時空を超えた戦い - Evo.22
CRASH Stream 4: Sacrifice







記憶を辿れば、最初に思い出すのはあの緑色の溶液の中。
そしてそこから、強化ガラス越しに見た「世界」。
隣の「兄弟」の姿。

初めからあの「親」には、いい感情は持っていなかった。
理由はない。
そもそも、理由を考える以前に感情の意味さえ理解出来ない様な、デジタルモンスターの成長段階で言えば最も幼い世代での話だ。
後々になってこの理由を私は理解していく事になるのだが。



最初のニンゲンとの邂逅はそれから随分と後だった。
排除命令が出ていなかったから、というだけで殺そうと考えなかった、小さな命。
これが「気紛れだ」と言うのなら、私はそれを否定しない。
私の「兄弟」はその命を消そうとした。
ニンゲンはデジモンの脅威…それが我らにとっての常識であったから。

少なくともこの時点で、「兄弟」の行動は我らにとって当然のことであった。
少なくともこの時点で、間違っていたのは私だ。
義務を怠り、私も殺されることになったのも当然。
この世界では当たり前の成り行きであることも理解していた。

それなのに。



あれほど小さな存在が、その「成り行き」を止めるとは。

そして。


同じ画を今、逆の立場から目の当たりにすることになろうとは。



あの時から、私は信じている。
全ての生き物には、存在によって決定されることは何一つ無いと。
立場を決めるのは自分自身。
思考、倫理、行動、信念、感情、決断。
他の誰にも、それを決定する権利などない。
絶対に。





「痛い」というより「熱い」。
斜めに大きく切り裂かれた腹部から、自分でもぞっとする程の量の血液が飛び散っている。
一瞬、意識が何処かへ飛んでいきそうになったが、どうにか堪えた。
だが。

「…ぐ…ぁ…」

何なんだ、これは?
アイツは、一体…?

「インペリアルドラモン!下がるんだ!」

大輔の声が聞こえる前に、痛みを堪えながらインペリアルドラモンは後退していた。
だが、先程までとは全く違う表情をこちらに向けるブラックインペリアルドラモンは一度大きく咆哮すると、再び彼に襲い掛かる。

「く…!」

方脚を大きく振り上げる黒の皇帝竜。
動きが大きかったことで、辛うじてその刃を回避することは出来たが…ブラックインペリアルドラモンの巨体はそのまま自分に激突してきた。

「が…っ!?」

再び岩壁に体を激突させ、その衝撃で腹に新たな痛みが走る。
激痛に顔をしかめながらも、インペリアルドラモンは闇の皇帝竜の表情を視界に入れた。

「…フゥゥゥ…」

表情には先程見られた、威厳、思慮深さ、荘厳さ…それらは一切感じられない。
あるのは狂気だけだ。


──コイツは、ブラックインペリアルドラモンじゃない。
さっき戦った闇の皇帝竜じゃない。

表情を醜く変貌させ、殺意を漲らせた獣(けだもの)だ。

「カハアァァァ…」

邪悪な目つきで、顔をこちらに近づけながら低い声で威嚇をしてくる。

「…くそっ!」

ありったけの力を込め、相手を押し返す。
というより、敵の方から飛び退いたという方が正しいかも知れない。
戦意が薄れている様には到底見えない(寧ろ、更に高揚してる様にも見える)から、恐らくは第二撃の為の準備であろう。

その時、彼らよりも低い位置からこの変貌を見ていた賢が気づいた。
ブラックインペリアルドラモンの腹部…そこにある「もの」に。

「本宮…あれは…」

そこにあるのは、見覚えのある不気味な物体。
特に大輔にとっては思い出したくもないモノ。
アーモンド状の、毒々しい紫をした種…そこから、同じく不気味な触手が何本も生えており、ブラックインペリアルドラモン自身と繋がっている。

大輔の思考は一瞬停止した。
それがまさか、敵に憑いているとは考えてもいなかったからだ。

「…なんで…アレが…」


単純な理由だ。
元々、アレを創ったのはジョーカモンだ。
奴を戦わせる為に、敵が自分の駒に使う。
至極単純。
寧ろ、こちらの方が本来の使用法だと感じるくらいだ。

だが、あの種が埋め込まれている…それはつまり。

主がブラックインペリアルドラモンを切り捨てたということ。

あの種は、成長すればやがて理性を完全に食い尽くす。
さらに成長すれば、二度と元の感情を取り戻すことはできなくなる。
そしてあの種はもう、先日に見た物とは比べ物にならない程に成長していた。


「…んな…バカなことあるかよ…邪念の種なんて…」

自然と大輔は呟いた。

あの野郎は…自分の手下まで殺す気か?
まだ逢ってから殆ど時間は経っていないが、それでも彼は…強くて、賢明で…。
それを、あんな化け物みたいな表情してる奴にして…殺す気、なのか?



…フザけんな。




突然、今度は近くに聳え立っていた岸壁が吹き飛んだ。
インペリアルドラモンがその近くを飛んでいる。
その竜人を狙い、何度もレーザーが放たれている。

狂気の中にいる皇帝竜は、背中から凄まじい勢いで粒子レーザー砲を連射していた。
背中の砲塔が壊れているにも関わらず、だ。
放たれる度に背中の装甲が剥げ、時にはそこから紅が飛び散る。
その様子は余りにも痛々しいが、本人は痛みすら感じることが無くなったのか、自分自身の状態など気にもせずに攻撃を続けている。

大輔達や、攻撃を避けているインペリアルドラモンの方が痛みを感じるくらいだ。

「…お前…なぁッ!」

攻撃を空中で回避していたインペリアルドラモンが、一気に間合いを詰める。
レーザーの一発が肩を掠めたが、構わずブラックインペリアルドラモンに掴みかかった。
反射的にブラックインペリアルドラモンは口を開こうとしたが、それをインペリアルドラモンは左手で無理やり押さえつけた。
喉から叫ぶ様な、低い唸り声。

「グ…グルァァァァッ!!」
「止めろよオイ!何やってんだ!!」

油断すれば、何時またブレードで大きな傷を作る破目になるかもしれない。
押さえつける相手の動きに注意しながらも、インペリアルドラモンは獣となった敵に叫び続けた。
攻撃の回避にはまだ冷静さが残っていたが、感情の中では既に必死だった。

「こんな…種なんかに負けるなよ!!」
「グルァァァァ!!」
「ダイスケは…その種に勝ったんだぞ!お前は負けるのかよ!!」

とっさに叫んだ一言だった。
その言葉が彼自身に響いたのかまでは分からなかったが、突然ブラックインペリアルドラモンは目を見開き…それまで以上の力で彼の腕から離れた。
そして黒の皇帝竜はすぐさま、弾かれた様に飛び立つ。

「な…ッ」
「危ない!」

賢がインペリアルドラモンにそう叫んだ時には、黒の皇帝竜が危うく彼に再び激突する寸前だった。
竜人は紙一重でブラックインペリアルドラモンを回避したが、ブラックインペリアルドラモンは止まらず、そのまま飛び去っていく。

この行動に推察を立てる間も無く、その場にそれまで以上の轟音が響いた。

「!!」

その光景に驚きで目を見開いた。
轟音の元は、この「部屋」に立ち並ぶ岩山の中でも最も巨大な大岩に激突した黒の皇帝竜だった。
恐らく先程の速度のまま岩山に激突したであろう黒の皇帝竜は、さながらバウンドする球の様に、更に何度も岸壁に、跳ねる様に激突する。
一撃ごとに血が岸壁を染め、聞くのも恐ろしい唸り声が響いた。

呆然としたのはインペリアルドラモン。
そして二人の選ばれし子供。

崩れる岩山。
飛び散る血。
怒りの叫び。


やがて全身を血塗れにし、岩山に巨大なストリートペイントの様な血の跡を残したブラックインペリアルドラモンが、近くに落下した。

「…お、おい!」

それまでの雰囲気とは打って変わり、力が無くなった様に倒れた彼に、大輔が思わず叫んだ。
だが直後にブラックインペリアルドラモンは再び首を上げる。
その顔は血と土にまみれ、角は折れていた。
しかし、その眼は最初に見た時の光を取り戻している。
同時に…苦痛も。

「…私は…もう…」

低い声で「言葉」を再び呟いた。
苦しみに満ちた声だ。

「…この…種に…喰われる…」
「…やっぱり、あの種か…」

黒の皇帝竜は少し上体を上げ、腹に付いた種を見える様にした。
肥大化した種は血管の様に太い「根」を彼自身に張り巡らせている。

「ブラックインペリアルドラモン!種を壊せないのか!?」

インペリアルドラモンが提案する様に、空中で叫んだ。
そうだ、彼自身が今のうちに種を破壊すれば解決するじゃないか。

だが、彼らがすぐに考えついた提案は、次の一言で脆くも崩れ去った。

「無理だ…もう、この種は…私自身の体を支配し掛けている…」

そう言いながら彼は右腕を振り上げた。
そして突然、自分の腹にブレードを突き立てようとしたが…刺さる寸前に腕が痙攣したかの様な動きで、彼の意識に逆らった。

「…!!」

大輔も賢も、その動きに驚く。
何度か同じ事を試みても、腕は種に攻撃を加えられなかった。

ようやく意味が分かった…もう種は、彼自身の意識にはとうに勝っていたのだ。
彼の神経信号のデータを妨害し、種が操れる程に。
ブラックインペリアルドラモンは自分自身の状態に落胆した様に、頭を下げた。

「この状態では…」

その呟きの通りだった。
こんな状態の彼に、大輔達はかける言葉が見つからなかった。
励ます?
そんな無責任な事が出来る筈が無い。

ブラックインペリアルドラモンが再び痙攣の様な動作を起こしかけ、もう一度顔を上げた。
今度は先程よりも強い調子で叫ぶ。

「…く…何故行かないんだ!!ゲートは既に開いているぞ!!」

「部屋」には既にゲートが開いている。
彼らは既に戦いを「終わらせている」事になっているのだ。
その言葉に子供達とインペリアルドラモンは驚いたが、尚もブラックインペリアルドラモンは続けた。

「すぐに行くんだ!進め!また種が力を取り戻せば今度こそ殺されるぞ!!」
「だからって…」
「お前達にはやるべき事があるだろう!ジョーカモンを止めろ!戦いを終わらせるにはそれしか無いんだ!!」
「ば…バカ言うな!お前がそんな状態なのに行けっかよ!!」
「行くんだ!!」
「行くならあなたも一緒です!!」
「私は…助からん…!」

吐き捨てるような最後の言葉。

突然、ブラックインペリアルドラモンが首を大きく上げ、それと同時にまだ自由が利く左腕を上げた。
黒い皮膚に、動脈の動きが僅かに確認できる。
左腕に装備されたブレードの行く先は、その持ち主の首だ。



つまり、ブラックインペリアルドラモンは自分の喉を切るつもりだ。



「「「止めろ!!」」」

彼の目的が分かった瞬間、インペリアルドラモンは飛んだ。
血の気が引き、彼自身に刃が向けられた訳でもないのに殺される気がした。
そして次の瞬間には、彼のブレードを右腕で握り、動きを再び抑えていた。
ギシリ…と、腕と装甲が鳴り響く。
今度は黒の皇帝竜が驚きを露わにする番だった。

「!?何を…!」
「…フザけるなよ!こんなんで終わらせるなって言ってるだろ!!」

インペリアルドラモンはその態勢のまま叫んだ。
その鬼気迫る様子に、一度怯む様に動きを止めたが、闇の皇帝竜も叫び返す。

「しかし、これ以外に方法は無い!」
「ある!」
「お前ではこの種に勝てん!分かるだろう!」
「分かんないよ!!」

更にブレードを強く握る。
ギシギシと、装甲の軋む音が更に大きくなった。

「ならばお前は…!!…ぐ…ぐぁ…」

ブラックインペリアルドラモンが再び唸りだし、頭を下げた。
そしてそれとは対照的に、腕の力は更に強まる。

「…さ…最後まで…戦ってくれよ!邪念の種なんかに…」

激しい音と共に、両者の腕にも血が滲む。
だが痛みを感じようが、力は全く緩まなかった。


許さないぞ。お前がこんな形で終わらせようとするなら。
意地でもそれを止めてやる。

この場で死ぬ奴は一人としていない。
その種が壊れる、それだけだ。


「ぁぁぁあああああ!!」


一際大きい「ギシリ」という音の後、遂にブラックインペリアルドラモンのブレードが破壊された。
クロンデジゾイドの細かい金属片が、雲の中へと落下していく。
インペリアルドラモンはすぐに、腕に握っていた刃を空に投げ捨てた。
ブラックインペリアルドラモンが再びあの「種の表情」へと戻り、こちらへと激突してきたからだ。

「インペリアルドラモン!」
「…大丈夫!!」

激突にも、受け身を取ることで何とか対応できた。
だが、目を逸らす暇はない。
再び舞い上がった黒の皇帝竜が、口を大きく開き、再び最大級の攻撃の準備を始めたからだ。

「…」

ブラックインペリアルドラモンは微動だにせず、口内の暗黒物質を強大にしていく。
再び暗黒の光芒が辺りを支配していく。
更に「種」の持つ狂気も相俟って、形容し難い不気味な雰囲気をその場に作り出していた。

しかし。


「…あれを!」


ブラックインペリアルドラモン、いや種は、上空からの攻撃の為に上体を起こす態勢で、半ば空中で立ち上がっている様な格好をしていた。
そしてインペリアルドラモンがいる場所は彼よりも低空だ。
つまり、腹部の「種」は今、全く防御がなされていない。
丸腰だ。

「「…今しかない」」

大輔が、インペリアルドラモンが呟く。

種が完全に彼を喰い尽くす前の、最後のチャンス。


あの種を壊せ。


彼のメガデスは前の一撃よりも更に巨大化していた。
その光は既に口から溢れ出し、彼自身の頭部よりも大きくなっている。
そのせいでインペリアルドラモン達からは、ブラックインペリアルドラモンが暗黒の光の内側にいるようにも見えた。
あの種も。


全く関係ない。

あの暗黒物質は前よりも肥大化しているだけ。
稲光を前よりも盛大に光らせているだけだ。
それがどうした?
結局、あの技を使おうとしているのは、あの紫色の「モノ」じゃないか。
ブラックインペリアルドラモンの、あの荘厳な恐ろしさの足元にも及ばない。

「…いくぞ!!」

インペリアルドラモンは勢いよく、竜の頭部をあしらった腹部の銃を出現させ、右腕に装備されたレーザーの砲塔をそこに嵌める。
そして両腕で柄を握り、構えた。
勝負を決する一撃の為に。


しかし、まだ一抹の不安もある。
あの必殺技の威力ではない。
押し負けるつもりは毛頭無いし、今度はメガデスの威力を上回る自信もあった。

だが勿論、ただ力押しで勝てばいい訳ではない。


ギガデスが押し負ければ、自分だけでなく、二人のパートナーも無事ではすまない。
ギガデスが勝っても、ブラックインペリアルドラモン自身の体が持たなければ、彼は…。


「…インペリアルドラモン!」

その時、大輔がもう一度、彼に叫んだ。
竜人は大輔を見る。
大輔と賢は彼を見ている。

「…これで終わらせないんだろ…思いっきりやってやれ!」



吹っ切れた。



「…だああああああッ!!」

ありったけの力を込めて叫ぶ。

次の瞬間、同時に光が放たれた。
暗黒の輝き同士が激突する。


光の竜人が放った光が、巨大な暗黒物質を貫き、消滅させた。
その光はそのまま、黒の皇帝竜の腹部に直撃した。
彼を操る種に。


これが「種」の最期だった。




「ブラックインペリアルドラモン!!」

レーザーの砲塔を腕に戻したインペリアルドラモンはすぐさま飛び立った。
彼は無事なのか?


装甲の破片が舞う中に、黒の皇帝竜は浮かんでいた。
すぐに彼の体を抱える。
消滅はしていない。だが…まさか…。



「…驚いたな、全く」


ブラックインペリアルドラモンは僅かに首を上げて呟いた。

「道理で勝てなかった訳だ」

「…っしゃあああッ!!」

大輔が歓喜の声を上げた。





「いやーどうよ、賢ちゃん!俺達のパートナーの活躍は!」
「テンション高いなぁ…でも…うん、よくやったよ、インペリアルドラモン!」
「ま、インペリアルドラモンだけじゃなくてね、俺も頑張ったけどね!」
「ちょっと、ダイスケー…」
「いやー凄かった!アレだな、あの仮面被ってるだけの偽パル●ティーンがどんな顔するか見物だね!あ、仮面被ってるから見れねぇか!」
「あぁもう、いい加減にしろよ、本宮ッ!」

またしても天狗になりきっている、インペリアルドラモンのパートナー。
インペリアルドラモンに抱えられながら二人の人間の下に戻ったブラックインペリアルドラモンはつい笑みを浮かべた。
こういう暖かい関係は、長い間見てすらいなかった。

全く、ニンゲンには驚かされる。
そのパートナーという特別な存在のデジモンにも。


「…ま、これでお前ももう、アイツに従ってる義理は無くなっただろ?」

大輔が突然、ブラックインペリアルドラモンにそう言ってきた。
驚いた表情をした彼に、大輔は更に続けた。

「一緒に来いよ!な?」
「…それはつまり、私に反逆者になれと、そういう事か?」
「まぁ、そういう事になるけど…やっぱ駄目?」

僅かに考える様な表情をした、黒の皇帝竜。
だが、実際は…ずっと昔から考えていたことではないのか?
自分自身にそう聞いてみる。
答えは。

「…成程、反逆者か。…奴にそう呼ばれるのが楽しみだ」
「…よっしゃ!決定!!」

大輔が叫び、インペリアルドラモンも賢も笑った。
ブラックインペリアルドラモンも笑った。



これで許される訳でもなければ、罪が消える訳でもない。
だが、ここで失われる筈だった命…残りを自分の思う通りに使えるのならば。
私はその道を選ぼうではないか。



自分のデジコアに異変を感じたのは、その時だった。
体内が溶かされる様な、灼熱。
ゆっくりと体全体にそれが広がっていく。

そして悟った。
自分に仕掛けられた罠は一つでは無かったのだ。
ここで自分が死ぬという決定は覆らない。

ブラックインペリアルドラモンはそれに絶望しなかった。
ただ、残念であった。
もう少しばかり時間が残されていれば、自分の一生は大きく変わったであろうに。


「…どうした?ブラックインペリアルドラモン?」

どうやら自分の顔が曇ったことに気づいたらしいダイスケが訊ねてくる。

「…すまない。少しばかり…目眩がした」
「なんだ、貧血か?そんだけ出血してりゃあ、そうもなるだろうけど…」
「こら、本宮!…だ、大丈夫ですか?」

こちらの少年…ケンが気遣ってきた。
それは嬉しかったが、今は枷になるだけだ。

少なくとも、彼らだけは無事にゲートを抜けさせなければ。

「…あぁ…悪いが、先に行ってくれ。私なら大丈夫だ」

嘘だ。

「…そっか。なら…行けるよな、インペリアルドラモン」
「全く…人使いが荒いよ、ダイスケ。こっちだってこんなに大きい傷作っちゃってるのに」
「傷は漢の勲章だ!…って誰かが言ってた気がする!」

冗談を言い合いながらも、大輔と賢はインペリアルドラモンの肩に乗った。

それでいい。

「…じゃあ…先に行くよ」
「あぁ」

インペリアルドラモンが飛び立つ。
開かれているゲートに向かう竜人は、どんどん小さくなっていった。

竜人の肩に乗った大輔が振り向いた。
そしてこちらを見ている。
何か、疑問が残っている様な表情で。

全く、ああ見えて洞察力もあるのだな。



「すまない」

小さく呟いた。


その言葉を言った瞬間、竜人の肩に乗っていたゴーグルの少年は眼を見開き、何かを叫んだ。
だが、何を言ったかまでは闇の皇帝竜には分からなかった。





爆発と轟音。
それらはインペリアルドラモンが部屋を抜けたその瞬間に起こった。
ついさっきまで自分達のいた部屋全体が炎に包まれ、岩石の山々はあっけなく消滅していく。
あの巨竜の姿はもういなかった。
いるのは部屋の外で、呆然として部屋の残骸を見るしかない三人だけだ。


「…何でだよ…なんで…」

無力に大輔が呟いた。
答えは返ってこない。

「…くそおおおぉぉぉッ!!」

向かう先の無い怒り。
彼にはそれを怒号に変えるしか術が無かった。


やがてデータの部屋は完全に崩れ落ち、闇の中へ還った。


INDEX 
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