時空を超えた戦い - Evo.27
闘争のファンク










「…ガガ……ギ…」

背中の、つい先ほどまで巨大な銃砲が搭載されていた場所には、今は一本の金属が突き刺さっている。
それはレッドデジゾイドに固められた(今はそれですらひしゃげ、本来の頑健さを失っている)装甲を貫き、カオスドラモンの電脳核に真っ直ぐに射抜いていた。
今の彼には致命的な損傷だ。

「邪魔だ」
「……ゴ…」

デュークモンはその光景を信じられない思いで見つめていた。
目の前にいるカオスドラモンには最早、戦闘中の面影は無く、代わりにジャンク品のパソコンの様な音を立てる“ガラクタ”としての姿があった。
そしてカオスドラモンの上には、影を纏う彼の“創世主”がいた。
全ての元凶が。
そして今、その元凶は“息子”に邪魔であると告げた。

しかし、奴はまだ生きている。
まだ残っている右眼が上空の姿を捉えると、機械竜は不思議な──まるで自分の死自体が何かのジョークであるかのような──狂気じみた笑みを浮かべた。

「オ…オマエ…カ…関係ナ…ダロウ…下ガレ…ココカラ…イイ所ダ…」
「…貴様を造ってから5年も経つというのに…“まだ”理解していないようだな」

あの悪魔は背中から刃を引き抜くと、再びそれを突き刺した。
新たに火花が噴き、更に衝撃を受けてオイルが飛び散る。
それはさながら、機械の竜が全身から血を噴出しているようにも見えた。

「貴様らの存在意義は儂にとっての“力”であることだ…その身体で何が出来る!?儂は塵(ゴミ)を客の前に出したままにしておくような不躾な真似をするつもりはない」

更にもう一度引き抜き、振り下ろす。
巨大な刃が、そのまま首と頭部の接合部を通過した。
その瞬間に、カオスドラモンの瞳から光が消えた。

「!止めッ…」
「去ね」

一秒後には、周りに広がる機械工場の世界が、まるで黒板消しに消されるチョークの文字のように消え…同時に、今は二つの“モノ”と化したカオスドラモンの真下に、暗黒の“落とし穴”が生まれた。
そして、カオスドラモンは“二つとも”落ちた。





「『塵は塵箱へ』…良い言葉だ。全く、塵というものは見ているだけで虫唾が走るな」

消えた工場の代わりに、デュークモンは先ほどのデジタル空間にいた。
仲間達と別れる前の、いささか味気ない世界だ。
そして其処で、先刻と同じように、ジョーカモンと対峙していた。

「まぁ、儂は元々ウィルスだからな。ああいう類はしっかりと消去せねば気が済まん。知っておるかね、友よ。我々デジモンは、元々全てがコンピュータ・ウィルスだった。そういう意味で、我々は皆、塵を消去することを義務づけられておるのだよ」
「カオスドラモンが…自分で造った命が…塵、だと言うのか」
「つい先程奴の分類が塵に変わった、それだけだ。カオスドラモンだけではない。今となっては七体中六体が塵となってしまったな。期待外れもいい所だ…あぁ、気を悪くしないでくれ。別に君らを責めているわけではない。単に奴らが不良品であっただけのこと…」

怒りが込み上げてきた。
塵…敵である自分達ならばともかく、自分の造った命に対して使う言葉か?
言葉は続く。

「それに、見たであろう?あれを…」

“あれ”。
あぁ、確かに見た。

「…お前が何をやっていたか、そのことを言っているのか」
「回りくどいではないか。はっきりと言ってしまえば良い。あの…」

ジョーカモンはここで言葉を切ると同時に、半ば仰け反るようにしてその一撃を回避した。
デュークモンのものではない。蒼い閃光だ。
それは最後の聖騎士、友情の銃砲のみがなせる。

「素晴らしい。流石はオメガモン…」

回転するようにして避けたジョーカモンは、それでも重力プログラムの働かないこの部屋では優雅に身体のバランスを取り戻す。
悪魔の目線の先、デュークモンの反対側に、ガルルキャノンを構えた彼がいた。

“太一さん…それにヤマトさんも”
「お前らが先に着いてたのか…助るな」

オメガモンの肩に乗るヤマトが呟いた。
デュークモンの中にいる啓人が声を出したことも理由なのだろう、幸いなことに、彼らは自分が何者なのかを理解してくれたようだ。

「ようこそ」
「そんな冗談は、今に言っていられなくなるぞ」

オメガモンは再び構えた。
左肩を大きく上げると、竜人の頭部から巨大な剣が現れる。
それに合わせて、デュークモンも攻撃の準備を整える。
だが、ジョーカモンは動じず…寧ろ、半ば呆れているように肩をすくめた。

「全く…そう急がんでもよかろう。君達が最も感じている不安はすぐに解消される。友人達は全て試練を乗り越えた…間も無く全員がここに集うことになろう。そう、例えば──」

そう言葉を紡ぎながら、しかし彼の意識は後ろ、そこに立つ三つ目の侵入者の方に向いていた。
ジョーカモンのもう一つの眼、その場の感情を見取る“眼”は、彼の存在を察知していた。
いよいよ面白くなってきた。

「──彼のように」



三番目の侵入者、皇帝竜と友人を伴って部屋へと“戻った”大輔は、表情に怒りを溜めた。

「…宣言通り…てめぇを殺しに戻ってきたぜ…」
「宜しい。ようこそ、友よ」

仮面を被るジョーカモンの表情は、直接は見ることができない。
だが、その顔は手に取るように分かる。
彼は嗤っていた。声だけでもそれを読み取れる。
だからこそ大輔も、声にありったけの怒りを込めた。

「その薄ら笑いを潰すために着たんだ…ジョーカモン」
「うむ、分かるぞ。それは…ブラックインペリアルドラモンのために、か?」
「…!!」

賢が何か言おうとしたが、間髪入れずに大輔はインペリアルドラモンの名を叫んでいた。
竜人は表情を曇らせていたが、自分の役目はここで留まることではない…。
それに、彼も確かに怒りを抱いていた。
あの深遠なる闇の皇帝竜を殺した、彼を。
覚悟を決め、インペリアルドラモンは一気に間合いを詰める。

「お前があんなことをしなければ!!」

一気に右の拳を突き出す。
ジョーカモンは瞬間、鎌を取り出すと、柄の部分でその攻撃を防いだ。
そしてゆっくりと、言葉の続きを言い当てる。

「ブラックインペリアルドラモンは死ななかった」
「…そうだ…!!」

更に語気を荒げ、二度目の突きを放つ。
振り下ろされる鎌を避け、更に追撃を仕掛けていく。
攻撃を仕掛けるのはインペリアルドラモンであり、インペリアルドラモンではなかった。
大輔であるが、大輔でもない。
彼らの怒りだ。



“大輔…”

既に彼が怒りに包まれているのは、誰の目にも明らかだった。
彼の意識は、ジョーカモン以外の誰にも向けられていない。
啓人にははっきり分かった。
自分自身、と言うよりデュークモンだけではない。
オメガモンと彼の先輩にも、大輔の意識は全く向けられていなかった。
いや、それよりも…進化体のもう一人のパートナーである賢、そして、戦いの只中にいるパートナーの皇帝竜でさえ、彼はまるで存在を認知してないようにすら感じる。
明らかに異常事態だ。
ここに戻る途中…恐らくはブレイズ7との戦闘で、何かが起こったに違いない。
芳しくない出来事が。

「…デュークモン、今は考え事をしてる暇はないぞ!」

太一の声が、彼を引き戻した。
自分の名前──デジヴァイスで読み取ったようだ。いずれにせよ、今はそこは重要な問題点ではない──を読んだ彼の真意は十分に伝わる。
今は戦闘中…大輔は“対外的には”その戦闘を開始しただけだ。
ジョーカモンを倒すことが、何より優先すべき事柄…そういうことだ。
無論、彼も大輔の異変には気づいているだろうし、それを心配していないはずもない。
だが、それを差し置いても優先すべきことがある…。

デュークモンは頷き、オメガモンと同時にマントを翻す。
そして二体の聖騎士も、戦いに馳せた。



インペリアルドラモンの巨体は、ジョーカモンの身体の何倍も大きい。
実際、一撃を加えればそれだけで致命傷になるだろう。
だが、その一撃が中々決まらなかった。
その上ジョーカモンが使用している鎌は、自身よりも遥かに巨大なものであり、それを回避するのは不可能ではないにしろ、非常に困難だ。
ブラックインペリアルドラモンとの戦いのときに受けた傷が、その度合いを更に高めている。
攻撃の手が詰まらされた時、インペリアルドラモンは仕方なく引こうとしたが、その動きが僅かに遅れた。
素早く振り翳された鎌の先端が、ポジトロンレーザーの先端を傷つけた。

「くっ…」
「ふむ、惜しい」

インペリアルドラモンの苦戦は明らかだった。
普段の彼ならば、この状況はもっと改善している筈だ。
上手くいけば、既に敵を後一歩という所まで追い詰めている所。
しかし、それができない。

「まぁ、そう焦るな…君は一対一で戦っているわけではないぞ?」

まるで、ありきたりな悩みに苦しむ生徒に対して、教師がありきたりなアドバイスをするような口調だ。
こういった類の言葉が自分の冷静さを削っているのは確かだ。インペリアルドラモンはそれを感じている。

大輔は、それを感じていないのかもしれないが。

だが…それが何だ?冷静さを削られたくらいで、こいつを倒せないとでも?
そんな筈は無い。ブラックインペリアルドラモンの命の代償は、冷静さ程度で帳消しにはならない。


これこそが、闇の狙いだと気づくことが出来れば。


瞬間、再び振り翳された刃を回避しつつ身を引いた皇帝竜の横に、新たにオメガモンとデュークモンが現れた。


闇はそれを見て、静かに嗤う。
声でではない。表情でもない。
内側でのみ、嗤う。


なんと愚かしい行為か、と。


そしてこの愚かしさこそが、闇に力を与えるものだ。
光が存在するからこそ、闇は力を得る。
世界の理。
光が生むのは希望や、団結、勇気、勝利、そんなものではない。
光が生むのは、闇のための力だ。
光は初めから、闇のためにこの世に生まれたものだ。
光は闇のためにある。だが闇は、光のためにあるわけではない。
そして光があるからこそ、闇はその真の力を引き出すことができる。

そして時に闇は、真の力以上のものも取り出す。


ジョーカモンは柄の中心を握ると、鎌をゆっくりと、バトンのように回転させた。
そして、一度振り下ろすと…それまで刃の無かった側の先端にも、新たな牙が生まれた。
両刃の鎌、これが彼の真の武器だ。

「さて、ここからが本番だ」

邪悪な悪魔は、嗤った。





十番通路を通過したデスモンが行っていることは二つしかない。
移動と、殺戮。
デジタル空間の中で彼は、たまたま出くわしたイビルモンを殺し、それを見て驚き逃げようとするスカルサタモンを殺し、彼を止めるべく出てきた屈強なダークティラノモンを殺した。
どれも同じだ。
ちっぽけで、“経験値”として以外存在価値のない命。
生きている必要すらない命、『もの』として存在した方がよっぽど手っ取り早い命だ。
奇妙な形をしたダストパケット、腐ったデジタケとも言える。
それが先ほどから、「止めて下さい、デスモン様」だの「どうか命だけは」だの、意味の分からない言葉を叫んでいるに過ぎない。
初めからこうしておくべきだった。
全く、何故こんなことに気づかなかったのか。
周りに存在する塵の、唯一の利用方法について。



「…くそっ、酷ぇ有様だな…」

デスモンを必死に追い続けながら、ベルゼブモンは呟く。
飛行能力を持つリリモンとアクィラモン以外のデジモンは退化し、パートナーの人間と共にエビドラモンに乗っている。
かなりの大人数を背に乗せているにも関わらず、エビドラモンの速度は全く落ちなかった。
しかし、それでも…デスモンには追いつけない。
単眼の魔王は、大きなダメージを受けているにも関わらず、最高速での移動を続けていた。
ベルゼブモン達は追跡するのがやっと、彼を超えるスピードはどうやっても出せない。
そして進めば進むほど、彼の行う殺戮の跡は生々しくなっていった。
死にかけたデジモンの苦しそうな呻き、破壊された防壁、そしてそれにこびり付いて消失し損なった血痕…。
それが敵のものだということは、今は関係ない。
デスモンは最早、敵味方の区別すらしていない。
今、彼の中にあるカテゴリーとは、『自分』と『それ以外』だけである。

「分かれてデスモンを追えば…!」

京が不安そうな声で叫んだが、エビドラモンの上の丈が首を振りながら言葉を返した。

「駄目だ!とても戦力を分散して止められる相手じゃないよ!」
「でも…」
「その意見に賛成だな。オレだって一人じゃヤバいかも知れねぇ」

ベルゼブモンはそう言いながら、ジャケットから小さな通信機を取り出した。
とは言え、このまま追うだけでは埒が明かない…。
少しばかり不本意だが、この通信機の渡し主に助けを請うしかない。

「ベルゼブモンだ!おい、ゴッドドラモン!!」
“五月蝿い!叫ばなくても聞こえてる!!”

どっちが五月蝿いんだ、この言葉を何とか喉で抑え、本題を告げる。

「マズいことになってる!デスモンが狂っちまって、ひたすら仲間を殺して…あーとにかく説明できねぇ位ヤバい!!」
“待て、今は何処にいる!”
「えーっと…分かんねぇよ!!大体ココ何処行っても景色同じじゃねぇか!!」
“しかし…あまり喜ばしくないな、これは”
「あ!?何がだ!?」
“ついさっきだが、指令スペース全てに非常事態のシグナルが発せられた。しかし私の部隊も含めてだが、外延部の司令室は全て占拠してある”
「分かんねぇよ!もっと手っ取り早く言え!!」
“中央司令室が何かに気づいたってことだ!私達に気づいたのか、幹部のことかは知らんが…外側にいる私達はこれ以上先へ侵入出来ん”
「はぁ!?馬鹿言うな!!どうしろって言うんだよ!!オレ達だけで何とかしろってか!?」
“そうは言ってない!!こちらも進入を試みているが…お前達も注意しろ!”
「さっきから充分過ぎるほど注意してる!!あークソ、分かった、ベルゼブモン終わり!!」

怒鳴るようにして通信を切る。
援軍が望めない…ならば、どうすれば良いのか。
いや、それだけではなく、敵がわざわざ非常事態シグナルを出したということは、何を意味するのか?
仮に自分達に気づいていたとしても、シグナルを出すということは「外側の司令室が機能している」ことを前提としている筈だ。
気づいていれば通行を遮断するだけで充分であり、それを敵(勿論、司令室を襲撃した者達を指す)に知らせる利点はない。
つまり、敵はこちらの動きまで把握していない…これがフェイクだと言うのなら話は別だが。
ならば、別の要因…デスモンか?
しかし、既に多くのデジモン(勿論、彼の味方に限定される)が、不意打ちに近い形でデスモンに殺されている。
ならば、それとも別の…数少ない可能性の中で、最も有力なものは。

啓人達が“何かをした”ということ。

「…アイツら、もう大将の所まで言ったのかも知れねぇな」

ベルゼブモンがぼそり、と呟いた。

「…それなら、急がないと…」

樹莉の不安そうな言葉に、顔をしかめながらベルゼブモンは言った。

「あぁ、全くだ。近頃は何もかも予想通りに行かねぇ」





戦いはひたすら、続いていた。
だが、同時に単調であった。
非常につまらない。

この戦いは一対三、それも、三体のデジモンはどれもが、並みのデジモンを遥かに上回っている。
単純な戦力では、比べ物にならないほどの差がある。
しかし、三体は決着をつけられなかった。
それどころか、果てしない戦いをひたすら行っているような錯覚さえ受けていた。

三体の戦いはばらばらであった。
そして同時に、大きな力をそれぞれが持っているが故に…互いが全力を出せなかった。
とりわけ、テイマーの感情の影響を最も大きく受けている──インペリアルドラモンは、普段の実力を全く発揮できていない。
そしてジョーカモンは、この戦いを支配していた。
これは完全に彼のためのショー、ジョーカモンが主役の、八百長の戦いだった。

両刃の長い鎌を回転させるように扱うジョーカモンには、オメガモンでも迂闊に近づけない。
この鎌はデュークモンの槍よりもリーチが長く、その上予想のできない動きを仕掛けてくる。
小柄な上、老いた不気味な姿からは想像もできない。

「どうした、これではブラックインペリアルドラモンが報われないのではないかな?」
「…!!」

そして、インペリアルドラモンの怒りに任せた、制御されない動きが、逆にデュークモンとオメガモンを抑制してしまう。
ジョーカモンはインペリアルドラモンを、更には大輔を挑発しながら戦いを続けている。
詰まるところ、インペリアルドラモンは彼と敵対しているにも関わらず、彼の手駒となっていた。
そして三体の乱れた足並みは、そのままそのパートナーの思想を反映している…。
突き出された刃が、再びインペリアルドラモンの眼前で空を切り…インペリアルドラモンが更に前に出る。
勿論、全てはジョーカモンの予定通りだ。

「さて、ここからか」

再び接近戦を止め、敵から離れると──ジョーカモンはちらりと壁側を見た。
そこにある巨大な通路に、新しい影が向かってくる…。
今度はさっきよりも数が多い。
六人のニンゲンと、六体の全く種類の違う──だが、どれも見覚えのある──デジモン。

ふむ、彼らを合わせれば敵は合計で九体…流石に全てを相手にするのは面倒だ。

「君らの友人が到着したようだぞ」
「…何」
「これで全員が揃ったことになるのかな?…いや、何人か予定外の道を通っているものもいるようだが」
「あっ…本宮!」

賢が一番最初に気づいた。
彼らも無事だという安堵と共に、ここに彼らが加われば状況は変わるかもしれないという期待もこみ上げてくる。

だが、ジョーカモンはその「希望」も最初から視野にいれていた。

「ようこそ…しかし、申し訳ないが。君達は通行止めだ」
「!!」

細胞が壊死した手をローブから見せると、人差し指を彼らの方に向け…一言だけ紡ぐ。

「レッド・モノリス」



迷路のような通路を抜けてきた健良達は、部屋に突入しようとする寸前で自らに急ブレーキを掛けた。
ジョーカモンが何かを呟いたその瞬間に、目の前に半透明の赤い壁が出現した。
それがシールドか何かで、触れれば恐らくは…あまり喜ばしくないことになることに気づいたのは、まさに衝突寸前の時。
一体も(とりわけ身体の大きなガルダモンは危険だったに違いない)衝突して消滅することがなかったのは幸いだったが…これでは進めるはずも無い。
部屋の中でジョーカモンとデュークモン達は既に交戦状態に入っているというのに…。

「こんな壁、僕がどうにかするよ!」
「止せ、ラピッドモ…」
「ラピッドファイア!!」

健良の静止を聞かず、前に出たラピッドモンはミサイルをシールドに向けて撃った。
しかし、ミサイルはシールドを破壊することも無く、かと言って健良が危惧した状況──爆発に巻き添えになるような──こともなく…巨大な壁に飲み込まれ、消えた。

粒子となり、消えるミサイルを見ながら、光子郎が呟く。

「…思った以上に厄介なものらしいですね…」
「まさか…他に通る方法が…」
「忘れたの!?これはジョーカモンの技よ!仮に他の通路があっても…」
「その通り」

危険なフィルターを通して、先の部屋を見ると、ジョーカモンがこちらを見ていた。

「君達はお客だ。申し訳ないが…彼らが倒れ逝く様を見ていてくれ」
「このッ…」

タケルが彼を睨んだが、ジョーカモンはインペリアルドラモンへの攻撃を避けて一旦離れると…更に恐ろしい武器を見せた。
彼らと戦うための切り札、闇の武器を。

それは左腕と同じく、不気味に腐敗した右腕のなせる業。

「ダーク・モノリス」

その右腕が不気味な光芒を放つと、彼らはそれを見た。
信じられないものを。
それこそが闇の力、光に対して仕掛けていた罠の全貌だ。



「させるかッ!!」

インペリアルドラモンは光芒が左腕を包んだ瞬間、ジョーカモンに一気に突っ込んだ。
オメガモンが「待て!」と叫んだのが聞こえたが、オメガモンは彼のパートナーではない。
よって彼の意思に従う必要は無い。
いや、寧ろ…自分のパートナーも、この動きを望んでいるはずだ。
奴を殺せ、と。
必殺技か何かは知らないが、隙を作ったのが運の尽きだ。

この油断がなければ、この攻撃を回避できたかも知れない。
あるいは、敵が何をしたのかも、瞬間的に理解出来ただろう。
だが、そうでなかった。
彼はそれを見て、一瞬だけ混乱した。

闇の武器とは、つまりこのことだ。
光こそが闇の武器となる。

ジョーカモンの右腕は、もう腕ではなくなっていた。
代わりに、灰色の機械狼の顔がついている…。

「ダーク・モノリス…ガルルキャノン」

蒼い閃光…そして、彼らのよく知るその攻撃が、インペリアルドラモンに直撃した。

「ぐあ…!!」

そのまま威力に押し負け、壁に激突する。
轟音が辺りに響いた。


「…ガルルキャノン…だと!?」

戦いに参戦できない者達も含め、その場の全員が目を疑った。
とりわけヤマトは、自らのパートナーに酷似した腕を凝視していた。

「驚いているな。種明かしをしよう」

愉快そうな、満足感に浸った声でジョーカモンが言う。
ゆっくりと左腕で右腕を撫でながら、言葉を紡ぐ。

「儂の鎌、この両刃のどちらでも良いのだが…この鎌に触れた武器は、そのまま儂が記憶する。儂の腕が。それは儂が望めば、何時でも同じものを手に入れることが出来る…このように」
「コピーする武器…か…?」
「その通り。うむ、少々大きいが…中々ではないか、コレクションに良い物が加わったな」

猫撫で声で言葉を続ける敵を見据えながらも、デュークモン達は思考を凝らしていた。
武器をコピーする…あのデジモンが敢えて、戦力的に不利な条件で接近戦を行ったのは、こういう理由からだったのだ。
この戦いで、今まで使用した武器…グレイソード、ガルルキャノン、ポジトロンレーザー、グラム、イージス。
これらの武器は全て頑丈であり、彼らは戦いの中で防具としても使用していた。
記憶が正しければ、全ての武器がジョーカモンの刃に触れた筈だ。
所々、途中で不自然なほど、刃を大きく振っていたのも、全てこのため…。
究極体三体分の武器が、ジョーカモンの“コレクション”に加わったことになる。


「何フザけたこと言ってんだ…結局猿真似しただけじゃねぇか」

しかしこの状況でも、ひたすら彼を殺すことだけを考えるニンゲンもいる。
大輔はインペリアルドラモンを見ると、直ぐにジョーカモンを見据え、怒りの声で促した。

「立て、インペリアルドラモン!あんな奴に負ける義理はねぇ!!」

大輔の言葉に、インペリアルドラモンも立ち上がり…拳を握り締める。
そう、負けるなど許されない。
コイツにだけは…。



「全く、そこまで執着するか?義理堅いものだ」

右腕を灰色のガルルキャノンへと変貌させた者の、氷のように冷たい一言。
そして、“ふくみ”を込めた一言。

「…ブラックインペリアルドラモンに、ってことか…」
「あぁ…クローンにそこまで思い入れを持つのは非常に興味深い」
「お前は違うのか…お前が“造った”命だぞ」
「違う…ということになろうな。何せ」



そこにはことさら、得意な響きがあった。
悪魔のささやきに近いのかもしれない。
だが、それとは違う。
今から彼が述べようとしているのは、残酷な“真実”と言うべきだ。
それは幾分か、大輔よりもデュークモンや太一や、離れた場所にいる空でさえ感じ取れた。
だが、その感覚は…彼の言う事実に簡単に押しやられた。
それはその場の全員に衝撃を与えるものだったからだ。



「彼らはまだ“残っている”のだからな」



大輔は、雷に打たれたようなショックを受けた。
今、奴は何と言った。
残っている?何が?
自分の横を見る。
インペリアルドラモンと賢もその言葉に混乱しているようだ。
周りの様子から感じるに、恐らくジョーカモン以外の誰もが理解していないに違いない。

だが、そんなことは些細な問題だ。
もっと大きな、そして単純であり、複雑でもある問題がそこにある。



“…まさか”

デュークモンの中で、啓人が小さく呟いた。
カオスドラモンとの戦いの中で見た、青の幻影。
それこそが…。



「デュークモンは既に見たがね…現物を見てみるかな?」



そう言うと、ジョーカモンが指を鳴らした。


彼らの元に降る光が僅かに遮断され…いくつかの影が突然“現れた”ことに気づく。

空を見上げる。


そこで、全ての者の頭に、更に大きな疑問がよぎる。



そこにある、七つの影は。



七つの、大きな氷は。




彼ら、なのではないか──と。






INDEX 
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