時空を超えた戦い - Evo.25
CRASH Stream 7:護るために






「…ここは…」
「我々の兵器製造工場だ…システム管理プログラムも兼ねているがな」

機械竜は前進しながら啓人達に告げた。
口調から態度から、“何かを隠そうとする”という様子が全くない。
恐らく、元来の性格からなのだろう。
ふてぶてしさすら感じられる態度から、啓人とメガログラウモンは何となくそう考えた。

「言わばここはエリア一帯のコア…我々の戦場として相応しかろう?」
「へ…へぇ…そんな事話しちゃっていいの?僕達に」
「これから死ぬ奴には何を話しても問題あるまい?」

カオスドラモンは更に笑みを深めた。
「嗜虐的」という言葉がまさにピッタリな表情だ。
そこから読み取れる情報は乏しい。
まぁ、強いて上げるなら彼がこれから始まる戦いを心から楽しみにしていること、くらいか。

「他にも知りたいことがあるか?冥土の土産は多い方がいいからな…うむ、そうだ、パロットモンのスリーサイズでも教えてやろうか?」
「い、いや…遠慮しておくよ」

ふざけてるんだか本気なんだかよく分からない発言に、苦笑しながら返答する。
読み取れる情報がもう一つあった。
頭の方は体よりも弱いようだ。

「…タカト」

後方にある巨大な橋から自分とカオスドラモンを見ているテイマーに、メガログラウモンは指示を仰いだ。
戦闘種族としての本能が既に彼を駆り立てている。
これからの戦いへ意気込んでいる様子はカオスドラモンからも引けを取らない。

啓人も集中した。
相手がどんな感情を持ってこの戦いに臨んでいるかは、この際どうでもいい。
大事なのは自分達だ。
自分達が今から何を考え、何をして、何を成すのか。

「うん…行くぞ!」

啓人の声の次に響いたのは、バーニアの音。
激しい轟音と共に巨大な完全体は飛び立ち、先の製造ラインに立っているカオスドラモンへと突撃を仕掛けた。
それとほぼ同時に、カオスドラモンは右腕を彼に向ける。

「グハハハハッ!!来い、捻り潰してやるわぁ!!」

三本のツメが開くと、そこから表情を持ったミサイルが顔を出す。

「ジェノサイドアタック!!」

赤くコーティングされたメガドラモンの腕──正確には、それと同型のもの──から、0,7秒に一発、誘導ミサイルが放たれる。
笑みを浮かべた誘導ミサイルは一つの例外もなくメガログラウモンに向かっていく。

「右から行くんだ!」

啓人が叫んだ。
カオスドラモンの右──即ちカオスドラモンから見て左──の腕はメガドラモンの腕ではない。
ミサイルを放っている腕の側から攻撃を仕掛けるよりは、ある程度左からの方が安全であろう…その判断からの指示だった。
尤も、それがあのキリングマシーンとの戦いにとって、どれほどの安全を保障してくれるのかは疑問だが。
ミサイルの網を上手く抜け、メガログラウモンはカオスドラモンの右に着地する。
そしてすぐに巨大ブレードが装備された腕を振り上げた。

「があぁぁっ!!」

一気に切りかかる。
両肘に装備された巨大な刃が、赤い装甲に振り下ろされる。
だが、その二撃を、カオスドラモンの戦闘用プログラムは、その攻撃を既に捕らえていた。
カオスドラモンの左腕、メタルグレイモンに装備されている接近戦用兵器・トライデントアームが、メガログラウモンの両刃を受け止めた。

「!?」
「…ふんッ…」

加速を付けた突撃はカオスドラモンを二歩交代させた。だが、それだけだ。
次の瞬間、カオスドラモンは受けた衝撃の二倍の力で、メガログラウモンを押し返した。

「うわッ…!!?」

巨体が浮き上がり、空を滑る。
叩きつけられる前に回転し、腕の刃を金属の床につき立てることで抵抗を付け、上手く着地した。

しかし、メガログラウモンの巨体を楽々と突き飛ばすとは…俄かには信じ難い力である。
一方のカオスドラモンも顔を歪めた。と言っても、余裕がそこには張り付いているが。

「そういった行動は止めてくれないか?この工場はもしかしたらまだ使うかもしれないのでな。傷が付く…」
「無茶言って…」

啓人が反射的に言い返そうとして、すぐに言葉の謎に気づく。

「待って。今、『もしかしたらまだ使う』って…?」
「おぉ、それもまだ聞いていなかったか…」

カオスドラモンは何でもない、と言った表情で、言葉を続ける。

「主は貴様らにまだ伝えてなかったやも知れんが…ココはもう用済みだ。ワシらはもうすぐ別のエリアに移動する。計画の最終段階を実行するために」
「…最終段階?」
「その通りだ。元々貴様らと戦うこと自体予定に無かったが…主の計画は最早、ほぼ達成されておる。だがツメの部分はココでは出来んのでな…元々ココは間に合わせのアジトだ、ワシらの真の本拠地は別の場所にある」

あっさりと、重大な事実を言ってくれるものだ。
この言葉だけでも様々な事実が含まれていた。
ここが本拠地じゃないのか?
それに、計画はもう達成されかけていると…?

冷水をかけられたかのような感覚。
計画…キングエテモンが言っていた、アレのこと?
『世界』に処分されずに残った、巨大な力…。
それが復活しかけている、ということ…?

ジョーカモンを倒せなかったら…いや、倒しても…。
この戦いは終わらないのか?

「…その場所はどこだ」
「さぁな」

流石にそこまでは“冥土の土産”にしてくれるつもりはないらしい。
しかし、こんな事実を知ってしまったとなると…
もう、この戦いは単にカオスドラモンを倒すための戦いではなくなってしまった。
意地でもここを突破しなければ。

「まぁ、良いではないか…貴様らはここで死ぬ、後顧の憂いなど残す必要はあるまいよ」

巨大な足音を鳴らし、カオスドラモンの進撃が始まる。
立ち上がったメガログラウモンに、一歩一歩近づいてくる。

ふと、啓人の目にカオスドラモンのすぐ後ろにある巨大なパイプが止まった。
一部がひび割れ、そこから白い煙が噴出している。
何故破損しているのか…思い当たることは、メガログラウモンが激突した時、カオスドラモンは衝撃で何歩か下がった。
あの時の衝撃で破損したのだろうか。
否、何が理由で破損したのかはどうでもいい。
今考えるべきは、それがこの戦闘で果たして使えるものかどうか。

ここは一つの賭けだ。

「メガログラウモン!背中の右側のキャノンを狙うんだ!」
「あ?」

カオスドラモンの腑抜けた言葉を無視し、メガログラウモンは躊躇い無く、胸の砲から粒子レーザーを放つ。
しかし的が小さかったことも手伝い、攻撃は簡単に回避される。
少しばかりカオスドラモンが体をずらすだけで、二本のレーザーは外れた。

よし、それでいい。

「ふん、何が…!!?」

次の瞬間、カオスドラモンの視界は白に包まれた。
それだけでなく、搭載された感覚受容器が、浴びる気体がかなりの高温であることを伝えてくる。
これが理由…彼がメガログラウモンに肩の大筒を狙わせたのは、最初から回避されることを念頭に置いていたからだ。
目標の先にあるのは、機械部品の加工のために使う高温・高圧ガスのパイプだ──尤も、彼らはこれが危険な気体であることを知っていてこれを狙った訳ではないのだが──アトミックブラスターが直撃した瞬間、このガスパイプは破裂し、中の気体をカオスドラモンの顔面にぶちまけた。
完璧と言ってもいい戦闘用プログラムを持つカオスドラモンにも、この一撃は一瞬だけ混乱を招かせた。
カオスドラモンは怒りに任せ煙を掃おうとしたが、それが返ってガスを更に自分の周りへと充満させた。
頭部の強靭な装甲が、ジュウジュウと嫌な音を立てている。



作戦は成功だ。
というより、ここまで凄いことになるとは想像していなかったが。
どうやら例の漏れていたガスはかなり危険なものだったらしく、その中にいるカオスドラモンは怒号を上げながらもがいているようだ。
もし放射能みたいなのだったらどうしよう…今更ながら自分がとんでもない事をしたことに気づく。
そうしつつも、橋からカオスドラモンとメガログラウモンの様子を交互に見ていたその時、足元で…正確には立ち位置よりやや左側で、ドンという激しい音が響く。

「えっ!?」

慌てて左を振り向く。何者かが着地したのか?
が、そこには誰もいない。と思って視線を下に送ると、何故か床の一部が煙を上げている。
煙の出所には何かが埋まっていた。
六角形の銀色…それがひしゃげ、妙な形で金属の床に刺さっている。
これは…ボルトのようだ。

「…」

待て待て。もう一度整理してみよう。
今までこんなものは金属の床に刺さっていなかった。それだけは確かだ。
それが今、床に刺さっている。
しかも先程は、恐らくその部分から激しい音がしていた。
刺さっていたのはボルト。しかも角度は、あの混沌の機械竜の方向と一致している。

と言うことは…今、奴が暴れていた所為で彼の体から外れた一本のボルトが、その時の勢いのみで金属の床に突き刺さった、ということか?

冗談じゃない。普通に考えたらあり得ない。
大体なんだ、その漫画みたいな状況。
だが…奴ならあり得そうな気も、する。
もし、自分があともう一歩半左側に立っていたら…そりゃあもう、とんでもない事になっていただろう。
一気に顔から血の気が引いたのが分かった。

「…ぐ…グハハ…中々面白いことを考えるものだが…」
「タカ…ぐっ!!」

一瞬呆然としていた啓人に声を掛けようとしたメガログラウモンは、煙の中から現れたミサイルに吹き飛ばされる。
やがてガスの中から再び姿を現したカオスドラモンは、頭部のレッドデジゾイドが溶け、頭部のパーツが剥き出しになっていた。
頭部に詰め込まれた機械に、熔けた鎧が張り付き、内部の機械が赤黒く染まって見える。
元々一部が鎧に隠れていたのか、目玉は更に大きくなって見えた。

「だがなぁ…この程度で何かが変わると思ったか…」

右腕で頭部の端、解けて今は溶岩のような色になった半分液状の鎧をつまむと、狂気の竜はそれを一気に引き剥がす。
バリバリという音と共に彼の頭部で電流が迸ったが、幸運なことに(或いは、不幸なことに)彼のプログラムには何の障害ももたらさなかったようだ。

「プロセッサ異常なし…センサー異常なし…む、サーチライト損傷か。まぁ良い、普段から大して使うものでもない。それに少々邪魔だったからな…」

ぶつぶつと独り言を言っていたかと思うと、カオスドラモンは再び腕を露わになった機械の内部に突っ込み、そこから丸い部品を引きずり出す。
まるで人間が自分の頭蓋骨から神経を引っ張り出したような様子に(実際にそんな事をする人間は見たことがないが)、啓人もメガログラウモンも顔をしかめたが、カオスドラモンは気にも留めずにそれを床に落とし、足で踏み潰した。

「小技を仕掛けるのは結構だが、ワシにはそんな物は通じんぞ…本気で来い」

再び笑みを浮かべ、メガログラウモンの目の前で銃器を構えるカオスドラモンに、二人は思わず唾を飲んだ。





「…何故貴様がここにいるのだ!」

動きの取れないデスモンが怒りに任せて叫ぶ。
乱入してきたエビドラモン、そしてベルゼブモン…それに驚かなかった者はその場に一人としていなかったが、加えて憎しみの感情も湧き上がったのはデスモンだけだ。
この無礼で、卑劣な乱入者は…殺さなければならない。今すぐに。
だが、それには若干、状況が厳しかった。
ましてや、彼は今、別の相手…ニンゲンとそのパートナーの相手をしているのだから。

「な…何だ、お前は!?」

その相手が、今度はベルゼブモンに叫んだ。
一角獣のような角を持つ屈強な海獣、ズドモンだった。

「…あぁ、おい、落ち着…」
「喰らえッ!!」

ベルゼブモンは彼をなだめようとしたが、タイミングが遅かったようだ。
ましてや、今までズドモン達は圧倒的不利な状況で敵と戦っていたのだ。
多少“気が立って”いても、仕方が無いのかもしれない。ベルゼブモンはそう考えた。
だが、流石にトールハンマーが飛んでくるのはやり過ぎだろうと思った。

「…ちっ」
「!!?」

バシッ、という音と共に、その場の視線がベルゼブモンと、彼が弾いたトールハンマーに向けられた。
ベルゼブモンの左腕に撥ねられたハンマーは、力なくズドモンの前に落ちた。
地震のような揺れが子供達の足元に伝わった。

「…そ、そんな…トールハンマーが片腕で…?」

丈の眼鏡がズレ落ちたのは、地響きの影響か、或いは別の理由か…。
そんなことはどうでもいい。


一呼吸置くと、ベルゼブモンは呟いた。


「…ッ痛ぇ!!うわっ、突き指したんじゃねぇか?痛っ!」
「シャアアッ!」
「…五月蝿ぇなこの海老!笑うな!!もし当たってたらお前だってタダじゃ済まなかったんだぞ!」

左腕(の、特に中指)をブンブンと振りながら、ベルゼブモンが叫ぶ。
その様子に唖然としながら、今度は様子を見かねた伊織が言った。

「…あ、あの〜…貴方は?」
「あ!?…あぁ、安心しろ、敵じゃねぇ。俺はゲンナイっていう奴と四聖獣に言われてきた…知ってるだろ?」
「…え、は、はぁ…」
「まぁ、こっちにも色々あってな…特にタカトとか、ギルモンとかと…うおっ!?腫れてるじゃん!ヤバッ!」
「えっ!?啓人さん!?啓人さんのお知り合いですか?」

中指と伊織を交互に見ながら、ベルゼブモンは会話を進める。
相変わらずエビドラモンに乗り、彼の頭を片足で蹴りながら(甲が丈夫な部分なのか、エビドラモンには全く効いてないのだが)喋る彼には、何故か貫禄を全く感じない。
確かに、姿形は不気味な魔王そのもの、しかもその力も確かなのだが…子供達にとっては、どこか抜けている印象が拭えなかった。

「知り合いも何も…まぁいいや、知り合いだ。それにこっちの奴とも顔見知りでな…」
「貴様…」

ベルゼブモンがデスモンを顎でしゃくりながら言う。
デスモンはデスモンで、その場の状況を黙って見ている筈が無かった。
デスモンは自分の鎖を、辛うじて動く左腕で指しながら叫んだ。

「…この防衛プログラムも貴様の仕業か!何をした!!答えろ!!」
「残念、惜しいな。それをやったのはゲンナイとその仲間だよ。その様子だとお前ら、全然気づいてなかったようだな」
「何だと…!」

と言うことは、ここの防衛プログラムは既に奴らに支配されていたのか?
つまり、それは…こちらの動きが読まれていると?

「観念しろ、お前らの負けだ。このゾーンは既に二百体以上のデジモンに囲まれてんだ。このクソ海老もその内の一匹だが…暴走バイクに乗る方がよっぽど快適だ…」
「シャアアッ!」

再び抗議の声を上げる海老。
潔くその声は無視された。

「手筈は済んでる。アイツら、俺が合図を送れば、一斉に殴り込んでくるぜ。貴様らの計画はオジャン、残念でした」
「…もうちょっとマシな言い方ないの?殴り込みって…暴力団みたい」
「「「…」」」

冷静にベルゼブモンにツッコミを入れたのは、意外にも(?)ミミであったが、数秒の空白の後、会話は何事も無かったかのように再開された。

「…そんな…馬鹿な話があるか!この場所には警備システムも作動していた筈だ!」
「だからそれも乗っ取ってあるんだよ。しかも貴様ら幹部は全員、子供達の相手をするために動いてて外の動きには全く気づかなかったワケだ…かなりやり易かったみたいだぜ、あいつら」
「ちょ、ちょっと待って下さい!それは私達が噛ませ犬だったという事ですか!?」

今度はアクィラモンが口を挟む。
その言葉にベルゼブモンは目だけ彼の方に向けると、言葉を続けた。

「お前らにゲンナイからの伝言だ。『敵を騙すにはまず味方から、だ。許して欲しい』だそうだ」
「…っ〜〜!!信っじらんない!!許さないわゲンナイさん!!」
「そっちの話はそっちでしてくれ。オレはよく分からん」

思わず叫ぶ京に、ベルゼブモンは一片の興味も示さない。
幸いにしてアクィラモンが京をなだめた為、これ以上彼女は何も言わなかったのだが。
代わりに言葉を紡いだのは丈。

「…それじゃ、本当に…」
「あぁ、もうココはオレ達の手に落ちてる。こっちの勝ちだ…デスモン、お前らの計画も全て失敗なんだよ!」



「…五月蝿い…」



細かい話をぐちぐちと。
うるさい。ウルサイ。
俺には計画など関係ない。
もうジョーカモンなど関係ない。
今考えているのは、奴を殺すことのみ。

俺は、ベルゼブモンよりも強い…。
強くない筈が無い。
奴に俺が劣っているなど、あり得ない。



かちゃり、かちゃり。
ガシャリ。



怒りは、デスモンに本来以上の力を与えた。
彼の腕力は、防衛プログラムの鎖を一気に引きちぎる。
次の瞬間には、デスモンはベルゼブモンに向け一気に飛んだ。
全員の目が、ベルゼブモン、そしてデスモンへと向く。

「俺が!俺が貴様より劣っている筈が無い!!死ね!!」

彼の目は普段よりも更に見開かれ、その網膜にはベルゼブモン以外には何も映っていなかった。
壁も、子供達も、アンキロモンも、リリモンも、彼を乗せるエビドラモンも。
憎しみ以外は映らない。

「「危ない!!」」

リリモンとミミが同時に叫んだ。
ベルゼブモンも、その様子には思わず目を見開いた。
デスモンは腕を振り上げ、デスアローを放つ準備をした。

だが、それも少しばかり遅かった。
ベルゼブモンが陽電子砲を向ける方が僅かに早かったのだ。

デススリンガーがデスモンの体を直撃し、彼を吹っ飛ばした。
彼の体はその威力に、そのまま壁際まで追いやられ…デジタル空間の壁を突き破って落下していった。



何故、俺は貴様に勝てない?
何故、貴様の方が強い?

飛ばされながらも、呪いをかける呪術師のように、デスモンはそれだけを考え続けた。





「来たッ!!」

作業用アームが吹き飛び、その一秒後にはカオスドラモンが突撃してくる。
間一髪、メガログラウモンは機械爪の一撃を逃れた。
頭部のアーマーが溶かされた後、カオスドラモンは全くダメージを受けていなかった。
それどころか、彼は戦闘スタイルをすぐに変え、その巨体では考えられない程の勢いでベルトコンベアの上を進み、アームを捻り、プレス機を壊しながらメガログラウモンを追撃していた。
メガログラウモンも反撃をしていなかった訳ではない。
バーニアを吹かして作業レーンの上を滑りながら、アトミックブラスターを何度も放っていたのだ。
だが、この攻撃は当たらない。
カオスドラモンが積極的に回避している訳ではなく(実際、カオスドラモンは自分の体に作業用アームが激突しても、全く表情を変えない)、この場に障害物が多過ぎるのだ。
しかも、啓人もメガログラウモンも、この戦場のことは把握していない。
ここがホームグラウンドであるカオスドラモンに比べ、不利であるのは明らかだった。

「くそっ…カオスドラモンって、全然動かないでミサイルとかばっかり撃ってくる奴だと思ってたのに…」

息を切らしながら、思わず悪態をつくのは啓人。
メガログラウモンを追いながら、作業レーンに架かった橋を渡り、工場の階段を何度も上り下りしていれば、誰だって息が上がる。
あの巨体を上手く捕捉出来ないのも、この複雑な、幾つもの層に分かれた工場のせいだった。

「タカト!?」
「メガログラウモ…」

顔を上げ、辺りを見回すメガログラウモンに指示を出そうとした啓人は、目の前で突然吹っ飛んだ作業クレーンに言葉を詰まらせた。
その背後から、再びあの狂気の機械竜が現れる。

「グアハハハァ!!どうした、この程度かぁ!!」
「この…それしかボキャブラリーが無いのか…っ!?」

何度も機械を破壊し、ワンパターンな高笑いを上げながら現れるカオスドラモンに、いい加減慣れてきた啓人はまた悪態を突こうとしたが…直後、凍りつく。
先程破壊されたクレーンが、自分の方へ崩れ落ちてくる。

「!!」

思わず両手を頭の上に乗せ、目を瞑る啓人。
クレーンの残骸は、大きさ・重量共に、彼の体を押し潰すに足るものだ。
反射的に、メガログラウモンは左腕を自分のテイマーの上に伸ばした。
今、考えなければいけないのはカオスドラモンではない。タカトの身の安全だ。

「ぐっ…」

大きな音と共に、クレーンの残骸はメガログラウモンの腕に激突し、啓人の真後ろに落ちる。
啓人もクレーンも、それ以上のことは起きなかった。
だが、メガログラウモンはそれだけでは済まなかった。

「その行動が理解できん!!」

次の瞬間、狂気の機械竜はメガログラウモンの正面に移動していた。
そして左足を上げ、メガログラウモンの腹を蹴り飛ばす。
ベルトコンベアの上の何十本ものアームやクレーンの残骸を弾きながら、メガログラウモンは転がった。
壁に激突し、倒れる。

「メガログラウモン!!」

叫ぶテイマーを尻目に、カオスドラモンは再びメガログラウモンに迫る。

「ふん…解せん、解せんぞ。何故戦いを愉しまん!?」

啓人の前を通り過ぎ、尚もメガログラウモンへと向かう狂気の竜。
あの嗜虐的な笑みを浮かべながら、メガログラウモンに問う。

「それ程の力がありながら!しかもデジモンという戦闘種族でありながら!何故だ!?」
「…」

メガログラウモンは答えなかった。
半分は答える価値が無いと考えたから、半分は肺から酸素が出きって、呼吸が出来なかったからである。

「貴様はその力を無駄にしている!!分からぬか!?」
「…分からない…」

やがて、静かに答える。
対照的に大声を出し続けるカオスドラモン。

「そんな筈はあるまい!?ワシには分かるぞ!貴様は力を無駄にしている!愉しもうとする感情を押し殺している!無駄なことはやめろ!!」

分かってないのはお前の方だ、メガログラウモンはそう思った。
彼は知らないのだ。
怒りが、その感情が、どんな悲惨な状況をもたらすのか。
戦いにとらわれた心は、それ以外の感情を全て打ち消す。
メギドラモンという存在のように。



「お前に分かる筈が無いよ、カオスドラモン」



彼の代わりに、その言葉を言ったのは、彼のテイマーだった。
息を切らし、しかし落ち着きながらそう言った。

「…何だと?」

ゆっくりと首を後ろへ向け、小さな少年を睨みつけるカオスドラモン。
笑みを浮かべる、頭部が剥き出しとなった狂気の機械竜の表情は恐ろしい。
それでも、啓人は目を逸らさなかった。表情を変えさえしなかった。

「僕も、メガログラウモンも!もう二度と戦いにのめり込んだりするつもりはないよ!カオスドラモン、お前みたいにね!」
「…ガキが、何を言う?今なら聞かなかったことにしてもいいが」
「それなら…何度でも言ってやる!!」

思い切り、工場全体に響くような声で啓人は叫んだ。
その小さな体からは考えられないような大きさに、カオスドラモンは少しばかりたじろぐ。


「僕らは、もう二度とあんな思いはしたくない!!」


その言葉を理解する前に、カオスドラモンは弾き飛ばされた。
レーンの脇に退かされ、肘を床につくカオスドラモン。
彼が啓人の方を向いている間に、メガログラウモンは立ち上がり、彼の背後まで迫っていたのだ。
自分よりも大きい機械竜を弾き、メガログラウモンは啓人の下へ戻る。
その瞬間には、巨大な完全体はギルモンへと戻っていた。


「何が…そもそも、貴様らはこの世界の者ではないのだろう!?ならばなぜここまで来て戦う!?愉しむためではないのか!?」

メガログラウモンの一撃が何でもないように立ち上がりながら、それでもまだ笑いを浮かべカオスドラモンは叫んでいる。

もう、これ以上はいい。


啓人は、ディーアークを取り出し、それをギルモンの前に掲げた。


準備はいい?

うん。

理由を、教えてあげよう。



「マトリクス・エボリューション」



光が、カオスドラモンの眼球を包んだ。
その瞬間、彼の高感度センサーですら、その姿を見極められなかった。


【MATRIXEVOLUTION_】



その光が戻ると。


「…戦う理由は」


紅いマントを払い、聖槍を機械竜へと構える。


「護るためだ」


白と赤の聖騎士が、そこにいた。



友達を、僕らの世界を、護りたい。


INDEX 
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