時空を超えた戦い - Evo.21
CRASH Stream 3:Clasher clashing!








中国の山奥を連想させる山岳地帯。
まるで仙人でも住んでいるかの様な世界だが、勿論この世界もデータによって構成された「小部屋」であることを忘れてはならない。

そこには今、巨大な影が二つ存在した。
一つは巨大な岩の様に聳える山に四つの足を置き、もう一つの影を見つめる竜。
究極体…光の皇帝竜、インペリアルドラモン。
その足元には二人の人間、彼のパートナーがいた。
その皇帝竜が最も信頼を置き、そして何よりも大切な存在である二人のパートナー。
インペリアルドラモンは彼らを守る為、どんな脅威にも打ち勝ってきた。
そして今回もそのつもりだ。
何時もの様に。

だが、今回の相手は初めてのタイプであった。
もう一つの影、空に浮く今回の「敵」。

インペリアルドラモン自身が感じていた事は、同様の事実を前にしたパートナー、大輔が代弁した。

「…黒い…インペリアルドラモン…!?」

そこで静かに羽ばたき、彼らを見つめているのは、光の皇帝竜とよく似た姿形…但し、体色だけは黒一色であるデジモン。
その姿は正しく、「闇の皇帝竜」。
その巨竜は、彼らの前で初めて口を開いた。

「デジタルワールドに選ばれた二人のニンゲンと…そのパートナーデジモンだな?」

一応、文面的には確認だが、お互いにその言葉が実際は殆ど意味を為さないことはよく分かっていた。
目の前の存在が、二人のパートナーである皇帝竜と同種であることを考慮に入れなければ、その巨竜の途轍もなく恐ろしい風貌は彼らを恐怖に追いやったに違いない。
だが、意外にも彼の口調は穏やかであり、敵と認識していなければある種の落ち着きさえもたらしたかもしれない。
大輔は僅かに間を置いて、言葉を返した。

「…そうだ。お前は?」
「私はブラックインペリアルドラモン。お前達が前に出会った者と同じ、クローンデジモンだ」

闇の皇帝竜は相変わらず落ち着いた口調で、隠す事無く自己紹介をした。

その場の空気に慣れてくると、本来の自分の目的が戻ってくる…俺達はここをさっさと抜けなければいけない。
目の前の敵が誰であろうが、一刻も早く倒して進まねばならないのだ。

「…そうか…なら、お前が俺達の敵ってことだな?」
「お前達がここを通りたいのなら、そういう事になる」
「なら…僕達は、あなたの敵です」

賢もまた臆せずに言った。

「…分かった」

空中で僅かに状態を上げ、両前足に装備されている鋭利な刃をこちらに向ける。
それが彼にとっての「構え」なのだろう。

「この場で私を倒し、ここを抜けるがいい」

静かな、一言。
だが、彼の言葉が静かで、且つ穏やかであることが、逆に敵がその神経を集中させていることの証明となった。



次の瞬間、飛び立ったのは白の皇帝竜。
視界から一瞬、消える程の高速でブラックインペリアルドラモンの真上に飛んだかと思うと、直後に反転し、同時に背中の砲塔が光る。

「ポジトロンレーザー!!」

声と共に、砲塔から光の激流が放たれた。
それとほぼ同時に闇の皇帝竜は頭を僅かに上げ、小さい言葉と共に彼も背中を光らせた。

「ポジトロンレーザー」

大輔と賢が眩しさに目を細める。
二本の光の柱は激突し、次の瞬間には太陽を直視したかの様な激しい眩しさをもたらしながら爆発した。

この光景は、インペリアルドラモン自身は予測していた。
だからこそポジトロンレーザーの第二撃の準備を、敵が首を挙げた瞬間に行い、閃光が消えた次の瞬間には再び攻撃を加えるつもりだった。

だが、閃光が消えた時には、今度は自分の視界から敵が消えることは予測していなかった。
風切り音と共にブラックインペリアルドラモンが自分に接近してくることも、彼が前足のブレードを閃かせたことも、気づいたのは肩に斬撃を受ける寸前だった。

「!!」

鋭い痛みと共に、肩から出血する。
寸前で回避した為致命傷は間逃れたが、光の皇帝竜は顔から血の気が引くのを感じた。


この敵は…予想以上に手強い。
速く、正確で、何より冷静だ。

ある程度の距離とったインペリアルドラモンを見ると、ブラックインペリアルドラモンは首を挙げて、片目で彼を睨む。

「どうした。今のお前は実力を出し切ってはいないな」

実に静かな言葉。
大輔も、賢も、自分の額から冷たい汗が吹き出るのが分かった。
それと同時に、背筋が凍る様な感覚も覚えた。

敵が邪悪な存在だから、というモノとは全く違う。
それならば他の感情も彼らの中には生まれようが…それとは違った。
このデジモンは…純粋に強い。
戦闘能力でも、精神力でも、自分達より一枚も二枚も上手だ。

「本気を出せ。私はお前達が力半分で倒せるほど弱くはない」

一言一言の重みに押し潰されそうだ。
その巨体以上の…存在の大きさ。


「…気をしっかり持て!二人共!」


その時、パートナーの言葉でようやく現実に引き戻された。

そうだ。
現実問題として、戦っているのは彼らのパートナー。
そしてこれは後には退けない戦いなのだ。
自分達が諦めて何か光明が開ける訳でもない。

頭の中に渦巻いていた暗雲を取り払い、二人の選ばれし子供は腰から各々のデジヴァイスを取り出し、自分達のパートナーへと向けた。
デジヴァイスが輝く。

ブラックインペリアルドラモンはその光景に僅かに目を細めたが、言葉は漏らさなかった。
彼は自らの集中を極限まで高めることで、自分の中の不要な情報を全て一時的に封じ込めることができる。
ここでは、「考えること」を封じ込めることになる。
必要なのは直感と本能だ。

したがって、光の皇帝竜が放つ光芒から突然、粒子のエネルギー光が放たれても、その力に気づいた瞬間に僅かな動きで回避することができた。
ブラックインペリアルドラモンは徐々に収まっていく光を見た。
そこには、右腕に取り付けられた砲塔を彼に向けて構える竜人がいた。

「インペリアルドラモン…ファイターモード!」

その竜人は間違い無く、先程まで自分と同じ姿形を持っていたデジモンだ。
そして、自分の敵。
レーザーを放った者だ。

ブラックインペリアルドラモンはちらり、と、山脈に立つ二人の少年を見た。
少年らの瞳には迷いがない。
目の前にいる彼らのパートナーと同じく、決意がそこに凝縮されている。

「…形態変化か…」

小さく呟いた。

「成る程…それがお前達の全力だな」
「…そうだ」

人型となったインペリアルドラモンはブラックインペリアルドラモンの言葉に答えたが、それでもまだこの黒い皇帝竜は静かに、何かを考えているように見える。
そして彼はやはり何か考えていたのか、こんな発言をする。

「ニンゲンと共に戦うデジモン、か…」

「…?」

だが目の前の敵はそれ以上何も言わず、再び両腕のブレードを構えた。
二体の皇帝竜が、再び同時に動く。




この場でブラックインペリアルドラモンが、人間について確かめておきたいことは主に二つあった。
一つは、テイマーという存在がパートナーデジモンに如何なる力を与えるのか。
これは、彼の同僚であったキングエテモンと、たった今相手が行った、通常では決して拝顔することすらできないと言われる古代竜人への変化によってほぼ確信を持てた。
尤も、これは古くからデジタルワールドでは言われてきた事であり、彼が初めから信じていた「噂」なのだが。
詰まる所、これは一種の確認作業だ。
そして、これに関しての裏は取れたという事になる。

間違いなく、人間とテイマーには何か…大きな、そして特殊な関わりがある。

そして、もう一つ。
彼の中に長い間封じられていた、最も深遠で、奇妙で、しかし一方では何故か十分に理解できる、人間の一面。
彼が嘗て、一度実際に目視したことのある、人間の一面。

それは。




「ぉぉぉおおおッ!!」

二体の皇帝竜は幾度となく空中で激突する。
双方、ポジトロンレーザーによる遠距離攻撃も行うが、殆どは斬撃と体術による接近戦だ。
彼らのレーザーは同じ性能・威力を誇る。
したがってこれについてはお互いに性質を知り尽くしている為、有効な攻撃法とはならないが、接近戦は互いの経験や戦術の影響で全く違ってくる。
当然のことながら、彼らは同じ種族(片方は人、もう片方は竜の姿をしているが)ではあるが、歩んできた道も立場も、そして戦い方も違う。

よって、戦いを継続しながらもお互いにダメージを与えられないのは、同じ戦い方をしているからではない。
事実上、力量がほぼ同じことを意味していた。

ブラックインペリアルドラモンは空中で急ターンし激突する度にブレードの角度と斬り込む起動を微妙に変えた。
だがインペリアルドラモンはその度に紙一重で攻撃を受け、更に打撃を加えようとする。
これをブラックインペリアルドラモンが回避し、再び両者はその場から離れる…単純に表せば、これを繰り返している。

このままではお互いに体力を浪費するだけで埒があかない…何度目かの激突の後、先に動きを止め、空中で停止したのは古代竜人の方だ。
と言っても、既にこの動きも何度か行っていたが…彼は右腕を構え、これまでよりも正確に、自分から距離を取っていく標的を狙った。

「ポジトロンレーザー!!」

粒子レーザー砲を何度も連続して放っていく。
今度はこれまでよりも早いペースで、さながら速射砲の如く。

「…!」

第一撃のポジトロンレーザーを鮮やかに回避したブラックインペリアルドラモンも動きを変えた。
彼も戦術の変更を決定したらしい。
体を大きく傾け、インペリアルドラモンを中心に弧を描くような形で空を滑っていく。
やがてその姿は戦場の中に切り立つ、山の様な大岩の裏側へと入ってしまった。
数秒間経っても動きがない所を見ると…どうやらそこに身を潜めたらしい。
尤も、この戦場は彼らと、二人の子供以外は誰も存在しない。
眼を眩ませるつもりで隠れたのではないことは明白だった。
インペリアルドラモンは直感的にタイミングを計っていると感じた。

次の攻撃は一秒後か、三秒後か、十秒後か…あるいは、彼が近づいた瞬間か。
いや、最後の選択肢はないだろう。
相手もこちらが迂闊に動くほど思慮が浅いとは思っていない筈だ。

静から動へ。
思慮を可能な限り張り巡らした後、再び攻撃が開始された。
先程の選択肢で言えば、三番目に自分が考えたタイムラグとほぼ同じ。
予想外だったのは攻撃方法だった。

突然、彼が潜んでいるであろう岩石の一部が削れ、そこからあのレーザー砲が三発ほど飛んでくる。
更に黒の皇帝竜は、最後に放たれたレーザーが、最初の砲撃で岩石に新たに作られた風穴を抜けるか抜けないかのうちに、岩石の真上へと再び姿を現した。
そして翼で移動しているとは思えない程の高速──尤も、同じ種族であるから目では追うことは不可能ではなかった。彼の仲間にとっては、彼の飛行を離れて見るのも同じ感覚かも知れない──でこちらに直進してくる。
この敵は、自分が思うよりも思い切った行動は得意なのかも知れない…頭の片隅で僅かにそう考えつつ、インペリアルドラモンは反射的に後方へと下がる。

後方に数十メートル下がると、背中に岩肌を露出した崖の独特の感触が感じられた。
目視確認をする必要は無いが、どうやら別の大岩が後方にあるらしい。
言い換えればこれ以上の後退は不可能だ…これ以上する気も無いが。

刹那、自分が背にした大岩を通して振動が、それと同時に爆音が響いた。
先程飛んできた三発の粒子レーザー砲がこの大岩に直撃したらしい…が、自分には直撃していない。
目標を見誤ったか?それとも、初めから牽制のつもりで放ったのか?
そんな疑問が頭をよぎる暇は無い。
網膜に映る自分と瓜二つの姿はみるみる大きくなっていく。
インペリアルドラモンは迷わず、再び右手を構え、仰角を技が敵に命中する様調節した。
だが。


──ガッ

「!!いッ…」

瞬間的に、右肩に激痛が走る。
僅かに右目の視線を逸らし、痛みを感じた箇所を見ると…剥がれた岩壁の一部が、自分の肩に突き刺さっていた。
それだけではない。
正面に顔を向ければ、自分の頭上から落下してくる無数の「塊」によって視界が妨げられる。
それぞれの塊が視界を茶一色にするのは一瞬だが、この状況ではその一瞬が命取りだ。


外した訳でも、牽制の為でもない。
初めからブラックインペリアルドラモンは、これを狙ってポジトロンレーザーを放ったのだ。
即ち、空中にいる状態で体のバランスが僅かに後ろに傾いているインペリアルドラモンが後退することを予測し。
彼が反対側の大岩を背にすることを予測し。
その大岩が脆く、大雑把な狙いで放った衝撃でも崩れることを予測し。

そして、それがインペリアルドラモンにとって重大な障害となることを予測していた。


「…どうした?この程度なのか!」

視界が無数の「岩壁だったもの」によって遮られる。
僅かに聞こえたのは敵の声。
そして、恐らく前足を振り上げたのだろう…ブレードによる風切り音。


ここで彼らの声を聞かなければ、本当にブレードによって切り裂かれていただろう。

「「インペリアルドラモンっ!!」」

同時に聞こえる、最も大事で、大切な二人のニンゲンの声。
瞬間、彼は瓦礫の中で目を見開き、右腕よりは随分と動かし易い、もう一方の腕を上げた。

「…ここだ!!」

何も意味を為す物が入らない視界の中に、一瞬の内に映りこんだ金色の刃。
だがそれはインペリアルドラモンの頭部に突き刺さることは無かった。
野性的感のみで「それが視界に入る」瞬間が分かった。
彼の腕はコンマ1秒のズレも無く──早過ぎることも遅過ぎることも無く──その刃を左腕でがっちりと握っていた。

「!!」

ようやく瓦礫による視界の妨害が終了した時、目の前には僅かに驚きを含んだ表情をした、闇の皇帝竜がいた。
彼の片足のブレードは、インペリアルドラモンがまだ握り締めている。

「…っだぁぁッ!!」

そのまま痛む右肩を無理やり動かし、渾身の力で彼の腹部を殴る。
口から僅かに息を吐き出した様な音がした。

しかし、ブラックインペリアルドラモン、流石はブレイズ7の一員。
すぐにインペリアルドラモンの左腕を跳ね飛ばし、今度は彼が後方へと飛び退いた。
対称的にほこりに塗れたインペリアルドラモンは、翼がボロボロになりつつも前に出る。

「さぁ…続けようか!」

インペリアルドラモンが挑発的な言葉を吐く。
自分の近くの地面で、大輔が腕を振り上げているのが分かった。

「…あぁ、そうだな」

だが…ブラックインペリアルドラモンの声にはまだ落ち着きが残っていた。
しかも、驚くべきことに…その言葉は何故か、大輔、賢、インペリアルドラモン…その全員の背筋を凍らせた。
別に特別な言葉を放った訳でもないのに…恐ろしい程の「威厳」が感じられた。
高貴で、荘厳で、誇り高く…そして冷酷な響きにも感じられる。

「もう一度…試させて貰おう!」

その場で彼が保っていた「威厳」は、次の瞬間場の空気を凍りつかせる「恐怖」へと変貌した。
突然、空気の流れが変わる。

気づいた時、闇の皇帝竜の口内には、凄まじい暗黒のエネルギーに満たされていた。
暗黒の光芒。
やがてその光は彼の口内から溢れ、大輔達に、場のありとあらゆる物が支配される様な感覚を与えた。
次の瞬間。

「メガデス!!」

暗黒が放たれた。
激しく稲光を放ち、光と闇を喰らいながら。

光明が見えたと信じきっていた竜人は、一瞬遅れて、腹部の巨大な砲塔を出現させた。
反射的に。
力量を測る暇は無かった。
ただ、確かに…焦っていた。

「…ギガデス!!」

インペリアルドラモンから放たれた、激しい光。
激突する二つの巨大な光弾。
凄まじい音と光。
烈風が吹き荒れ、辺り一帯の大岩や僅かに生えた草木が放射状に吹き飛ぶ。
二人の子供も見えないフライパンに殴られたかの様に弾かれ、危うく小山から落下しそうになる。

二、三回転がった大輔はすぐに顔を上げた。
賢も。

「「…!!」」

そこには。


自分達の目の前で、ぐったりと倒れこむパートナーがいた。


息を呑み、一瞬言葉が出なかった。
次に出たのは。

「「…インペリアルドラモンっ!!」」

馬鹿な。嘘だ。
相手は同じ種族…そしてそれが放った技。
以前戦ったアーマゲモンとは違う。
インペリアルドラモンが、ギガデスが、押し負けるなんて。


ゆっくりと、その場に黒い皇帝竜が降りてきた。
最初の邂逅の様に、彼が空の支配者の如く佇んで。


これまでにない、冷たく、重い沈黙。


「…すまない」

それが誰に向けて言った言葉なのかは分からない。
ただ、闇の皇帝竜は呟いた。

「しかし、私程度も倒せないのでは、主を超えることなどできない。それが現実だ」
「…」
「残念だが…これで終わりだ」

彼の背中の砲塔が再び、輝き始める。
エネルギーが収束していく。
光が大きくなっていく。
それはつまり、大輔達のパートナーに死が迫っているということ。

「…すまない」


言葉に反応した大輔と賢は、反射的に…それこそ無意識の内に、そこに立っていた。
インペリアルドラモンの前に。
別の言葉で表すならば、レーザーが直撃しかねない場所に。
そこで、両腕を大きく広げて。
彼らは、相棒を守ろうとした。

「…させ…ねぇ…ッ…」

息苦しい中で、辛うじて出た言葉。
極度の緊張と恐怖。
当然だ。前に浮かんでいるのは、単なる敵ではない。
「死」だ。

しかし、それでも出てしまった。
しかも、この場から動くつもりは毛頭無かった。

「インペリアルドラモンは…殺させませんよ…!」

隣にいる紫髪の彼も、そのつもりは無いらしい。

実際、たかだか非力な少年二人がそこで盾になった所で、ポジトロンレーザーの威力には何の障害も無い。
だが、それは「盾」以上の「盾」だった。
特に、対峙する闇の皇帝竜にとっては。




この光景はどんな攻撃よりも鋭い刃で、彼を貫いた。
感情が入り込む暇など殆ど無い程の速度で、彼の意識は別の、内側の空間へと送り込まれた。
なぜなら、この光景こそが、彼の感情の、真の原点であったからだ。

彼はこの光景を見たことがあった。
一度だけ。
驚くほど似た光景を。
ただし、今とは別の視点から、だが。



そこでは、一人の少年が必死に叫んでいた。
その少年も内心は恐怖に駆られていたに違いない、しかし。
少年は退かなかった。一歩も。

そして彼は、少年によって命を救われた。




意外な場面で、彼のもう一つの目的は果たされた。
これこそが、彼が確かめたかったもう一つの事象。
人間の心理、そして真理。


ブラックインペリアルドラモンはそのまま、ゆっくりと言葉を出した。

「自分達が…何をしているのか解っているのか?」
「…あぁ。解ってるよ…だからここに居るんだ!」

大輔が叫んできた。
恐怖心よりも意地が優ったのかもしれない。
少なくとも、彼らは今、意地に全力を注いでいた。


「…一つ訊きたい。そのパートナーはお前達にとって大事な存在か」
「決まってんだろ!」
「自分の命を賭けても、守る価値があるか」
「当たり前だろうが!こいつの為だったらなぁ、スカート穿いてオリンピックのランナーの妨害だってしてやるよ!分かったかこの野郎!!」

ポカリ、という分かり易い擬音と共に賢が大輔を軽く殴った。
それから、賢も真剣な表情に戻り。

「絶対に、退きませんよ…!」
「何故だ」
「僕らと彼の命はひとつです…僕らが生きて、彼が死ぬのは意味が無いんです!」


その時、二人の背後で大きな音がした。
荒い息も。
次の瞬間、彼らの前に巨大な腕が…インペリアルドラモンの腕が現れ、そしてそれに力を加えながら竜人はゆっくりと立ち上がっていく。

眼に再び闘志を燃やして。
体中傷だらけだが、その姿は最初よりも遥かに頼もしい。

「そうだ…俺たちの命はひとつだ…」

インペリアルドラモンは立ち上がり、彼を睨む。

「俺達は!全員でここを抜けるぞ!邪魔するんならアンタも倒して!!」


驚きを浮かべた闇の皇帝竜は。
ゆっくりと、背中の砲塔に収束したエネルギーを再び分解した。

「「「…!?」」」

予想外の行動。
そして、闇の皇帝竜は…穏やかな、しかし僅かに寂しげな声を出した。

「…そうか」
「…?」
「…お前達が少しばかり、羨ましい」

一瞬、阿呆みたいな表情をしたに違いない。
頭脳に関しては天と地ほどの差がある大輔と賢が、珍しく同じ事を同時に考えた瞬間だった。

だが、それは一瞬で。
次の瞬間には、自分達の目の前にいる二体のデジモンは再び、戦闘の構えに入った。

「さぁ…」
「…続きだ!」

そして、二体の皇帝竜は再び飛び、空中で激突した。




決着は意外に早かった。
空中で体術と斬撃が何度も放たれ、回避され、激突していたが、その一瞬。
不意に至近距離でインペリアルドラモンが放ったポジトロンレーザーが、ブラックインペリアルドラモンの背中の砲塔を破壊した。
砲塔の機械化されたパーツが飛び散る。
苦しげな声を上げ、山脈に倒れ込んだ闇の皇帝竜。

彼を殺すのではなく、動きを封じる為にインペリアルドラモンがとった戦術だった。

「…もう十分だろ!」

事実上の勝利宣言。

しかし──何故そうなのかは全く分からなかったが──先程の会話の後、ブラックインペリアルドラモンは動きが鈍くなっていた。
全力を出してない…と言うよりも、既に戦意を喪失している様に見えた。
何故か…敵である以上、深入りすべきではない気もするが、やはりインペリアルドラモンは聞かずにはいられなかった。
恐らく、大輔達も同じ意見だろう。

「なぁ、アンタ」
「はは…私の負けだ。ゲートが開くぞ。進むが良い。私は追わない」

しかし、彼はまるで問いを受け付けないかの様に言葉を遮った。
事実、何時の間にか空に巨大な穴が空いている…それがゲートなのだろう。
言葉からは戦意を全く感じられない。
実に穏やかで、余りにもあっさりとしている。
これには流石に大輔も賢も不信さを感じた。

「おい、お前…」


その時。



「早く行け!行くんだ!!」

突然、ブラックインペリアルドラモンが狂った様な叫びを上げる。
思わず飛び上がりそうになった。
だが、まるでこちらを見ていないかの様に、彼は言葉を続けた。

「殺されるぞ!!」
「えっ」



刹那。

また空気が変わった。
次の瞬間、闇の皇帝竜は竜人の懐に飛び込んでいた。
そして、左足のブレードで彼の体を切り裂いていた。

鮮血が飛び散る。


闇の皇帝竜、ブラックインペリアルドラモンは、先程までとは全く違う、不気味で冷酷で、猛禽類の様な恐ろしき表情を浮かべていた。




例えば、部下に後々脅威となりうる存在がいる場合はどうすれば良いのであろうか。
当然、野放しにはしておけない。
利用出来れば良いが、それも難しい場合は、やはり抹消するのが最も手っ取り早い。
その場合は別の、儂にとって障害となる敵と部下を戦わせ、相殺させるのが良い。
とりわけ、儂を憎む敵なら、儂を殺す為に手は選ばぬ…したがって、激闘になることは必至であろう。
更に念の為、部下を本来の意思とは関係なく死ぬまで戦いを行わせる様な道具が用意出来ればいい。
この道具は事前にテストを行っておいた方が良いだろうな。
そう、例えば…別世界の侵略も兼ね、敵の誰かを拉致してその者に道具を使い、操って破壊を行わせる、等。
これなら侵略の下調べも出来る上、相手に損害も与えることが出来る。
一石三鳥とでも言おうか。
テストが終了したら、部下に気づかれない内にその道具を寄生させれば完了だ。
自滅するか、敵に殺されるか…いずれにせよ、こちらが最も望む形で勝手に死ぬであろう。

結局の所、儂にとってはこの戦い、初めから結果には興味が無い。
この戦いの目的は最初から別の所にある。
駒の処分だ。



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