バウンダリー
2/Side:White
“おどり”







・第1話同様、Side:Blackと同時進行で雪側の話が進行していきます。
タイトルの「おどり」は第1話同様、高木正勝さんのアルバム『おむすひ』の曲『おどり』から。
Blackも含め、第2話は幾つかのシークエンスの順序が何度も入れ替わり、組み立ての難しい回でした。
当初は啓人の登場場面が冒頭でしたし、一度はDLFの会合がWhiteに入ったりしていました。






空を赤黒い雲が覆う。
いくつもの影が動く。

戦いが、あらゆるものを地上から奪っていく。







“ないかくじょうほうちょうさしつ”という言葉は、テレビドラマか小説の中だけの存在だと思っていたが、どうも実在する組織らしい。
ただ、イメージしているようなカッコいいスパイ組織ではない、ということも、目の前の青年は雪に教えてくれた。

高石タケルは居間で正座し、雪が淹れた冷茶を口に運ぶ。

「ありがとう、助かるよ。喉が渇いてたから」
「いえ……」

人当たりの良さそうな笑みを浮かべる青年に、雪はぎこちなく頭を下げ、机を挟んだ向かいに座った。

「ユキ、夜遅くにごめんね。タケルも僕もすぐ帰るから」

彼の隣に座る、長い耳のような羽を持つデジモンが言った。
パタモンという名前だと、タケルは雪に教えてくれた。
かわいらしい姿をしているが、タケル同様に姿勢よく座っているのを見るに、こちらの世界での生活は長いようだ。

「いい場所に住んでるね。自然が豊かで。下の駐車場に車を止めてから歩いてきたんだけど、スーツだったのは失敗だったかな」
「こんな山奥まで、どんなご用でいらっしゃったんですか?」

別にこの男を不快に感じる訳でも、癪に障る訳でもないが、雪は単刀直入に聞いていた。
パタモンの言うとおり、できるだけ早く帰ってもらい、1人になる時間が欲しい。

「……まず初めに」

湯呑を茶托の上に置くと、タケルは表情から笑みを消した。

「今からする話は、周りの人には内緒ということでいいかな。日本政府の機密に関わることだからね」

黙って頷いた雪を見つめ、タケルは続ける。

「事の始まりはこうだ。今から一週間ほど前に、東京の国立博物館からある絵画が盗難に遭った。修復後すぐだったそうだ」

雪は自分の心臓の跳ねる音が聞こえたが、どうにか平静を保った。

「不思議な事件でね。そもそもこの絵画は一般公開前で、歴史的な価値どころか、存在すらまともに知られてない代物だったらしい。国立博物館には遥かに高価な収蔵品がごまんとあるのに」
「その……その事件と、ここまで来たことと、どういう関係があるんですか?」
「国立博物館での盗難後、あるメールが内閣情報調査室に届いたんだ。差出人不明、本文は経緯度が書かれただけのシンプルなメールがね。そして、その経緯度がこの先の……」
「山の中?」
「雪ちゃんは、理解が早いね」

タケルは温和な表情に戻ったが、雪は彼の目的を聞いてから、自分の緊張を解くことができなくなっていた。
今日は何で、こんなことばかり起こるの?

「勿論、君やお母さんを疑ってる訳じゃない。僕達は今回の事件の犯人を愉快犯か、大規模な窃盗団だと見ている。ただ……もし、この一件に関して心当たりがあることがあれば、教えてもらえないかな? どんな些細なことでもいい」
「……知りません」

雪の脳裏に、昼間の出来事と、何年も前に見た風景が蘇ってくる。
押し殺す。
思い出すわけにはいかない。
今だけは、私はそれを知らない。

「何も知りません」
「……本当に?」

何か感じることがあったのだろう、確かめるように、静かにタケルが問いかけてきた。

「知りません」

息を殺し、今度は全力で感情を出さないように努める。
何も考えずに、この場をやり過ごす……。

「……ご協力できることは、何もないです」

絞り出した自分の声は、自分でも今まで聞いたことがないほど低く、獣の威嚇のように聞こえた。






↑この場面は第1話のツワーモンを除けば、雪とデジモンシリーズのキャラクターが会話する最初の場面となります。
個人的な考え方として、クロスオーバー作品はキャラクター同士の会話アンサンブルが上手くいくか否かで作品完成度が決まると思っています。
(これは『時空〜』を書いていた頃、異なる作品のキャラを会話させていて感じたことでした)
当初、この場面の会話ではタケルには敬語を使っていましたが、この場面を書いている途中に中村角煮さんと相談し、タメ語に書き直しました。
途端にアンサンブルが上手くいったのには結構驚きました。
タケルの年齢関わらず親しみやすい(ように見える)性格と、雪の少々神経質な性格が対照的な場面になったのではないかと思います。

ENNEさんにはこの場面の挿絵を描いていただきましたが、キャラクターの表情・背景共々ずば抜けて素晴らしいイラストになっています。
特に雪は『おおかみこども〜』のDパートのような独特の色気があり、改めて「ENNEさんスゲェ!」と思わされました。







「あのコ、何か隠してるね」

民家を後にし、坂道を降りていくタケルの横で、低空飛行しながら彼に付き従うパタモンが呟いた。
タケルは何も反応しなかったが、パタモンの言葉には概ね同意だった。
情報提供について話した後の少女の反応は明らかにおかしかった。
声には(抑えているつもりだったのだろうが)敵対心が滲み出ていたし、挙動も怪しかった。

問題は、彼女の握る情報がどのくらい重要であるかということだ。

一番悪いパターンは、彼女か、もしくは彼女に非常に近しい人物が絵画を所有しているという状態。
だがこれは、恐らくあり得ない。
あの少女にそんなことができるようには見えないし、本当に関わっているとしたら、あの程度の動揺(と、挑戦的な視線)では済んでいないだろう。
逆に一番可能性として高いのは――こういう地域の常として――自分のようなよそ者が、この周辺のことについてあれこれ詮索するのを煙たがっている、ということ。
これは大いにあり得るが、別に気にする必要もない。
関わらなければ済む話だ。
そして、その中間の可能性。
絵画を見たことがあるか、場所を知っているか、あるいはその両方か。
これも十分にあり得る。

タケルはそれぞれの可能性をよく考えた。
そして今の自分ができること、今の自分が知っていることも。
今の自分は日本国政府の代理人だ。
必要ならば、多くの人材をこの捜査に投入することもできる。
そして、あの少女には直接話さなかったが、あの絵画の重要性も知っている。

「雪ちゃんが知らないと言っていた以上、彼女を追求する必要は無いよ。ただ、この山の中を探す価値は十分にありそうだ」

必要な人材と、万が一のための戦力を集める。
それから、山狩りを行い、速やかにこの一件を収束させる。
できるだけ早く、数日以内に。





↓花の家の電話は黒電話です。
この小説は近未来の設定なので花の家にある電話が未だにこれなのは少々不自然かもしれませんが、
モトミヤ社のような一部の場面を除き、未来的なテクノロジーはこの作品には極力持ち込まないようにしています。
所謂「明るい未来」を描くことがこの作品の目的ではないため、登場する電子機器や道具類はあくまで現代のもの、
もしくはその延長線上にあるもののみにしています。






居間を片付け、洗い物を終えると、気づけば雪は黒電話の前にいた。
受話器を持ち上げ、「0」の文字部分に指を掛ける。
自分が何を話そうとしたのかを考え――手が止まった。

母の知らないこと。
何を見て、何を聞いて、何を思ったのか。
多分、自分のことを誰よりもよく知っている母は、恐らく全て聞いてくれるだろう。
故に、話すことを躊躇った。

私の知る母さんは、それを受け止めてしまうから。
母さんはやっと、私と弟のことを安心して見守ることができるようになったのに。
それを電話一本で壊すことができる。
いとも簡単に。

結局、ダイヤルを回すことなく、雪は受話器を置いた。



外を見る。
月が明るい。
明日も晴れるかな。






↓直前の雪の「晴れるかな」から大雨の東京に場面転換。
言うまでもなくこの場面は『ブレードランナー』ごっこです。
(「二つで十分ですよ!」とか……)
啓人と留姫の会話で、この作品におけるテイマーズ勢の現状が見えてきます。
留姫の苛立ちに対して表情を全く変えない啓人という構図は、大輔と賢の関係に比べると対照的ではないでしょうか。
ちなみにここで啓人が樹莉のことを呼び捨てにしているのは結婚しているため。






大雨が降りしきる街中を、長い付き合いのパートナーと共に歩く。
梅雨はもう明けているが、ここ数年、東京は日に何度も天気が変わるのが日常茶飯事と化していた。
水しぶきがあがり、周りの歩道を歩く人々が迷惑そうに車道と距離を取っている。
この街は相変わらず人が多い。

「あ」

脇道に屋台を見つけ、片方の影が立ち止まる。
無精ひげの生えた顎に水滴が滴るが、彼は気にしない。
ちょうど昼時だ。
久々に帰ってきたのだ、少しくらい食べていっても罰は当たらないだろう。

「ギルモン、お昼にしようか」

鼻孔をくんくんと動かしているパートナーを見ながら、松田啓人は言った。



頭にハチマキを巻いて客寄せをしているデジタマモンに、ギルモンが叫ぶ。

「おじさん、四つちょうだい!」
「二つで十分ですよ!」
「ギルモン、そんなにお金無いよ……」

ギルモンにはそろそろエンゲル係数について覚えてもらう必要があるかもしれない。
屋台に設けられた質素なカウンターに座り、啓人とギルモンは出された丼を食べ始めた。
カウンターには他にも何人かが座っているが、皆食事することだけに集中している。
啓人の左隣に座る、ひとりを除いて。

「いつ東京に戻ってきたのよ?」

隣を確認する必要はない。
声で分かる。

「今朝」
「どこから?」
「それはいいじゃない」
「あんたね……」
「それより、そっちはどうなの? 留姫?」

そう言ってから左を向くと、昔と変わらない、途轍もなく不機嫌そうな表情がそこにあった。

「生憎、今はすっごく機嫌が悪いわ。啓人、あんた一体……何ヶ月帰ってないのよ?」
「どうかな……忘れちゃったな」
「樹莉にはちゃんと連絡してるの?」
「たまにね。樹莉も大丈夫だって言ってる」
「それはあんたの前だからそう言ってるだけで……!」
「ごっちそうさまー!」
「……」

ギルモンが大声と共に空になった丼を持ち上げたのを見て、留姫の額がピクッと動いた。
ふいに、呑気な啓人のパートナーの後ろに長身の影が現れる。
そう言えば、この留姫の相棒に会うのも久々だ。

「あ! レナモン、久しぶり〜!」
「ギルモン、少しあっちで話したいのだが」
「うん、いいよ〜」

啓人のパートナーは立ち上がり、無邪気な表情でレナモンと共に小路へ入っていく。
レナモンが留姫の方に頷くのがちらりと見えた。
相変わらず、彼女もそれなりに苦労しているようだ。

「……話を戻してもいいかしら。あんた、最近何をしているの?」
「別に……。デジタルワールドに行ってるだけだよ。それより、留姫達は順調なの?」

一瞬、留姫が言葉に詰まったことに気づいた。

「いつも通りよ。少しは新聞でも読んだらどうかしら?」
「読んでるよ、デジタルワールドで。クロスハートは大変そうだね。福岡支部が潰されたって聞いたけど」
「……えぇ」
「遼さんは?」
「逮捕されたわ」
「そうか……確か、札幌と大阪も前に攻撃されてたよね? 大丈夫なの、クロスハート?」
「アンタ、喧嘩売ってんの?」
「とんでもない。心配してるんだよ」
「なら」

彼女は席を立ち、啓人に一歩近づいた。
苦虫を噛み潰したような表情で睨んでくる。

「いい加減、私達に協力してよ。あんた達の力が必要なの」

留姫の静かな勧誘と、啓人の昼食が終わるのはほぼ同時だった。
箸を丼の上に綺麗に並べ、両手を合わせる。

「ご馳走様でした」
「啓人!」
「留姫、前にも言ったと思うけど。僕にはそういう仕事は向かないよ」

席を立ち、ギルモンの分も含めた代金を支払うと、啓人は躊躇いなく屋台から出た。
背後に視線を感じる。
昔はこの苛立ちを含んだ視線によく怯えていたが、最近はすっかりそんな恐怖も無くなってしまった。



「レナモンはデジタルワールドに行ってるの?」
「いや、最近はあまり訪れていないな」
「ふぅ〜ん」
「……ギルモン、タカトは、近頃は……」
「お待たせ、ギルモン」

路地裏でレナモンと喋っていたギルモンに声をかける。
最愛のパートナーは啓人に気づくや否や、すぐにレナモンとの会話を中断してこちらに戻ってきた。

「タカト、少し待ってほしい」

レナモンの声に、啓人は足を止める。

「私達に……いえ、ルキに、力を貸してくれないのか?」
「……レナモン」

その言葉の裏には、恐らく自分には計り知れない苦労や犠牲があったに違いない。
実際、数年前までの留姫やレナモンなら、今日のような発言は決してしなかった筈だ。
そんな話をすること自体が恥だと考えていても不思議ではなかった。
だが、良くも悪くも、そういう時期は過ぎてしまった。
そして啓人にとっても、良い返事ができる時期は過ぎてしまった。

「留姫をよろしく頼むよ」

頭を小さく振って、啓人は静かに笑いかけた。





鮮やかな青空が、炎の色を反映した色に染まり、雷鳴が響く。
いくつもの巨大な影が動き、お互いを睨み、叩き、撃つ。

それが目の前で展開している。
長身の影が隣に立ち、囁いてくる。

「戦争はすぐそこまで迫っている」

私の目は戦いを捉えて、そこから視線を逸らすことができない。

黒い装甲の古代竜人。
真紅の装甲を纏う聖騎士。
雷を操る東方の武神。
全身が赤く燃える竜人。
いくつものデジモンが融合した巨大な戦士。
紫色のアーマーと金色の翼を装備した竜。
そして、白銀のボディと赤いマントを備えた聖騎士。

「人類史に刻まれる最後の戦いだ。悪ではなく、英雄がアルマゲドンをもたらす。青空はこの日を最後に地上から見えなくなり、木々や動物は姿を消す。そして……」

足元を見る。
いくつかの卵がピョンピョンと飛び上がり、怯えるように震える。
怖がっている。
自分と同じだった。





↓雪サイドの過去話。
『おおかみこども〜』の直後からこの小説に直接繋がる展開……と同時に、『時をかける少女』の『白梅二椿菊図』がようやく登場します。
映画のラスト(Dパート直後)を経た雪の雨に対する感情は複雑なものではないかと思います。
この辺はまたいずれ深く語れればとは思うのですが、この小説では「映画のあと、雪が彼を追い山に入る」という形で物語を繋ぐ形式にしました。






「う〜ん……」

蒸し暑さと日差しが眠りを中断させる。
OZアカウントと高石タケルのダブルパンチをくらった日から数日間、雪は毎晩あの夢を見ていた。
しかもそれが、日を追うごとに鮮明になっていく。
他に頭を悩ませていることがあるのに、睡眠中くらい休ませて欲しいと思う。



ひととおりの庭の手入れを終えて、花壇を眺めながら縁側に座り、雪は思い出していた。
ここ数日、ずっと考えていることだ。





彼女には弟がいた。
二年前に、自分とは違う道を歩んでいった弟。
集中豪雨で学校の午後の授業が休校になった日、弟は母の元を去った。
山に入り、“向こう側”へ行ってしまった。
その日は様々な(本当に、実に様々な)出来事があり、結局、雪は去り際の弟を見ることが出来ず、翌朝、母から事の顛末を聞かされた。
母はおおらかに笑っていたが、雪は弟の自分勝手な選択をそう簡単に割り切ることは出来なかった。

(あの馬鹿……)

あの数日後、随分と躊躇してから、雪は母には内緒で、ひとりで山へ入った。
弟の臭いはよく覚えているし、足跡も分かる。
だが、何年も山には入ってなかったうえに、豪雨によるぬかるみが酷く、結局ほぼ一日をかけても弟を発見することは叶わなかった。
しかし、探索しながら、雪は自分の中の弟に対する感情が変化していくことに気づかない訳にはいかなかった。

弟は、きっとこの山が好きだ。
そして、この山で自分の居場所を見つけた――。

やがて日も暮れかけ、捜索を諦めて山を下りようとした時。
光が、朽ちた木で組まれた人工物の下で踊っている。
何か、いる?

そして偶然、その祠を見つけた。



気のせいだったのか幻覚でも見たのか、そこを覗くと、既に光の踊りは終わり、消えていた。
そこはボロボロになった木製の屋根と戸によって守られ、さらにその周りを鬱蒼と茂る木立に囲まれていた。
放置されて何十年も、ひょっとすると建てられてから百年以上も経過していそうな祠。
いや、もっとか。
自分の家だって、今でこそ母が再生させたが、築百年ほど経つのだ。
多分、この祠はもっと古い。
人の手が入らなくなって相当な年月が経過している。
だが、雪がその祠に目を奪われたのは、それが山中では珍しい人工物だったからではない。
いくつかの臭いに混じり、微かに……非常に微かに、弟の臭いがしたからだ。
何日も前かもしれない。
だが、弟はこの祠に立ち寄ったに違いない。

慎重に戸を開け、雪は祠の中を確認した。
そこには、案の定――それでも、僅かに希望を持っていたのだが――弟の姿は無かった。

代わりにあったのは、小さな、苔が生えてすっかり緑色になってしまっているお地蔵様と。
この場には似つかわしくない、古びた絵画。
穏やかな女性の顔の下に、青白い四つの球体のようなものが浮かぶ。
そしてそれを渦巻のようなものが囲んでいる。

しばらく、雪はその絵画を眺めていた。
この絵画を弟も見ていたのかと思うと、何故かその場を離れることができなかった。





彼らが捜しているのは、あの絵画なのだろうか?
確証はない。
そもそも、あんな古びた祠にあった絵画が、政府の人達が必死になって見つけようとしている物?
しかも、自分がアレを見たのは二年も前の話だ。
「最近盗難に遭った」と、タケルも言っていたではないか。

しかし――それでも雪は、拭いきれない不安感を心の中に留めていた。
OZの一件もタケルの探し物も、あの絵画であるという、確信に近いものが雪にはあった。
そして自分が、あの絵画を他の人間に渡したくないと思っていることにも気づいた。

雪は祠を初めて見つけた時以来、一度もそこを訪れていない。
あの祠が何故か、弟にとっての聖域であり、侵してはいけない彼の休憩所である気がしていたから。
そして、自分や母とは別の道を進んだ弟と、自分達とを繋いでくれている場所だと思っていたから。

だが、そうだとしたら、このまま指をくわえて事の成り行きを見ている訳にはいかない。
あれが何なのかを、確かめる必要がある。

新たに編成された政府の調査隊が到着したのは、この日の昼頃だった。






↓3話へと続くシークエンス。
前々から書いてみたかった、ただの貴族に遂に出演して頂きました。
グロットモン、というのは割と直前に決まったチョイスで、これまた貴族との会話アンサンブルを踏まえた結果です。
貴族の演説は漫画版の有名な台詞で閉めますが、これとラスト二行だけで、彼が部下のことをどう思っているのか読み取れるようになっています。
ダークナイトモンは演説用の台詞をいくつかストックしていて、部下が出来るごとに使い回している……という、僕の勝手なイメージ。






日も落ちかけ、木々が橙色に染まり始める頃。
山中に、デジタルゲートは開かれた。
静寂が支配を始めたけもの道に風が奔り、空間が捻じ曲がる。
小さな電撃がどこからかともなく放たれ、周囲にいた小動物たちをパニックに陥れた。

やがて、そこに生まれた異空間からの通り道を通ってくる者がいた。
左肩に斧、右手には両端に刃が装備された槍を握っている。
漆黒のマントと、鈍く光る鎧を纏い歩く姿は、見る者にある種の気品を感じさせる。

「ふむ」

延々と並ぶ橙色の森林を見て、彼はため息をついた。

「随分と殺風景だな。本当にここにあるのか疑わしいくらいだ」

その暗黒騎士の後ろに続き、ゲートの奥から何体もの影が現れる。
数も、それぞれの姿も、この山中には不釣り合いだ。

暗黒騎士に声をかけたのは、巨大な鎚を肩に乗せ、大きな鼻を持つ童話の小鬼のようなデジモン。

「オイ、ハズレだったら冗談じゃねぇぞ。警察のデータベースをハッキングしたんだから間違いねぇんだろ?」
「無論だ。安心したまえ、グロットモン。君の協力には感謝しているよ」
「ふん」

懐疑的な視線を向ける子鬼の質問に平然と答える。
不満そうに鼻を鳴らす彼を後目に、暗黒騎士の手勢は異空間からの移動を完了し、彼らの前に整然と並んだ。

「さて諸君」

風によって体に纏わりついたマントを払いながら、騎士が影達に声をかける。

「よくぞ私についてきてくれた。我らデジモンの希望の未来のためとは言え、この遠征に参加する決断は容易なものではなかっただろう。紳士として諸君の協力に心より敬意を表するよ」

鼻息荒く、影達は騎士の言葉に耳を傾ける。
子鬼のため息が背後から聞こえたが、彼はあっさりと無視した。

「今宵はDLFにとって運命の分かれ道となるであろう。諸君、どうか私にもう少しだけ力を貸して欲しい。そして、戦いの鍵を我らが手に収め……ニンゲン達に我々への敬意と恐怖を思い出させるのだ!」

暗黒騎士ダークナイトモンは右腕を天に突き上げた。
影達が唸り声を上げ、森林を震えあがらせ、大地を揺らす。

「ありがとう、諸君……凍てついた我が魂にも……今は熱い感動を禁じ得ないよ……!」

鉄仮面の奥で、ダークナイトモンは笑った。
うむ、景気づけはこのくらいか。


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