ラストノベル
ラストノベル














もし それが現実じゃなくて もし ただの幻想だとしても
もし 届くなら届けよう その先の景色見届けよう
(RHYMESTER 「ラストヴァース」より)




今、最後の小説の構想を練っている。

つけっ放しのテレビ、そこから流れ出る電子音と、画面上の「ニュース速報」の文字で目を覚ました。
外には雨雲、部屋にも湿気が漂い、今にも一雨降りそうな景色が窓の先に広がっている。
作業に戻る。
俺が書いている小説はSF小説か、あるいはファンタジー小説とでも言うべきか。
ある日パソコンの画面から現れた未知の生物が、出自を同じくした他の怪物たちと戦い、そこに人間も巻き込まれていく…というシナリオである。

俺はこの物語を以て筆を折るつもりだ。
プロの小説家とは名ばかりだし、金には全くならない。
そもそもこの職業は多大な熱意が求められる。
その点で言えば、俺は何年も前に小説家を落第している。
ヒット作と呼べるものはひとつも書いていない。
アイデアは枯渇し、情熱も消えた。
だから筆を折る。作家として至極まともな判断ではないか。

最後の作品にこの題材を選んだのは、10年ほど前の、俺がSFやファンタジーといった空想の世界に踏み込むきっかけとなった原体験に、今一度立ち返ろうと思ったからである。
かつて見た、あの光景。
当時の俺は、怪物たちの戦いと生き様に心踊らせた。

まぁ、如何に当時の“あれ”が輝いていたとしても、今書いているものが廃棄物みたいな作品であることは間違いない。
いわば自己満足だろう。

物語の結末には悩んだが、「あるべきものはあるべき場所へ戻る」というメッセージを込めた展開を選んだ。
人間の子どもと交流を持った未知は、自分がかつて居た場所──デジタルの世界へ戻る。
両者は次の再会を願う。
そこで物語は終わる。
ありがちだが、この物語は王道として終わらせたかった。

「さて」

果たして小説は完成した。
そのまま、いつも通りの流れで担当編集に原稿を送信する。
これで終わりだ。
あとは数日待って、見本が届くのを待ち、問題がなければ作品は世に出る。
そして幾許かの印税を得て、小説家としての俺は終わる。

これでいいのだ、と自分に言い聞かせる。
見切りをつけるのは大事だ。
むしろ、悪あがきせず自分の作家人生にピリオドを打つことは英断とすら言える。
今まで自分の作品を読んでくれた読者も、きっと自分の判断を尊重してくれる。

だから、自らの心情のどこかに、魚の小骨が喉に詰まったかのような引っ掛かりがあるのは気のせいだ。
そうとも。自分は書ききったのだ。
もうアイデアは出ない。熱意は消えた。
だから、気のせいだ。

それでも、気のせいで済ませることが出来なかったのは、何の気なしに床に積んであったファンレターの一通を拾い上げ、読んでしまったからだ。
きっとこれさえ読まなければ、自分の悪しき衝動は抑えきれたのに。





“先生の小説を読んでいると、子どもの頃に見たデジモンを思い出します(先生は知っていますか?)。
来月でこの連載が終わってしまうなんて寂しいです。
でも一方で、この物語を最後まで追えたことを、私はとても嬉しく思います。
次回作はありますか?楽しみにしています。
それでは。”





「デジモン…デジモン、かぁ」

そういえばそんな名前だった。
原体験、デジモン。
何故あんなものにここまで心惹かれたのだろうか。
いや、分析するだけ無駄かもしれない。
自分なりに理論立てて考えることはできるが、それは全て後付けだ。
結局、好きになってしまったものはしょうがない。

「…」

そして、次回作か。
簡単に言ってくれる。
これを最後の作品にする、というこちらの意図は伝わってないらしい。



しかし、この言葉ではっきりと気づいてしまった。
自分が内包する、まだ書きたい、この意味の分からない衝動を文章に変えたいという感情。
その存在を確認してしまった。
単なる空想に憧れ、幻想を垂れ流し、それを人々が読み驚嘆する。
それが欲しい。見たい。
最後の小説を書き終わった後にこの感情が復活するとは、全く予想していなかった。





その時、





再び地面が揺れ、





テレビに速報が流れ、





窓の外に巨大な影が揺らめいた。





「あぁ、久しぶりだな」

俺は立ち上がり、窓を開ける。





「逢いたかったよ」





黄色の肌と角の生えた兜を持つ巨大な竜が天に咆えた。
俺は最新の小説の構想を練り始めた。






“THE LAST NOVEL”



<last> (プログレッシブ英和中辞典より抜粋)
[形](lateの最上級)
1 ((通例the 〜))(時間・順序・場所などが)最後の(⇔first)
2 (1)この[すぐ]前の, 昨…, 去る…, 先…(⇔next)
(2)((通例the 〜))最近の(latest)
(3)((the 〜))最新の
3 最後に残った, おしまいの
4 (1)最終の, 終末の;臨終の
(2)《教会》臨終の, 最期の
5 結論的な, 決定的な
6 ((the 〜)) (1)極度の, 究極の
(2)最低の, 最悪の.
7 ((the 〜))もっとも(…)しそうにない, (…とは)とても思えない, (…するのに)もっとも不適当な, もっとも望ましくない((to do, (that)節, wh-節))
8 ((略式))((冗語的))個々の, 一個の, 一人の




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