時空を超えた戦い - Evo.20
CRASH Stream 2:Kill the friend -2-







「…え…」

このニンゲンは、何を言った?
親友のパートナーは…何を言った?

「タイ…チ…?」

訳が分からない。
全く、分からない。

まるで笑えない喜劇の様な…そんな印象を受けた。

「な、何を言ってるんだ、タイチ…?」

彼は狂ったか?

いや、もしかしたら、狂ったのは自分を形成するデータの方かもしれない。
言葉を聞く耳か、理解する感情がおかしくなったのだ、きっと。
滑稽な冗談に、自分の口元には薄笑いすら浮びそうになった。

だが、既に何度かの衝撃を受けていた彼は、感情とは全く関係なくその言葉を受け入れる様になってしまっていた。

笑みは、激しい動揺へと姿を変えた。

「何言ってんだ!!ふざけるな!!自分の言ったことが分かってるのか!?」

記憶を辿れば、パートナーのヤマトが太一に怒ることはあっても、彼が太一にここまで激しい感情をぶつけた事はなかった。
だが、そんなことはどうでもいい。

動揺は再び激しい怒りの激流へと戻った。

「あいつが誰なのか、タイチは忘れ──」
「分かった」

メタルガルルモンの言葉が再び遮られた。
今度は、彼のパートナーに。

そしてヤマトも、この場では最も彼が聞きたくなかった、同意の発言をした。

「奴を殺す」
「ヤマト!?」

自分の声が裏返った気がした。

この二人は、何を考えているんだ?

「馬鹿…か…!!」

言葉が自分の言葉とは思えない。
何よりも、メタルガルルモンにはヤマトの一言が信じられなかった。
ヤマトは、もし自分が同じ状況に置かれても──メタルガルルモンという相棒が生と死の狭間にいても──同じ選択をするのか?

「…絶対に駄目だ!俺が戦うのはディアボロモンだ…ここで死んでもいい!それでウォーグレイモンを救えるなら!」

上空を見た。
悪魔に取り付かれた友人を。
待ってろ、今すぐ…。


「それでいいと思うのか、お前は?」

ヤマトが、飛び立とうとするメタルガルルモンに言った。
太一は…あの言葉を放ってから、何も言わない。
だが彼には、太一の言葉をヤマトが代弁している気がした。

「…何がだよ」
「ここで死ぬ訳にはいかないだろう」

アグモンの為にも。

それを言ったのはヤマトだったが、再び太一も頭を上げて付け加えた。

「いや、アグモンの為だけじゃない。俺達と、他の所で戦ってる奴らの為にも」
「何でそうなる!!」
「ここで俺達が死んだら、あいつらはどうなる?」

メタルガルルモンの言葉が止まった。
思考が止めさせた。

「アグモンの為にここで死ぬか?俺達の今の目的も忘れて?」
「…誰もそんな事は」
「メタルガルルモン、冷静になれ。何時ものお前らしく。俺達がやってるのは団体行動なんだ」
「でも、だからって…アグモンが死んでも、タイチは何とも思わないのか!?タイチにとってアグモンはそんな存在なのか!?」
「…違うさ。アグモンは俺の一番大事な相棒だ。俺の命より大事だって言ってもいい。だけどな…いや、だから。はっきり言う。こんな分の悪い状況でアグモンを助けようとしても絶対に無理だ」

歯噛みした。頭にきた。
だが、真実であることもまた事実だった。

ヤマトがもう一度、その彼にこの状況を告げた。
どんな言葉よりも分かり易く。

「メタルガルルモン、今はどちらかを失わなきゃ進めない。アグモンの命か、その他の、俺達と他の奴らの全てか」
「…」
「いや、もしかしたら失っても進めないかもしれない。だが、これだけは言える。アグモンだけを優先しても、俺達はここで必ず死ぬ。だから…」


ヤマトは言葉の最後に詰まったが、本来ならば他の誰よりも辛い筈の太一が、その言葉の終わりを引き継いだ。


ここを抜ける為に、アグモンには死んでもらわなきゃならない。


その言葉を言って彼はうなだれた。
その姿はとても哀れで、弱々しかった。


これが、正しい選択だ。
内側の感情がどんなに「駄目だ」と叫んでも、これを貫かなければならなかった。
それはメタルガルルモンだけでなく、太一も同じ筈だが、彼はその決断をしたのだ。
誰よりもアグモンに近い彼が。

ならばせめて自分が出来ることは、その決断を自分が確実に遂行することだ。



「…分かった」

沈黙の後、メタルガルルモンは小さく、しかしはっきりと言った。

「ここを抜けよう。俺達と、皆のために」

ヤマトは頷いて、ディアボロモンの大群を見た。

「…やれる所までやろう」

太一がヤマトの隣に立ち…同じく、ディアボロモンの大群を視界に入れた。
動かないウォーグレイモンも、間も無くディアボロモンとなるパートナーも視界に入った。

「…頼む」

だが、ヤマトにもヤマトなりに貫く物があった。
それはメタルガルルモンの感情でもあった。
太一がそうしたように、彼らにも譲れない感情があった。

「俺達はウォーグレイモンは殺す。だが、アグモンの心までは殺さない」

太一がヤマトを見た。
メタルガルルモンも、丁度ヤマトが自分と同じ事を考えていたことに気づいて、彼を見た。

「ディアボロモンはさっき、"心を食べてる"と言ったよな。"それが終わったら新しい自分になる"とも。つまり、ウォーグレイモンの中ではまだ、アグモンは戦ってる。きっと。負けかけてるのかも知れないが、それでも」
「…そうだよ。きっと」
「だから…俺達はウォーグレイモンが完全にディアボロモンになった時、アイツが動いた瞬間に殺す。アグモンの心まで、俺達は殺すことは出来ない」
「…ありがとう」

ヤマトはそれを太一の同意として受け取った。
辛い言葉であるに違いないが、これだけは彼に確認を取っておかなければならなかった。

ヤマトはメタルガルルモンを見て、同じ質問をしようとしたが、彼が口を開く前にメタルガルルモンは頷いていた。

俺はヤマトに従う、と。



「どう戦う?」
「あれだけ数が多くちゃ、どうしようもないけど。とにかく、攻撃を避けながら打ちまくる」
「憑依攻撃は?」
「ウォーグレイモンの時は、あいつが動かなかったからやられたんでしょ?なら、避けるだけだよ」
「…生き残れるか?」
「言った筈だよ。やれる所までやる、って。俺か、あいつらが動かなくなるまで戦うよ」
「…賭けなんてモンじゃないな。こっちが不利過ぎる」
「それが今までとどう違う?今までの戦いの一度でも、『死なない』って保障があった?」

最後に、ヤマトと目線を合わせて、メタルガルルモンは微かに笑った。
そして…次の瞬間彼は飛び上がり、空を駆け上がった。
元々待機に近い状態で停止していたディアボロモン達が彼に向かう。


物凄く遅い。
心底、メタルガルルモンはそう思った。
遅いし、誰がどう飛んでくるのかが直ぐ分かる。

彼の体中のハッチが開き、残る実弾の全ての発射準備が整う。
ある者達は真直ぐ自分の方へ飛び、ある者達はらせん状に飛んで腕を伸ばしてきた。
その全てが当たらないことが、彼には分かった。
次の瞬間には、ミサイルとレーザー、氷と炎の暴風雨がディアボロモンを襲った。
それを逃れたディアボロモンは、機械羽のブレードと尾の刃の犠牲になっていった。

これがメタルガルルモンだ。
激しい爆発、消えゆく叫びを一つ一つの攻撃が確実に生んでいく。

彼の攻撃が体を傷つけ、敵を消滅させる度に、メタルガルルモンは彼の中のあらゆる物を賭けていた。

自分の命。太一とヤマトの決意。仲間への責務。
アグモンの誇り。

ここで死ななければならなくなった者の為に。



だが、どんなに戦おうと、ここを抜けられる確率が低い事に変わりは無かった。

霧の中から凄まじい数のディアボロモンが現れる。
二百体はいる。
先程まで自分が戦っていたディアボロモンが更に増殖して攻撃をかけてきた事は直ぐに分かった。

新たなディアボロモン達はメタルガルルモンを包囲し、一斉に射撃を開始した。
メタルガルルモンは回避を試みるが…不可能だった。
激しい射撃が体の装甲をボロボロにし、彼を傷つけた。
メタルガルルモンは無限階段の塔の群れに落ちていく。



「…メタルガルルモン!!」

全身が震えた。
今度こそ…まずい。
ここまでやっても、彼らは抜けさせる気が無いのか?
奴らは…。

その時、ヤマトと太一の耳に追い討ちをかける一言があった。
アグモンの死刑宣告。

「完成シタヨー♪」

ウォーグレイモンの周りに群がったディアボロモン達が声を上げた。
彼らが脇に逸れると…ぎこちない動きで空を歩くウォーグレイモンがいた。

「…あ…ぁぁあ…」

声が震えるだけで、太一から言葉は出なかった。
ディアボロモンとなったウォーグレイモンは、瓦礫と共に力なく空に浮くメタルガルルモンへと向かっていく。
ディアボロモン達が何を狙っているのかは直ぐに分かった…ウォーグレイモンに、メタルガルルモンを殺させるつもりだ。

「ゲーム…ハ…終ワリ…」

ウォーグレイモンの不気味な言葉に、周りを漂っていたディアボロモン達は爆笑した。
不気味な声の大合唱となった。

メタルガルルモンの瞳はディアボロモンを…ウォーグレイモンを見た。
彼の瞳の中に、左腕を振り上げるウォーグレイモンが映った。

「…くそっ」



おい、ふざけんなよ。
俺は納得できねぇよ。
これで終わり、って、お前はそれでいいのかよ。
お前が良くても、他で戦ってる奴らはどうなるんだよ…。
お前はまだ、俺にとっても、あいつらにとっても必要なんだよ…。

全く、考えていた通りだ。
感情は直ぐに戻ってくる。
太一はもう一度、立ち上がって、そこを睨んだ。
ウォーグレイモン…。

「お前がそんなザマで!お前を頼ってる奴らはどうなるんだ!!」




──そうだよ、これじゃダメだ。


彼はまだ"生きて"いた。




「…ギャアアァァァ!!」

ディアボロモンの笑い声の中、ウォーグレイモンの体を持つ悪魔は突然悲鳴を上げた。
ウォーグレイモンじゃない。
ウォーグレイモンの体から弾かれるように出てきた靄、悪魔の魂。
一瞬だけディアボロモンの姿をしていたそれは虚空に消えた。

「…何?」

無数のディアボロモン、メタルガルルモン、太一、ヤマト、全ての目が彼を見た。

振り上げた腕を下げ、僅かに体を揺らし…焔を取り戻した目で、竜人は言った。

「…戻ってきた」

騒然とするディアボロモンの群れ。
それとは対照的に落ち着きを見せた狼は、言葉に答えた。

「…遅いよ」
「無理させたね」

竜人の目がちらり、と眼下に立つ二人の人間を見た。
自分のパートナーはしっかりと自分を見て、小さく笑っていた。

──許してくれ、俺はお前を捨てようとした。

いや、タイチの判断は正しかったよ。
でも…戻ってこれて、本当に良かった。



「殺セ!!」

一瞬の静寂を破ったのは、部屋中を覆った悪魔の、"どれか一体"が、初めて放った怒声だった。
彼らは「戦い」ではなく「ゲーム」をしていたが故、最大の失敗を犯した。
一番最初に恐れていた筈のことを。

二体を近づけてしまった。

即座に、全てのディアボロモンが跳び、二体を餌に群がる黒蟻の如く覆い尽くす。
だがそれよりも一瞬早く、太一とヤマトはデジヴァイスを振り上げていた。

ディアボロモンはそれを考えようともしなかったが、「ゲーム」としてウォーグレイモンを弄んでいた時点で、彼らは負けていたのだ。

黒は一瞬にして薙ぎ払われた。

「ギィィィィ!!」

爆発する様な音と共に、一瞬で黒が飛び散り、消える。
驚いて飛び退き、空で混乱するディアボロモン達は次々と、纏めて巨大な光弾によって消滅していく。


光と共に立つ聖騎士。
人間の世界の言葉「最後」を冠した、勇気の剣と友情の砲を持つ戦士・オメガモンがそこにいた。
だが、融合を果たしたからと言って"彼ら"がやる事が変わるわけではない。
ここを抜けるだけだ。


「奴ヲ殺セ!!」

誰の耳にも──その言葉を放つディアボロモンの耳さえも──この言葉は酷く空しく響いていた。
近づけば一瞬にして体を両断され、危機を感じて離れた場所から攻撃しようとすれば、彼らの必殺技である光弾の何十倍もの威力を持つ砲撃によって滅ぼされる。


瞬く間にディアボロモンの数は減り、気づけば19、20体程度まで減っていた。


「…随分とすっきりしたな」
「ギギギ…キ…」

歯噛みするような声に聞こえる声で、ディアボロモンが呟いた。
部屋はつい先程まで黒に覆われていたとは思えないほど"すっきり"していた。

一瞬、残りのディアボロモンが目線を合わせると、彼らは最後の反撃に出た。
全てのディアボロモンが飛び上がり、オメガモンの頭上に固まる。
聖騎士は焦らず、ガルルキャノンの照準を合わせたが…そこで一番最後に飛び上がったディアボロモンが予想外の行動をした。
伸ばした爪を閃かせ、他の全ての"自分"を切り殺した。

「な…」
「キキ…」

太一が声を発した瞬間、ディアボロモン達の体が揺らぎ、靄の様になった。
霞は融合し、残ったただ一体のディアボロモンを遥かに超える大きさとなった。
憑依攻撃だ。

「…オ前モノットラレチャエ!キャハハハハ!!」

巨大な亡霊が自由落下よりも早く、オメガモンを襲った。
効果音の様に響くディアボロモンの笑い声。
オメガモンは動かない。

「バイバイ、おめがもん!!」
「オメガモンっ!!」

だが、彼は太一の言葉に応える様に、聖騎士は眼を僅かに見開いた。



「「「ギャアアアァァァ!!」」」

靄はオメガモンを包む事はなく消滅した。
最初の一体と同じ様に大気に消え、その姿は二度と形成されることは無かった。
それを確認すると、オメガモンは跳ぶ。

誰の目にも──オメガモンを除いた──驚きが見えた。
ディアボロモンの瞳孔が一番開かれていた。
馬鹿な。
何故、憑依攻撃が効かない?
あの聖騎士は無敵か?

唯一考えられるのは、"心を食う"ディアボロモンの力が彼の体を触れられない程、オメガモン──そして彼を形成するアグモンとガブモン──の心の力が強いという事。

もう悪魔に手は残されていなかった。
彼の前で剣が閃く。

「ナンデ…」

最期の言葉が言い終わる前に、残ったディアボロモンの首は肩から離れていた。
言葉が途切れる。意識も途切れる。

彼の後ろには、勇気の剣を閃かせた聖騎士がいた。


「お前の負けだ」


聖騎士の言葉を聞きながら首が、それにつられる様に悪魔の体が落下し、消滅していく。
ブレイズ7『N-3』ディアボロモンの最期だった。




やがて上空に大きな穴が開かれ、新たな通路が生まれた。
聖騎士は無限階段の一つに降り立ち、拳を上げて彼を迎えた二人の少年に頷いてみせた。
それから彼は二人を肩に乗せて飛んだ。

そして、オメガモンは部屋を抜けていった。


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