バウンダリー
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“The Choice Is Yours”後編






はじまりの街の花畑で、一人は雪と共に戦場から戦士達が去っていくのを見ていたが、やがてアルファモンの方を向いた。

「どうだ? これはお前の未来にあったか?」

黒の聖騎士は頭を振る。

「驚かされた。カズト、私にはいくつもの未来が見えていたが、そこにはどちらかが傷つき、滅ぶ未来しかなかった。君が新たな未来が創造したのだ」
「俺だけじゃないよ」

黒や赤や白、青や黄の赤ん坊達が、雪の足元でピョンピョン飛び跳ねている。
膝を折り、屈みながら、雪は幼年期デジモン達の頭を撫でていた。

「みんなのおかげよ。ありがとう」

一人はその様子を眺めていたが、もう一度パートナーを見た。
聞いておかなければいけないことがある。

「これから、お前はどうするんだ?」
「時間軸の外に戻り、未来をもう一度観察しようと思う」

アルファモンの言葉に、一人は苦笑した。

「また俺のためにか?」
「そうではない。カズトにはこの短い時間で、多くのことを学んだ……パートナーが望むこととは何なのかを。私は初めて君だけではなく、この世界を生かしたくなった」

アルファモンの背後に白い渦が現れ、アルファモンの身体が少しずつ透明になっていく。
自らのデータ移送を始めたことが分かった。
じゃれていた幼年期デジモンを腕に抱え、雪も立ち上がってアルファモンを見た。

「アルファモン、その……ありがとう。助けてくれて」
「礼は要らない。その代わり、今度は君達がこの世界を見守ってくれ。不毛な血がもう流れないように」
「うん」

雪は笑いながら、しかし背筋を伸ばして頷いた。
アルファモンのパートナー・佐倉一人は黒い聖騎士の腕を二、三度叩く。

「頼んだぞ。いつでも会いに来いよな」
「ありがとう、カズト。それから……」

聖騎士の身体のテクスチャが剥がれる。
一瞬、その中に紫色の小竜が見えた。
一人のよく知るその小竜は、無邪気な笑いをパートナーに向け、ゲートの中へ消えていった。

「また会おうね、カズト」






それから時間が過ぎ、世界はまた少しずつ変わり始めた。
戦争危機が回避された後、クロスハートは姿を消した。
戦いによる逮捕者が出ないまま、テロリストとしての活動が停止されたのだ。
かつての英雄達は名を隠し、もとの生活に復帰した。
内側からデジモンの権利を守るために。



DATSや警察庁の活動は変わらない。
但し、そこに勤める隊員や警官にデジモンが増えたのは間違いなかった。
デジモンも人間も守る。
その方針は今後も変わらない。



DLFはデジタルワールドに戻ったが、彼らはもう破壊と争いを生まなかった。
かつての拠点であったクラウドキャニオンの城は解放され、不当に傷ついたデジモン達を癒すための医療センターとなった。
牢に捕えられていたDLFの幹部達にも新たな仕事が与えられた――デジモンを看護するという役割だ。
大門大とアグモンは昔と変わらず旅を続けながら、苦しむ住民への手助けをした。
争いを収束させては、その負傷者を見守るために、時折彼はこの医療センターを訪れている。

「最近はどうだ、啓人?」
「思ったより患者の減りは早いですよ。僕とギルモンも一年後には失業ですね」
「今までも浮浪者みたいなもんだっただろ」
「それは大さんもでしょ?」
「言うなぁ、おい」
「それより、大さんもご結婚されたらどうですか? 帰る家があるって、いいものですよ」
「うるせぇ」

大に小突かれながら、啓人は笑った。



ラブマシーンは元通りの場所で相変わらず眠っていた。
「zzz……」という文字を浮かべ、胡坐を?いたまま動かない仁王。
大輔はモトミヤ社のOZビジネスエリアで何が起きていたのかを既に知っていた。

「それにしても不思議だよ。未調整だったのに」

ブイモンは首を傾げる。
結局、彼は最後の瞬間に核兵器の発射を行わなかった。
戦況判断を行ったという記録は残っているが、それでも発射してもおかしくなかった筈なのだ。

「まぁ、別にこいつはデジモンを滅ぼしたかった訳じゃない」

大輔は画面を眺めながら呟く。

「親が思うより賢く育ってたんだな。嬉しいよ」



国会では大きな変化がふたつ起きていた。
今回の騒動と、核兵器によるデジモン攻撃の企てが露呈したことにより、デジモン管理法案の審議は委員会でやり直されることになった。
更に重要なのは、この委員会で、参考人としてバグラモンが証言したことだ。

「これは歴史的瞬間です。我が国がデジモンを委員会へ出席させるのは史上初めてのことです。異例なことですが、しかし今後当たり前のことになっていくでしょう。同じ世界で共生する仲間として」

バグラモンが参加した会議の冒頭で、山木満雄衆議院議員はこう述べ、白の魔王型デジモンを拍手で出迎えた。



太一とヤマトは戦いの後、オメガモンと共に翌日には姿を消していた。
『白梅二椿菊図』と共に。
結局、戦場以外で彼らの姿を見た人間はいなかった。
だが、彼らが再び姿をくらませる直前に人気のない第三台場の片隅で、石田ヤマトの妻だけは、彼らの前に現れていた。

「……で、どういうことなのかしら」
「だから、言った通りだって」
「びっくりする前にうんざりしたわ。あんな場所であんな大きな戦いなんて……しかもあなた達まで! 死んでもおかしくなかったのよ? その上また何処かになんて……」
「あー悪い悪い。あの場に来なかったお前が正しかったよ。今から俺達がやるのも馬鹿なことだ」
「もう!」

不満げな表情で、空はヤマトと太一を見る。
せっかく久しぶりに再会できたのに、またどこかへ行ってしまうなんて。
心配で仕方がない。
本人達がその心配をしていないことがそれに拍車を掛けている。

だが、彼女はそれでも元英雄だ。
最後には折れた。

「ちゃんとまた、戻ってきなさいよ」
「分かってるって。これをもとの時代に戻したら、また帰って来るさ。そしたらまた皆で会おう」
「ちゃんと帰ってきてよね。すぐ迷子になるんだから」
「迷子になんてなったことないぜ? 未来に道はないからな」

シシシ、と笑って、太一はヤマトと共に白い聖騎士の肩に乗った。
白い騎士は絵画が収容されたコンテナを悠々と持ち上げ、身体を浮かす。
ゲートが開かれる。
夕日の中に消えていく彼らの後ろを追うように、白い雲が上空へ伸びていく。





“……国会では総理がモトミヤ社の迎撃システム管理AI・通称ラブマシーンを不正利用しようとした疑惑について、野党が厳しく追及しました。これに対し総理はコメントを控えましたが、警視庁の捜査により事実関係が明らかになるにつれ、与党内部からも辞職を求める声が上がっています。では次のニュースです……”

街頭の巨大ビジョンにニュースが映っていたが、今これを気にしている場合ではない。
夏の日差しが強烈な日、佐倉一人はとあるレストランのドア前にある喫煙エリアで携帯電話を片手に、困惑した表情を浮かべながら喋り続けていた。

「あぁ、うん……その……話ってのは、さ」

頭を左腕で軽く掻き、気を紛らわせる。
電話を始めてからの十分間、一人はこの動作を何回も行っていた。
落ち着け、自分。
これを言わなければ、彼女に電話した意味がない。

「また一緒に暮らせねぇかな……頼むよ」

ふと正面を見る。
自分の只ならぬ様子を察してか、ぽかんとした表情を浮かべる少女がいた。



「……なんか、大変なんですね、佐倉さん」
「いや、まぁ……自業自得だけどな」
「でも、やり直したいんでしょ?」
「うん。やり直したい」

雪は待ち合わせの時間よりも十分ほど早くこの場所へやってきた。
本当の所、絶対に聞かれたくはない電話だったのだが。
何故だか負けてしまう気がして、一人は彼女と視線は合わせずに話を切り替えた。

「それにしても、よく来たな。わざわざ東京まで」
「えへへ。母さんが行っていいって。それに、美味しいもの食べれるみたいだし」
「これから聞く話の方が大事なんだぞ?」
「分かってますよ」
「ったく……」

ニコニコと笑う雪を見て、一人はため息をつき、スーツの内ポケットを手で探った。
まだ何本か残っていた筈だ。

「あ」

ふと気づく。
普段通りの癖でまたそれを取り出し、口に咥えてしまったことを。
恐る恐る隣の少女を見た。

少女は、半分呆れたような笑顔を浮かべていた。

「あははは! しまった! みたいな、今の顔!」
「はぁ……」

唇に手を伸ばし、まだ火のついてない煙草を取り除こうとした。



「でも、カッコいいですよ。煙草吸ってる佐倉さん」

予想外の言葉。
その意味を少し考えてから、一人はやはり火を付けず、口から煙草を取り払った。

「煙草は身体に悪いんだぞ。副流煙って知ってるか?」

一人はニヤッと笑った。





都内にある太刀川ミミ監修の人気レストランは、表向きはキッチンリニューアルのため、この夜は閉店となっていた。
ただ実際には、貸し切りのための閉店だ。

そこに集まったのは、あまりにも有名で、あまりにも高潔とされ、あまりにも多くのことを成してきた、実際には平凡な、元・英雄達。
とある雑誌記者と、田舎町に住む女子中学生以外は。

ここには敵も味方もない。
ある目的のため、かつての信条と、この先のことのために、全員がここにいる。

長い机の端の席に男は座り、全員の顔を眺め、そして考えた。

もう、自分達は歳を取った。
ゴールは考えていたよりも遠く、世界は考えていたよりも汚れていた。

だが、それでもまだ、やれることがあるはずだ。



「皆、集まってくれてありがとう」

本宮大輔は言った。

「俺達は、デジモンのために何ができる?」




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