時空を超えた戦い - Evo.26
CRASH Stream 8:Pain of universe -2-








デュークモンは跳躍し、一気にカオスドラモンとの間合いを詰める。
カオスドラモンは紅蓮の騎士のふた回りか、それ以上も大きいが、デュークモンは躊躇しなかった。
カオスドラモンは左腕のトライデントアームを突き出す。
機械爪の一撃はデュークモンの聖槍、ロイヤルセーバーと真っ向から激突した。
そのまま、両者のつばぜり合いが続く。

「…力比べでワシに勝てると思っているのかぁ?」

そのまま力を込め、カオスドラモンが進撃してくる。
恐らくこのまま馬力勝負を続ければ、デュークモンは背骨を折られてしまうに違いない。
だが彼は、力勝負を続けるつもりは初めからなかった。
一瞬力を抜いて体を引くと、慣性に乗っ取って自分に向かってくる左腕の接合部を目掛けて突く。
トライデントアームの破片がベルトコンベアの上を舞った。
驚愕の表情を浮かべたカオスドラモンに、紅蓮の騎士は更に回し蹴りを加える。
カオスドラモンの体は、つい先程、彼がメガログラウモンに対して放った蹴りとほぼ同じダメージを受け、コンベアの上を滑った。

「すまない、今のは力比べをするつもりだったのか?」

反転した時に体に纏わりついたマントを払い、デュークモンは静かに言った。
その言葉には──僅かだが──カオスドラモンへの嘲笑が込められている。
それとは対照的に、カオスドラモンは、立ち上がった時にはすっかり怒りを露わにしていた。

「ふん、結局は軟弱者ではないか…安心しろ、すぐに貴様を葬ってやるわ…」
「確かに力は及ばないが…」

カオスドラモンが静かに歩を進め始めると、デュークモンも同じ速度でコンベアの上を歩き始めた。
静寂の空間で、ゆっくりと二体の距離が近づいていく。

「このデュークモン、他の部分ではお前に負けるつもりはない」
「他の部分?」

鎧を失った機械の頭部が再び笑う。

「どこだ?スピードか?防御力か?それとも頭脳か?どうやらあれだけ痛めつけても、まだワシの能力を理解してないようだな」
「否、お前の能力は十分に理解しているつもりだ」
「ならば、貴様は勘違いしているな…安心しろ、今度は忘れたくても忘れられん程教えてやるわ!!」

次の瞬間、カオスドラモンは跳躍した。
その影はコンベアの上を移動し、デュークモンの影と結合する。
視線を上に向けると、その影の持ち主である機械の体がデュークモン目掛けて落下してきた。

「ハッハァ!!」

激しい音が鳴り響き、コンベアの一部が押し潰れる。
デュークモンはその十分の一秒前に飛び退いていた。
彼は反対側の橋へと着地していたが、また直ぐに飛び退く必要があった。
幾つものミサイルが彼を目指して飛んできていたからだ。
デュークモンは跳び、天井から下げられた鎖を握ってターザンのように移動した。
反動をつけてスイングし、体が最も高い位置に来た所で別の鎖に飛び移る。
それを二、三度繰り返して別のコンベアに着地した時は、それまで立っていた橋は熱で原型が無いほどひしゃげていた。

だが、その光景を眺める時間すら、彼には与えられない。

「…随分と身のこなしが軽いようだが、それだけでは勝てんぞ!!」

言葉の主は直ぐに、目の前に現れた。
いや、“落ちてきた”と言った方が正しいのか。
すかさず、デュークモンは槍を構えたが、カオスドラモンの取った行動は予測を外れていた。

「そろそろ『地の利』を使わせてもらおうか!」

そう叫ぶと、突然、カオスドラモンは彼の脇にあったコントロールパネル…その最上部にあるボタンを乱暴に叩いた。
しかし、機械を破壊するほどの力ではない。

次の瞬間、ありとあらゆる物が動いた。
コンソールが大きな音を発したかと思うと、足元のベルトコンベアが突然動き始めた。
それまで薄暗く光っていた照明は全てが眩く光り、幾本ものクレーンやアームが作業を開始する。
工場のシステムが起動したのだ。

足元の装置に揺られながら、紅蓮の騎士は紅蓮の機械竜を見つめる。
機械竜も彼を見つめた。

同時に、敵に突進する。
激しい激突と共に、槍と機械の腕が音を立てた。
デュークモンは外装を失った頭部を狙った。
レッドデジゾイドの装甲を持つ体よりは、ダメージを与えられるのは確実だ。
だが、カオスドラモンは不意に体を横にずらした。
槍の先には…こちらに向かって動いてくる巨大なアームがあった。

「地の利を得たと、そう言わなかったか!?」

アームが槍に激突し、その衝撃は体を揺さ振った。
更に横腹に凄まじい衝撃を受ける。
カオスドラモンの鉄の腕は、そのままデュークモンを吹き飛ばした。

「がッ…!!」

周りの機械部品を巻き添えにしながら、デュークモンはコンベアの上から落ちた。
彼の体は柱に打ちつけられることで、ようやく止まる。
ぼーっとした頭に意識を何とか引き留めたが、動くコンベアから降りたカオスドラモンはまだ嗜虐の表情をしていた。

「まだ死ぬなよ…ここからが面白いのだからなぁ!!」

そう言って、カオスドラモンは先程から使い物にならなくなっているトライデントアームを、左腕から引き抜く。
バリバリという配線が千切れる音が響いたが、やはりカオスドラモンは表情を全く変えなかった。
すると、驚くべきことに…その左腕から、“収納”されていた、新しい“手”が現れた。
右腕のメガハンドに似ているが、微妙に仕様が違う…。
ギガハンドだ。

そして彼は体をデュークモンの方へと向けた。
あらゆる砲門、機銃、照準が彼を睨む。

「滅べ…グハハハハハァァァァッ!!」

その瞬間、それだけで太陽が爆発したかのような印象を受けた。
カオスドラモンの全身から、凄まじい光と音、そして…死を運ぶ力が放たれた。

数十、いや、下手をすれば百を超える数の有機体ミサイルが、全て別の軌道を描きながら向かってきた。
それと同時に、機械竜の背中から放たれた極太のレーザーが、あらゆる障害物を消滅させながらデュークモンに近づいてくる。

デュークモンは動こうとした。
だが足が十分な動きを果たしてくれないことに気づき、反射的に聖盾を前に構えた。
次の瞬間、超新星爆発のような光が聖騎士を包んだ。




「…く…」

一連の爆発が収まると、デュークモンは立ち上がった。
既に全身がボロボロだった。イージスを構えなければ、退化どころか、抹消されていたに違いない。
荒い息をつきながら、辺りを見回す。
工場の面影は無く、辺りは焦土と化していた。
だが、それにしても景色が違い過ぎる…そこまで考えて、初めて自分があの場所から吹き飛ばされたことに気づいた。
よくもまぁ、助かったものだ…本当にそう思う。

その時、見慣れないものが目に映った。
ひしゃげた柱や、黒く焦げた防壁に囲まれていたお陰か、それだけは唯一、目立った損傷を受けていない。

“これは…プロジェクター?”

デュークモンの体内、テイマー・ボールの中で啓人は呟いた。
それはホログラム投影機だった。
円形の低い机のような機械から、スクリーンセーバーのように、青い幻が幾つも浮かび上がっている。
そこに浮かび上がる図を見て、デュークモンも呟いた。

「…工場の見取り図か?」
“…そうか、それでホログラムが…”


だが、それが別の映像に切り替わった時、デュークモン──そして、彼の中の啓人──は、目を見開いた。
そこに浮かび上がる幻…その、光景に。



“これは!?”



それ以上は何も言えなかった。
代わりに、ズン、という音が後方から聞こえた。

「ここにいたのか…アレを喰らって生き延びるとは、大した奴だ!!」
「カオスドラモン…!!」

カオスドラモンは構わず、死の歩みを進めてくる。
今度こそ、殺す…彼の瞳がそう代弁していた。

だが、啓人は戦闘態勢に入る前に、目の前にある事実を確認せずにはいられなかった。

“カオスドラモン…これは…まさか…!”
「キングエテモンから聞いているのでは無かったか?そう、貴様の考えている通りだ…それも『ここにはない』が『存在する』ものだ」
“お前は…それでいいのか!?”
「それでいいか、だと!?当たり前だろう…ワシが望むのは殺戮のみ…後は何も関係ない。『それ』がどうなろうともな」
“殺戮って…殺しが出来れば、何でもいいのか!?ジョーカモンがこんな事をしていても!?”
「お喋りは終わりだ。さぁ、決着をつけようではないか!!」

銃器を再び構える、機械竜。
その姿と、ホログラムに投影される青い幽霊を見比べると、啓人は表情を暗くする他無かった。
あの話を聞いていた時の感情が再び沸き上がってくる。

どうして…ここまで彼は、戦いに依存するのか。
そして、ジョーカモンは、何故…。



「解った」

感傷に耽っていた啓人の代わりに、曇りの無い声でデュークモンが言った。

「お前を、倒そう」
「良いぞ…それで良い。クライマックスだぞ、手を抜くな!!」



“デュークモン…”

啓人はテイマー・ボールの中で、自分のパートナーに小さく呼びかけた。
パートナーは答えた。

「タカト…揺さ振られるな。みんなを護ると、誓っただろう…生きなければ。奴を倒さなければ」
“…”

一瞬、目を瞑る。
そして頭を駆け巡っていた想いを払った。

“…うん…戦わないと”



最早言葉は不要。
迫り来るアームを飛び越え、機械竜の懐へと飛び込む。
反転し、槍を突き出した。
攻撃は避けられるが、デュークモンはまるでそれを最初から予想していたかのように体を戻し、蹴りを加える。
更にカオスドラモンに詰め寄ると、槍の連撃を加えながらデュークモンは跳躍し、鉄の壁を蹴って再び降り立った。
それも、聖槍グラムを違う方向、違うタイミング、違う勢いで向かわせながら、だ。

カオスドラモンも、その力を全て戦いに注ぎ込んでいた。
彼の戦闘プロセッサは焼き切れる程の稼働率を示していたが、カオスドラモンは寧ろそれを喜んでいる。
これ程の相手に出会えたのは、何年振りか!
いや、もしかすると、今まで一度も出会ったことの無い強敵と、自分は切り結んでいるのかもしれない。
そう考えると嬉しくてしょうがない。
ミサイルは使えないが、両腕の三本の爪が高速で回転し、削岩ドリルのような音を立てながらグラムと激突している。

あらゆる機械、どんな障害物でさえ、この戦いに介入するのは不可能だった。
激しく動き、それぞれが攻撃を加える毎に、周りの金属が悲鳴を上げ、吹き飛んだ。



唐突に、紅蓮の機械竜は姿勢を低くし、背中の砲塔を動かした。
同時に、紅蓮の聖騎士は聖盾を構え、光を収束した。


「ハイパームゲンキャノン!!」
「ファイナル・エリシオン!!」


辺りを照らす、混沌と光の大渦。
破壊の光芒は両者を吹き飛ばしたが、それでさえ戦いを終結させるものではなかった。
二体はコンベアを転がり、同じタイミングで立ち上がる。
そして同じタイミングで跳び、同じ足場に着地する。
違ったのは二つだけ。
着地した場所。そして。
光芒によって破壊された、コンソールの悲鳴。


二体が着地した場所は、黄色と黒の表示線によって他の足場と区別されていた。
着地と同時に死の舞踏は再開されたが、彼らが十回も切り結んだ時──時間的には、二秒後──足場が動いた。
それも、今度は横ではなく、下に。
この足場はエレベーターだ。

だが、それに気づいても、彼らは動きを止めなかった。
止めれば、相手に殺される。

しかし、外的要因はそれだけでは無かった。
その更に三秒後──この時、彼らの攻撃回数は両者合わせれば三桁となっていた──全ての照明が、唐突に消えた。
全ての電源が落ち、作業アームも止まる。
コンソールの悲鳴も聞こえなくなった。

力を失ったエレベーターの動きは、降下から落下になった。




「「!!」」

照明が消え、頼れるのは自分の目と、時々辺りを照らす作業エレベーターの火花のみとなった。
それでも、戦闘は終わらない。
反応すら、許されない。
集中を切ることも、許されない。
だが、一つだけ解る。

戦いは、もうすぐ終わる。



その、一瞬だった。
高速回転と、幾度と無く繰り返された衝突に耐えられなくなった、機械竜の右爪がへし折れる。
その爪が受ける筈だった聖槍の突きは、そのまま持ち主の腹部を貫いた。

「ガハッ…!!」

その一撃が放たれた時、聖騎士はようやく、自分の危険な位置に気づいた。
吹き荒れる下からの風と、戻ってくる自重が、その危険を知らせてくれる。
すぐさま、デュークモンは槍を引き抜くと…後方へ飛び退いた。
一秒後、エレベーターは轟音を立てて最下層へと激突した。



爆発音、飛び散る破片、消えていく火花。

それらを見ながら、荒い息をつくデュークモン。

「…!っく…」

全身に、戦いの最中には気づかなかった痛みが戻ってきた。
だが、奴は…。

黒煙の中から、機械竜は再び巨大な姿を見せた。
火花を散らし、右肩から先は完全に破壊されている。
もう一方の爪もへし折れ、左足に至ってはエレベーターのコードに巻き込まれ、配線が全て引き千切れていた。

だが、体が消滅していない。
つまり。


「グ…グハハ…ハ…残念ダナァ…マダ…ワ、ワシハ…」

それは、それまで聞いてきた声ではなく、不気味な電子音だった。
ガシャリ、グシャリという音と共に、カオスドラモンは再び立ち上がる。
尤も、左足を失い、破壊された右足の名残りのみでバランスを保つ状態を立つ、と言うならばの話だが。

先程まで陰になって見えていなかった顔が再び見えた。
頭部の左側は焼け切れ、機械の左眼も無くなっている。
一歩、足を踏み出すと、肩の大砲が落下した。
だが、頭部の名残りはまだ電子音の笑いを響かせる。

「ワシハ…戦エルゾ…グハハ…」
「…止めろ。もうお前は…このデュークモンには勝てない」
「カ…勝テルカドウカハ…問題デハナイノダ…ワ、ワシハ…戦ウコトコソ…生キル…意味…」

不気味な機械音を響かせ、静かに進撃するカオスドラモン。
そこに最早、嘗ての恐ろしさは無かった。
代わりにそこにあったのは、哀しさ。

だが、カオスドラモンは、哀しさを感じるようにはプログラミングされていない。

「…解らないのか。戦いは終わりだ」
「…グ…ハー…ハハァ…」

これ以上、彼を動かしたくない。
デュークモンは心からそう感じた。
さもなければ、あの機械竜は自分の足元に辿り着く前に、壊れてしまうだろう。

「…終ワッテ、ナ」



その瞬間、上空から落ちてきた鎌によって、カオスドラモンの体は貫かれた。


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