彼が車内で写真の話をしてから、彼女が降りるまで
彼が車内で写真の話をしてから、彼女が降りるまで








※この小説内には、アニメや映画と同じキャラクターが登場しますが、オリジナルのアニメ・映画の世界観とは別のものです。
パラレルワールドの物語としてご覧下さい。
アニメ・映画のイメージを崩したくない方はご覧にならない方が良いかもしれません。















電車から見える外の景色は、大雨だった。
この車両には今、私と後輩の太一くんの他、数名の乗客しかいない。
残業のせいで帰るのが普段より遅かったせいか、人口密度の低い車内は、私にとってはかえって居心地が悪い。
私たちは仕事を終え、帰宅の途に就いていた。

太一くんとは偶然にも家が近く、降りる駅も同じ。
そのため私たちは、基本的に帰る時は同じ電車に乗り、談笑するのが日課となっていた。
太一くんは今春から入社してきた新卒の社員四人の中でも一番の営業成績を出していたし、誰とでも分け隔てなく付き合えるので、社内での女子人気もなかなかのものだった。
まぁ、そのせいで、社内恋愛いくない!だの、友梨が後輩を食っただの、私は陰口を叩かれたりもしたのだけれど…もちろん、そっちの意味で好きという訳ではない。
しかしそんな彼でも今日の残業は結構堪えたようで、いつもの元気はなく、ぐったりとしていた。
こんな時に心労はかけたくないし、こちらからも無理に話しかけない。
元々私がそんなにコミュニケーション能力がないのもあるけど…とにかく、そういうルールだ。





早川先輩。





突然名前を呼ばれたので、ちょっとドキっとした。





俺の話、聞いてもらえます?





「話?もちろんいいけど…」





いや、何ていうか、ちょっとアレな話なもんで…。





思わず首をかしげた。
アレな話、と言われてもピンと来ない。
太一くんはかまわず続ける。





デジモン、って、知ってます?





アレな話、とは要するに、突飛な話、という意味なのだろう。
実際、ものすごく突飛な話ではあった。
掻い摘んで紹介すると、太一くんは小学生のころ、デジモンの住む世界であるデジタルワールドに行ったことがあって。
そこでパートナーであるアグモンっていうデジモンと、同じようにデジタルワールドに行った子供たち、そしてそれぞれのパートナーのデジモンたちと冒険して、悪いデジモンたちと戦った、というもの。
正直なところ、あまりにも突飛すぎて、冗談を言っているのかとも思ったけれど、太一くんはとても真面目な表情で。
彼の話を真っ向から否定する気にもなれず、黙って聞いていた。
太一くんも太一くんで、私が話を聞くつもりであることを察知すると、少し表情は和らいだようだった。
それでも、その顔には疲れが溜まっていることが読み取れた。
話半分に聞いて下さい、と前置きして、太一くんはまた話し始めた。





俺たちは旅をしていく中で、最終的にとんでもなく強い敵と戦ったんです。
そいつは進化ができなかったデジモンの恨み、みたいなのが集まってできたデジモンで。
俺とアグモンだけじゃなく、七人の仲間とそのパートナーが協力して、やっと倒せたデジモンなんです。
でも、そのデジモンが負けて、身体が消えていく時に。
俺の妹のヒカリが、どこからか飛んできた何かを拾ったんです。
当時の俺と同じくらいの年の、男の子が写ってる写真でした。
無表情な、知らない男の子。
デジモンの身体に入ってたのか、たまたま戦いの中で紛れ込んでたのかは分からないんですけど。



戦いが終わって、俺たちはデジモンと別れて、こっちの世界に帰ってきました。
ヒカリは写真を持ち帰ってきました。
それからヒカリは、家でずっとその写真を眺めてました。
そんな写真捨てちゃえよ、って言っても聞かずに。ずっと。



ヒカリが死んだのはその二ヶ月後でした。
元々ちょっと病弱だったんですけど、帰ってきてから一週間後くらいから急に体が悪くなったらしくて。
医者もほとんど有効な治療ができなくて、ヒカリは逝ってしまいました。



で、葬式も終わって、ヒカリの遺品を両親と整理してた時に気づいたんですが。
あの写真がなくなってるんですよね。
俺はちょっと変に思ってたんですけど、誰かに話す気にもなれないし、両親も滅入ってるし、その時はあんまり深くは考えませんでした。



やっぱりというか何というか、俺とヒカリの最後の思い出ってデジタルワールドの冒険なんですよね。
そのせいで、かえって俺は一緒に冒険した仲間とは疎遠になっていきました。
あの時冒険した、俺とヒカリ以外の六人は、帰ってきた後も度々会って、一緒に飯を食ったりしてたらしいんですけど、俺はどうしてもそんな気になれなくて。
他の仲間も俺の事情を知ってか、あんまりしつこくは誘ってきませんでした。



ヒカリが死んでから一年が経った頃だったかな。
一緒に行った仲間の一人が、俺のマンションを尋ねてきたんです。
顔面蒼白になって、太一さんはいませんか、ってインターホンで尋ねてきて。
誰から見ても緊急事態だったし、俺は迷わず家の中に入れました。



本当に驚いたんですけど、仲間が見せてきたのは、男の子が写ってる写真でした。
デジモンと戦った時にヒカリが拾った写真の、あの男の子でした。
でも、同じ写真じゃないんです。
最初の写真自体そんなに覚えてなかったんですけど、明らかに前の写真より、この仲間が見せてきた写真の方が年をとっていて。
あの感じだと、中学生か高校生なのかな。
まるで、写真の中の男の子も成長してるみたいでした。
しかも、前の写真とは違い、こちらに微笑みかけるような表情で。
それから、仲間はめちゃめちゃ怯えた声で、太一さん、僕は死ぬかもしれません、って言ってました。
その二日後に親から、その仲間が交通事故で死んだことを聞かされました。



このことがあってから、デジモンも含めて、俺は本当に冒険した仲間と会うのが怖くなって。
それから一切仲間とは一切会わないようにしました。
俺は勉強に集中するようになって、中学はわざと遠くの、知り合いが誰も行かない私立を受けて。
高校、大学からは一人暮らしをして、小学校のころの友達とは完全に疎遠になってしまいました。
それでもお盆や正月に地元に帰ると、親や近所の人から冒険した仲間の話が飛び込んできて。
誰々くんが事故を起こして亡くなった、誰々ちゃんが行方不明になったって、毎回のように聞かされました。
何度聞いても慣れることはなかったし、もちろん写真のことなんて聞けるはずがなかったです。
俺は大学で勉強にひたすら没頭して、新しい仲間とサッカーしたりして、小学校までの思い出は自分の中に押し込めるようになりました。



でも、去年のことなんですが。
卒論をやってた時、俺は突然パソコンからアグモンに呼び出されて、またデジタルワールドに行くことになりました。
十二年ぶりのデジタルワールドは、酷い雨が降っていて。
アグモンも心なしか、前より老けたような、力が衰えたような感じでした。



そこで俺はまた、あの写真を見せられました。
もう見たくもなかったんですが…また写真の中の男の子は成長していて。
いや、男の子って呼ぶのはおかしいか。
最初に見た時みたいな、小学生の顔じゃなく、そいつは今の俺よりも年上の、40か50くらいの中年の顔でした。
しかも顔は笑ってるのに、目は全然笑ってなくて。
俺はあの時はじめて、男の顔が俺たちが倒した、あの敵デジモンと同じような目をしてることに気づきました。



それからアグモンは、仲間のことについて改めて教えてくれました。
一緒に冒険した七人の子供はもう全員、死ぬか行方不明になっていました。
仲間のパートナーのデジモンも、自分の相棒がそんなことになってから、無気力になったり自殺願望を持つようになったりしたらしくて。
俺は冒険が終わってから全く会っていなかったアグモンに心底申し訳なくなって謝りましたが、あいつは怒ってませんでした。



その代わりにもうひとつ、アグモンは写真に写った元少年について教えてくれました。
あの少年は、俺たちよりも前にデジタルワールドを冒険した子供だったらしくて。
でも、彼のパートナーデジモンは体が弱く、完全体以上には進化することなく、戦いに負けて死んでしまったらしくて。
彼はそこで悲しみに暮れて、半狂乱と言ってもいいくらい泣き叫びながらデジタルワールドを後にしたらしいんです。
彼も人間の世界では行方不明になっているらしい、アグモンはそう言ってました。



最後にアグモンは言ってました。
これからデジタルワールドでは大きな戦いが起こる、僕も戦わなきゃいけないって。
俺は怖くなって、逃げよう、俺たちの世界に来ればいいと思わず言ってしまったんですが、アグモンは結局、デジタルワールドに残りました。
それから、僕とはもう会わない方がいい、この写真を僕が持ってしまっている以上、タイチにも危険が及ぶから、と言っていました。



俺は結局、デジタルワールドから帰ってきました。
それからもう、アグモンには会ってないし、デジタルワールドにも行ってません。
これで話は終わりです。





話が終わっても、私はしばらく喋れなかった。
普段の太一くんからは想像もつかないような話だったし、安易な受け答えができる内容でもなかったからだ。





「あの…その話って…」





太一くんが笑った。





いや、忘れてください。
なんか疲れて、思わず喋っちゃいました。
嘘です、嘘。
妹も生きてます。
冗談にしちゃ重過ぎましたね。





私はまだ笑えなかった。





いえ、俺、昔のことは忘れたがるタチなんですけど…。
早川先輩はなんでも真剣に聞いてくれますし、それが嬉しくて。
ちょっと思いつきでデタラメ言っちゃいました。
スンマセン。





どこまでが本音なのかは分からなかったけれど、少なくとも私に対して悪い感情を抱いている訳ではないことが分かり(尤も、それは最初から知っていたけれど)、私も少し笑った。





早川先輩。





「ん?」





次の駅って、降りたトコにデパートがあるんですよ。
ほら、前に社内食堂のテレビで一緒に食べてる時に特集してた、期間限定のスイーツが置いてある店。





「あぁ、やってたねぇ。おいしそうなやつ」





アレ、たしか今日までしか売ってないんですよ。
もうすぐ店閉まっちゃいますけど、行ってみたらどうですか。





「う〜ん、どうしようかな…太一くんは行かないの?」





いや、俺は持ち帰りの仕事がちょっとあるんで。
申し訳ないですけど、先帰ります。





「え〜…じゃあ私も帰ろうかな…」





いや、絶対行った方がいいっすよ。
行ってきて下さいよ。
次の電車もすぐ来ますし。





「うーん…じゃあ行こうかな。明日感想教えてあげるね」





太一くんが疲れた顔で微笑んだ。





次の駅のアナウンスがかかった時、私は席から立ち上がり、扉の前に向かった。
ドアが開くと、雨の音と臭いがした。










「じゃ、お疲れ…」










お疲れ様、と降りながら言おうとして、言葉が止まった。
座席の太一くんの内ポケットから、それが見えてしまったからだ。
血走った目の、何歳かも分からない程の老人が、不気味に笑っている写真が。











太一くんを乗せた電車が、大雨の中に消えていった。


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