時空を超えた戦い - Evo.29
困憊 -1-







どうやら、成功らしい。
例の“作業”が成功した後、彼らはようやく、この仕事の意味を光子郎から知らされた。
何でも…実際に、ジョーカモンと交戦中の仲間達の前に“彼ら”が現れ、その内、破壊されなかった二体を味方につけることが出来たそうだ。
その二体とは、キングエテモン、と…インペリアルドラモンの亜種、らしい。
よく分からないが、随分と強力なデジモンを味方につけられたものだ。
やはり、それが今まで伝えられなかったのは少々不満だが。

さて、問題は、これから“自分達が”どうするか、だ。
普通に考えれば、ここから再び通路へと向かい、デスモンを追わねばならないが…果たして、これ程の時間が経った今、彼を発見することができるのだろうか?

そんな思考は、ベルゼブモンのジャケットの中に入っていた通信機の振動によって中断される。

「…ゴッドドラモン、ですか?」
「そうらしい」

伊織の言葉に答えると、ベルゼブモンは通信機を取り…会話はすぐに終わった。
ベルゼブモンの表情を見ると、どうやら吉報が届いたらしい。

「追い風が来てるぜ。こっから出るぞ、またデスモンを追う!」
「ちょ、ちょっと待って、ベルゼブモン!あのデジモン達はどうするの!?」
「…あぁ、そうか…」

樹莉の指先にいる、壁際で固まる士官達を見て、ベルゼブモンは束の間考えた。
まず最初に思いついたのは、最も単純な手段──つまり、殺すこと。
だが、手間が掛かる上に、思わぬ反撃を受ける可能性もある。
そして何より…後味が悪い。

ベルゼブモンはきびすを返し、先程まで京が触っていたコンソールに向かった。
そしてパネルに右足を乗せると、陽電子砲をそこに向ける。
ドン、という音と共にコンソールが吹き飛んだ。

「「「…」」」

その場の全員が唖然とするが、ベルゼブモンは至極冷静に「これでよし」と言っただけだった。
…まぁ、確かに「良し」だろう。
詰まる所、ここの機械類が使えなければ、彼らは何も出来ない。

「オラ、行くぞ!時間が無ぇしな!」

アクィラモンやリリモンが部屋から飛び出し、続いて子供達を乗せたエビドラモンが素早く外へ出る。
最後にベルゼブモンが部屋を出る前に、未だ停止しているスカルサタモン達に銃を向けた。

「ここを動くなよ!絶対に逃げんな!」

そう言って扉の残骸を抜け…再び顔を出した。

「…いや、やっぱ逃げてもいい。あのオッサンから逃げられる自信があんならな」

そして、今や残骸となった中央司令室には、呆然と立ち竦む士官達だけが残った。





今、ジョーカモンは七体の究極体と四体の完全体に囲まれている。
彼らはジョーカモンを中心に、円を描くように包囲していた。

まだ、誰も動かない。
数が多くなっているとはいえ、先程の戦いと同じ展開を迎えてしまっては意味がないからだ。
特に先程まで彼と戦っていた三体は、慎重に呼吸を整えた。
そして一瞬だけ目配せをし…最初に、二体の皇帝竜が飛び込んだ。
闇の竜は巨大な刃を振り上げ、光の竜人は拳を握る。

「た〜っぷりお返しさせて貰うぞ!!」
「よく覚えておけ…これが貴様の罪の重さだ!!」

ジョーカモンは無言のまま、再び両刃の鎌を出現させると、それを一気に振り下ろした。
先に懐に入ったのはブラックインペリアルドラモン。
ジョーカモンの鎌も、彼を狙った。
だが、刃が正に彼の腕を切り落とそうとした瞬間、紙一重の位置でブラックインペリアルドラモンは腕を捻る。
そこに装備されたブレードは、ジョーカモンの鎌を弾き…そのまま優雅に、柄の上を滑っていく。

「…!」

やむを得ず、ジョーカモンは右手から鎌を手放す。
そして迫り来る巨大なブレードを回避したが、今度はインペリアルドラモンの拳と向き合うことになった。
インペリアルドラモンはそれを視界に捉えた瞬間、腕をイージスに変化させて攻撃を防御する。
それにより直接的なダメージは防げたが、しっかりと受けられなかったが故の衝撃は腕に伝わってきた。

「っ…!」

仮面の奥にある瞳が鋭くなったのを、インペリアルドラモンは見た。
その直後には、ジョーカモンの背後にオメガモンとサクヤモンがついたことも。
オメガモンはそのまま直進し、勇気の剣を閃かせた。
反対側にいる二体を切り付けないように、しかし容赦はせず切り掛かる。
ジョーカモンは避けた。
しかし、すぐにサクヤモンの錫の追撃を逃れなければならなかった。

幾度とない攻撃は、ジョーカモンから体力を確実に奪っていた。
もう防御は出来ない。
老いた彼の腕では、オメガモンのような強力なデジモンの刃を正面から受けることなど不可能だ。
かといって、避けることを続けるにも限度がある。
いっそのこと、武器を変更し、近くのデジモンに集中攻撃を仕掛けるか…。
しかし、ジョーカモンが意識を戦術へと向けた瞬間、目の前に再びミサイル群が広がった。
セントガルゴモンのミサイル…それらの前を、今度はガルダモンの炎が通過し、熱によって広がるゆらぎと共にミサイルが弾幕に変わる。

ジョーカモンは自分の頭に血が上るのを感じた。
何度も同じ手段を取るとは、この儂を虚仮にしているのか!!
しかし、この場では有効な対策を取る時間が無い。
煙の中から伸びてきた、金色の蹴りを危うい所で回避する。
まずは、構えを直さねば…攻撃の体勢を作らねば…。
だが、弾幕の中で構えを元に戻した瞬間、腹部にズシリとした振動が走った。

「ホーンバスターッ!!」

巨大な赤い角、それが肺から酸素を全て取り出したような感覚。
馬鹿な!
こんな攻撃に捉えられるだと!?
だが、呼吸が出来ないと共に、視界が一瞬ぼやけたことが何よりの証拠だ。
視界が元に戻った時には、ジョーカモンの首元に光の剣と矢が向けられていた。

「ここまでだ」

包囲網。
二人の天使に武器を突き付けられ、悪魔は沈黙した。それまでの戦闘の音に代わり、静寂がその場を支配する。
静寂、と…。


「…この…」

怒りが。



「愚か者共!!」



不意に、ジョーカモンが跳び下がる。
突然の動きと豹変。
それに、エンジェウーモンもホーリーエンジェモンも僅かに、行動が遅れた。
大天使はすぐにエクスカリバーを振り抜くが、片腕とローブに傷をつけただけだった。
ホーリーアローに至っては掠めることすら敵わなかった。

一瞬で壁側まで後退した、その悪魔は。
右腕から血を滴らせながらも、狂気に満ちた目を再び彼らに向け。


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハァァァァッッッ!!」


ひたすら、嗤った。
嗤いながら、あの両刃の鎌を取り出し…その先端に、自らの血液を触れさせた。
途端、凄まじい稲妻と共に、二つの刃は巨大化する。
その場の者達全てが、その刃を見ようとしたが、彼らが目をそこに向けた時には、既に両刃の鎌を持つ悪魔は消えていた。
彼はホーリーエンジェモンの前にいた。

「ホーリーエン…!」
「っ!!」

タケルが彼の名を言い切る前に、刃はホーリーエンジェモンに襲い掛かった。
間一髪の所で大天使はエクスカリバーを構え、反射的に防御した。
だが、それでも尚、これまでの戦況では感じたことのない程の衝撃が、彼の腕を襲った。
更に二度、三度と、漆黒の斬撃が放たれる度、ホーリーエンジェモンは何十メートルも下がっていた。

「退くんだ、ホーリーエンジェモン!!」

聞き覚えのある声が響き、大天使がその意味を理解する。
ホーリーエンジェモンは下がった。
刃は彼の脇腹を削ったが、それに反応する暇は無かった。
反応を返していれば、次の瞬間には首も落とされていたに違いない。
代わりにその“次の瞬間”には、大天使と入れ代わりに、紅蓮の聖騎士が刃の前へと飛び込んだ。

ジョーカモンはデュークモンを見た。
思えば、このデジモンは最初から常に対峙してきた。幾度となくこちらが準備した“試練”を越え、彼を“邪魔”し。
その“友人”が遂に、彼を討つべく槍を向ける。
ジョーカモンは狂気を全身に漲らせた。

デュークモンがリーチに入り込んだ瞬間に、ジョーカモンは巨大化した両刃を振るった。
大振りであったが故にデュークモンはそれを回避したが、すぐその直後に、ジョーカモンの右腕は柄を離れ、グレイソードへと変化して更に攻撃を行った。
振るわれた剣はクロンデジゾイド製の鎧を削る。
騎士の速度は変わらない。
そのままデュークモンは懐へと飛び込み、膝をローブの内にある腹へとぶつけた。
息の漏れる音。
恐らくは仮面の奥から放たれたものだろうが、そんなものに気を配る暇はない。
悪魔は再び後退しながら、鎌を自分の手元へと運んでいる。
今度は、先程デュークモンを真っ二つへ裂こうとした刃とは逆の位置についている刃が向かってくる。
デュークモンはグラムを刃へと向け、力ずくで防御した。
その直後、デュークモンは灰色のガルルキャノンと、文字通り対面することになった。

「ハァハハハ!愚かな!」

どうやら目の前の悪魔は、あの癪に障る言葉をいちいち吐くことを忘れてしまったらしい。
代わりに武器を使い、全てを語っている。

「吹き飛べ!」

ガルルキャノンの砲身が、視力を失ってしまいそうな程の光を放っている。
デュークモンは一瞬だけ考えたが、すぐ行動に移ることにした。
やらなければいけないことは決まっている。
最優先の事項は、目の前の悪魔を倒すことである。
どんなことをしても…。

デュークモンにはその準備があった。
静かに腕をその位置へと動かす。

「お前もだ」



激しい光が放たれると同時に、周りに拡散した爆風が吹き荒れた。
突然の出来事に、周囲の子供達は目を瞑ることとなったが、すぐに光は収まり、爆風も予想したほど激しくはなかった。

「何が…!?」

太一がそう言いかけて、言葉を呑んだ。
愚問だった。
今の爆発は、ジョーカモンが起こした訳ではない。
デュークモンが構えたイージスは、今まさにそれを放とうとするガルルキャノンの銃口を塞ぎ、その威力を攻撃しようとした本人へと向けていた。
無論、行き場を失った閃光は、盾の持ち主へもその力を向ける。

結果として、光の消えた爆心地には全身がボロボロのデュークモンとジョーカモンだけがいた。

「この…」

悪魔の纏ったローブは傷と埃に塗れ、あの仮面はひび割れていた。

「まだだ…まだ…」

幸い、未だ四肢の一つとして失ってはいない。
敵から“奪った”武器の利用は可能である。
ましてや、今の思わぬ反撃は、デュークモンにも相当なダメージを与えた筈だ。
そして自分にはまだ奥の手が残されて…。



目の前から、デュークモンが消えた。



次の瞬間には、彼は目の前にいた。
ガツンという衝撃音と共に、ジョーカモンは意識が飛ぶほどの一撃を頭──より正確には、仮面越しにだが──受けていた。
なんだと!?
そう考えた時には、第二撃を肩に受けていた。

一瞬、ジョーカモンはデュークモンの目を見た。
焔が光っている。
そこから読み取れるものは、彼を動かしているもの。
体力やデジヴァイスの力ではない。
義務でもなければ、使命感でもない。
気力でもなかった。
彼は決意に燃えていた。

ここで彼を倒さなければ、同じことが繰り返される。
既に犠牲が出過ぎているのだ。


今ここで、彼を倒す。


振るわれた槍が、右腕を貫く。
その痛みに、微かに呻き声を上げながら、遂にジョーカモンは跪いた。
彼の前には、満身創痍の、しかしまるで無傷の時のような力を放つデュークモンがいる。

「きさ…」
「…終幕だ!」

デュークモンはそのまま、最後の攻撃を加えようとした。
これで、終わらせる。
しかし、仮面の悪魔はまだ何かを呟いていた。
それをデュークモンは聞いていなかった。

「…はァッ…は…貴様は、死ぬぞ…儂以外の手によってな…」

悪魔は傷ついた左腕を、デュークモンが槍を振り下ろそうとする一瞬前に振り上げた。
何をする気だ?脳裏に不気味な疑問が渦巻く。

しかし、次に起こった出来事は、彼らのどちらも予測していなかった。


唐突。
ドン、という音と共に、彼らの側面の壁が崩れ、“何か”が飛び込んできた。
全身に(明らかに自分達以上の)傷を負ったデジモンが、彼らの間で倒れた。
この灰色の体色には見覚えがある。

「…デスモンか…」

その姿を見て、最後の応酬を中断した彼の主人は、彼の名を呼ぶ。
デスモンは動かなかった。だが、身体が消滅しない所を見ると、まだ生きているに違いない。
ジョーカモンはこの展開に酷く腹を立てた。
この粗悪品は、もう自分の計算の中では無意味な存在としてカテゴライズされ直されているというのに。

「…うむ…。代償が必要だな…」



デュークモンはデスモンの方ではなく、彼がこの広場に飛び込んできた時に開けた穴の先を見ていた。
そこには、デスモンよりも見覚えのある顔がいくつかあった。

「…ベルゼブモン…?」
「じゃなかったら、誰だよ。まあ、ここで顔を合わせるとは思ってなかったが」

ベルゼブモンは肩で息をしていた。
それに陽電子砲をこちら側に向けている。

この状況を見るに、ベルゼブモンはデスモンを撃ったに違いない。
恐らく、かなり忙しい経緯を経て。
更に、ベルゼブモンの後ろに見える影は…。

「あっ、デュークモン!サクヤモンにセントガルゴモン!!」
「皆さん、ご無事で…」

紅い巨鳥・アクィラモン、花の妖精・リリモン、そして子供達を乗せた水棲型デジモン・エビドラモン…何者だ、最後の奴。
だが、その質問をこの状況で敢えて口にしようとは誰も思わなかったようだ。
わざわざ樹莉達を乗せている辺りからして、敵とは見えないのも理由である。

ベルゼブモン達は壊れた──より正確には、ベルゼブモンが壊した──防壁を乗り越え、デュークモンらを見回した。
…壮観な光景だ。
悲惨とも言い換えられるが。

「よっ、と…あぁ、中々男前になったじゃねぇか」

ベルゼブモンがデュークモンの傷だらけの姿を見ていった。
デュークモン──の、中の啓人──は顔をしかめる。

“これが?酷い有様なんだけど”
「苦労は買ってやるさ。それに…」
「うぉー!!健太見ろ、スゲェ!!オメガモンだぞオメガモン!!」
「インペリアルドラモンが二体も!あ、違った、あっちがブラックインペリアルドラモンで、こっちが大輔と賢の…」

ベルゼブモンの言葉の続きは、何時の間にかエビドラモンから降りた、ひたすら騒ぐ博和達の声に掻き消されてしまった。
空気を読まない一部の者達に、ベルゼブモンも顔をしかめたが…咳払いをし、改めて顔を元凶の方へ向ける。
そしてやや嘲笑的に、ニヤッと笑いかけた。

「さて。お会いできて光栄だな。ジョーカモン“閣下”」
「…デスモンが世話になったようだな」
「あぁ、途轍もなく手を焼かされたな、アンタ程じゃないが。だが、それもここまでだろう」

この混乱の間に、ジョーカモンは少しばかり落ち着きを取り戻していたようだ。
だが、実際の所、彼の心理状況はそれ程問題ではない。
既にこの戦いは詰の詰、あと一歩という所まで来ている。
それはベルゼブモンにも分かっていた。というより、ベルゼブモンの方がより理解していた。
だからこそ、これ程までに余裕を保っているのかもしれない。

デュークモンや啓人、それに加えて賢やタケルら、何人かがその余裕の理由に気づき始めた時、ベルゼブモンはついに種明かしをした。

「出番だぞ、オッサン!!」

そう言って、敬礼を送る。
瞬間、部屋のあらゆる通路の壁が開き、次々とデジモンが飛び込んできた。
種族は様々だが、その中でもその場の者達の目を惹いたのは、最後に部屋へと入った金色の竜。
周りの成熟期デジモンよりもやや巨大なその竜は、ベルゼブモンの呼び名に不満そうな表情をしていたが、すぐに目を仮面の悪魔へと向けた。

「オルガノ・ガード戦闘隊長、ゴッドドラモンだ。ジョーカモン、この状況は分かっているな?」

ジョーカモンは改めて背筋を伸ばすような仕草をすると、傲慢そうな声で返答した。

「…あぁ、実際にこの目で見るのは初めてですな。“独眼竜”ゴッドドラモン殿。デ・リーパー戦での武勇は聞いておりますぞ。勿論、オルガノ・ガードについても」
「過去の戦いなどどうでも良い。私の今の興味は、貴様が私と共に四聖獣の元へと赴く気があるか否か、それだけだ」

戦闘隊長ことゴッドドラモンは、右目を瞼の上から僅かに撫でた。
彼は一年前のデ・リーパーとの戦いの最中、右目の視力を失っていた。
“独眼竜”という名は、戦いの中でいつからか呼ばれるようになった、彼の異名である。
だが、彼はその名声には過去も今も、全く興味を示していなかった。
そもそも名声など、昔から彼にとっては興味のないものだ。
あの戦いで変わったことと言えば、自分の視界、総大将の引退、そして義勇軍であったオルガノ・ガードが非公式ながら、四聖獣の庇護の下に置かれることになったくらいだ。

「冗談はお止め下さい。まさか独眼竜殿は、今も誇り高き義勇軍の隊長でいる気ではありませんな?今の貴方は四聖獣の狗でしかないのですよ?」
「それ以上、不必要なことを喋るな。貴様の口から四聖獣の名が出るだけで、こちらは反吐が出そうだ」
「どうやら貴方は右目だけでなく、真実を見つめる目すら失明してしまったようですな」

ゴッドドラモンは会話をこれ以上続けるつもりはなかった。
彼が僅かに左手を払うような仕草をすると、それまで彼を囲うように並んでいたガーゴモン達が、陣形を保ちながら除々に広がっていった。
別の入り口から突入してきたピッドモンやムシャモン達も同じように広がる。

「最後のチャンスだ。降伏するか、この場で勝ち目のない戦いを展開するか。どちらだ」

デュークモンも、ベルゼブモンも、あらゆる戦士達が身構えた。
全ての視線がジョーカモンへと注がれる。
これで、いよいよ終わる。
どちらの選択がなされようとも。





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