ったってバチは当たらない。

暖簾を上げると、そこには知ってる顔があった。

「へいらっしゃー…お、なんだ、お前かよ」
「うるせぇよ大輔、久しぶりだな」
「何だぁ?お前昔はあんな丁寧な口調だったのに…」
「うるせぇよ。おい、醤油ラーメンと中生ひとつ」
「ハイハイ…おいブイモン、生ビール出してやってくれ」
「ハイよー、ダイスケ」

久しぶりに食ったラーメンは美味かった。
ラーメンを久しぶりに食ったからか?それとも大輔の作ったラーメンだからか?

「美味い」
「おぉ、マジかよ。嬉しいね」
「頑張ってるんだな、お前は」
「いや、お前には負けるよ。で、どうなんだ最近?ラジオの仕事は」
「仕事は、辞めたよ」
「え、マジでか」
「あの番組が終わってから、ぱったりと仕事が途絶えちまった。飼い殺されるのも嫌だからこっちから辞めてやったよ」
「そうかー、大変なんだなぁ、お前も」
「正直もう、あの生活には戻れないだろうよ。お前はいいよな、夢が追えて。俺はもう堕ちた。生きてる意味があんのかね、俺は」

俺は喋りながら、大輔と昼に見たあの夫婦(予定)、そして元知り合いの女性を重ねていた。
うーん、という声が聞こえたので目線を上げると、そこには難しそうな顔をした大輔がいた。

「そんな難しいこと考えなくてもいいんじゃねぇか?」

俺は黙り込んだ。
難しいこと?
どこが?

「いや、俺さ、アメリカ行ってラーメン修行してたじゃん?」
「あぁ」
「実はあっちでちょっと騙されちゃってよ。知名度も上がって、上手く行ってたところで、騙されちまって。結局あっちで続けることが出来なくなって、またこっちで地道に資金集めしてんだよ」
「ダイスケがうっかりし過ぎなんだよ〜、あんな大金騙し取られるなんて…」
「うるせぇ」

そうしてまた、ブイモンとの掛け合いが始まった。
彼らはどうしてこんなに能天気にいられるのだろう。
アメリカで彼らは失敗した。
今の生活はそれなりに苦しいに違いない。
彼らは大金を騙し取られた時、何も感じなかったのだろうか。
それともそこからまた這い上がって、昔のような元気印を取り戻しているのだろうか。

「う〜ん、まぁ人生色々だよ。確かに俺は夢追ってるけど、辛いのは変わりないし、何度止めようと思ったか分かんねぇし。考えるだけ時間の無駄だよ」
「そんなもんかね」
「とりあえずまぁ、お前らしく生きていけばいいじゃねぇか。ラジオの時のお前が幸せだったかは知らねぇけど、無理してやっててもいいことねぇよ」

それからは大輔とブイモンと他愛無い会話をして、100円負けてもらって支払いをし、帰った。
ラーメンは完食した。

大輔と俺は違うのだろうか。
それともこんな風に考えることを止めれば、大輔みたいになれるのだろうか。
ラジオをやっていた頃が幸せだったなんて考えてもいなかったが、少なくとも今みたいに周りを貶し、むしゃくしゃした気分で毎日を過ごしてはいなかった。




自宅に帰ると、一通の封筒が届いていた。
クレジットの請求書ではなかった。
開いてみるとそこには、「一次選考通過のお知らせ」とあった。



久しぶりにラジオを聴く。
またしてもあの男が出ていた。
他局の番組だったが、楽しそうに話しているその声を聴いていると、文句を言う気にもなれなかった。

「さぁ、今日でデジモンウェブ掲示板が閉鎖されてしまいますが〜…」
「そうですね〜、俺が最初に掲示板に書きこんだのは…」

どうやらあの掲示板が閉鎖されるらしい。
だがヤツは相変わらずラジオで生き生きと喋っている。



何かが湧き上がってきた。
ここには誰も居ない。
ラジオしかない。
だが、何かを吐き出さなきゃいけなかった。
喉に詰まった何かを。



「私は知ってるぞ、お前が本当はコンプレックスの塊で、小説も最近まで全然書けてなくて。自分が周りの世界に置いていかれてるような感覚で、それを必死に隠しながら、そうやって活動し続けていることを」
「それがお前の生き方ならいつまでもそうしていればいい。私はまた這い上がってやる。そこがラジオなのか、小説なのかは分からないけど。また生きてやる。生き続けてやる」



また自分のデジコアが動き始めた気がした。








黒ギル「…っていう話とかどうですか?」
琉杜「無職なんですか?」



終わり。


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