時空を超えた戦い - Evo.34
選ばれし子供 -2-



グレイソードを振り下ろした瞬間であった。
白く長い何かがオメガモンの腕を絡め取る。
触手と呼ぶには少々太すぎるそれは、どことなく見覚えがあった。
目の前の悪魔は、不敵な笑みを浮かべている。

「ほら、言ったでしょう」
「何をした!?」
「オメガモン、後ろだ!」

パートナーの叫びは爆音と、やはりこれも味わった覚えがある背中の痛みにかき消された。
オメガモンは連続する砲撃音と爆発に身を包み込まれながらも、メフィスモンが間合いを取ったことを感じた。

「ぐっ…」

攻撃を浴びながらも振り返り、ようやく聖騎士は敵の姿を確認した。
だが、この敵は…。
新たな敵の出現に驚く間もなく、白い腕が再びオメガモンを絡め取る。
かつてオメガモンが見たものと、この腕の相違点は色合いのみであり、幾本ものコードが組み合わされてできているような外見も、海月のような流体的な動きも、全くそのままである。
それは腕だけでなく全身に言えることで、奇妙な白色の身体以外、恐ろしい風貌は全て同一であった。
ディアボロモンと。

「これが私の造った新作です、他でもないあなた方に最初にお披露目できて光栄です」
「くそっ…!」

オメガモンはグレイソードを抜き出し、拘束を解こうと試みたが、それは思わぬ形で達成された。
再びディアボロモンが弾丸を放ち、オメガモンを自らの腕もろとも高熱で焼き焦がす。
白色の長い腕が引き千切れるも、カタストロフィーカノンは尚も連射され、解放されたオメガモンにダメージを与えていく。

「うあ…っ!」
「「オメガモン!!」」

メフィスモンが笑いを浮かべ、オメガモンは倒れる。
油断していた、ヤマトは自分の判断ミスに歯噛みした。
前に戦ったクローンのディアボロモンは、単なるディアボロモンの粗悪品ではなく、敵デジモンの感情を破壊し乗っ取るという、危険極まりない能力を備えていた。
今回のディアボロモンには独自の能力が備わってないなどと、誰が保証できよう。
太一が不敵に笑う創造主を睨む。

「メフィスモン!」
「ククク…如何です?これぞ大量生産用に感情と痛覚のデータを消し、戦いのための合理的な判断ができるようになった、まさに次世代戦闘用のデジモンです。おまけに、あんなことも」

メフィスモンがディアボロモンを指差すと、無残に千切れた両腕の付け根がバリバリと音を立て、先ほどと変わらない形の腕が生えてくる。
ヤマトは呆然とした。奴は再生能力まであるのか?

「彼にはデータ量を減らす代わりに、自己再生プログラムをロードさせてあります。売れそうだと思いませんか?これほど便利なデジモンは他に居ない!」

ダメージから膝をついたオメガモンに、三度ディアボロモンの手が襲い掛かる。
今度は大きな抵抗も出来ず、触手に飲み込まれていく。

「オメガモン!逃げろ、オメガモン!!」
「やべぇぞ!オメガ…」

進化の輝きを感じ、つかの間太一は視界をオメガモンからメフィスモンへと移す。
メフィスモンの身体が巨大化し、悪夢の中の怪物を体現するかのような姿になっていく。
だが、これは悪夢ではない。目の前で起きている現実である。

「さぁ、終わらせましょうか。新たなビジネスの目玉に素晴らしい実績がつけられそうです」

メフィスモンの進化した究極体、ガルフモンは嗜虐的な笑みを浮かべ、白い腕に呑まれた聖騎士を眺めていた。





「ジェンが!?」

マリンエンジェモンに守られながら首尾よく啓人たちと合流したクルモンは、先ほど見た信じがたい状況を必死に伝えた。
セントガルゴモンとガードロモンが敗れたこと。敵側につく少年のこと。巨大な竜のこと。
そして今、啓人たちの力を必要としていること。

「セントガルゴモンが負ける、って…そんなヤツが、なんでジョーカモンの所に!?」
「分かりませんが…どういう理由であれ、問題は今、敵が『すぐそこにいる』ということです」

とてつもなく強大な敵が、と、付け加えるように光子郎は呟いた。
ジョーカモン討伐のため進む彼らのグループは、ここまで順調に歩を進めてきた。
クルモンたちと合流できたのも彼らがほぼ予定通りの進路を取っていたから、敵に全く見つからずここまで進んでこられたからである。
しかし、他でもない小さな仲間から与えられた情報によって、彼らははじめて歩みを止めることになった。

「タカト、どうする?」

ギルモンがいつになく真剣な表情で自分のテイマーを見つめる。
頭を下げ黙っている彼の表情は他の子供たちやデジモンには見えなかったが、心中は容易に理解できる。
仲間の敗北と危機にどう対処すべきか。



「…丈さん、空さん」

啓人がようやく言葉を吐いた。

「僕とギルモン、抜けてもいいですか」



彼の言葉は、新たな敵との対決を願い出るものであった。

「待って、私も行く!ジェンが負けるような敵だなんて…」
「留姫は駄目だ、僕たちだけで行くよ」
「でも!」
「ジョーカモンの所に乗り込むんだ。ジョーカモンを倒すのはこのグループの役目だろう?それに、究極体に進化できるのはレナモンだけなんだよ?」

留姫は言葉に詰まる。
その通りである。
ジョーカモンとの対峙に、究極体がいないのは厳しい。

「今、ジョーカモンは傷ついてる。僕はこの前の戦いでジョーカモンと直接戦ったけど、サクヤモンなら今のアイツに勝てる。空さんたちもついているからね」
「じゃあ、アンタは…」
「その男の子は…彼はジェンに『ジョーカモンを倒したのはお前たちじゃないな』って言ってたんだ。彼は僕を探してる。お望み通り、僕とギルモンが相手をするよ」

はっきりと言う。
熟慮した末の発言であることを伝えるには十分であった。

「啓人くん」

空が啓人の前に立つ。
彼女は膝を少し曲げ、啓人と同じ目線に合わせた。

「あなたの判断に任せるわ。負けないでね」
「…はい」

光子郎たちも異論が無いことを示すかのように、啓人とギルモンに声をかける。

「負けないで下さいね」
「そんな奴倒してしまいなはれ!」
「頑張ってね、啓人くん」
「ギルモン、負けないで!」
「君たちに頼んだよ」
「おいらたちの分まで任せるぜ」
「頑張って、ギルモン!」
「ギルモン、タカトを頼んだぞ」

「…ジェンを…みんなを、頼んだわよ」

最後に、留姫が彼女に似合わないくらいか細い声で言った。
親友が不安なのだろう。
自分も同じだ。
こんな状況で、仲間を心配しない者などいない。



「みんな、ありがとう。行ってきます」

クルモンとマリンエンジェモンのナビゲーションのもと、啓人とギルモンは密林を駆けていった。






混沌とした戦いはやがて、新たな罠のトリガーを引くことになる。


「潰せ!上陸されるぞ!!」


ヒトとデジモン、その運命が罠によって弄ばれている。


「オメガモン、逃げろ!やられる!」
「オメガモン!!」


究極の罠、それはこの戦いそのものであると気づいている者は、まだいない。


「やっちまえ、インペリアルドラモン!」
「本宮、危ない!前に出すぎだ!」


その罠はあらゆるところに仕掛けられている。


「野郎共、撃て、撃て!」
「回り込まれた!やられる!」
「援護してくれ、頼む!あああっ!!」
「衛生兵―!」


そしてその罠は、全ての者が関わっている。
自分が罠を仕掛けていると思っている者さえ、その罠にはまっている。


「ガーゴモン隊をセクター081へ移動させろ。近くの警備ポストから攻撃するんだ」
「了解です、ゴッドドラモン」


罠が効果を上げるのは、もうすぐ。





「啓人くん!ギルモン!!」

樹莉の声に、健良たちも啓人が現れたことに気づいた。
啓人が来た。クルモンたちが呼んできてくれた…。
だが、全速力でここまで辿りつき、肩で息をする啓人の目の先は、彼らではなく二体のデジモンがいた。

シルフィーモンは見るからに疲労困憊し、左肩と右足には傷があった。
恐らく攻撃を幾度も避けたのだろう、深手を負いながらも精神を研ぎ澄まし、次に備えているのが分かる。
一方の相手、巨大な竜は、連戦をしているのが嘘のように堂々とした出で立ちで、ダメージもほとんど受けていないようだった。

そして、竜の足下には少年がいる。
少年は啓人を見ると合図をし、竜に戦闘を止めさせた。

「新しい客か?」
「僕は松田啓人。君が探してる、ジョーカモンと戦ったデジモンテイマーだ。こっちはパートナーのギルモン」
「マツダタカト…そうか、アンタが」

啓人の言葉は、確かに少年の興味を引いたようだった。

「ドルゴラモン、こっちが俺たちの相手のようだ」



息を整えながら、慎重に尋ねる。

「君は誰?なんでジョーカモンに付いてるんだ!?」



少年はその質問に静かに答えた。
その答えがどれだけの重みを持つのか、知っているように。





「俺は佐倉一人(サクラカズト)。邪神竜に選ばれし子供だ」





汗が啓人の頬を伝ったのは、疲労が原因ではない。












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