時空を超えた戦い - Evo.24
CRASH Stream 6:修羅場






「ふむ…流石は歴戦の戦士達…中々の実力ですな」

司令室のビュー・スクリーンに、小部屋の幾つもの激しい戦いの映像が閃く。
しかし、その場で対面し、椅子に座る二体の…デジモン?…は、その映像を殆ど見ていなかった。

「伊達に彼らも死線を超えている訳ではない、ということだな」

スクリーンから見て右側の席に座るのは仮面の悪魔、ジョーカモン。
彼は机上に並ぶ幾つもの駒…その内の一つを動かした。

「全ては予定通りだ。彼らは儂の掌の上で、中々見事なダンスを踊っておる」

もう一方、左側の席に座る存在は、姿が半ば影に隠れている。
その背丈はジョーカモンよりも高く、体つきもやや逞しい。
その雰囲気はどこか上品であり、ジョーカモンに似た貫禄も感じさせる。

「貴方のお好きなこのゲームの様な物ですな」
「まぁ、その通りだ」

その存在は、城の形をする駒をチェス盤の上で動かした。
その後、再び映像を見た。

「しかし…良いのですか?貴方ご自慢のクローン達は既に何体かお亡くなりになっていますよ?」
「何を言うのだ。寧ろ好都合ではないか。あの程度の戦いにも勝てぬ不良品、こうして戦いの中で犠牲になってもらう他使い道が無い」
「それにしても、驚きましたよ。まさかあのブラックインペリアルドラモンさんまで敗れるとは」
「奴もまた愚かなデジモンだったな…まぁ良い。産みの親の為に死ぬことが出来たのだ。奴自身も本望であろう」

そうして、ジョーカモンは彼の死を低俗な喜劇のように嘲笑った。
続いて仮面の悪魔はビショップの駒を動かす。
それまで劣勢だったかに見えたチェス盤の戦況が俄かに変わる。

「それよりも、問題は貴様の働きだ。分かっているだろうが、貴様の仕事の方が我々にとっては重要なのだからな…作業の方は順調か?」
「えぇ、滞りなく。予想以上に円滑に進んでおりますよ。近く良い報告を行えると思います」

もう一方の影はやや考えた素振りを見せてから、それまで動かしていなかった駒を動かした。
その駒の向かう座標には、ジョーカモンの歩兵が存在する。

「貴方が次にこちらを訪れる頃には、偉大な力が我々の手中に納まっている筈」
「ふ…素晴らしい」

仮面の悪魔は彼の行動に従い、自分のポーンを盤上から取り除いた。
と、その時彼の元へ細身の骸骨…通信役のスカルサタモンが現れ、礼をしてからジョーカモンの前に進み出た。
その表情は焦燥感により──普段以上に──蒼白である。

「…ご報告致します!N-5…オオクワモン様が…抹消されました」
「あらら…」
「知っておる」

新たに報告された殉職者に、対戦者の影は僅かに表情を曇らせ、犠牲者への慈愛を示した。
あくまで形式的なものだが、それでもこの行動は彼にとっての美徳、彼の性格から自然に行われる行動だ。
それとは対照的に、ジョーカモンはその言葉にも全く口調を変えず、チェス盤の上の戦いを続けている。
先程撃破されたポーンの駒を摘み、それをスカルサタモンへと見せながら、彼は滑らかな口調で呟く。

「作戦には差し支えない。奴は…このゲームの為の駒よりも無駄な存在であった。これまで最大限に利用できた、それで十分」
「…はっ…それでは…」

スカルサタモンが去ると、影はジョーカモンに皮肉でも言ったかのような笑みを浮かべた。

「怖い怖い…」
「ふん、それが貴様の言う言葉か?」

ジョーカモンが、自らの操る馬の頭部を模った駒を一気に進めた。
影の駒がジョーカモンの駒を倒す為に退いた為、障害を取り除かれた馬はそのまま影側の大将…キングの駒の前へと進んだ。

「チェックメイト」
「…お見事」

影は滑らかに頭を下げた。
ジョーカモンは僅かに笑いを上げ…相手の王の駒を摘み、眺めた。

「全く、戦いとはチェスに似ているものよ。犠牲無くして勝利はない。例えそれが、犠牲の意思とは反していてもな」
「貴方には敵いませんね」

影は席を立ち、自分の周りに付いていた四体程の護衛──彼らはまるで石像の如く、一言も発せず彼の近くに留まっていた──に合図をする。
その合図が玩具にとっての電池か何かであるかのように護衛は動き、影に付き従った。

「それでは、私はこれで」
「あぁ」

慇懃に頭を下げ、部屋を出る影。
ジョーカモンはそれから、初めてそれを眺めるかの如く、画面に映る戦いを見た。

「さて…残るゲストはどう戦うか」

僅かに笑みを浮かべたが、それ以降は映画を観ているかのように、彼は何も呟かなかった。





「ハンマースパークッ!!」

叩き付けたトールハンマーの先から雷が飛び、単眼の魔王を狙うが、回避される。

「まだだぎゃ!」

全速力で目標の背後を取った黄土色の鎧竜、その尾の先にある鉄球のような武器が更に魔王に襲い掛かるが、敵は全く焦らず、振り返って棍棒の付け根を掴んだ。

「!」

そのまま、魔王は彼の体を腕の力のみで持ち上げ、半回転して吹っ飛ばす。
為す術も無く鎧竜の身体は通路の壁に叩きつけられた。

「雑魚共め」

単眼の魔王…デスモンは明らかな嫌悪を乗せて呟いた。

一対四、それもデスモンの行動を阻止しようとする四体は決して弱くは無い。
それどころか、見事な連携攻撃で究極体相手に善戦していた。

しかし、限界が近づいていることもまた事実だ。
デスモンは激情に動かされ、戦いの状況とは無関係に怒りを募らせている。

こうして、ニンゲンに関わるデジモンと対峙するだけで、あの憎むべき存在…いや、存在「たち」を思い出す。

憎い、憎い、憎い──。


「俺には貴様らの相手をしている暇など無いのだ!!」

戦いの動きなど一切関係なく──敵が死のうと、生きようと──彼は何かに追われ、駆り立てられ、焦らされていた。
怒りか憎しみか、とにかく、それが自分にとって喜ばしい感情ではないことだけは確かだ。
彼自身、この意味不明な──衝動?──に惑わされていた。
普段の自分が持っている筈の冷静さ、自制…それら一切が、歯止めとして効かない。
これまでそういった感情を持ち合わせたこと自体が無かったからか…尤も、デスモンですらそれには気づいていない。

「リリモン!」
「フラウカノン!!」

鬱陶しい花の妖精が両手を前に突き出し、そこから“開花した”小型砲の弾丸が直撃する。
一瞬よろめくと、その隙を逃さぬように朱の巨鳥が向かってきた。

「我々は…負けるわけにはいかないのです!!」
「ぬ…!」
「ブラストレーザー!!」

口内から放たれた輪状の光線が身体を襲う。
彼にしてみれば威力は大したことはないが、流石に何度も浴びるとダメージが蓄積してくる。

「下らん!!」

再び込み上げた怒りを、彼は両腕から放つ破壊の矢という形で放出する。
エネルギーの矢は次々と直撃し、巨鳥は力なく羽根を散らして落下した。

「あぁっ…アクィラモン!!」

倒れたデジモン、傷を負ったデジモン…それに走り寄る、あの卑小な生き物。
その様子が、網膜に映る全てが、憎たらしい。


何故、この画が奴らと重なるのか。

ニンゲンに力を貸した、あの蝿の魔王に。
下らん思想と信念を守り続ける、あの黒の皇帝竜に。


その姿を思考の中で見た瞬間、反射的に彼は腕をアクィラモンに向けた。

「消えろ!」

悪寒にも似た気分を振り払うように、単眼の魔王は一気に矢を放った。

「させるかっ!!」

トールハンマーが回転しながら空を切り、デスアローを弾く。

「ぬ…」

トールハンマーに気を取られたデスモンは、その後を追うように突っ込んできたズドモンへの反応が遅れた。
捨て身の突撃。次の瞬間、ズドモンの右ストレートがデスモンの顔を殴り、彼の意識を一瞬ながら昏倒させた。
だが、それは一瞬のことで、すぐにデスモンは意識を取り戻し、左腕の爪で自らに傷をつけた腕を掴む。

「下らんと言っている!!」
「うぁ…」

ダメージは何倍にも膨れ上がって跳ね返った。
赤子がぬいぐるみを壁に叩きつけるかのように、何の躊躇もなくズドモンを地面へと叩き落とす。

デスモンは再度、ニンゲンとデジモンを見下ろした…丁度良く、全員が固まった位置に居るではないか。

「うあっ…ズドモン、しっかりしろ!」
「アンキロモン!」
「アクィラモン、アクィラモン!」
「丈先輩、リリモン、デスモンが…」

ピンク色の髪をしたニンゲンが自分を指差している。
その行動、そして反応…未だにこの戦いを諦める様子ではない。

良いだろう、ならばそのまま殺してやる。

「戦いで死ぬのが本望であるようだな」
「ッ…私達は死ぬつもりなんかじゃない!」
「貴様らの思案など俺には関係ない!!」

語気を荒げ、躊躇なく集結地点へと掌を向ける。
だが、邪眼が光を放つ寸前…腕に鉄の紐が巻きついた。

「!?」

鉄の紐。いや、鎖。それはデータの壁を突き抜け、様々な場所から出現する。
鎖が自分の腕を捕縛し、照準がずれたデスアローがあさっての方へ飛ぶ。
腕だけではない。
出現した鎖は、全身を雁字搦めにしていく。
時間と共に身動きも出来なくなり、攻撃は完全に不可能となっていった。

「何だ、これは!?」





N-6・パロットモンが待機していたガラス張りの部屋は、戦いによって見るも無残な世界へと変わっていた。
度々、攻撃が外れて破壊されるガラスの破片を何とか避けながら、戦いは続く。

「いい加減にしなスいよぉ!!」
「五月蝿い!ガラスに頭でもぶつければ!?」
「小娘があたスに勝てると思ってる訳!?最高のジョークだス!!」

女の戦いが。
そこに美醜を問うのははっきり言って野暮である。

間一髪でガルダモンの爪を回避したパロットモンは、額に電撃を纏いながら、三人のニンゲン…の、女の前に立ちはだかった。

「さっきからグチグチと口の減らない小娘共ねぇ…まずアナタたスから殺スてあげまスーか!?」
「ぐちぐち?何言ってんの、一番言ってるのはアンタじゃない!」

真っ先に言い返すのは誰あろう、留姫である。
とは言え、彼女が言い返さずとも、恐らくは空かヒカリが言い返した筈だが。

「そういうのがグチグチ、ってことだス!全く、アナタたスみたいな美しさのかけらも無い女は目障りなだけだス!」
「アンタみたいなのに言われたくないわ!!」
「笑わせてくれまス…あたスに言われたくない?ふん、この美貌を理解できない辺り、やっぱり小娘だス!大方後ろの二人もスーなんでしょ?」

“美貌”についての意見の相違は、とりわけ彼女達の闘争心に火をつけることとなった。
パロットモンの言葉に火のついた空達も、迷わず口論に参戦する。

「美貌!?馬鹿じゃないの、アンタ!?自分の姿鏡で見たことある?」
「この部屋が鏡であることを忘れたんだスか?アナタたスの目玉こそ節穴だスか!?」
「ふ〜ん、本当に鏡を見たんだったら、その”ボン・ボン・ボン”のスリーサイズについてはどう思ってるの?」
「なッ…心外だス!”キュッ・キュッ・キュッ”のアナタたスが言える立場だスか!?」
「はぁ!!?今なんて言った、この肥満鳥!!」
「ひッ…小娘がぁぁ!!」

最後の一言は、遂にパロットモンの地雷を起爆させた。

「あ…あたッ…あたスのこの体を!侮辱するとは!!…ゆ、許さないだス、アナタたスは!!今すぐに!!死ぬべきだス!!」

そう叫んだ次の瞬間には、パロットモンは拳を振り上げた。
だが、その行動で少女達が慄く様子は全く無い。
彼女達の前に陰陽師のような姿をした完全体が現れたからだ。

その完全体…タオモンは冷静に、袖から取り出した巨大な筆で拳を受け止めた。

「ちッ…邪魔だス!この…小狐がぁ!!」

流石に力勝負ともなると、タオモンの方が不利である。
力押しをするパロットモンに、タオモンは片膝をついて受ける必要があった。
後退は許されない。後ろには、自分の命に換えてでも守らねばならない存在がいる。

「タオモ…」
「大丈夫だ、ルキ!」

束の間片手を筆から放し、袖から何枚かの札を取り出す。
幸い、自分のテイマーの言葉(暴言)のお陰か…パロットモンはその動きにすら気づいていない。

「足元にもう少し気を配った方が良いぞ」
「あ!?…何が…」
「孤封札!!」

放った札はパロットモンの足に絡みつく。
動きを束縛する札だ。

「!…」

足元に喰らった瞬間、パロットモンの足元が僅かに揺れた。

うむ、これなら留姫達をこの場から離れさせ、戦いをより有利に進めることができる…そう考え、不覚にも一瞬油断したタオモンは、鳩尾に強烈な一撃を受ける。
肺から絞り出される酸素。同時に聞こえるのは不快な高笑い。

「ぐッ…」
「あははははッ!!何だスかコレは!?」
「…っ!!」

自己修練の成果か、直撃を受けようともタオモンは倒れない。
筆は衝撃から手放したが、意識までは手放さなかった。

だが…目の前の巨鳥が浮かべる嗜虐的な笑み。
それが示すとおり──見なくても大方の予想はつくが──彼女は自分達に徹底的な攻撃を仕掛けるつもりだ。

「タオモン!下がって…」
「駄目だ!!」

再びパロットモンが拳を振り上げる寸前に、タオモンは次の手を打った。
上半分のみの球体形の結界を張ることで攻撃を防ぐ。
無論、自分だけではなく、三人の少女も守れる規模の結界である。
鈍い音が内側に響く。上を見れば、パロットモンの強烈な拳の一撃が結界を凹ませていた。

「しぶといだスね…まぁ、無駄なコトだス」

正しくその通りだった。
二撃、三撃と拳が派手な音を上げる度に、確実に結界は変形していく。
これは少々不利過ぎる展開だ。
タオモンは自らの力を結界に送り、自分達を守る盾を修復し、強化しようとする。
だが、自分含め四人を守れる大きさの結界の修復速度は、目の前のとても鳥型デジモンとは思えない破壊力を誇る打撃に遅れをとっていた。
破壊されるのは時間の問題だ。

目の前の展開に歯噛みした留姫が、再び口を開く。

「…っ、タオモン、もういいから!これ以上やったら…」
「ルキ達が殺されるだけだ」

正面を向いたまま、タオモンがそう言うのを聞き、留姫はハッとした。
タオモンの、ある意味頑固とも言える行動の意味に気づいたのだ。

それは至極単純だ。


“私が命を懸けて、ルキを守ります。その誓いは今も変わりません。”


自身が、テイマーの家族に立てた誓いを守る、それだけだ。
至極単純。それ故に。

何者も、ルキを傷つけることは許さない。
例えこの命が果てようとも。


留姫はこれに気づくと、どうしようもない衝動に駆られた。
自分に出来ることはないのか。焦りが焦りを生む。



緊張を解いたのは、肩に置かれた手。

「落ち着いて、留姫ちゃん」
「…空さん」
「私達が後ろについてるから」

ヒカリも空に続いて言った。
だが、タオモンは…と、そこまで考えて気がついた。この言葉が二重の意味を持つことに。
そしてもう一つ、タオモンが背負っているものに。
義務だけではない。役目も背負っている。
そしてそれをこなせば、勝てる。
今、自分とタオモンは全てを為す必要はないのだ。
役目のみ、それを為すだけだ。
他の役は、仲間が担ってくれる。

「…タオモン!頑張って!!」

二人に頷いて声を出す。
言葉から焦りが消える。
呼応するようにタオモンも再び力を得る。

「…はあぁぁっ!!」
「…ぐっ!?」

変化が起こった。
結界の修復速度が上がったのだ。
それも、パロットモンの攻撃にも耐えられる程に。

叩かれては修復する。
叩いては修復される。

それが何度もくり返された後、苛立ちに駆られたパロットモンは遂に別の手段に出た。

「この…欝陶しいだス!無駄だってまだ解らないんだスか!?」

そう叫びながら、パロットモンは額を光らせる。
頭上に発生する青白い稲光が、結界の上で広がっていく。

僅かに目を細めながら、しかし全く焦ることなく、タオモンは三人に言った。

「全員、少しだけ目を瞑ってくれ」

次の瞬間、激しい雷撃が結界に直撃した。



稲光が収まると、その場には荒い息をつくパロットモンと、破壊された結界の破片──それらも徐々に形を失い、消えていく──。
そして先程と変わらぬ、冷静な表情をしたタオモンがいた。

「ふ…フフ…これで…これで終わりだス!アナタたスの負けだス!!」

勝利の笑みを浮かべる巨鳥は、まるでタオモンが既に物言わぬ屍となったかのような目で彼女を見つめた。
だが、一方のタオモンは、その様子にも全く動じなかった。
動じる必要が無いのだ。
彼女は役目を果たしたのだから。

いや、まだ詰めの作業が残っていたか。

目線を、勝利を前に下品な笑みを浮かべる巨鳥に合わせる。

「お前は…」
「あ?」
「もう少ししとやかさを身につけた方が良いな」



パロットモンの中で、何かが確実に──血液データを循環させる管が──豪快な音を立てて切れた。
より正確には、“キレ”た。


「!!しッ…死ねェェェ!!この、この…雑魚狐がァァァ!!」

あまりの怒りに、一瞬言葉が口から出なかった。
そして彼女は普段、自ら嫌っている数々の侮蔑の言葉を放っていた。
それは正しく、タオモンの指摘通りであった…つまり、しとやかさのかけらも無かった。
まぁ、この状況では無理も無いのだが。
この時、タオモンは少しばかり、“やり過ぎた”ことを反省した。
目の前にいる巨鳥が、激しい怒りと共に拳を振り上げた時に。


「ぎッ…ぎゃあぁぁぁ!!」

次の瞬間、痛みに悲鳴を上げたのはタオモンではなく、パロットモンであった。
振り上げた右腕に激しい痛みが走る。
その場所を見ると…腕は、白い光の矢によって貫かれていた。

「なッ…な…何だスかコレはぁぁ!!」

必死に矢に左腕を掛けようとしながら叫ぶ。
タオモンではない筈だ。彼女は攻撃する素振りすら見せなかった。
では、誰が…ここまで考えて、彼女は気づいた。というより、思い出した。
何故今まで忘れていたのか不思議なくらいの──これは勿論、彼女がタオモンとその後ろの少女達にすっかり気を取られていたからなのだが──他の敵二体。

詰まる所、自分は嵌められていた。それだけのこと。

「忘れられてたっていうのは、ちょっと癪だけど」

パロットモンの後姿を見ながら、矢を放った天使…エンジェウーモンは呟いた。

「中々いい案ね。こういう単純な奴には」
「あッ…アンタたス…ッ」

巨鳥がそれ自体は全く意味の無い怒りを蓄積させている間、万全の体制で構えていた二体の完全体は、絶妙なタイミングで攻撃を放っていた。
見れば、そこには弓を構えるエンジェウーモンと、彼女に並んで構えているガルダモンの姿。

「悪いけど、これで終わりよ」

紅の巨鳥の言葉に再び怒り、そしてそれ以上に焦りが生まれる。

「こ、の…ミョルニルサンダーッ!!」

瞬時に雷撃を頭部の羽根に溜め、最大威力で二体に向かって放つ。
だが、この状況での最大威力は、ガルダモンにとっては大したものではなかった。

「…シャドーウィング!!」

翼を広げ、作り出された真空の刃は電撃に激突し、その稲妻すら吸収して巨鳥を飲み込む。
怒りの断末魔を上げながら、巨鳥の影は消えていった。


両膝を突きながら、タオモンは静かに溜め息を付いた。
控え目な心配をしながら自分に近づくテイマーに、タオモンはゆっくりと顔を向け、小さく頷いた。

「ありがとう、ルキ。私を信じてくれて」
「…えっ…な、何よ、今更」

僅かな動揺を見せながら礼を撥ねつける留姫を見て、ヒカリ達はクスリと笑みを浮かべた。




デスモンは間も無く鎖の正体に気づいた。
これは、このデジタル空間をジョーカモン一派が本拠地とする遥か前から備えられている防御システムだ。
しかし、このプログラムはジョーカモン自身が今回の“余興”を楽しむ為に、数日前に全て解除されていた。
仮に起動されていたとしても、幹部である自分を攻撃目標とする理由は見当たらない。
ならば、なぜ起動した?
データの改ざんか?誰が?子供達か?
いや、それはあり得ない。彼らにはそんな時間も技術も無い筈だ。

その時、激しい音と共に壁が崩壊した。
必要以上に豪快な破壊音に、その場にいた全員が驚く。
…何が起こっている?


その場の中で一番大きな声を上げ、動揺していたのは間違いなく丈であった。

「な、な…何!?何なんだ!?何!?何ッ!?」
「落ち着いて、ジョウ!!」

ズドモンが一喝したのとほぼ同じタイミングで、未だ舞い上がる粉塵の中からのそり、と一つの影が現れた。
荒々しい叫びと共に、まず見えたのは赤い鋏。
続いてそれと同色の甲と、咆哮と同じくらいいかつい顔。

「…エビドラモンです!」

少なからず場違いな存在。
しかも、このエビドラモンの様子は少しばかりおかしかった。
何かに抗うように何度も身をよじらせている。

その理由はまもなく解った。

「…ったくよぉ、暴れんなっつってんだろ!!なんで言うこと聞かねぇんだよ!!」
「シャアアァァ!!」

エビドラモン以外に、もう一つの声が聞こえる。
というより、エビドラモンと言い争う(?)声が聞こえる。
その声はエビドラモンの背中──まだ粉塵に覆われている──から聞こえている。

「…イダッ!おいコラ、頭ぶつけたじゃねぇか!!ちょっ、動くな!落ちるだろうが!!」



ようやくその姿が見えた時、その姿に最も驚いたのはデスモンであった。
なぜなら、その場の中で彼が唯一、その存在に会ったことあるからだ。
そして、その存在は今生きている(少なくともデスモンがそう認識している)者の中で、デスモンにはっきりとした怒りを抱かせることができる二体の内の一体だ。
それまで彼の怒りを買ったデジモンは敵であろうと味方であろうと、彼によって滅ぼされていた。
その例外はただ二体。一体はブラックインペリアルドラモン。そして、もう一体は。


エビドラモンの背に立つ、緑の瞳を持つ悪魔。
鴉の羽、巨大な陽電子砲、漆黒のジャケット。


デスモンに完全な敗北を味わわせた唯一の存在。


「…ったく、仕方ねぇ。ま、結果オーライだからな」
「貴様は…」



そして、デスモンが必ず自分の手で殺すと誓った存在。



「よぉ、久しぶりだな、目玉野郎!!」

ベルゼブモンは再び、デスモンへと銃を向ける。





啓人は比較的落ち着いていた。
この途轍もなく広い機械工場──巨大なレーンは起動してはいないが、恐らくそうなのだろう──にて戦いが行われることには既に気づいていた。
右にも、左にも、上にも、下にも、端が見えない程に広がる機械達は気にも留めなかった。
敵が眼前に存在する今、必要なのは集中だ。
前に立つメガログラウモンが構える。
対峙する真紅の機械竜も構える。

「グハハハ…さぁ、宴の始まりだ!楽しもうではないか!!」

コードネームN-1、カオスドラモンは高らかに戦闘の開始を宣言した。


INDEX 
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