時空を超えた戦い - Evo.29
困憊 -2-







ジョーカモンは、言葉に重みを乗せた。

「自惚れるのもいい加減にするが良い。勝ち目がないのは貴様らだ」

ベルゼブモンが舌打ちし、ゴッドドラモンは静かに溜め息をついた。

「では、死を選ぶのだな?」
「いいや、違う。それを選んだのはお前達と四聖獣だ」

ジョーカモンは少しも動かず、更に呟いた。

「起きよ、N-4」

その言葉に呼応したのか、一瞬、先程から倒れていた灰色の身体が痙攣したように震える。
そしてデスモンは、ゆっくりと起き上がった。

「…ぅ…ぐ…閣下…!」
「今更おべっかは必要ない」

デスモンはまるで周りの状況に気づいていないような目で、彼の主を見た。
いや、本当に気づいていないのかも知れない。
ジョーカモンの総意は彼の総意、デスモンはジョーカモンに最も忠実なしもべであるからだ。
今までは。

「…ジョーカモン様、お聞き下さい。確かに俺は…失敗、しました…ですが、必ず…」
「黙れ」

これからは。

「デスモン、儂はブレイズ7の中で貴様が最も有能だと信じていた。貴様が二度続けて、醜態をこの目の前で晒すまではな」
「どうか…!」

ジョーカモンは、目の前の“息子”の哀れな懇願を無視した。
或いは、受け入れたとも言い換えられる。


“…ぁ、あ、あああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!…っ…ア…ぁ…ぁ…。”


主は、静かにその鍵となる呪文を唱える。
突然、デスモンは耐え難い頭痛に襲われた。
頭どころか、全身が内部から叩き割られているような激痛。
除々に意識が苦痛に食われていく。
デスモンは少しずつ、聴力が失われていくのを感じた。前が見えなくなっていくのを。

『…生きた個体の感情を抹消するのは、少々手間が掛かるのだが…』

呪文の間に主がそんなことを呟いたのを聞いた。
それが、彼の、彼自身の人格が聞いた最後の音声データであった。
デスモンは、闇の中に堕ちた。
そして晴れて、彼は主の思い通りの存在へと生まれ変わった。
『最も忠実なしもべ』ではなく、『最も忠実な奴隷』に。

それから彼は、死ぬまで何かを感じることはなかった。
奴隷として、人形として過ごす…それが彼の全てとなった。



「デスモン!!」

その変化は外見にもはっきりと表れていたから、ブラックインペリアルドラモンが普段はめったに出さないような大声で叫んだのも、無理の無いことであるかもしれない。
デスモンの体色は、それまでの灰色から、不気味な黒色へと変化していた。
小刻みに震えていた身体は突然ピタリと停止し、体中の傷も気づけば消えている。
この変化は場の全ての者達を動揺させた。
特に、彼の“兄弟”である二体の元・クローンデジモンを。

「デスモン!デスモン!!」

ブラックインペリアルドラモンは何度も彼の名を叫んだ。
彼が顔を上げ、新たな“表情”を持った眼を披露するまで。

デスモンの瞳は至極冷静であった。
それに氷のように冷たい。

やがてデスモンが、彼の名を叫ぶ巨竜を見て呟いた。

「ブラックインペリアルドラモン、ウィルス種、古代竜型、究極体。声紋よりブレイズN-2と認定」

デスモンは、腕を彼に向けた。

「!デスモ…」
「反逆者を抹消する」

デスアローが放たれた。



「…!!」

その変容に一瞬の判断が遅れた黒の皇帝竜は、ポジトロンレーザーを放つことで破壊力の相殺を狙った。
全く無意味だった。
死の矢は皇帝竜のレーザーを弾き、そのままブラックインペリアルドラモンの肩を削る。
痛みに声を漏らし、ブラックインペリアルドラモンは体制を崩したが、デスモンは既に次の目標へ照準を向けていた。

「ベルゼブモンブラストモード、ウィルス種、魔王型、究極体」
「くっ…」

デスモンは反射的に銃を構えたが、デスモンはその行動にも何ら反応を示さず、「抹消する」という言葉と共にデスアローを放った。
ベルゼブモンは何度もデススリンガーを放ったが、尽くデスアローに弾かれていく。
デスアローは高速で彼に迫っていた。
打ち抜かれる…。

ベルゼブモンの視界に、赤い鋏が入ってきた。
爆破音。粉々に砕ける赤い甲。

「シャアアァァァッ!!」

エビドラモンの悲鳴を聞き、ベルゼブモンは我に返った。
このオルガノ・ガードの隊員は、とっさの判断で自分の身体を盾にしたのだ。
ベルゼブモンは関節から先が無くなった腕を半ば乱暴に引っ張り、エビドラモンを自分の後ろ側へと下がらせた。

「馬鹿野郎が…ッ!」



「ジョーカモン、テメェ!!」
「行くんだ、オメガモン!!」

デスモンが次の行動に移る前に、大輔と太一が叫んでいた。
同時にインペリアルドラモンとオメガモンが動き…一秒後には、ほぼ全てのパートナーデジモン達が、ジョーカモンに向かっていた。
ジョーカモンは狂ったような笑い声を上げていたが、ゲスト達の動きを見ると、改めて左腕を振り上げた。
デスモンの思わぬ乱入によって台無しになってしまったが、まぁいい。
結果は変わらない、いや寧ろ、よりこちらに有利な展開になった。
あの子供達を自分の手で殺すことが出来なかったのは残念だが。


「さぁ、出番だ」



ジョーカモンの一言の後、空から嵐のような弾丸の雨が降ってきた。
子供達のパートナーはそれに間一髪で気づき、自分とパートナーの安全を確保することはできた。
しかし、反応の遅れたオルガノ・ガードのデジモン達は、かなりの数が第一撃を受け、消滅した。

上空から降りてきたのは、大量のインフェルモンとクリサリモンだった。
インフェルモンは照準を定めていないかのようなでたらめな連射で弾丸を口から放ち、蜘蛛のような動きで壁を駆け下りてくる。
クリサリモン達もそれに続き、触手を苦無のように次々と飛ばしながら降下してきた。

「うむ。ディアボロモンの残り粕も、思わぬところで活躍するな」

ジョーカモンが上機嫌で呟いた。

弾丸の攻撃を免れたオルガノ・ガードのデジモン達は素早く反応し、クリサリモンとインフェルモンに激しい反撃を開始した。
完全体のインフェルモンでさえ、成熟期デジモン達の共同攻撃によって次々撃墜されていく。
最前列から少し離れた所から攻撃するクリサリモンも、羽を持つデジモンの反撃で鎧を砕かれていった。
その攻撃と反撃の繰り返しの中に、デスモンの矢が混ざり、辺りは瞬く間に爆音と消失音、破壊の光と暴力に包まれた。

これこそが、ジョーカモンの狙っていた事態なのだ。
混乱の中で、小柄な彼は最も自由に動くことができる。
それまでの状況では、隙が出来ず行うことが出来なかった、彼だけが知る緊急避難用のゲートを開くという行為も。
それに気づいたゴッドドラモンは怒号を発した。

「ガーゴモン隊!私に続け!!」

彼は翼を広げ、ジョーカモンに向かって急降下した。
最も近い位置にいた十体程のガーゴモンも彼に続く。
だが、あと二十メートルという所で、目の前に落下してきたインフェルモンの大群がそれを妨げた。
不気味な脚を腕に絡ませ、弾丸の連射によって後ろのガーゴモンをも打ち落とすインフェルモンは、並の完全体よりも更に手強い。
ゴッドドラモンは胃に冷たい氷を流し込まれたような気がした。

その時、インフェルモンの肩越しに、彼はジョーカモンに向かっていく赤い影を見た。
それはマントであった。
それと、銀色の鎧。
だが、あの距離では…。



「ジョーカモン!!」

デュークモンは全速力で飛んでいた。
ジョーカモンがデスモンを彼の元へと呼び出したのが見える。
あと少しなんだ。あと少し。
ここで逃がす訳には…。

仮面の悪魔、狂気のウィルス、この事件の元凶は、彼に一瞥をくれると、敬意を込めた笑い声を上げた。

「友よ、君の戦いは見事だった。儂の予想を遥かに超えていた…」

デスモンがゲートの先へ消える。
啓人は悪魔だけを見ていた。
逃がすな…奴は…。

「君の勝ちだ。今回は。しかし、今度は、君達…いや、“世界”が負ける。覚えておき給え」



あと少しだった。
グラムを突き出した時、そこにはもう何も無かった。
悪魔は部屋から消えてしまった。





全てのインフェルモンとクリサリモンが掃討され、戦いが終わったのは、それから約三十分後のことだった。
敵が全ていなくなったことを確認すると、ゴッドドラモンは、ここではなく周囲の部屋へと送り込んだオルガノ・ガードの全てを、この部屋へと呼び出した。
それから彼は、この戦いに参加した戦闘隊長──ピッドモン隊を率いたパンジャモン、ムシャモン隊を率いたザンバモン──と共に、殉職者の確認作業を行った。
死傷者の数は予想したよりも遥かに多かった。
更に彼らは、この戦いを終わらせる最大のチャンスを逃した。
これは何よりの痛手だった。
これだけ出た犠牲が、殆ど意味を失ってしまった。
ゴッドドラモンは元々開かない右目と共に左目も瞑り、死んだ仲間達の冥福を祈った。

エビドラモンは意識が半ば昏倒していたが、何とか死を免れた。
だが、左の鋏を失った。
ベルゼブモンは、健太とマリンエンジェモン、樹莉、クルモンが彼の手当てを行うのを見守った。
エビドラモンが時々苦しげな声で、“心配するな”という意味を込めた唸りを上げる。
だが彼は、恐らくはもう戦うことはできないだろう。
ベルゼブモンの頭の中に、何度も同じ疑問が過ぎっていた。
この戦いに、何の意味があったのか?

子供達とパートナーデジモン達が集合し、お互いの無事を確認した直後に、彼らは気づいた。
ブラックインペリアルドラモンとキングエテモンがいない。
デスモンが豹変した時には、確かにいたはずだ。
だが、ディアボロモンの「子供」が出現した後、どうなったのかは誰も知らなかった。
誰かが、彼らは再び寝返ったのではないか、つまりジョーカモン側に戻ったのではないか、という懸念を呟いた。
大輔が半ば声を荒げ、そんな訳がないと叫んだ。

やがて、更に悪い知らせが届く。
二体の姿を最後に見たデジモンは、クリサリモンと交戦していたピッドモンであった。
彼によれば、ジョーカモンがゲートの先へと消えた瞬間、二体は顔を見合わせ、きびすを返して部屋を出て行ったというのだ。

「…やっぱり、ブラックインペリアルドラモンとキングエテモンは…」
「絶対に違う!アイツらは裏切ったりしない!!」
「ダイスケ…」
「僕も本宮に賛成です。彼らはそんなことはしない、絶対に…」
「合理的に考えても、彼らが裏切ることはあり得ないと思います。もしそうするつもりなら、復活したその瞬間に行動に出るはずです。あの時は僕達が最も追い詰められていた時でしたからね」
「じゃあ、なんで…」
「考えられるのは、一つ…」
「…ジョーカモンを追った…って、こと…?」
「それしかないと思います。彼らの性格から考えても」




「あ…みんな…」


子供達が円状に集まって会話する中、最も離れた場所で戦っていた啓人とギルモンが、彼らの元にようやく戻ってきた。
ギルモンに左肩を支えられながら戻ってきた啓人は、疲労困憊していた。

「…た、啓人…」
「大丈夫?」

仲間達が自分に顔を向ける。
彼の有様に、全員が不安そうな顔をしていた。

啓人は弱々しい笑みを浮かべ、言った。

「…ご、ごめん…あいつに…逃げられちゃった…」

大輔が立ち上がり、啓人の右腕を自分の首に掛けて支えた。
そして彼とギルモンの歩みに合わせ、円の方へ案内する。

「…気にすんなよ。お前じゃなくたって、あの状況じゃ…」


唐突に、啓人は力を失って倒れた。

「あっ…」
「タカト!!」

円を形作っていた全員が、驚いて倒れた啓人の前に走った。
ギルモンは啓人を、泣きそうな声で名前を叫びながらゆすっていた。

荒い息をつきながら、啓人は力なく首を揺らしていた。



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