・第五話は前編・中編・後編と分かれていますが、展開そのものはこの中編がクライマックスとなっています。
一人と雪の最後の試練、この物語全体の結末ともいえるものがここで提示されます。
今や山火事は広がり、空の裂け目の奥にある暗闇はますます広がっている。
アルファモンは夢の中で自分へ「星が燃え尽きる」と語った。
この炎は、本当に地球全体を包み込むのだろうか?
「佐倉さんが……選ぶ……?」
自分と、一人と、アルファモン。
雪にはまだ、この場で行われている会話の真意が見えなかった。
一人が元・選ばれし子供であることは分かった。
彼のパートナーがアルファモンであることも。
そしてそのアルファモンが未来を見通す力を持っていることも。
でもそれが、どうして未来を“選ぶ”ことになるの?
「彼らは私がこの場にいることも、君達がこうして戦場の中心で生存していることにも気づいていない。それが重要だ」
アルファモンの言葉に、一人と雪は再び戦場を見た。
確かに、誰ひとりこちらに意識を向けている様子はない。
この戦いの最中では、目の前の敵に集中することで精いっぱいのようだ。
「カズト。これから私が言うことをよく聞くんだ」
「何を……?」
突然、辺りが暗闇に包まれた。
アルファモンが覆うこのシールドの空間、自分と雪、そして黒の聖騎士がいるこの場所が。
雑音が消える。
黒の騎士の言葉が響く。
「カズト。日本政府及びDATSと、クロスハート及びDLF。歴史で裁かれるべき巨悪がどちらか、それを君が選べ」
アルファモンの言葉はシールドの中で反響した。
だが、意味が掴めない。
大き過ぎる。
「は……?」
「この先の最悪の未来を回避するために、君が正義を示すのだ」
「何だ、それ? どういう……?」
「未来の選別だ」
ゆっくりと、暗闇に映像が浮かび上がってきた。
だがそれはあまりにおぼろげで、抽象的で、そして――非現実的だ。
炎、大量破壊、戦争、英雄、勝利、敗北、痛み、殺戮。
デジモンと人間の抱える苦しみ。
何だ、これは?
これは何だ?
「今ここで行われている戦いは凄惨を極めるが、決着はつかず痛み分けに終わる。そして今日、この日を境にデジタルワールドとリアルワールドの間で戦争が始まる。両陣営の英雄はそれぞれの勢力を指揮し、戦争が拡大する」
この景色を、雪は既に夢で見ていた。
そうだ、あの夢だ。
黒い装甲の古代竜人。
真紅の装甲を纏う聖騎士。
雷を操る東方の武神。
全身が赤く燃える竜人。
いくつものデジモンが融合した巨大な戦士。
紫色のアーマーと金色の翼を装備した竜。
そして、白銀のボディと赤いマントを備えた聖騎士。
だが、夢はあくまで夢だ。
今見ているこの景色は、未来の現実。
自分達がこの先歩む世界の姿だ。
「これが、人類史に刻まれる最後の戦いだ。悪ではなく、英雄がアルマゲドンをもたらす。青空は今日を最後に地上から見えなくなり、木々や動物は姿を消す。そして両者が自由と権利を求めた結果、文明は終焉を迎える」
「そんな……馬鹿な……待て、話がデカ過ぎて……」
「そうだ、馬鹿げている。だから君がこの未来を変える。どちらかを滅ぼすことで」
再び空間が暗闇に包まれる。
そして、一人の正面にアルファモンが立った。
「今から私が、どちらかの陣営の英雄を殺す。そうすればこの場で戦争は終わり、この未来は回避される」
「は……!?」
「クロスハートとDLFを滅ぼせば、カズトは国の秩序を守り、国家転覆を防いだ国士となる。日本政府とDATSを滅ぼせば、カズトは自由のために国と戦った勇者となる。どちらの側に立っても、君は世界大戦の危機を回避させた英雄として世界に名を轟かせる」
アルファモンが目の前で魔方陣を起動させると、青白い剣が召喚され、それが彼の手に握られた。
同時に、いくつもの小さな映像が浮かび上がる。
汗だくで戦う八神太一、大声でパートナーに指示を出す本宮大輔、デュークモンと一体となった松田啓人、スピリットの力を借りて戦う神原拓也、拳を振り上げる大門大、両腕を組み戦いを見守る工藤タイキ、OZ世界の明石タギル……。
他にも、多くの“英雄”が浮かんでいる。
この中の何人かを殺すことで、この戦争は終わる。
いとも簡単に。
今、指示をアルファモンに出せば、数秒で。
一人は気づいた。
今、自分がこの世界を変えるほどの爆弾を手にしているということを。
何かを滅ぼすことを求められている、ということを。
「どちらの未来が良いか。私のパートナーとして、君に選択を求める」
アルファモンの冷徹な言葉が耳の中に響き、一人は自分の手元以外の何も見えなくなったような気がした。
鬱屈した世界が輝かしい未来に変わる。
選ばれし者として、英雄として復帰する。
おそらく今まで、どんな選ばれし子供も成し遂げられなかった偉業を果たすことができる。
こんなにも容易く。
「……俺は……」
だが、それは、その決定は。
↑未来を見通す力を身につけたアルファモンは、その予知能力によってこの先に起きる出来事を一人と雪に見せます。
彼によれば、この日の戦いを境にデジタルワールドとリアルワールドの間で戦争が起こり、世界が荒廃する。
それを防ぐためには、今どちらかの勢力のリーダー達を殺し、戦争をこの日の内に終わらせるしかない。
アルファモンの言う通りにすれば、DATS側が勝とうとクロスハート側が勝とうと、一人は未来の世界で英雄になると言います。
アルファモンからすれば、これまで報われぬ日々を過ごしてきたパートナーを救う最善の手段が、彼の手で戦争を止めることなのですが……。
なお、この選択を迫る光景は『キングダム・カム』のスペクター、未来を予知する姿は『ウォッチメン』のDr.マンハッタンが、それぞれイメージの元になっています。
「俺は……俺じゃ、できない……」
アルファモンはこの言葉に動じた様子はなかった。
「選べ。カズト」
「無理だ」
「日本政府はパラサイモンを利用しラブマシーンを乗っ取った。48分後、この上空で戦術核兵器が爆発することになる。そうすれば我々の命も危ない」
「そんな……」
「その前にこの戦いを終わらせるのだ」
分からない。
自分が選択を突き付けられていることも。
何と何を比較しているのかも。
立っていることも。
息をしていることも。
アルファモンの言葉がいくつも折り重なり、耳に入って来る。
だがそれぞれの言葉が何を言っているのか分からない。
意味を掴めない。
「カズト、時間がない」
「選べない。無理だ」
「このために時間を掛けてきたのだ」
「……待ってくれ」
「すぐに終わる。未来のためだ、カズト」
「黙れよ」
「カズト。指示を」
「うるせぇ! 黙れ!!」
大声が出て、アルファモンの言葉が止まる。
隣に立つ少女がびくっと体を震わせた。
「黙れよ! 何なんだよお前は! 目の前から勝手に消えたと思ったら“未来を選択しろ”だって!? ふざけんなよ!」
「カズト。ここで君が選ばなければ、君もユキも世界も救われない」
「知るかよ! なんで俺がやらなきゃいけないんだよ! 今まであいつらが戦ってきたんだろ!? あいつらに任せりゃいい!」
「この数十年間、私は君のことを……」
一人は足下にあった瓦礫を力一杯蹴り飛ばし、聖騎士の前に歩み出る。
冗談じゃない。
「お前が何しようと知ったことか! 迷惑なんだよ、勝手なことしやがって! 大体、なんで俺じゃなくてこの女の子に干渉したんだ?」
「それは……」
雪を指差しながら、口角泡を飛ばし、一人はアルファモンに迫った。
「俺の前に出るのが後ろめたかったんじゃないのか!? この卑怯者が!」
「佐倉さん、待って……」
「カズト、聞け。彼女は『白梅二椿菊図』に干渉した。かつて、君が私のパートナーとなったように」
「へぇ、そうか!? なら俺も昔、お前とちょっと関わっただけの他人だろ? 他の奴等に選ばせればいい! それか、今まで通り英雄サマが未来を決めればいいだろ!」
「さ、佐倉さん」
「なんで俺なんだ! 俺は関係ない!!」
「佐倉さん!!」
雪が悲鳴に近い声で一人の名を呼んだ。
息を切らしながら、一人はゆっくりと彼女の方を振り向く。
凍えているかのように震え、体を硬直させている。
最初に出会った時から彼女には華奢な印象を持っていたが、これほど弱々しく見えたのはこれが初めてだった。
「……関係なく……ないですよ……佐倉さん」
「は?」
聖騎士に向いていた怒りが、進路を変えた。
アルファモンの前から離れ、二歩三歩と愚かな少女の方に向かう。
肉食獣に出会った小動物のように、少女は後ずさる。
「なんて言った、今?」
「……関係ないなんてこと、ないです……」
「お前も俺をご指名か?」
「そうじゃなくて、その……」
「あぁそうか、俺が結局、選ばれし子供だったから……」
「関係ない人なんていません!!」
悲鳴に近い声が響いた。
「佐倉さんも……私も……」
「いいや、俺達には……」
「関係ないなんて、言い切れるんですか?」
華奢な少女は、涙を浮かべながら自分を睨んできた。
今度は一人が言葉に詰まる番だった。
雪は言葉を続ける。
「目の前のあの戦い、私達には関係ないんですか?」
暗闇の中で、また地面が揺れるのを感じた。
誰か倒れたのだろうか。
何かが爆発したのだろうか。
これも、そう、関係ない。
――本当に?
「俺に……あいつらを殺せと?」
どうにか出た言葉が、これだった。
絞り出した小さい声、しかしそれは、雪を再び怯ませた。
「アルファモンはそう言ってるんだぞ。俺に、あいつらを殺せと。戦争を終わらせるために……」
「それは……」
「俺に出来ると思うか? 君なら出来るのか?」
沈黙が流れた。
随分長く続いた気がした。
「私、は」
やがて、少女が口を開いた。
「ごめんなさい、佐倉さん……出来ないです。無理ですよね」
気づけば彼女は、瞳からぽろぽろと涙を流し、鼻水を垂らしていた。
目線は下がり、足下に向けられている。
「私、自分勝手でした。ごめんなさい、佐倉さん……無理です、私……何も出来ないです……」
一人に、と言うよりは、自分に対して言っているように聞こえた。
暗い地面に水滴が落ちる音がやけに大きく響く。
「夢で……アルファモンと見た夢で……はじまりの街で、デジモンの赤ちゃん達と会いました。皆、怖がってました……」
「雪ちゃん……?」
「怖いんです、私も。どうして、こんなことに……何か間違ってたんでしょうか? 皆、正しいことをしようとして……なんで……!」
少女は膝を折り、崩れ落ちた。
「死にたくないし……誰も死んで欲しくない……!!」
嗚咽が激しくなったのを見て、一人は雪にゆっくり近づき、膝をついた。
無理なのだ。
そうだ、誰を殺すかなど選べない。
彼女は分かってくれた。
俺に選択することは出来ない。
こんな下層で悩んでいる者達が未来を選択するなど、出来るはずがないのだ。
誰か、もっと優秀で、英雄としての適正があり、世界を導く力のある者が考えるべき問題だ。
↑このシークエンスこそが、この物語全体のテーマであり、また一人と雪がこの物語の主人公となった理由でもあります。
英雄からリタイアした敗者と、英雄達とは無関係に生きてきた弱者に結末の選択が委ねられます。
この選択はどちらの英雄達が正しいか、ということだけでなく、「その責任を背負えるか?」ということにも繋がっています。
アルファモンは、一人が当然のようにこの選択をすることが出来る、と考えていました。
しかし一人はその選択を出来ない、つまり責任を背負えないと語り、それでも選択を迫るパートナーへ激昂します。
「未来など英雄が決めればいい、俺は関係ない」という台詞は一人の根っこにある考え方そのままが出てきた台詞でしょう。
俺は関係ない、というのは主人公が最終話で言う台詞としては非常にカッコ悪いです。
ですが、未来を決める重大な選択をすべき状況で、責任から逃げ出したいと考えるのは多くの人にとって当たり前なのではないか、とも思うのです。
一人の反応は、一般人が突然重大な決断を迫られた時の至極普通な反応として描きました。
そんな一人に対し、雪は「関係ない人なんていない」と咎めます。
これもまた、同じ状況にいる人間の思いとしては当然なのではないかと思います。
が、彼女もまた弱い人間であり、一人の「君なら出来るのか」という質問によって自らの脆い部分を露呈します。
直後の台詞「死にたくないし、誰も死んでほしくない」という台詞は、この物語を書き始める当初から温めていた台詞です。
もしこれが、アニメシリーズの登場人物のような「最初から状況に関わっている人物」の台詞であったなら、
状況を招いたのは自分達自身、自業自得だから仕方がない、という風に見えてしまうでしょう。
しかし、戦いで傷つくのは兵士ばかりではなく、その煽りを受けるごく普通の人々も同様です。
劇中で常に弱い存在であり、本来この戦いとは関係ないはずの人間である雪が言うからこそ、重要な意味のある台詞でした。
それにしても、10代の少女に対してガチでキレる30代後半のおっさんという構図、やはり主人公としては不適格です。
「おかしいだろ」
俺の答えは、これか?
いや、正しい。
これは俺の問題ではないのだ。
もう一度言おう。
誰かが選ぶ――。
「そんなワケあるか!!」
何かが消え去った。
黒い騎士が、目を見開いて自分を見たのが分かる。
少女が泣くのを止め、自分を見たのが分かる。
この瞬間、佐倉一人は気づいた。
ひとつだけ、解決方法が存在する。
与えられた選択肢が選べない。
違うだろ、何言ってんだ。
与えられてなんていない。
自分で見つけて、自分で選んで、自分で決めれば良い。
少女の言う通りだ。
皆、正しいことをしようとしている。
どこか歯車が狂ってしまったのだ。
それを調整する。
やるべきことが分かった。
彼らは、この世界のために戦ってきた英雄達だ。
ならば、彼らにこそ訴えられる方法がある。
そして思い出す。
ヒントは近くに、そして自分の中にある。
「……そうか」
一人は少女に、静かに語りかけた。
ただ黙って、彼女は自分を凝視している。
言葉を待っている。
「まだ出来ることがある」
「え……」
「アルファモン、聞け」
彼は黙ったままだった。
構わない。
このパートナーは、憎たらしいパートナーは、それでも俺の相棒だった。
許されるなら、もう一度、この選択肢を叶えてくれ。
一人は立ち上がり、黒の聖騎士と再び対峙する。
「パートナーとして頼む」
「……カズト」
この目論見が外れた時のことは考えない。
これは俺が、俺の責任で選んだ。
「この戦場に、とびきりデカいデジタルゲートを開け」
自分達に許された、最後の反撃。
そのための方法。
「カズト、何を――」
「お前がまだ見てない未来の姿がある。さぁ、アルファモン!!」
↑「自分達は無力である」という結論を出しかけた所で、最後の最後で一人の意見が反転します。
ある意味、一人が出しかけた結論は(一人にとっても雪にとっても)正当性のある“仕方ない”結論でした。
ですが、正当性があろうがなんだろうが「納得がいかない!」という、一人の内側に溜まった何かが爆発します。
この後で描写される選択は、一人の言う通り「相手が英雄だからこそ訴えられる」方法。
これまでの戦いとは違う、彼らなりの解決策の提示です。
明石タギルには信じられないことだったが、ラブマシーンはアレスタードラモンとキングカズマの二体を相手にしても優位に戦いを進めていた。
極めて高度な戦闘アルゴリズムを得ているラブマシーンは、戦いを進めながら彼の別の能力――権限の掌握と利用方法の学習――を機能させ始めていた。
『白梅二椿菊図』の消失により調整は長らく行われていなかったが、これらの能力が十分過ぎるほどにあることは、彼の目の前に浮かぶいくつものウィンドウが証明している。
「くそっ! タギル!」
「おぉ!」
装甲竜の呼び掛けにタギルは素早く反応した。
クロスローダーの輝きを向けると、アレスタードラモンの顎を封じていた拘束具は弾け、翼と尾の刃が金色へと変貌する。
スペリオルモードとなったアレスタードラモンは飛翔し、爪を閃かせラブマシーンへ急降下した。
この攻撃を敵は必ず回避する。
そしてそこに隙が出来ると見込んでいた。
だが、人工知能の戦闘アルゴリズムはこれを超えていた。
ギリギリまでその場を動かなかったラブマシーンは、アレスタードラモンの爪が彼に届く約百分の一秒前に腕を伸ばし、その肱を掴んだ。
そしてそのまま、拳を振り上げて寸前まで近づいていたキングカズマへと装甲竜を激突させる。
「!!」
「ぐおッ……!?」
二体が地面に沈むと同時に、今度はアトラーカブテリモンとアスタモンが躍り出た。
これも無駄だった。
突撃してくるアトラーカブテリモンの角に掴み掛り、そのまま一本背負いを決めた。
巨大な赤い装甲がふわりと浮かび、地面に落ちる。
アスタモンは仁王の背後を狙い、銃を構えたが、引き金は引けなかった。
緑色の無数の触手がアスタモンを捕え、彼を弾き飛ばした。
「畜生!」
この攻撃を見ながらタギルは毒づいた。
ラブマシーンに巣食う触手の持ち主、パラサイモン。
このデジモンを倒さなければ、勝てない。
だが、戦闘に関して抜群の知能を持つAIに、触手での攻撃を行う寄生型デジモン。
どうすれば突破できる?
時間が無い。
ウィンドウから核兵器のハッキング状況はよく見えた。
もう、考えるより動くしかない。
アレスタードラモンは身体を起こそうと両腕を地に着けると、ふと、隣で同じような動きをする兎のアバターを見た。
金髪の兎は額に汗を浮かばせ、目を見開きながらこちらを見ている。
多分、同じことを考えている。
アレスタードラモンは再び高く飛び上がった。
十分な高度へ達したことを感じ、角度を調整して一気に下りる。
自分と同じタイミングで立ち上がったキングカズマが地面を蹴り、標的へ走っていくのが見えた。
アレスタードラモンは先の教訓を生かした。
ほんの少し、およそ百分の一秒、落下のスピードを遅らせる。
その間にキングカズマはラブマシーンへ到達し、拳をぶつけた。
戦闘アルゴリズムに忠実に、ラブマシーンは攻撃を防ぐ。
自身の腕で。
その動きを確認した瞬間、アレスタードラモンは空中で高速回転した。
尾の刃を使った回転攻撃・プリズムギャレットは、OZチャンピオンシップでは王者に防がれ、使用できなかった。
だが一度使えば、これは防ぐことも避けることもできない。
ましてや、別の相手からの攻撃を防ぐことで精いっぱいの敵には。
緑の触手が伸びる。
空中から落ちる巨大な刃は、その全てを切断し、更に紫色の寄生型デジモンを切り裂いた。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁッ!!」
おぞましい悲鳴が響き渡り、緑色の液体が周囲にぶちまけられた。
パラサイモンは仁王の背中から剥がれ落ち、ほとんど真っ二つになった自分の身体をどうにか元に戻そうと体をのたくらせていたが、やがて動かなくなった。
「アレスタードラモン!」
装甲竜が地面に激突したのを見て、タギルは慌てて彼に駆け寄った。
パラサイモンの様子を大人しく眺めている暇は無かった。
このデジモンを倒すのは状況を解決するための手順のひとつであって、目的ではない。
アレスタードラモンは片膝を立てようとしたが、表情を曇らせバランスを崩す。
間違いない、骨が折れている。
まずい。
打撃音が響く。
キングカズマの腹部にラブマシーンの一撃が入り、彼をダウンさせたのだ。
仁王は兎のアバターが動かなくなったのを見て、ウィンドウの方へ向き直る。
既に発射プログラムの掌握は完了していた。
「やめろ!!」
タギルの声にも反応せず、ラブマシーンはウィンドウへと手を伸ばした。
↑ラブマシーン+パラサイモンという色んな意味でクレイジー過ぎるタッグ。
タギル達全員を相手に優位に戦いを進めながらミサイルの掌握作業も同時にこなすという万能っぷりを見せつけます。
ギリギリの所でキングカズマとアレスタードラモンが共闘しパラサイモンを倒しますが、
これは第一話でアレスタードラモンがキングカズマに対して使おうとして失敗した技が今度は成功する、という王道っぽい展開になっています。
炎と氷と光が激突を繰り返し、互いに深手を負い、それでもまだ戦いは続いていた。
おそらく、いや確実に、間もなくどちらかが倒れるだろう。
オメガモンとシャイングレイモンは、同時に剣を上げ、そして振り下ろした。
二本の剣がエネルギーの膜に触れ、止まった。
瞬間、光の波が辺りを覆い、景色が変わる。
これは自分達だけに起きている現象ではなかった。
周りで戦っているデジモン、そして彼らのパートナーやジェネラルも同じ現象に気づき、足元を見渡している。
やがて景色は変貌した。
ふた昔くらい前の街並み、いくつもの古びた民家。
草原、川、花畑、卵。
はじまりの街だ。
そこに彼らはいた。
黒い聖騎士と、少女と、青年。
そして、彼らの足元に並んだ幼年期デジモン。
弱く、まだ戦えず、守るべき存在の彼らは、自分達を睨んでいる。
本宮大輔は、インペリアルドラモンの肩から、突然戦いの中心に現れた集団を見た。
その中にいるのは、間違いなく数日前に会った男だった。
この戦いには介入していないと思っていた。
それが今、中心にいる。
高石タケルは、デュークモンと切り結ぶホーリーエンジェモンの背後で戦場の変化を見た。
幼年期のデジモンの中心で彼らを庇うように立ち、戦うデジモン達をじっと見つめている。
弱く、自分が守らなければいけない市民の典型のような少女だった。
何故そこにいるのか分からない。
天野ネネも、一乗寺賢も、その光景の異常さに気づいた。
工藤タイキも、松田啓人も、神原拓也も、バグラモンも、八神太一も、石田ヤマトも、大門大も。
DLFの戦士も、DATSも、クロスハートも彼らを見た。
自分達が守らなければならない。
彼らの自由と、権利と、平等のために今戦っているのに。
それが。
「戦いを止めてくれ」
佐倉一人は言った。
自分達が見られているのが分かる。
彼らが自分達を潰すことなど造作もないことだろう。
このやり方はあまりにも多く行われてきた。
だから、その戦い方はしない。
「俺のためじゃなくていい。ここにいる奴らのために。頼む」
つかの間、静寂が流れ、爆発の音も、攻撃の音も聞こえなくなった。
一秒後には自分は死んでいるかもしれない。
今、こうして戦場の注目を浴びている一瞬一瞬が奇跡だ。
「戦いを止めろ」
最初に聞こえたのは、クロスハートの指導者の声だった。
蒼沼キリハは、隣に立つ工藤タイキを驚きと共に見た。
「いいのか……!?」
「戦闘を停止しろと、そう言った」
静かな、しかし重みを込め、タイキは繰り返す。
クロスローダーを通じて宣言が響き渡り、戦士達はゆっくりと武器を下ろしていく。
シャウトモンX7も、マイクを静かに下した。
「君達は……?」
オメガモンの肩に乗る青年は、息を切らしながらも疑問を口にした。
幼年期デジモン、黒い騎士、華奢な少女、雑誌記者へ。
「今までの出来事を近くで見てきた。何でもない、ただの……野次馬だ」
一人は答えにくそうに、英雄・八神太一の質問に答える。
実際、自分達が何者なのかを彼らに説明するのは難しい。
だが、この難しい質問の答えが、それほど意味を成さないことは知っている。
「ただ、これ以上この戦いを黙って見ていられなくなったんだ。俺だけじゃない、このデジモン達も」
幼年期のデジモン達はピョンピョンと飛び跳ね、一人の言葉に懸命に同調する。
無力な主張だが、それでも意味はある。
「もう血を流す必要はないんじゃないか。あんた達なら、もう十分に分かってるだろう」
周囲から戦いの音が消えていき、燻る炎と、灰色の煙以外は、互いを見つめあうデジモン達の姿しか見えなくなっていた。
灰色に汚れた大門大が頷くと、光竜は剣を下げ、炎の刃を消滅させた。
「ここまでみたいだな」
諦めたような苦笑いを浮かべる元ケンカ番長を見て、八神太一もまた、自らのパートナーの剣を下げさせた。
「あぁ、同感だ」
↑一人達は巨大なデジタルゲートを開くことで、戦場にいる英雄達をはじまりの街へと移動させ、そこで幼年期デジモン達と共に彼らの前に立ち塞がります。
弱い立場である一人と雪達が、なけなしの機転と勇気で強者達への反撃を試みる場面です。
物語上の強さのヒエラルキーを逆転させる、一人達にとっては一か八かの選択でした。
力に大して力で反撃するのではない、しかもこの相手にしか出来ない、彼らなりの“戦い方”です。
“停止”の文字がウィンドウに浮かび上がった。
タギルもアレスタードラモンも、その場にいた誰もが、起きている事態を理解できなかった。
ただひとり、その指示を出したアバターを除いて。
仁王がウィンドウに触れると、次々に発射権限を持つアバターとのリンクが解除され、映し出される情報が減っていく。
やがて全てが元の状態に戻ると、ラブマシーンはキングカズマとアレスタードラモンへ向き直り、吹き出しに包まれたテキストを飛ばした。
“目標箇所の情勢変化を確認しました”
笑みを浮かべた、いつもと変わらない表情で、彼の発言は続く。
“目標地点の戦闘終了により、非常事態は収束したと判断しました”
“ミサイルの発射を中止、発射権限を破棄します”
“セキュリティロックを確認しました。活動を停止します”
静かにその場に座禅を組み、目を瞑る。
そのまま、ラブマシーンは二度と動かなかった。
↑パラサイモンが剥がれ、自身の思考能力を取り戻したラブマシーンはミサイルの発射を中止します。
これは『2010年』のラストシーンで、HAL9000が自己判断で人間達を脱出させる場面をモデルにしています。
『サマーウォーズ』でも語られていますが、ラブマシーンは自分のアルゴリズムに従い行動しているだけです。
ただ、結果として彼は「ここでデジモンを攻撃する意味がない」と判断し、活動を停止した。
悪役としてのラブマシーンのイメージを反転させつつ、彼にとっては筋が通っているという、個人的に大好きな引き方です。
「なんだよ。終わりかい」
ベルゼブモンが呟いた。
戦闘を行っていたDLFのデジモン達はいつの間にかデジタルワールドに戻ったことを驚いていたが、やがて武器を下ろし、戦いを止めた。
それはDATSのデジモン達も同様で、やがて戦いの中心地から去っていくのが見えた。
「我々は未来のために戦っていたつもりだった。だが、その未来が何を望むかを見ていなかった」
腕を組みながら、バグラモンは呟く。
刀を降ろしたホーリーエンジェモンの肩の上で、タケルはバグラモンを見つめていた。
「そんなことはないと思ってました。僕達が正しいと。でも、貴方達も僕達も、同じですね」
「出直すべきだな。もしまだ許されるのであれば。新たな未来に向けて」
デュークモンは黙って頷くと、ギルモンとそのパートナーへと退化した。
奇跡的に現れた意外な救世主によって、どうやら最悪の結末は避けられたらしい。
辛うじて。
だが、また同じことが起きたら、次も避けられるのだろうか?
「許されるというより、出直さなければいけないでしょう」
松田啓人はギルモンの頭を撫でながら、バグラモンへ静かに言った。
「これからのために。今回のことを無駄にしないために」
↑戦いが終わり、武器を下ろす両陣営。
バグラモンと啓人の会話も、かなりダイレクトに物語のテーマを語っています。
あわや最悪の結末へと向かいかけていた英雄達もまた、立ち止まる訳にはいかないのです。
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