時空を超えた戦い - Evo.6
nice to meet you,Mr.giant








災いは山木たちの計算通り、発見から一時間後に降ってきた。
空中にデジタル空間が広がると、一時的にリアルワールドとデジタルワールドの狭間とが繋がり、中から影が地上に降りた。
その場にいる者のほとんどが初めて見る異空間との干渉だけに、攻撃準備を整えた自衛隊員たちも息を呑む。

「いよいよか」

山木が呟く。
やがて、空間を繋げる「ゲート」が一瞬光ったかと思うと、早朝に見た巨大生物が出現した。
巨大な人間、のような生物。
だが、出現と同時に雄叫びを上げ、地響きを立てながらこちらに向かってくるような奴を、果たして人間とカウントすべきかどうか。

「射撃準備!」

場にいた司令官が叫ぶ。

「目標が攻撃圏内に入ると同時、一斉に射撃を開始する」
「「了解」」

新宿の街中の所々に十数人の隊員たちのグループが潜み、巨大生物の動向を伺っていた。
都庁の前に臨時に立てられた指令センターでは、空中から見た巨大生物の映像が流れ、隊員の緊張が走る。

「目標、攻撃圏内に入りました!」
「攻撃、開始」

次の瞬間、耳を劈くようなライフルが火を噴く音が街のいたる所から響く。

「アンギャアァァ!」

巨大ダイスケは叫ぶ。
しかし、当初考えられていたほど大きなダメージを与えることはできなかった。
ダイスケは攻撃を受けたことには気づいたようだが、グラウモンたちとの戦闘と同様、ダメージは受けていないようだ。

巨大ダイスケは邪険な目つきを見せると、周囲のビルを手当たりしだい次第に破壊し始めた。

「総員、退避ッ!」

破壊されたビルの破片が落下してくる。
巨大ダイスケの周囲に配置されていた隊員たちは慌てて退避していった。

一方、破壊されたビルの反対側にも自衛隊員たちが向かっていた。
比較的安全と思われる場所に到着すると、4人ほどの隊員たちがダイスケに向けてロケットランチャーを構える。

「目標、背部」

ランチャーが火を噴くと、緩やかな曲線を描きながら砲弾がダイスケに命中した。
さすがにこちらはダメージを受けたらしく、ぐらりと背中が揺れる。
攻撃を受けると、ダイスケはさらに怒りに燃え、叫び声を上げながら街壊し始めた。

さらにダイスケは破壊されたビルを両腕で握ると、一部の破片を引きちぎった。

「何をする気だ…?」

山木がその光景を見ながら呟く。

ダイスケは建物の破片を軽く投げると、落下してきた破片を膝で何度も上に放り投げた。
その様子はまるで…。

「…リフティングか?」

隊員の誰かがこう呟いた。
確かに、見た目は巨大な人間がサッカーのリフティングをしているように見える。
ダイスケは3、4回リフティングをしたかと思うと、一層高く破片を蹴り上げる。

「…おい、マズいぞ」

高く蹴り上げた破片が落下してくると同時、ダイスケはその破片を今度は思いっきり蹴った。
まるでシュートをした様に。
しかし、破片はサッカーボールのように一直線に飛ぶわけには行かなかった。
衝撃に耐え切れず、空中でさらに分解して小さな(といっても、人間一人を押し潰せるくらいの)破片となって降り注いできた。

「退避ーッ!!」
「うわぁぁぁっ!」

破片が隊員たちを襲った。
付近の隊員たちは急いで周囲のビルの中に逃げ込む。
次の瞬間、自分たちが今まで立っていた道路に、破片が雨あられといった感じで落ちてくる。

グシャ、ガシャンという、破片が落下する音。


「やれやれ、思ったほどニンゲンの余興というのは面白くないな」

別の世界でこの戦いの一部始終を見ていた謎の影が、つまらなそうに呟いた。

「…ん?」

戦いを表示しているモニターを見ると、そこには子供が数人、そして…デジモン。
画面を見るものが不敵に笑う。

「…まぁ、待て。お前たちとの戦いはメインイベントだ」

そう呟いて、影は画面の近くのスイッチを押した。

「合間見えるのは、また次の機会、だ」


「…な」

破片が落下してきた道へ隊員たちが出ると、唖然とした。

巨大生物の姿は、消えていた。
空中には再び、空の歪みが。
だがその歪みも、しばらくして消えていく。


「…逃したか」

都庁の窓から山木が言った。
しかし、これで巨大生物の行動は大体わかった。
ゲートを使って、出現し、街を破壊している。
となると、ヒュプノスで先に行動を掴み、出現ポイントを調べれば先回りも可能だ。

「勝負は、次だ」


「…ウソだ〜…」

啓人が力なく叫ぶ。
巨大生物を発見して、急いで現場に走ってきたのに。
やっとついたと思ったら、ダイスケは消えてしまった。
出現時にこれたとしても、集まったのがたった2人ではやはり勝てないだろうけど。
啓人の横には、またしても怒り心頭の表情をした留姫と、やっぱり疲れているギルモン。

「…帰るわよ、啓人…」

ヤバい、今回の苛立ちは本当にヤバい。
ちょっとでも迂闊な会話をすれば張り倒されそうだ。

「戻ろう、ギルモン」
「うん…」

朝からの疲れが溜まっているギルモンを気遣いながら、啓人は再び帰った。
次の機会は、絶対に逃さない。


その日の夕方、お台場には「巨大生物対策本部」が置かれていた。
この場所に置かれた理由は、山木がヒュプノスによって出現ポイントがこの場所の近くであることを突き止めたからであった。
幸いデータ容量が巨大だったので、存在がすぐに突き止められたのだ。
次の出現は今夜…あるいは、明日である。

「本日昼、東京都庁付近での巨大生物との交戦では、我々が当初想定していたほどのダメージを与えることは出来ませんでした」

自衛官の一人が、今日の戦いの成果について説明する。
その場には十数人の自衛官、そしてネットワーク管理局のメンバー数人(山木も参加している)、政府の代表などが作戦の説明を聞いていた。
自衛隊の結果報告が終わると、続けてネットワーク管理局の説明が行われた。

「今回出現した巨大生物の構造を調査したところ、これまでに出現したデジタル生命体とは違う性質を備えていることがわかりました」

調査メンバーの一人が説明する中、資料が自衛官たちに配られる。

「この巨大生物の皮膚は、一年前に出現した生物たちと同じ擬似タンパク質で出来ています。しかもこれは非常に頑健な構造をしており、小型銃でのダメージは微々たるものです」
「どの部分が、これまで出現したデジタル生命体と違うのかね?」
「皮膚、というより身体全体には擬似タンパク質が張られていますが、これは言わば一種の殻のようなものです。この薄い皮膚の下には本物の皮膚と思われる物質があります。ですが…」
「…何だね?」
「この物質は、我々人類の皮膚と何ら変わりのないものなのです。人間の肌、そのものです」
「…?」
「違うといえば、巨大化していることで厚みが増している、ということくらいでしょうか」
「ではあの生物は、我々人類と同種だとでも!?」
「いえ、そういう訳ではありません。しかし、見た目どおりの極めて近い性質を備えています」

一瞬、沈黙が流れる。
今回の巨大生物が、デジタル生命体よりも人類の方に近い、という見解に驚きを隠せないようだった。

ネットワーク管理局の調査報告が終わると、今度は別の自衛官から次の作戦についての説明がなされた。

「今回、作戦の指揮を取る成田であります。これより対巨大生物戦の構想について説明します」

成田陸佐は見た目30代程の若い自衛官であった。
彼は配られた資料をと共に、ホワイトボードに戦術を描きながら説明する。

「…今回は、前回大きなダメージを与えられなかった小銃中心ではなく、砲兵科・機甲科中心の部隊での戦闘となります。また、茨城・百里基地から空自が出動する予定です」

説明を聞きながら、山木は一抹の不安を覚えた。
戦力の疑問ではない。
今回の騒動の、人間の干渉についてである。
何故か今回は、人間が必要以上に出てはいけないような気がするのだ。
彼ら、デジモンたちが出るべき戦いのような…。
無論、これは理屈で言うのではなく、単なる第六感だ。
山木は頭を振ると、これからの戦いに集中しようとした。


翌朝。
お台場の海はいつもの通り静かで夏休みということもあり、5、6歳くらいの大人数の子供たちが遊んでいた。

「いや〜、東京は海も騒がしいんだなぁ」

そんな事を呟くのは、マウンテンバイクに寄り掛かりながらおにぎりを食べる若者であった。
年齢は、大学生だろうか、二十歳くらいである。
服装を見ると、どうやら自転車で日本縦断をやっているようだ。

「興味があって東京に寄ったけど、人ばっかりだな」

そんな事を呟く。

と、青年は奇妙なものを見た。
海に三角形の帆が浮いている。
いや…目をこすってよく見ると、帆ではない。
青くて、まるで背ビレのような。
背ビレ…?

「おいおいおい…やべぇって!」

背ビレと、その下にいるであろう生き物は、水浴びをしている子供たちに向かってくる!
青年は勇敢にも海に飛び込み、子供たちを腕で支えて陸まで上がろうとした。
事態を理解していない子供たちが驚きでキャーキャー騒いだが、今は陸地に上がらねば。
そんな事をしている内に、海の生き物──サメのシルエットが近づいている!
だが、最悪の事態には更に最悪の事態が重なる。

「うっ…ヤバ、足つった…」

大ピーンチ。
思うように動けなくなった大学生に、よもや数メートルの所までサメが迫る。
大概のサメは、某ハリウッド映画のように人間を襲うことなどほとんど無い、と聞いているのだけれど。
…どうやら、本当に襲われそうだ。

「しっ、死ぬ死ぬ死ぬー!」

海面が揺れ、今正に人食いザメが大口を開けて姿を現した、その時。

ザザザザザザ…

海面が割れるような巨大な音を上げる。

サメは、海面から全体像を表した。
いや、表したには表したのだが、海面から顔を出しただけでなく、どんどん上に上がっていく。
空を飛ぶように…。

「う、うえぇ!?」

思わず奇声を上げる青年。
海面が割れ、サメを上空まで押し上げたモノの正体は、サメよりも遥かに巨大だった。
担いでいる子供が更にキャーキャー叫ぶ。

「何だ…ありゃあ!?」

巨大な人間…が、海面から現れた。
その口には、先ほどのサメがすっぽりと収まっていた。

訂正。
最悪の事態に重なった更なる最悪の事態には、更に更に最悪の事態が重なるものだ。

巨大な人間…前日に姿を消した巨大ダイスケは、サメをボリボリと食べながら、足をつった不幸な大学生を跨いで、悠々とお台場に上陸した。




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