時空を超えた戦い - Evo.32
ペネトレイト








「ぎゃあああぁぁぁぁっ!!今!揺れた!?ガクッて揺れた!!」
「落ち着け健太!つーかウルセぇ!!」
「ま、ままままだ、あわあわあわ慌てるようなじじじ時間じゃななない」
「わ〜い、また揺れた〜。面白い〜」
「ギルモンちょっと黙って!」

子供達は現在、白の世界にいる。
彼らは雲の中にいた。
それもただの雲ではなく、四聖獣チンロンモンが造り出した、移動用の “乗れる”雲だ。
早朝にゴッドドラモンが手配し、チンロンモンから“送られてきた”この雲は、以前に啓人達が乗ったことのある雲よりもずっと大きい。
チンロンモンの作り出す雲は、普通のもの──デジタルワールドのものも含め──とは明らかに違う。
雲の上に足をつけることが出来るだけでなく、当人の意思がなければ雲を通り抜けて通過することの出来ない、白色の壁となる。
おまけに防壁としての雲は、完全体クラスの攻撃すら通さない頑健さを誇る。
言わばこれは空飛ぶ装甲車、デジモンに乗るという選択肢を除けば、この世界の移動手段としては最適だ。

だが、全く衝撃が伝わらない訳ではない。
時には頭を打ち付けるかと思うほどの振れが起こる上、外からの轟音はひっきりなしに響いてくる。
かといってここから出る訳にはいかない。
空中だから、というよりは、戦いの中だからだ。

ロストアイランド周辺の海域は、蜂の巣を突いたような状態になっていた。
オルガノ・ガードが開始した包囲攻撃に対し、やはりジョーカモンは防衛の準備を整えていたらしく、海と空で激しい戦闘が行なわれる中で、雲の中でひたすらに蹲っているのは、あまり気分のいいものではない。
ともあれ、これが自分達に与えられた役割なのだ。
ジョーカモン側であれ、子供達の側であれ、今日は全ての者が“自分の役割”を果たすことに必死になっている。

オルガノ・ガードが立案した最後の戦略は、最も危険であると同時に、最も成功率の高い方法であった。
周辺海域を防衛するデジモンの大群は、どう考えても無視することは出来ない。
ジョーカモンやその取り巻きを制限時間以内に壊滅させるには、この大群に対し如何に対処するかが問題となった。
そしてこの大群への対処は、同じ様に大規模なデジモンの大群でなければ不可能だ。
逆に、島の中に篭っているのであろうジョーカモンを滅ぼすには、出来る限り迅速な行動が取れ、かつ彼と相対し、勝利できる実力の持ち主が必要だ。

この状況に、ゴッドドラモンは単純明快な回答を示した。
即ち、大規模な戦力──オルガノ・ガード全軍──を海域の大群にぶつけ、同時にジョーカモンを倒せるだけの実力を持つ者達──子供たち──を島へと上陸させる。
オルガノ・ガードは犠牲を払い、子供達には危険が伴う戦い方が選択された。

「なんだかんだ言って、結局俺達が一番大事なポジションじゃん!」
「でも、考えたらこれが一番やりたかったポジションじゃない?決着を自分達でつけたい、って、最初から思ってたんだから…」

この経緯からすれば今朝、こんな会話が、子供達の間で交わされたのも当然だったのかも知れない。

チンロンモンの雲は戦場を滑っていく。
島の反対側からの上陸も考えられたが、そこにも敵が配置されていること、遠巻きにすら雲の上陸まで見守ることの出来る者を送れないこと、降り立つのに適当な場所がないことなどから、敢えて戦いの行われている海岸付近を横切るルートが取られていた。
幸いにして、敵はオルガノ・ガードとの戦いに必死で、一直線に島へと向かう奇妙な雲にまでは意識が回らないようだった。
だが、攻撃目標になってないとは言え、戦場にいることに変わりはない。
戦場ではあらゆることが起こり得る。
よって、雲の前に十数体のデジモンが出現し、ぐんぐんと雲に向かって飛んできても、それはとりわけ特筆すべき事態ではない。

「おい!なんか前に来てっぞ!!」

マジックミラーのように外の光景を覗くことが出来る雲の中で博和が叫んだ。
雲の外にいる時ほど鮮明には周りの様子を表してくれないが、雲に向かって何かが近づいていることくらいははっきりと見て取れる。
進行方向も考えると、あれは十中八九敵のデジモンだ。

“落ち着け!奴らは我々の方向に向かってきているだけだ!君達を狙っている訳ではない!!”
「知ってるよそれ位!!でもこれ、ヤベェだろ実際!!」

健良の持つ通信機から届くゴッドドラモンの声に荒々しく返事をする。
この雲は普通の雲と同じように水滴や氷の粒で構成されている訳ではないのだ。
敵がこの雲を通過しようとすれば作戦は失敗、それどころが空中で敵と衝突することになる。

“構うな!私の小隊をそっちに送った!君達は…”
「いや、待って!ゴッドドラモン、奴ら…前!!」

確かに、背後にはゴッドドラモンの送り込んだピッドモンが5、6体見えた。
雲の向かい側にいるデジモン達に対し杖を構え、攻撃の構えを取る。
だが、子供達の何人かはそれに気づいた。
敵は、あのデジモンの集団だけではない。

ふいに、島から飛んできた敵デジモン達がばらばらに飛び去り、その背後にあるものを披露した。
それがあったのは眼下、無数の小さな人工島だ。
そこでは空中と同じように無数のデジモンによる戦闘が行なわれていたが、その中でも目を引く巨大な建造物──大砲が、絶え間なく砲撃を続けていた。
その内の一基がピッドモン達の方向に照準を合わせ、チカッと光った。
天使達が即座に炎に包まれ、火達磨になって落下する。
二度目、三度目の砲撃で、その周りにいたデジモン達も敵味方関わらず一瞬で黒こげになり、炎上する身体から煙に混じってデータの粒子が散っていく。
雲の中から見る目は、それを唖然として眺めた。

「ああ」

溜め息のようなか細い声で、ヒカリが呟いたのが聞こえた。

「酷い」
「…」

ヤマトが複雑な表情でうつむき、舌打ちをした。
こんな状況でも、自分たちが出て行くことは許されないなんて!

だが、その約束事が守れないものももちろんいる。
とりわけ、この場には…。



「おい!!こっちだぁ!!」
「こっちだー!馬鹿―!!」

それに気づいた時、啓人達はぽかんと口を開けた。
太一に、アグモン、ブイモン、大輔…とにかく、血気盛んな者達が自分達の頭上──つまり、雲の上──に立っている。

「お前らの狙いたい敵はココにいるぞ!!」

大輔が高らかに叫ぶと、まるで目の前に極上肉が置かれたかのようにデジモン達が反応した。
そして目を見張る速度で、周囲のデジモン達が飛んでくる。
視界にはジョーカモン側のデジモン達ばかりしか映らなくなった。
それに対し、太一と大輔は進化の光をパートナーに浴びせた。

グレイモンとフレイドラモンの炎が襲い来るデジモン達を焼き、その倍の数の攻撃が雲に向かった。
その結果、啓人達は、胃袋の中身が吐き出すかと思うほどの揺れを体感することになった。

「このトンマ、間抜け、馬鹿、早死に軍団!!私達まで巻き込む気!!?」
「うるせー京!!こんなのをボケッと指加えて見てられっか!!」
「いいい、今すぐ戻って!!雲が攻撃されたら…」
「そうだ、戻れ!!目的を忘れてるぞ!!」
「いや、もう遅いんじゃないですか…?…目をつけられちゃったし…」

賢の冷静な一言で、全員が押し黙る。
そして、やはり焦ることにした。

「全員、雲を出るぞ!」

ヤマトが叫んだ。

「正気!?この戦いの中に突っ込むことになるわ!」

空が目を丸くして叫んだが、彼は頭を振り答える。

「これなら雲の中に居ても同じことだ。とにかく後でゴッドドラモン達と合流して作戦を練り直そう」
「でも…」
「このままじゃ俺達も殺されるどころか、今までやってきたこと全部が台無しになるぞ!」

口論を続けている間にも、頭上でフレイドラモンが大砲の弾を間一髪で避けたのが見えた。
直撃すれば、いくらフレイドラモンといえどもひとたまりもないに違いない。
しかも、攻撃はますます激しさを増していく。
どうする?

この緊急事態は予想外の形で回避された。
雲に群がり、攻撃を繰り返していたデジモンの約半数が、海上から飛んできた弓矢に射抜かれ消滅した。
残りの半数は、得体の知れないたった二体のデジモン──グレイモンとフレイドラモン──への攻撃よりも、明確に敵と判別できる新たな攻撃目標を発見したと見えて、すぐに雲への攻撃を中止して急降下し、そのほとんどが第二撃を浴びた。
僅かに生き残った者達は、白い獅子の形をした波動を正面から受けた。

「そのまま進め!」

何体かのルカモンが牽引するいかだに乗ったパンジャモンが、氷獣拳の構えを取ったまま言った。
その周りでは弓を構えたノヘモン達が、先程と同じように、空中の敵を次々に射抜いている。
光子郎は雲の中から白銀の獅子に向け、慌てて叫んだ。

「パンジャモン!まだ大砲が!」
「問題ない、気にするな」
「アレを放っておいたら…」

大変なことになる、と言いかけて、光子郎はパンジャモンのいかだの隣にもう一つ、ルカモンに牽かれ、突進と呼んでも問題ないほどの速度で大砲のある人工島へと向かういかだを見た。
パンジャモンのそれよりも一回り小さいその足場には、人馬一体の姿を持つ究極体が立っている。
金色の武者は轟音を響かせる砲台を睨みながら、鞘から二本の刀を引き抜き、ゆっくりと構える。

「からくりなんぞで我が同胞を殺めるとは…」

四聖獣は大昔の大戦以降、機械兵器の製造を厳しく制限している。
デジモンがデジモンを武器によって殺す、ということに対する、彼らなりの倫理観から生まれた制限だが、ジョーカモン軍のような組織はそのような制限を無視しているケースが多い。
正々堂々とした戦いを好む彼にとっては、機械兵器は正に憎悪の対象だ。

左手の妖刀を痕がつくほど強く握る彼の先には、まだ空中にいる味方を狙い、絶え間無く撃ち続けている砲台がある。

「万死に値する我らへの侮辱であることを知れ!」

巨大な力を妖刀に送りながら、武将の姿をした戦闘隊長は両腕を振り上げる。
大砲を操作していた何体かのデジモンは、眼下の海上に恐ろしい存在がいることに気づき、慌てて砲塔を回転させた。
それが完全に回り切る前に、ザンバモンは二本の大刀を閃かせた。

「十文字斬り!!」

中央の間隔をやや大きく取ったルカモンの間を通り、水面を割って、巨大な十字の斬撃は砲台に到達した。
次に響いた音は、斬撃の音というよりは、古くなった建物を解体する工事の音に近かった。
崩れ落ちる巨大な建造物の残骸に代わって、砂煙が舞い上がり、崩壊に巻き込まれたデジモンたちの姿を眩ませた。

「子供達よ!!」

瓦礫を睨み、尚も襲い来る敵に刀を構えながら、武将の隊長は唐突に叫んだ。

「俺はお前達の力を認めてはおらん!!デジタルワールドのため、お前達に出来ることがあるのならば、戦いでこのザンバモンに示すがいい!!」

烈しい言葉を吐く猛将の頭上、雲が空を滑って行く。
ザンバモンは暫く雲を睨みつけていた。全身に殺気を漲らせながら。

「確か同じようなことを、どこか四聖獣も言ってたな」
「うん、そんな気がする」

健良が溜め息をつきながら呟き、テリアモンもそれに同意した。





「ベイン司令!!」
「総司令!」
「総司令官!!」

ロストアイランド中心部、ジョーカモン一派の司令部は騒音で溢れていた。
急展開を迎えた海岸部での戦いに、士官達は慌しく動いていたが、それでも無数のモニターに映る前線の状況全てに対応することは到底不可能であった。
まさかオルガノ・ガードの攻撃がここまで激しいものになるとは。
デ・リーパー事件の時の被害状況から、オルガノ・ガードの力は知れたものと考えていた司令部は、大きな勘違いをしていたことに今になって気づくことになっていた。
独眼竜・ゴッドドラモンは本気だ。
そしてオルガノ・ガードそのものも、かつて総大将が在籍していたころの最盛期の勢いを取り戻している。

「総司令!!」
「ベイン司令!!」

えぇい、うるさい、策など自分達で考えろ。
私だって忙しい。
いちいち全てに目を配れるか、無能士官どもめ。

「司令!司令!!ロリコン司令!!」
「誰がロリコンだ貴様!!」

ベインは自分が反応してしまったことに気づいたが、もう遅い。
既に飽きるほど見た戦況を、指示を仰ぐ下士官によって再び見せ付けられる結果となった。

「ベイン司令、問題が発生しました…第13地区の砲塔が突破されました!」
「メフィスモン卿の指示通り動けばいい!島の中に駐留させているデジモンを全て使ってもいい、どんな犠牲を払っても奴らを食い止めろ!」
「し、しかし、敵はあのザンバモンですよ!?オルガノ・ガード最凶の…」
「ザンバモンだろうが四聖獣だろうが同じことだ!ジョーカモン様を敵に回すのとどちらが恐ろしいかよく考えてからものを言え!」

吐き捨てるように言うと、これで会話は終わりだと視線で告げて去る。
ベインは無能な部下達にも苛立ちを覚えたが、こうなるとメフィスモンにも疑念を抱かずにはいられなかった。
というのも、彼はこの戦闘が始まる直前に、戦いに関する大まかな指示を出した後、全てをベインへと任せ、島の密林へと消えていってしまったのだ。
これが、彼がこの戦いにおいて直接戦線へ向かったことを示しているのかどうかは分からなかった。
しかし、正直な所、彼が消えてしまうことも予想できなかった訳ではない。
メフィスモンは道化、他の者達は常に彼に騙される。
そして、メフィスモンの思惑は“全て問題なく”進行してしまう。
ジョーカモンと同じだ。
ここまでのシナリオは全て、ジョーカモンとメフィスモンにより作られたもの。
彼はただ、指示通り動いていればいい。
そうすれば彼には「それなりの地位」が用意され、不自由することのない財を得られる。
彼はこれ以上のことは考えようともしなかった。
考えても地位や財は生まれない。骨折り損だ。

「司令!司令!!ロリコン司令!!」
「五月蝿い!幼女が好きで何が悪い!!」

軽く問題発言をしたベインを無視し、士官は報告を続けた。
しかも今度は、先の報告よりも遥かに悪いニュースを。

「…大変です…デスモン様が…ち…」
「?」
「地下牢を…は、破壊して…」



え?



一瞬、ベインは事態を飲み込むことが出来なかった。
彼のプランを破壊するような問題に対応出来るほど、彼の思考は柔軟ではない。


だが、彼の頭は、それほど長く混乱している必要はなかった。
何といっても、この司令室は地下牢の上に設置されているのだ。
ベインが望まずとも、彼はすぐにトラブルの張本人を確認できた。

ふいに、ドンという音が響き、数キロ先で行なわれている戦闘の振動とは比較にならない揺れが足下を奔った。
ベインも、他の士官も、恐怖で硬直した。
だが、脱走した魔王がそれを知る由もない。
まぁ、それは仕方ない。
魔王は既に理解するということができないのだから。


のそり、と不気味な影が司令室を覆った。
ベインは漸くその影の主を直視したが、口からは上の者に対する挨拶の代わりに悲鳴しか出てこなかった。





わずか十数日の内に、都内に自衛隊が三度も緊急配備されることは、流石に一連のデジモン騒動でも起こらなかった。
恐らく戦後日本の歴史を見ても重大な事態のように感じられるが、それを考えると山木はますます気が滅入った。

「室長、大丈夫ですか?休まれた方が…」
「いや、ありがとう。だが、今は生憎そんな暇はないらしい。この仕事が終わったら有給を取らせてもらうとしよう」

迷彩色の服を着た自衛官達が走り回る様子を見ながら、山木は先ほど建てられたテントから辺りを見回した。
球体を中心に据えたテレビ局や、巨大な吊り橋。
品川の次は、お台場。
あの赤い泡はもうすぐ赤潮の如く海上からリアライズし、日本へと再上陸する。
天気は曇り。気温は夏にしてはいささか低め。
嫌な予感は満天。
後ろにいる自称エリートは馬鹿丸出し。

「ヘイ、ジャップ!!ホールドアッぐほぉ」
「自衛官が一般市民に拳銃をむけるとはいい度胸だ」
「一般市民が自衛官に裏拳かますたぁ大したもんだ…空砲だって分かってるくせに…」
「お前みたいな大人がいるから日本は駄目なんだ」
「ごめんなさい痛いですからそれ以上腕捻らないで下さいすみません」

ヒゲの33歳自称ヤングエリート、日本の駄目な大人の典型、そんな陸上自衛隊ニ等陸佐・成田隆次は、今回も山木と共に居た。
品川での巨大生物襲撃事件での彼の行動は、流石に彼を毛嫌いする上層部でも評価しない訳にはいかなかったらしく、噂では更なる昇進も近いらしい(もっとも、この発言は酒の席で聞いたものであるだけに、半信半疑であるが)。

「しかし、品川であんなキツい仕事した直後にこれか…お前から連絡がなかったら信じなかったぜ」
「寧ろこれは予想できただろう?先のことといい、デジタルワールドは…」

山木は険しい顔に戻った。
子供達は、果たして大丈夫なのだろうか。

「今、何かが起こっている」
「『今も』じゃないのか?こんなことばっかりなんだろ、あっちは」

成田の言葉に同意しかけた所で、それはデジモンたちに失礼だろうとも思い、山木は顔を下げた。
代わりに別の話題を出してみることとしよう。

「ところで、エリートのお前は、今回はどう戦うつもりだ?知っていると思うが、デ・リーパーに実弾兵器は効かない」
「…えっ…マジで…そうなん…?」
「日本終了のお知らせか」
「冗談、ごめんなさい睨まないで」
「で?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いて下さった」

国防を嘗めきっている印象が拭えないこのエリートは、不敵な笑みを浮かべつつ、懐に掛けられた拳銃のマガジンから銀色の実弾を取り出した。
わざわざ自慢のために銃弾なんか取り出すなと言いたいところだが、質問をしたのは自分なのでここは黙って見ていることにする。

「防衛庁だって前の事件から黙ってた訳じゃねえのよ。あの泡の化け物を麻痺・分解できるだけの磁場を着弾地点に発生させる、日米共同開発の新型電子弾だ!」
「なるほど、実に分かりやすく説明的な台詞だ。防衛費のほとんどをつぎ込んだだけはあるな」
「最近お前冷たいよね」

防衛費のほとんどがつぎ込まれた、というのはあながち誇張でもないのだが。
これが通用しなければ、もう戦う術はない。
果たして、人類の力はあの怪物に通用するのか?

手元の銃弾を眺めながら、成田は皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「まぁ、確かに、これで来年度の予算はゼロだな。来年度があればの話だが」

二人は暫く黙っていたが、やがて山木はサングラスを上げ、搬入されたノートパソコンの画面を見た。

「時間がない。準備を急ごう」
「あぁ、そうだな」
「幸運を」
「お前も…鳳ちゃん悲しませるなよ」
「お前がカッコつけてそういう台詞言うのが生理的に嫌だ」
「あれ、やべぇ、山木、なんか俺目から汗が出てきそうなんだけど」


成田がテントを出た時、彼の懐からメロディが流れてきた。
携帯に映し出された名前を確認すると彼は嬉々として通話ボタンを押す。

「もしもし…おー、沙羅か。お前から電話してくるなんて、お父さん嬉しくて涙が出ちゃ…嘘!切らないで、切らないで!」

愛娘からの電話とは、珍しい。
時が経つ毎に自分に冷たくなっていた彼女からの電話など普段は滅多にない。
まあ、あったとしても「牛乳が切れたから帰りに買ってこい」とか、その辺りだが。
ともあれ、今日の電話はそういったものとも違うようだ。

「あぁ、うん。そうか。あぁ…心配すんなって、母さんにも言っとけ…まぁ、冷えたビール用意しててくれって。多分疲れてから帰るから…そう、働いた後の一杯がまた美味いんだ」

携帯の向こうから少しばかり笑い声が聞こえた。
やっぱり、山木は早く家庭を持つべきなんじゃないかと思う。





ロストアイランドの海岸線周辺では激しい戦闘が続いていた。
本当の海岸線に近いジャングルでは、ひっきりなしに警報が鳴り響き、非常にけたたましい。
補充のためか、本来は城の警備に回されていたはずのデジモンも何体か海岸に送られていた。
奴らは幸運としか言いようが無い。
はっきり言って、戦いが間近で起こっているにも関わらず、何も無い所で警備をし続けるなんていうのは拷問に近い。
ましてや、「雲が島に墜落した」などという意味不明な目撃情報から、その真偽を確かめるべく落下地点を調べにいくというのは、馬鹿馬鹿しいにも程がある。
大体、雲が墜落とはどういう意味だ?
レーダーにも映っていなかったらしいのに。
何処の能無し指揮官だ、こんな指示を出すのは。

「そりゃおめぇ、メフィスモン卿に決まってんだろ。あのお方は慎重な性格だからよ」
「だからって何で俺が行かなきゃなんねぇんだよ。他の奴らに任せりゃいいだろうが!」
「そりゃてめぇが雑魚だからだろ、ケケ。戦いじゃ使いものになんねぇからな」
「何ィ、そりゃてめぇ自身のことだろうが!」

同じポジションの警備をしているイビルモンに、グルルモンは怒鳴った。

「大体よー、ニンゲンだの訳分からん新参の相手はブレイズ7がやるんじゃなかったのかよ!?」
「ケケケ、七匹いて六匹死んじまったってよ、使えない上司でやんの」

ダラダラした会話をしながら歩いていた矢先、ガサガサという音で彼らは立ち止まった。
どうみても成長期以下の、埃塗れの小さなデジモンが茂みから飛びついてきたのだ。

「たすけてくる〜!」

見たこともないデジモンだ。
警備をする者としては警戒しなければいけない。

「何者だぁテメェ!?」
「さっきくもがおちてきて…なかからすごいのがでてきたくる!」
「雲が落ちてきて…すごいの!?」
「めがやっつあって、あしがななつ、むらさきのからだをしてる、すべてのつみをないほうするちからをもつなぞのけしんたいで…」
「…」

よく分からないが、話を聞く限りとんでもなくヤバそうなデジモンが乗り込んできたことは理解できた。
というか、「全ての罪を内包する力を持つ謎の化身体」って、邪神竜よりもヤバそうな気がする。
それはともかく、突入してきたという部外者は早急に突き止めねばならない。

「そいつは何処にいる?」
「しげみのなかくる!こっちをねらって…」

言葉に従いグルルモンとイビルモンが密林を見る。
薄暗いこの景色に、眼が慣れるまでには数秒の時間を要する。
暗闇の先で何かが蠢いているのはすぐに分かった。
あれが「全ての罪を(以下略)」なのか?と、更に覗き込もうとした瞬間、グルルモンは何者かの気配を感じ、その場を飛び退いた。
だが、彼の相棒はそうはいかなかった。

「ギャ」

小さい声をあげた小悪魔は、いつからか自分達の後ろに居たオレンジ色の巨竜の腕に鷲掴みにされ、次の瞬間には遥か彼方へと投げ飛ばされていた。
イビルモンはグルルモンの視認できる距離を楽々と越え、豆粒よりも小さいサイズとなって海に落ちた。
グルルモンは慌てて周囲を見やる。あの小さな目撃者は何時の間にか消え、代わりに何体か、戦う気満々であろうデジモンが自分を囲んでいた。

「へぇ、亜種か」

自分とよく似た姿をした青い狼は、凛々しい声でそう言ってから青白い炎を吐き出した。

「!くそっ!!」

たまらずグルルモンはカオスファイアーを吐き出し、青白い炎に応戦した。
グルルモンはすぐに、相手の炎が自分のカオスファイアーよりもはるかに威力が高いことを悟った。
彼は最大出力で必殺技を吐き続けるが、同じく炎を吐いている相手の表情は全く変わらない。
苦しい、呼吸ができない…。

「なんだ、鍛えてないみたいだな」
「えっ」

突然、カオスファイアーと狼を繋いでいた青い炎が消えた。
と、同時に、狼も。
障害物が無くなったことで、奥に生えていた大木がカオスファイアーで焼ききれ、自分の方に倒れてきたため、グルルモンは慌てて飛び退いた。
間一髪、大木の回避はできたものの、倒れこんだ大木の陰から再び現れた狼の体当たりをグルルモンはまともに受けた。
自分とほぼ同じ体格なのに、どうしてこんなにも重い攻撃が…と思う間もなく、ニ撃目でグルルモンは完全に昏倒し、崩れ落ちてしまった。

「さてと、どうするか」
「ちょっと島の奥に来過ぎてしまったかもしれませんね」

光子郎がやや困った表情をしながら太一を見た。
ヤマトはしばらく考えていたが、すぐに顔を上げ、遠くに見えるジョーカモンの施設を睨んだ。

「いや、予定通り行こう。とにかく時間が無い。3チームだ」

大輔はそれを聞いてニヤッと笑い、立ち上がった。
ブイモンも同様だ。

「よっし、じゃあいよいよってコトっすか」
「出番だね、ダイスケ」

彼らだけでなく、ジャングルの空き地で座り込んでいた者たちは次々と立ち上がる。
賢はワームモンを抱きかかえながら穏やかな余裕のある微笑を浮かべ、健太は緊張した面持ちでパン、パンと二回拍手をした。
空は腕を伸ばしてストレッチをし、留姫は無表情でパキパキと関節を鳴らしていた。
アルマジモンがそれを見ながら「なんかルキ、怖いがや」と呟き、丈は深呼吸をしていた。
ゴマモンがそれを茶化すと、なぜかマリンエンジェモンも深呼吸を見よう見真似し、タケルと樹莉がそれを笑っていた。
インプモンにいたっては更に意味不明で、シャドーボクシングをしていた。
啓人はギルモンと一緒に自分の顔面をパチンと叩いた。
その後、思いのほか痛かったのか、赤くなった顔面をちょっと摩っていた。
健良がテリアモンを頭に乗せながら、自然に円陣となった全員に聞こえるようはっきりと言った。



「それでは皆さん、また後でお会いしましょう」
「「「オー!!」」」





彼はジャングルに集結した子供たちを、少し離れた場所で眺めていた。
子供たちは一斉に拳を突き上げると、ある者は余裕をたたえた表情で、ある者は真剣な面持ちで、ある者はガチガチに緊張しているのが丸分かりな顔で散らばっていった。

「どうですか、彼らは」

彼の隣にやってきたメフィスモンが猫撫で声で尋ねてきた。

「別に…眺めてるだけだよ。そのくらいで何も分かる訳ないだろ」
「確かにその通りですな」
「で?」

メフィスモンは手を顎にあて、少し考えるようなジェスチャーをしていた。
その間に、紫色のデジモンが彼の傍に寄ってきた。

「要注意のデジモンがあの中に何体かいますが、分かれてしまっていますからね…」
「どうすんだよ」
「私はあの中でも一番厄介な者の相手をしましょう。貴方はお好きなように」

そう言ってあの嫌らしい笑みを浮かべ、彼を見た。
彼は特に関心を払わなかった。紫色のデジモンの頭を撫でただけだ。

「それでは」

一言だけ残すと、次の瞬間には、メフィスモンは音も無く消えてしまった。


彼はもう一度、ジャングルを一瞥してから言った。

「行くぞ、ドルモン」




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