時空を超えた戦い - Evo.9
二人の魔王






今や破壊された建物や車の瓦礫で埋め尽くされた、夕闇の品川。
その瓦礫の中でもひときわ目立つ巨大な破片の山の前で、デジモンたちは立っていた。
先ほどメガログラウモンが強烈な体当たりをぶつけただけに、瓦礫の中の巨大生物に動きは見えない。

「やったのか…?」

健良が気を緩めず、しかし僅かな願望を込めて呟く。
だが、隣にいるラピッドモンとタオモンがそれを否定した。

「ううん、まだだよ、ジェン」
「どうやら、こちらの様子を伺っているようだ…」

瓦礫の山へ、メガログラウモンたちは少しづつ近づく。
油断せず、少しでも相手が動けば再び攻撃できる態勢で接近した。

しかし、相手の動きは彼らの反応速度を遥かに超えていた。
次の瞬間だった。

「!!」

突如として瓦礫から足が現れると、メガログラウモンを蹴り倒す。
さらに巨大ダイスケは全身像を再び表すと、周りにいたデジモンたちも弾き飛ばした。

「ぐあ…」
「う…!」

メガログラウモンは建物に叩きつけられ、タオモン、ラピッドモン、ガードロモンも公道に倒れた。

「メガログラウモン!」
「お、おい!ガードロモン!」

タオモンとラピッドモンは未だダメージが少なく、完全体であるためにすぐ立ち上がった。
メガログラウモンはダメージが大きいようだったが、何とか立ち上がる。
しかし、ガードロモンには再起不能な状態であった。

「…わ、悪いヒロカズ…ちょっと戦うのは無理だ…」

申し訳無さそうに、彼に近づいた博和に言う。

「バカ、んなこと言ってる場合かよ!」

立てるか、とガードロモンに問い掛けると、何とか、という答え。
ガードロモンを危険の大きい前線から急いで、マリンエンジェモンの結界が張れる位置まで下がらせた。
その間にも、デジモンたちの反撃が始まる。

「ラピッドファイアッ!!」
「梵筆閃!!」

ラピッドモンの放つミサイル、そしてタオモンの巨大な筆から放たれた呪縛が、ダイスケを後退させた。

「アンギャアァァァ!!」



「AH-1Sは攻撃準備中です!」
「急げ!」

作戦室では再度の攻撃準備が行われている。
成田は攻撃によって大きなダメージを与えることは諦めていたが、それでも何一つ行動しないのは彼の性格上、許せないことだった。

「…目標は引っかかったか?」
『いえ、まだです』

一方、山木と鎮宇は新宿のネットワーク管理室と、先程から連絡を取り続けていた。
それを見た成田が、思わず山木に叫ぶ。

「おい山木!さっきから何やってんだ!」
「…デジタルワールドからリアルワールドへの進入経路を監視している」

悪魔でクールに答える山木。
その様子は、現在の切羽詰った状況にはとても場違いな感じがした。
苛立つ成田は山木たちに近づくと更に問い詰めた。

「今そんな事をしてる場合かよ!?」
「今だからこそしなければならないことだ…」
「…?」
「前の出現時から、巨大生物との戦いの時…それに失踪後、ヒュプノスに反応が出ていた」
「それはあの巨大生物の反応なんだろ!?」
「…私も最初はそう考えていた…見落としていたんだ」

なかなか結論を言わない山木に成田は詰め寄る。

「…成田、あの生物は自分の意思で行動していると思うか?」
「…は?」
「私にはそうは思えない。どうも違和感を感じていた…だが、ようやくその理由が解った。奴はデジタルワールドから第三者によって動かされている」

山木の突拍子もない一言。
一瞬、成田には意味がよく理解出来なかった。

「…操られている、と…そういう事か?」
「そうだ。…正確には、デジタルワールドとリアルワールドの狭間だ…あっちの世界の者か、あるいは…」
「…それで?どうする気だ?」
「…我々の出来る行動はこれくらいだな…。品川一帯のネットワーク回線を遮断する」

さらりと言う山木。
だが、回線の遮断というとんでも無い行動に、成田は驚く。

「…遮断だと!そんな事をしたら…」
「あぁ…ここ一帯のネットワーク回線は全て切断される。電子機器も使用出来ないだろうな…」
「無理だ!」

成田が反論するのも無理はない。
品川一帯のネットワークが使用出来ないのも問題だが、それ以上に電子機器が使用出来ないのは深刻だった。
作戦室に備えられたパソコンは勿論、戦闘ヘリ・戦車にも電子機器が積まれている。
それら全てが使えなくなれば、作戦室の起こせる行動は何一つ無くなると言っても過言ではないのだから。

「そんな事をする必要があるなら、寧ろ今すぐあの怪物を葬った方が早いだろう!」
「成田…」
「山木、俺はそんな網を張って獲物が掛かるのを待てるような人間じゃない。今考えるべきは、最大の敵であるあの生物を倒すことだ」

成田は画面に映る巨大生物を指差す。

「今の戦力なら、それが出来る!絶対だ!」
「成田、お前はあの世界の者たちを甘く見ている。彼らは時に、我々にとって想像もつかないような行動をする。放っておけば事態が悪化するかも知れない」
「それは可能性の話だ!」
「…私の知るお前は、その場凌ぎの策しか考えない愚か者では無いはずだ」

次の瞬間、成田は山木に掴みかかった。
山木が最後に放った一言が、今の成田に衝動的な行動を起こさせない訳が無かったのだ。

「いい加減にしろ…!今指揮を取っているのは俺だ…いくらお前だからと言っても、これは…」
「成田二佐!」
「山木君!」

鎮宇と、彼の近くでパソコンに向かっていた自衛官たちが止めに入る。
成田は手を離したが、怒り──と言うより寧ろ、焦りを含んだ表情で山木を見つめていた。
山木の方はと言うと、トラブルに巻き込まれたとは思えない程冷静な表情で、スーツの襟を直していた。

「成田、解ってくれ」
「…山木、俺は俺の考える通りやらせてもらうぞ」

成田は再び攻撃準備に取り掛かる。



「…準備は出来たか」
「無論です」

暗闇の部屋。
そこにいる「彼」が、新たに部屋へ入った影と会話している。
いや、影と言うより、「影たち」だろうか──一列に並ぶ影は五つある。
うち四つの影の主は、スカルサタモン。
そして、スカルサタモンを左右に二人ずつ従え、中央に彼らより一回り大きな影が存在した。
そのデジモンが、彼らの主であろう、玉座に座る者と話していた。

「…ニンゲンどもは、我らが彼を使っていることに既に気づいている。ネットワーク回線を遮断しようとしていると見て、間違いないだろうな」
「それでは、早く進入せねばなりませんな」
「あぁ」

ゆっくりと座から立った影は、少しの間、戦闘を移す画面に目をやってから、五体のデジモンへと命令した。

「…行け『N-4』」
「了解」

デジモンたちは直ぐに姿を消した。



新都心にそびえ立つ双頭の高層ビル、そこにあるネットワーク管理室で、オペレータの麗花と小野寺が事態の変化をいち早く知った。

「ヒュプノスに反応在り!」
「目標、高速で接近中!」

五つの反応が、リアルワールドに接近している。
予め予測されていた事だが、やはりその場には緊張が走っていた。
小野寺が品川にいる山木へ状況を伝える。

「山木室長、回線の遮断は!?」
『いや、待て』



山木は再び成田を見た。
成田はまだ、ネットワーク遮断を許可してはいない。

「…頼む、成田」
「実行すれば、我々は戦えなくなるんだぞ」

作戦室には、ネットワーク管理局からの通信が途絶えることなく響いている。

『目標、速度を上げています!あと一分でリアライズ!』

「…」
「成田!」

『あと30秒!』

山木は一時、目を下へ向けると、決断した。
オペレータに命令が飛ぶ。

「…遮断シールド起動!」
「な…山木!!」
『起動します!』



デジタルワールドとリアルワールドを繋ぐ空間──見た目はまるでSF映画のような、カラフルなパイプの中のような通路を、五体のデジモンが通過する。
先ほど彼らの主人から命令を受けたスカルサタモンたちだ。
あと僅かで、ダイスケとデジモンたちの戦闘が行われているリアルワールドへ突入する。
スカルサタモンたちは、「N-4」と呼ばれた彼らよりも一回り大きなデジモンを囲むような形で移動していた。

「あと10秒程度です」
「あぁ」

と、そこで、空間が突然揺れた。
驚いたスカルサタモンたちが正面を見ると、紫色の電流の壁のようなものが通路を塞いでいた。
前を侵攻する二体のスカルサタモンが小さな悲鳴を上げ、停止しようとしたが間に合わずにそのまま遮断シールドに突っ込んだ。
直後、消滅するスカルサタモン。
さらに「N-4」も遮断シールドに進入しようとする。
が、「N-4」は速度を止めようともせず、細長い爪の付いた腕を振り上げた。

「…下らねぇ」

そして腕を振り下ろすと、遮断シールドが裂け、巨大な穴が開く。
遮断シールドは直ぐに元の状態へ修復したが、それは既に「N-4」と二体のスカルサタモンが突入した後だった。



『…目標、遮断シールドを突破、尚も進行中!』
「何だって…!?」

作戦室で鎮宇が叫ぶ。

『五体の反応の内、二体は消滅!しかし、残りの三体は未だ進行中!』
「…!」

既にネットワーク遮断によって、自衛隊のパソコンや電子機器は停止している。
山木と成田は作戦室の窓から戦場を見た。
すると既に、巨大ダイスケの頭上に煙のような空間が現れる。

「…まずい…!」



「あ、あれは…!?」

啓人たちも、新たなデジタル空間に気づき、そこを見る。
稲妻を放ちながら、デジタル空間から、少しずつ新たな敵の姿が現れる。

「出てくる…」

やがて、「N-4」は出現した。

灰色の肌に、黒い兜。
赤い羽根がゆっくりと動いている。
三本の爪のついた細い両手には、それぞれ一つずつ小さな眼が付いている。
だが何より特徴的なのは、兜の下についた巨大な単眼であった。
その単眼がギョロリ、と地上のビル街を見渡した。

「…デスモンだ!!」
「究極体…」



成田の命令によってAH-1Sヘリに乗り込もうと、臨時にヘリの発着場となった場所へ向っていた自衛官たちは、新たな敵の出現に絶句した。

「な、何なんだ…!」

反射的に、手に持っていた銃をデスモンへ向けた。
だが、デスモンは素早く彼らの方へ目を向けると。

「…邪魔すんじゃねぇよ」

デスモンが腕を下へ向けると、掌の邪眼が見開いた。

「デスアロー」

デスモンがそう呟くと、左手の邪眼から矢の形をしたエネルギーが放たれた。
驚く間も無く、その矢は彼らが今から乗り込もうとしていたAH-1Sヘリを貫く。
ヘリは窓を貫かれると、爆発した。

「うわっ!」

爆風に飛ばされる自衛隊員たち。
距離があったので大きなケガは間逃れたが、デスモンのたった一発の技は彼らの戦意を挫くのに十分であった。

「あんなのに…敵う訳が…」



「デスモン様、敵はあそこです」
「分かってる」

後についてリアライズしたスカルサタモンのうちの一体が、眼下のデジモンたちを指した。

「く…」
「そんな…まだ敵がいるなんて…」

健良と留姫は歯噛みした。
彼らのデジモンは手一杯で、とても完全体二体、究極体一体を相手になど出来ない。

デスモンが、両腕をダイスケを抑えるメガログラウモンへ向ける。

「他愛も無ぇ任務だ」

そう呟き、邪眼から二発のデスアローを放った。

「メガログラウモン!」


だが、放たれたデスアローは目標とは別の方向から放たれたエネルギー砲を浴び、二発とも消滅した。
デスモンの目の前で小さな爆発が起こる。

「何…」

驚いたデスモンが、攻撃が放たれた方向を見る。

そこには、黒で身を包んだ一体のデジモン。
緑色の眼を持ち、四枚の羽を持った、もう一体の「魔王」。
──ベルゼブモンが、右手の陽電子砲をデスモンへ向けていた。

「随分と卑怯くせぇ野郎だな…」

巨大な単眼が、インプモンの進化体を睨む。

「…誰だ、テメェは」
「ハッ…そりゃ、こっちのセリフだ」

そして、二体の魔王は戦闘態勢に入る。



「…何だ、あれは」

成田が窓から、新たに現れた単眼の魔王を見ながら呟く。

「あれもデジモンだ。…敵は、我々を徹底的に潰す気らしいな」

山木も、出現したデジモンをじっと見つめながら言った。
成田は窓から離れると、机に両手を付け、頭を抱えた。

「…俺は…甘く見ていたのか…」
「…いや、ネットワーク遮断は間に合っていた。奴はそれすらも破ったんだ…」
「だが…どのみち、とても敵う相手では…」

山木は窓を見つめたままであった。

「…山木、我々は負ける…」
「まだ、諦めるのは早いだろう」

山木が成田の方を振り向いて言う。

「あそこでは、諦めることなど絶対にない者たちが戦っている。それなのに我々が諦めてどうする?」

山木が訴える。
先ほどまで作戦指令を伝えていた成田の部下たちも、彼に言った。

「成田二佐、まだやれることはあります!」
「俺たちよりも小さい子供が戦ってるんです!」
「お願いします!」
「俺たちは、日本を守ることが仕事じゃないですか!」

鎮宇も、ダイスケが写る窓を見て言う。

「私も、やれることは十分にあると思います」

成田は、彼らの言葉を聞くと、顔を上げた。
苦笑していた。

「…はっ、幕僚のオヤジどもが喰らいつくだろうな」
「二佐…」
「ま、何時も通り聞き流すとするか」

立ち上がり、窓を見る。

「山木、悪かった。ちょっとばかしヘマしたな」
「何がヘマなものか。戦いはこれからだろう」
「…待ってろよ、巨人に…目玉野郎が」



「うおおぉぉぉっ!!」
「アンギャアアァァ!!」

メガログラウモンとダイスケの力勝負は続いていた。
その間にラピッドモンがダイスケの後ろへ回り、攻撃を仕掛けようとするのだが、彼の手が突然ラピッドモンへと攻撃してくる。
回避するラピッドモン。

「くっそー…気づかなきゃ簡単に攻撃できるのに」
「焦るな、ラピッドモン。必ず勝機はある」

タオモンがラピッドモンに声を掛ける。

啓人たちは戦闘に集中していた。
勿論、上空で今正に展開されようとしている戦いにも気を配っている。

「ベルゼブモンが来てくれたんだ…」
「…頼むわよ、ベルゼブモン…」

健良、樹莉が言った。
啓人も、上空に目を遣ろうとした、その時だった。

『…───!』
「…えっ?」

啓人が周りを見渡した。

「…どうしたの、啓人?」

留姫が聞く。

「…今、何か聞こえなかった?」
「今?別に、何も…」

誰も喋ってないし、誰も聞こえていない。
今、啓人は確かに、誰かの声を聞いた気がした。
 空耳だったのか?
…いずれにせよ、今は戦闘中であり、気をそこまで配る暇は無い。
再びメガログラウモンとダイスケの戦闘に目を向け、集中しようとしたのだが、それでも先ほど聞こえたような気のした声が、頭から離れなかった。
まるで、耳ではなく、心に直接声が聞こえたようだった。

『───!』

その声が気のせいだと自分に言い聞かせても、違和感がどうしても残った。
まるで、その声はこう言っているようだった。

『彼を、助けてくれ』

と。


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