頭が重い。
「感覚が戻りつつあるのか」
誰だ、お前は。
「知らなくてもいいことだ」
…なんで俺、前が見えないんだ?
「五感が支配されているからだ」
前が見えないだけじゃねぇ。
耳が聞こえない。
手も、足も感覚が無い。
「お前の身体は、しばらく借りる。もう少し待つが良い」
…お前は、俺の中にいるのか?
「…まぁ、そうとも言えるな」
出て行ってくれ。
感覚が戻らない。
「それは無理な話だ…しばし貴様には寝て貰わねばばらぬ」
…意識を戻してくれ。
元の所に…元の身体に…
「さらばだ…起きるなよ、小童」
山木は巨大生物への対策会議の終了後、臨時の対策本部となっている建物の屋上で休んでいた。
まだ朝日が顔を見せて間もないが、彼らには睡眠を取る時間が三時間程度しか無かっただけに、山木も疲れを見せていた。
「よう、ここに居たのか」
そこへ、人影が入ってくる。
「…あぁ、隆次か」
山木が気づくと、彼を下の名前で呼んだ。
「何だよ、随分素っ気無いじゃねぇの」
やってきたのは、前日に作戦の説明を行った自衛官であった。
「大学時代の竹馬の友との久しぶりの再会だってぇのに」
「…自分から竹馬の友とか言うものか、普通」
口ではそんな事を言っているが、それでも山木の前日からの緊張は少し解れたようで、手すりに手をかけながら僅かに笑みを浮かべた。
「久しぶりだな、成田『陸佐』」
「…なんでそこだけ強調してんだよ」
「随分偉くなったようだからな、敬意を表しているつもりだが」
「お前だって、一丁前に『室長』とか呼ばれてんだろ?」
「はは、確かにな」
軽い会話をしながら、成田はポケットから煙草を取り出した。
山木がその行動に気づくと、彼にジッポを投げ渡す。
成田がキャッチしながらサンキュ、と言うと。
「陸自のエリートが仕事中に煙草を吸っていいのか?」
「渡しといて何だよ…そういや、あれどうなったよ、鳳ちゃんとの」
「今度はそういう話か…」
プライベートな話まで突っ込んでくる性格も、昔と変わっていない。
前日の会議ではあれほど真面目そうな言葉遣いだったのに…相変わらず油断できないくせ者だ。
「何なら、俺がワイフを仕留めた時の芸術的リリックを教えてやろうか?」
「遠慮する」
そんな会話をしつつ、山木も口にくわえた煙草に火を点けた。
その日の午前中、巨大生物は再び出現した。
上陸ポイントはやはり、お台場付近であった。
対策本部では情報が飛び交い、一気に慌しくなる。
成田と山木が部屋に入ると、部下の一人が机の上に二十三区の地図を広げ説明した。
「生物は出現後、品川に上陸しました!港区方面を目指し進行中です!」
「いよいよここまで来たか」
山木が言う。
成田は地図を指差しながら指示した。
「品川駅までにケリをつけるぞ」
「了解、既に手配しています」
「よし…我々も行くか」
品川駅前に、陸自の部隊が集結する。
一般人の避難が完了すると、公道に続々と車両や火砲が到着し、上空にはヘリが待機した。
巨大ダイスケは港区を目指し進行を続けている。
まもなく戦闘が開始されるだろう。
「しっ…」
「品川ぁ!?」
啓人と博和が叫ぶ。
前日集まったものの、結局巨大ダイスケの方が現れず、解散となっていた。
そして翌日に出現後、再び集まった、という訳なのだが。
「そう、そこに出現した」
レナモンが言う。
彼女が言うのだからまず間違いないのだが、それにしても啓人たちは絶句してしまう。
いくら二十三区内とは言え、新宿と品川では距離がある。
少なくとも、子供の足でいける距離ではなかった。
「私はレナモンに連れて行ってもらえばいいけど、私たちだけじゃどうしようもないし…」
「俺もヒロカズだけ連れて行っても、勝てるとは…」
留姫とガードロモンが言った。
一同、言葉を失ってしまった。
「…それにしても、ジェンは?」
「…誰か連絡受けてないの?」
「…」
そう、全員が集まるはずであったのに健良とテリアモンだけは未だに来ていない。
「まさか、ジェンだけ先に行くなんて有り得ないしなぁ…」
「何モタついてんのよ、アイツ…」
「…ルキ、どうする気だ?」
「う…」
参った、と心底思う。
健良がいないだけでこれだけ統率が取れないのか。
「仕方ないぜ、先に行こう!」
「でも…前は成熟期でも全然敵わなかったんだよ!?ジェンがいなかったら今回も…」
意見が全くまとまらない。
と…全員がエンジンの音に気づいた。
音のほうに目をやると、車がこちらの方へ向かってきている。
「…あ!」
いち早く乗員に気づいた啓人が叫んだ。
車は子供たちの前で止まると、中から健良とテリアモンが出てきた。
「…みんな!遅くなってゴメン!」
「迎えにき〜たよ〜!」
更に車の運転席の窓から、彼らの父親の顔が覗いた。
健良の父親、李鎮宇だ。
「さぁ、早く乗りなさい!」
「おじさん、お願いです!僕たちは…」
「解っているよ、君たちの言いたいことは」
へ?と、全員で顔を合わせる。
てっきり子供たちは、自分らを避難させようとしていると考えたのだが。
鎮宇は彼らに言った。
「行き先は、品川だ」
「うわぁぁぁ!」
既に巨大ダイスケとの戦闘は始まっていた。
戦車まで戦線に投入した成田は、勝利を確信していた。
だが、巨大ダイスケは予想を超えた力を持っていた。
「怯むな!攻撃を続けろ!」
74式戦車の砲撃が続くが、怒り狂う(多分)ダイスケを止めることは出来ない。
「どうなってるんだよ、あの怪物は…」
「解らん…ハッキリしているのは、奴がデジモンとは全く違うことだけだ」
成田と山木が対策本部のモニターを見ながら呟いた。
「アンギャアアァァァ!」
ダイスケが道路に手をかける。
と、凄まじい力で公道が捲れ上がった。
「うわぁっ!」
地震が起こったかのように、戦車の車内が揺れる。
『危険だ、退避しろ!』
無線で車内に成田の声が響いた。
自衛隊員たちは急いで、動かなくなった車内から出る。
「アンギャアァァァ!」
程なくして、ダイスケが放り投げたビルの破片が直撃し、戦車は大破した。
「山木…」
「無理だ、この状態では敵わん」
成田は山木の返答を聞くと、巨大生物をただただ眺めるしかなかった。
間も無く、健良たちが乗る車が、品川の車が近づける最大限の所まで辿り着いた。
車内はすし詰めであったが、レナモンとガードロモンが自力で移動したこともあり、何とか全員で向かうことができた。
「うわーっ、これじゃあ…」
だが、現場にあと少しという所で彼らは再び足止めを喰らう。
そこには巨人を一目見ようと集まる、相当な人数の野次馬、そしてそれを抑える警官。
これ以上近づくことは不可能であった。
「おい、どーすんだよ!?」
博和が叫ぶ。
「とにかく、降りるしかないよ…」
鎮宇も含め、乗っていた全員が降りる。
だが、やはりそれ以上進むことは出来なかった。
「…」
啓人は人ごみに紛れながらも、戦いの場を見た。
刹那、巨大な爆発がダイスケの足元で起こった。
ダイスケはビルを踏み潰しながら進撃を続けている。
自分たちの住む場所が、壊されていく。
ようやく、護ることのできる力を持つことが出来たはずなのに。
ただ、傍観者でいていいの?
「…くっ!」
啓人は次の瞬間、人ごみの中を駆け出した。
ギルモンもそれに続き、迷うことなく彼の後を追っていく。
「あっ、啓人!」
「!!」
警官も、側にいた健良と留姫も止めることが出来なかった。
それだけ急に走り出したのだから。
「見ているだけじゃ…いけないよ…」
啓人は自分自身に言い聞かせるように呟きながら、真直ぐ戦いの場へ走る。
「僕たちが…戦わないと!」
「タカト…ギルモン、タカトを助ける!」
離れることなく隣を駆ける頼もしいパートナーに、ありがとう、と言葉をかけた。
「!?」
「あれは…」
戦いの場を見続けていた山木と成田も、子供が危険区域へと入ったことに気づいた。
「子供です、子供が入ってきてます!」
「何をしてる!すぐに捕まえるんだ!」
成田が蒼白になりながら部下に指令する。
だが、山木がそれを手で制した。
「待て」
「山木…何だ一体!」
山木はサングラスの位置を修正すると、成田に言った。
「彼らを…行かせてくれ」
「!?何を言ってるんだ、正気を失ったのかお前!?」
「彼らは…私の友人だ」
「だからどうした!?寧ろそれなら尚更止めるべきだろう!子供なんだぞ!」
しかし、山木は彼にはっきりと言った。
「我々で勝てないのなら、希望は彼らしかない!」
「…!?」
「例え子供でも、私の…戦友だ…」
山木自身、自分の行動が本来すべきでは無い事だとはっきり理解していた。
しかし、彼らに希望を託すべきだ、とはっきり感じているのもまた事実だった。
「全責任は、私が負う」
「山木…」
「ヒュプノスでネットワークを見張れ!」
山木はマイク付イヤホンに手を当て、オペレータに命令した。
「いくよ、ギルモン!」
「うん!」
啓人は炎の街へと入ると、ディーアークを握った。
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