バウンダリー
5/
“The Choice Is Yours”前編




夢だった。

空を赤黒い雲が覆う。
いくつもの影が動く。
戦いが、あらゆるものを地上から奪っていく。

数時間前までは鮮やかだった青空が、炎の色を反映し、また雷鳴が響いた。
いくつもの巨大な影が動き、お互いを睨み、叩き、撃つ。

「あらゆるものが焼かれる。英雄達がその力を振るう。空は裂け、弱者の住む場所が消え去る。星でさえ燃え尽きる」

雪はこの光景を一週間ほど前から何度も見てきていた。
それは悪夢だった。



だが、今見ている光景は悪夢ではない。
現実だ。





【The Boundary】
5/“The Choice Is Yours”






敵味方入り乱れる戦いを、一人と雪はアルファモンの生み出した円形バリアの中から見つめていた。
昨日見たデジモンもいれば、テレビで見たヒーローの姿もある。



「おおおぉぉぉッ!」

グレイソードの一閃がシャイングレイモンを狙う。
それは彼が左手に握る炎の盾すら貫き、光竜の鎧を掠める。
今度は一撃を凌いだシャイングレイモンが、彼の炎の剣・コロナブレイズソードを振るう。
この攻撃は単純だった。
右腕を振り上げ、オメガモンの頭部へ真っ直ぐ振り下ろす。
オメガモンはグレイソードを横に構えて凌いだ。
だが、この単純な攻撃は凄まじい衝撃と火の粉を聖騎士の頭上にもたらした。

「力押しじゃ勝てない!」
「オメガモン、この攻撃は防ぎきれない! 避けるんだ!」

八神太一も石田ヤマトも汗だくだった。
炎の攻撃の応酬は凄まじく、周囲の気温を一気に引き上げていた。

次の攻撃を避けながら放ったガルルキャノンは、コンクリートの地面ごと炎の剣を凍らせた。
一瞬動きの鈍くなったシャイングレイモンにオメガモンは一瞬で詰め寄り、腹部へ鋭い蹴りをぶつける。
それはシャイングレイモンに確かにダメージを与えたが、それでも光竜は怯まず、それどころか炎の盾を握り直し、そのまま盾でオメガモンの右肩を殴った。

お互いの身体をひび割れさせながら両雄はまた距離を取る。
太一とヤマトは、自分達の力ならこの戦いを終わらせられると信じていた。
だが、それは誤算だったのかもしれない。
そう考えさせられる切り札を、敵は隠し持っていた。

「大門大! なぜ俺達の邪魔をする!」

太一の言葉に、長髪を束ねた男が返す。

「俺達は筋の通らねぇことが許せねぇだけだ! デジモンを見殺しにして、自分勝手な法律を作ってる奴らに味方してる奴等が!」
「見殺しになんてしてないだろ! 俺達はデジモンを守るために……」
「何が守るだ! 都合の良い話してんじゃねぇ!」
「もう昔とは違うんだ!」
「うるせぇ!」

シャイングレイモンが再び炎の剣を振り下ろす。
グレイソードがそれを防ぐと、巨大な火の粉が無数に舞い、雨のように周囲に降り注いだ。





DATS日本支部隊長のトーマ・H・ノルシュタインは、シャイングレイモンの炎の剣がオメガモンへ放たれたのを見て、初めて彼と大門大が敵に回ったことに気づいた。
デジモン管理法案についての議論が活発化する遥かに前から、デジタルワールドに旅立った彼らとは音信不通になっていた。
それでもトーマはこの戦友をDATSから除名しなかった。
彼らがまた、自分達と共に、デジモンの権利を守るために戦ってくれると信じていたからだ。

「相変わらずの大馬鹿が……」

大門大はデジモンの権利ではなく、デジモンの自由のために戦っている。
それがデジモンと人間、どちらも滅ぼしかねないことになぜ気づかない!

「マスター!」

トーマがミラージュガオガモンの言葉に振り返ると、赤い鎧を纏った竜人が、身の丈ほどもある大剣を振りかぶっているところだった。
トーマのパートナーは彼を抱えると、高く飛び上がり攻撃を回避する。
竜人は剣を構え、ゆっくりと進んでくる。

「久しぶりだな! 今度は負けないぜ、隊長さん!」

両腕で大剣を握り、上段の構えを見せる。
カイゼルグレイモン、炎の十闘士の超越形態、神原拓也の進化した姿。
一週間前の戦いから、既に戦線復帰している。
どうやら彼は、そこまでして自分達に殺してほしいらしい。

「……いいだろう。ミラージュガオガモン」

デジヴァイスを構え、ミラージュガオガモンへと彼のデジソウルを送る。
青白い輝きが獣騎士を包み、その限界能力を解放する。
エネルギーを纏ったスパイク付きの鉄球と三日月型の鎌が装備された武器が、その手に握られる。

DATSの日本支部隊長を任されているということは、日本中のデジモンの権利を守ることが責務であるということと等しい。
そして目の前の竜人はデジモンの権利を脅かす存在だ。

「生死は問わない。今度は彼を二度と戦えないようにするんだ」
「了解、マスター!」

獣騎士が飛び上がり、光の鉄球が宙を舞う。

「やれるもんならやってみやがれ!」

言葉に呼応するように、竜人が地面へ突き刺した大剣から炎に包まれた龍が現れ、獣騎士へと襲いかかった。



戦場の中心地から飛び退いたデュークモンは、自分同様にゲートを潜り抜けてきた半身擬態の魔王の隣に立った。
バグラモンは静かに戦場を見つめている。
彼らが立つのは高速道路上ではなく、その光景がよく見渡せる山の上だった。
時々、直視できないほどの光を放ち、炎が輸送車付近に立つオメガモンを襲っているのが分かる。

「英雄八神太一と石田ヤマト、聖騎士オメガモン。やはり彼らが『白梅二椿菊図』をもたらしたか」

バグラモンはこのタイミングでの彼らの出現から、数年に渡り行方を眩ましていた理由に気づいていた。
彼の右目の力・インビジブルスネークアイズはこの世のあらゆるものを見通すが、その力でも八神太一や石田ヤマトがどこから現れたのかを見抜くことはできなかった。

それはつまり、彼らが“この世界”以外の別の場所から来たことを意味している。
そして彼は『白梅二椿菊図』に対しても、同じ結論を下した。

「オメガモンが最後に現れることは分かっていた。だからこそ、私も我々の知る最も強力なデジモンとそのパートナーに援軍を要請した」

それが、大門大とシャイングレイモンだった。
デュークモン――その中の啓人――はバグラモンに頷き、火力で圧倒する光竜の戦士を見た。

「太一さん達に勝てるのは、彼らしかいないでしょうね」

ふいに、白い人型が飛ぶのが視界の隅に見えた。
それは凄まじい勢いでぐんぐんこちらに向かってくる。
出現した紫色のエネルギーの刃が、あと数センチでバグラモンの喉を切断するところを、デュークモンの盾が防いだ。

「DLFも、クロスハートも! ここで終わらせる!」

大天使の肩に乗る金髪の青年は、目を見開いてこちらを睨んでいる。
デュークモンは光刃を弾くと、自らの右腕を聖槍へと変化させ、静かに構えた。

「そのどちらも終わらない。終わるのはデジモンを縛ろうとする愚かな規律だ」
「君達を滅ぼさなければ、デジモンが滅ぶんだ!」

聖槍と聖剣が、また激突した。



古代竜人とシャウトモンの戦いは泥沼化していた。
途中から彼らの戦いに加わったスパロウモンとメタルグレイモンは今やシャウトモンの身体の一部となり、更に彼のパワーを増している。
一方のインペリアルドラモンも、これまでの攻撃は手加減していたと言わんばかりに、ポジトロンレーザーを連射し、肉弾戦でシャウトモンを屈服させようとする。
既にどちらも戦い始めた頃の動きはできなくなり、体力の限界を迎えつつあった。

ふいに、両者が同時に距離を取ることを目的に空へ舞った。
この攻撃は地上で使うには威力が高過ぎる。
どちらも、そう思っていた。

「インペリアルドラモン!」
「シャウトモン!」

本宮大輔の、一乗寺賢の声を受け、インペリアルドラモンはギガデスを放った。
工藤タイキの、蒼沼キリハの叫びを聞き、シャウトモンX7はセブンビクトライズを撃った。

だがそれは、凄まじい爆発を空中に発生させることしかできなかった。

光が消えた直後、両者は申し合わせたかのように急接近し、互いの顔を殴り合った。



魔王の配下、DLFの戦士達はリアライズすると同時に戦闘に加わり、圧されつつあったクロスハートをその物量で援護した。
エンジェウーモンの矢やズドモンの雷が時としてその勢いを削ぐが、その度に彼らは陣営を立て直した。
その最前にいるのは緑髪の戦女神と、狐を象った神人。
彼女らが剣や錫杖を振るう度に、敵から放たれた攻撃がより巨大な威力で跳ね返された。





「何? 空が……」

戦いの塵埃と煙、それに激しい光と炎で視界がはっきりすることはほとんどなかった。
それでも雪は異変に気づいた。
全くおかしな、見たこともないようなことが起きている。

さっきまで晴天だった空が砕け、歪み、黒い雷撃を放っている。
雷撃は空を壊していた。

「巨大な力の激突が、リアルワールドとデジタルワールドの壁を破壊している」

黒の聖騎士は上空を見つめながら言う。

「放っておけば世界の崩壊を招くだろう」

当たり前のことを言っているかのように、黒の聖騎士は答える。
唖然とした表情を浮かべる雪の隣にいた一人が、アルファモンに詰め寄った。

「何なんだよ、これは!? お前は何を知ってる!? なんでお前が今更出てきた!?」
「私はカズトと別れた直後から、君とこの世界の行く末を見守ってきた」
「何のためにだ!」
「それがパートナーデジモンの使命だからだ、カズト」

アルファモンは右手を軽く振るう。
外の戦場を映し出していたシールドの内側に映像が浮かぶ。
一人はその映像に、かつての自分が写っているのを見た。
古い、見覚えのある景色だ。
少年の頃、選ばれし子供としての戦いの最後、彼と別れる瞬間の自分。

「これ、佐倉さん……?」
「……」

雪が映像の少年と、自分の隣に立つ青年を交互に見る。
一人はこの質問には答えなかった。
目の前に浮かぶものはあまりにも雄弁にその答えを語っており、言葉が見当たらない。

映像には、巨大な黒い竜とアルファモンが対峙する様子が浮かび上がっていた。

「これは私とカズトがかつて戦った“究極の敵”だ。私と同じ因子を持つ存在。彼に対処し使命を全うするには、彼と私を同時に葬り去るしかなかった。カズトには反対されたが、それでも私は実行した」
「……あぁ、よく覚えてる……」
「その瞬間、私はこの世界の外側に放り出されたが、同時に自分が時を渡り、未来を認知する能力を得たことに気づいた。そして外側の世界から、一人の未来に起こり得る危機を監視した。そしてこの戦いが起きることを知った」
「監視、だと?」
「そうだ。君に訪れる危険を消滅させ、来るべき災厄を取り除くため」

一人はアルファモンを睨みつける。
彼の言う通り、自分はあの最後の瞬間の選択に反対した。
そして今でも許していないつもりだった。
あの時から、選ばれし子供であった頃の冒険から今まで、ずっと自分を監視し続けていただと?

「勝手なことしやがって……!」

バキバキという音が空から響き渡り、一人の言葉が中断される。
雪がまた短い悲鳴を上げた。
空に浮かぶ裂け目が更に広がり、その向こう側には……いくつもの景色が広がっている。

森や、海や、山や、谷や、街が見える。
人間の住む街、デジモンの住む街。
都会から荒野まで。
裂け目は雷を放ち、更に広がり、空を浸食していく。

戦うデジモン達はそれを気にも留めない。
彼らはあれに気づいていないのか?
それとも、あの上空の一大事よりも戦いの方が大事なのか?

「彼らはこの現象を知っているからだろう」

アルファモンがまた呟いた。
彼が時を渡り未来を知ることが出来るというのならば、これから言うことになる質問も既に知っている、ということになるのだろうか?

「デジタルワールドとリアルワールドの距離が極端に近づいている状態で究極体クラスのデジモンが大規模な戦闘を行うと、空間の歪みが発生する。まして彼らは世界の命運を決することができるほどのデジモン達だ。空間に影響が出ない方がおかしい」
「あの先の世界は……」
「デジタルワールドとリアルワールド、二つの世界が混ざり合い、繋がっている。ここから全ての世界へ影響を及ぼしている」
「アルファモン、あなたは……こうなることも分かってたの?」
「全てが見えていた」

黒の聖騎士は雪の質問にも事も無げに答える。

「ユキ、君の見つけた『白梅二椿菊図』は、元々この時代に発掘されたものではない。時空間を超える能力を持つオメガモンと彼のパートナー達が、モトミヤ社の軍事兵器を封じるキーとして持ち込んだものだ」
「オメガモンと……あの、二人?」
「八神太一と石田ヤマトか?」
「そうだ。彼らはクロスハートがモトミヤ社の軍事兵器を奪取し利用しようとしていることにいち早く気づき、何者もプログラムに触れられぬよう『白梅二椿菊図』をキーとしてロックをかけた。別の時代から持ち込まれたこの絵画は、バグラモンの眼ですら捕捉することが出来ない。そしてユキとユキの弟が偶然にも、山奥で隠された絵画を発見した」
「待て。彼らから内調にこの場所を示すメールが届くのは分かる……だが、それなら、雪ちゃんのことを示すメールが敵であるクロスハートにまで届いたのは何故なんだ? まさか……」
「カズト、君の考えている通りだ。メールは彼らが使用した撒き餌だ。クロスハートはその罠に踏み込んだ」

一際大きな爆発が起こり、またしてもコンクリートの地面がめくれあがった。
木々に炎が燃え移り、山火事が起こり始めている。
オメガモンは煤にまみれながら、シャイングレイモンの腹部に左フックを浴びせた。

「八神太一達にとって誤算だったのは、この戦いにDLFと大門大が加わったことだ。『白梅二椿菊図』を撒き餌として使ったことが、結果として火種を大きくした。それでも戦力は拮抗し、オメガモンはシャイングレイモンを打ち負かす可能性もある」

シャイングレイモンはオメガモンの打撃に耐えた。
炎の盾を手放し、今度は彼がオメガモンの顔を左手で殴る。
ズン、という巨大な音と共に、オメガモンが片膝をついた。

「一体どういう……DLFとクロスハートが負けるのか? その逆か? お前には未来が見えるんだろう?」

一人の質問に頭を振り、黒の聖騎士は改めて自らのパートナーを凝視した。

「これからどうなるのか。その未来を君が選ぶのだ、カズト」





全てのテレビのチャンネルが突然、砂嵐に切り替わり、そして戦場が映し出されていた。
英雄達の戦い。
世界中のデジモンと人間が、それを見ていた。
日本政府の人間も、それは同じだった。

「――これより戦術核兵器のロック解除を行います」

安全保障会議では、これから行われる極秘作戦の最終確認が行われた。
日本国内には核兵器は存在しない。
だが、日本国外に“日本政府が保有している”核兵器は存在している。
当然、このことは公表されていないが、デジタルモンスターの存在が公になり、その脅威が人類に認識されてから、武装強化を行わない国など存在しなかった。
いわばこれは公然の秘密。

それでも日本は核攻撃など行わない。
ただ、核ミサイルの発射機構のロックを“点検のために”解除し、それを誤作動が起きた“発射権限を不正に得た自律思考型AI”が発射してしまうことはあり得るかもしれない。
もちろん、そんなことは起きてはいけないが……いつの時代にも、予測し得ないミスというものは起こる。

「解除を行う戦術核の威力は八キロトン、広島型原爆の約半分の威力です。使用した場合、爆心地から三平方キロメートルは完全破壊されます」
「住民の避難はどうする?」
「各地に用意されているデジモン戦闘用の緊急シェルターを使用すれば避難も可能です。放射能汚染の問題はありますが、究極体クラスのデジモンの戦闘を放置し拡大させるよりは被害を少なくすることが出来るでしょう」
「その通りだな」

日本国内閣総理大臣はこの報告に頷き、この点検作業を了承した。
おそらく、明日からはこの事後処理に追われることになるだろう。
それに英雄達の国葬や、モトミヤホールディングスの新CEOの選定を行う必要もあるかもしれない。
だが、現代社会に悪影響を及ぼす存在を処理できるのならば、そのくらいの苦労が伴うことは仕方がないのだ。
それに、手を下すのは人間ではなく、暴走したAIに過ぎない。

「解除を実行したまえ」





前回の戦いとは対照的に、今度のキングカズマは積極的に攻めてきた。
アレスタードラモンが一度拳を振るえば、それを回避したキングカズマの拳が三発飛んでくる。
身体に少しずつダメージが蓄積していく。
コロシアムでなくとも、王者の戦い方には一切の隙が無かった。
敵の向こう側にラブマシーンの姿が見える半透明の防護扉があるが、この戦いが始まってから一歩もそちらに近づくことが出来ていない。

頬を殴られた直後、その勢いを利用し一回転しテイルアンカーを振るうと、キングカズマの右足が一気に上がり、この攻撃を受け止めた。
この攻撃も駄目か。

「ヴァン・ダムじゃあるまいし……!」

戦いは膠着する。
キングカズマの目線が少しばかり、自分から外れたのが分かった。

なるほど、このタイミングか。
自分とアレスタードラモンの足元に影が広がったのを見て、タギルは頷いた。

背後に影。

「悪いけどその攻撃、届かないぜ」

鉄や刀が激突する音が三つ響き、続いて何人かの足音と、デジモンが床へ着地する音。
目の前の王者があっけにとられている表情は少々滑稽だ。
アレスタードラモンは尾に力を籠め、彼を押し返して前進した。

「挟み撃ちを狙ってたんだろ? ここはコロシアムじゃないからな。一対一じゃないことは俺達も分かってる」

アレスタードラモンの言葉を聞きながら、キングカズマは再び拳を構える。
タギル達を挟んで反対側にいるデジモン達も。



泉光子郎にとってもこれは誤算だった。
彼はパートナーのアトラーカブテリモンと、後輩である井ノ上京・火田伊織、そして彼らのパートナーのシュリモン・ディグモンと共にOZビジネスエリアの最下層に潜み、敵の出現を待っていた。
池沢佳主馬の操作するアバターがまず防護扉の前に立ち、彼を攻撃してくる敵を強襲する。

そして明石タギルとアレスタードラモンが現れた。
これは当初から想定されていたので、手筈通り、まずは池沢佳主馬がアレスタードラモンと交戦し、彼らを陽動した。
攻撃が手詰まりになった瞬間が狙いだった。
ラバー装甲の竜の攻撃が受け止められる。
これも想定通り。
そして三体のデジモンは戦場へ躍り出た。
この状態ならば、もう気づかれても彼は対処できない。

ここで初めて、イレギュラーが発生した。

“光子郎さん! 何か来てる!”

リアルワールドから戦いを見守る佳主馬からの通信は確かにそう聞こえた。
だが、それが何かを把握するのは間に合わなかった。
突然、アトラーカブテリモンの目の前に巨大な銃を持つ魔人が現れた。
彼は自らの体格を遙かに凌駕する甲虫の突撃を銃で受け止めると、鋭い蹴りを浴びせ、アトラーカブテリモンを弾き返した。

「何、何が起きたのよこれ!?」
「ディグモン、大丈夫ですか!?」

光子郎が周りを見れば、自らのパートナー同様に、シュリモンとディグモンもまた別の乱入者によって攻撃を受けていた。

魔人同様に彼らの前に立ちはだかるのは木刀を両腕に持った仮面の竜人と、不格好な豚の着ぐるみを来たデジモン。
そしてスーツの男、帽子を深く被った男に、ピンク色の派手な格好をした女性。

「何、何よあのピンク色!? ミミお姉様みたいな気品が何一つ感じられないわ!」
「ちょっとそこのメガネ! 聞こえてるわよ!?」
「……クロスハートの最上リョウマ、戸張レン。それに洲崎アイルですね」
「英雄だって聞いたのに、全然強くないな。期待外れだ」

光子郎はアトラーカブテリモンの脇に立ち、スーツを着た銀髪の男に向き直る。

「あちらの戦いに参加していない方が他にもいましたか」
「タギルひとりにこんな大仕事を任せるわけがないじゃないですか」
「貴方はパートナーのこともあって、もう戦場には出てこないと思っていましたが」

最上リョウマは肩をすくめた。

「まぁ、この通りですよ。貴方の何人かのお知り合い同様に、デジモンには転生するものもいる」

魔人が再び銃を構える。

「申し訳ありませんが、タギルの邪魔はさせませんよ。ラブマシーンが目覚めることはありませんし、貴方達はもう指一本触れることも……」

また別の爆発音が響いた。
それは戦いが起きている場所ではなく、キングカズマの背後で起こった。
この戦場でキングカズマが守っていた物を保護する防護扉が爆破されたのだ。
半透明の扉が粉々に砕け、アレスタードラモンも、明石タギルも、キングカズマも衝撃で吹き飛ばされる。

この事態が起きた時、光子郎はまず最上リョウマを見た。
彼らが予め何かを仕掛けており、それが作動したことを疑った。
だが――。

「何だ、何が起きた!? タギル!?」

彼は慌てふためき、仲間の名を呼んでいる。
違う。
彼らではない。
ならば、一体誰が?



ズン、ズンという足音が響き渡り、爆破された防護扉の先からひとつの影が現れた。
不気味な笑みを浮かべている仁王像のようなアバターの背中には、蜘蛛のような八本の脚と無数の触手が見える。
その触手を持つデジモンの名が、パラサイモンということくらいは知っている。

あぁ、そうか、彼自身の仕業か。

「キシシシシ」

笑い声。
背中に出現する円光。
そして彼の前に浮かび上がる、幾つものウィンドウ。



モトミヤ社製自動警戒・迎撃システム総合管理AI=ラブマシーンは、自ら破壊したシェルターから出ると、すぐに自らに与えられた権限を行使した。

ウィンドウから読みとれるのは、彼がどこかの無人島の、その地下にある、政府保有の核ミサイルの利用権限を掌握しているということだ。



「あいつを止めろ!!」

瓦礫の中から立ち上がった明石タギルの言葉に呼応するように、アレスタードラモンとキングカズマが仁王のアバターへ飛びかかる。


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