時空を超えた戦い - Evo.35 少年の戦い、少女の会話
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オルガノ・ガードの戦闘隊長パンジャモンは勇敢なデジモンだ。
彼は隊長に就任した後も常に最前線で戦いに臨み、多くの武功を上げてきた。
獣人型の血か、自らの死すらも恐れず戦うその姿は、オルガノ・ガードの隊員から絶大な信頼を寄せられている。
だがそんな彼とて、戦いに自らの死の危険を感じないわけではない。
戦闘隊長に求められるもののひとつに危機管理能力があるが、その点においても彼は優れた力を持っていた。
時折、彼のことをよく知らないデジモンからは「お前はいつ死ぬのか」と聞かれることがあるが、これは彼にとっては全く的を射ない質問だ。
死ぬ時は死ぬ。それまで最善を尽くし続けることができるかどうか、それが大事である。
だから彼はいくつもの戦場で戦い抜き、戦友とともに今も生きていることを誇りに思っていた(それにしても、どうして他の輩は皆、敵味方問わず自分がいつ死ぬかを気にしてくるのだろう。彼のここ最近の一番の悩みである)。



その彼が、久しぶりに本物の“死の危険”を感じたのは、ロスト島内のジャングルでの戦闘中だった。
激闘の末海岸線を制圧したオルガノ・ガードは、パンジャモンやザンバモンをはじめとする攻撃隊を次々にロスト島内に送り込んだ。
そこで待ち構えていたのは、更なる攻撃の嵐であった。
地の利を持つジョーカモン軍に対し、戦闘隊長たちは警備ポストや攻撃用砲台への強襲で対抗した。
島の中心部まで着々と攻め入られていることを感じているのか、ジョーカモン軍の攻撃は戦術よりも、数や攻撃の勢いでパンジャモンたちを悩ませている。

鼓膜が破けるかと思うほどの爆発音が響いた。
かなり近い。
爆風を浴びて倒れこんだハヌモンの所まで走りこみ、デジコアがまだ動いていることを確認すると、パンジャモンは即座に彼を担ぎ上げ、自分の隠れていた巨木まで戻った。

「芳しくないですね!援軍を呼びますか?」

パンジャモンの隣で額に脂汗を浮かべ、副官である竜人型デジモン、ディノヒューモンが叫んだ。
パンジャモンと同じく筋骨隆々の肉体を誇る彼でも、この砲弾の嵐の前では、巨木を盾に攻撃を耐えしのぐ他かなかった。

パンジャモンはハヌモンを休ませながらも一瞬、迷った。
ここで援軍を待つべきだろうか?
だが、それによって生まれるタイムロスのことを考えると…。
彼は首を左右に振り、呼吸を整えながら残る自分の隊を眺めた。
…際どい。だが、行くなら今だ。

「なぁ、ディノヒューモン。お前にひとつ伝えておく」
「はっ」
「私の故郷…何もない田舎町だが、そこで今、幼なじみのスワンモンが私の帰りを待っている」
「…は?」
「私は、この戦いが終わったら…その、スワンモンと住まいを共にするという約束をしていてな…ここで死ぬわけにはいかんのだ…」
「え、ちょ、待」
「行くぞ、今だ!続け!!」

砲撃の嵐が弱まった一瞬をつき、パンジャモンは飛び出した。
再び始まる攻撃、それを避けながら獅子王丸を閃かせるパンジャモン。
ディノヒューモンはその姿をしばらく唖然として眺めていたが…やがて、その隊長が直前にしたとんでもない発言と、後ろで自分同様に呆然としている部下の存在を思い出し、慌てて叫んだ。

「とっ、突撃ッ!突撃だ野郎ども!!」
「「「おっ、おぉぉぉ!!」」」

優秀なパンジャモンの部下たちは、慌てて茂みから飛び出し、彼らの戦闘隊長同様に突撃を試みる。
ディノヒューモンは周囲の爆発音に負けない必死の大声で、彼らにとっては重要な一言を付け加えた。

「隊長を死なせるなぁぁぁ!!」





ロスト塔中心部にそびえ立つ黒の巨塔は静寂を保っていた。
この塔はクロンデジゾイドで外壁が固められ、大型のデジモンと兵器を大量に格納できるよう設計されている。
建築されたのは遥か昔、デジタルワールドにおける戦乱の時代であり、竣工から完成までにどれほどの労力がかけられたのかは見当もつかない。
尤も、それはこの塔がジョーカモンによって再利用されるまで放置されていたからであり、前の利用者すら行方不明となっているからである。

しかし、静けさが支配しているのは塔の外側、そして地下と上層の一部のみで、それ以外の箇所は怒号が飛び交っていた。
トールハンマーで殴り飛ばされるイビルモンに、フラウカノンの直撃を受けるゴーレモン。
フライモンは大量の札を羽根に巻き込み、動きを取れないまま止めを刺された。
手薄になっていた塔内部の大広間で、ジョーカモンの手下たちはその実力を出し切れぬまま次々と倒れていく。

この様子を傷と穴だらけの司令室から監視していたスカルサタモンの士官は、ブルーメラモンそっくりの青ざめた表情で叫ぶ。

「子どもたちのデジモンたちが三体侵入しています!歯が立ちません!」
「指令!何か策を!」

ジョーカモン軍総司令官・スカルサタモンのベインは頭を抱える。
既に彼の頭の中は戦いの先、自分がどんな処分を受けるのかという想像が支配し始めていた。
まず、味方の被害が甚大だ。
さらに通信手段がいつの間にか奪われ(しかも、おそらく子どもたちに)、デスモンが牢を破って逃げ出した。
もう駄目かもしれない、彼の地位的な意味で。
あぁ、どうしよう。
ここから何とかして逆転の手段は無いものか…いや、単に逆転するだけでは駄目なのであった。
そもそも、ジョーカモンの視点からすれば、あるいはメフィスモンからすれば勝利は余裕だろう。
もしかするとこの戦況自体、ジョーカモンの狙いなのかもしれない。
邪神竜の力ならば、オルガノ・ガードの全滅すら簡単だろう。
だが、それはジョーカモンの力であって、彼の手柄ではない。
邪神竜は彼の管轄ではないし、ドルモンも彼では操れない。
つまり、この戦いに勝とうと、彼の地位は保証されない。

ここまでの考察を約二秒間で終えた後、ベインは奇妙なことに気がついた。
様々な(主に、彼にとって不利な)報告がなされるなか、ベインは塔内部の戦いについて報告した士官に近づいた。

「おい、さっき何と言った?」
「え、子どもたちのデジモンが三体侵入していると…」
「三?三体だと?」
「は、はい」

ここでベインは思い出す。
ここまで受けたあらゆる報告と、チェックした映像から、子どもたちのデジモンが何体いたかを確認する。
そして気づく。


まだ、今どこにいるかを確認できてないデジモンが二体存在する…。


彼は心境をなるべく出さないよう表情を調整してから、副官に囁いた。

「おい、用事ができた。後を頼む」
「…は?」

ベインはぽかんとした表情の副官を尻目に、そのまま緊急用エレベーターに乗り込んだ。

「どうしたんですか、一体?こんな時に」
「スカルサタモン先生、後を頼みます」
「いやあなたもスカルサタモンでしょ、何なんですか」
「…ワタシハニゲル」
「はい!?」
「ニゲル」

その瞬間、ガンという凄まじい音と衝撃が司令室に響きわたり、ロックされた防護用ドアに大きな出っ張りができた。
大音量に副官がギョッとしている隙に、ベインはエレベーターの起動スイッチを押す。

おそらく、あれはアトラーカブテリモンの仕業だ。

副官がベインの名を叫んだ頃には、彼を乗せたエレベーターは一気に地下まで下っていっていた。
逃げの戦術は彼の最も得意とするものである。



二度目の衝撃で防護用ドアは引き剥がされた。
煙塵を抜けて司令室に侵入してきたのは、ベインの予想した通りの大柄な甲虫と、同じく巨大な体躯の鳥人だった。
次いで武ノ内空と泉光子郎が煙をかき分けて司令室に侵入した時、部屋にはデジモンの影は全く無かった。

目の前には三台の巨大なスクリーンがあり、中央の画面には両陣営の状態が、左右の画面は分割され、まだ機能している警備ポストの映像が映し出されている。
どの映像も、操作されている様子は全くない。

「もぬけの殻ですね…」

光子郎は警戒しながらも、部屋中央の最も巨大なコンソールの前へ進んだ。
その時、後ろで影が揺らめいた。

次の一瞬で、スカルサタモンが不意打ちを試みて背後で杖を振り上げるのと、ガルダモンがそのスカルサタモンに裏拳を浴びせたのはほぼ同時だった。
ガルダモンはその勢いのまま、背後にもう一体いたスカルサタモンを蹴り飛ばす。
巨体の打撃を至近距離で受けた二体は司令室の外まで転がっていき、 まだ隠れていたと思われる別のデジモンたちも、我先にと司令室から逃げていく。

「今、もぬけの殻になったわ」

ガルダモンのアシストに安堵のため息をつきながらも、光子郎は一瞬で撃退されたスカルサタモンたちを哀れに思った。
どうやら彼らはデーモン配下の同種と比べ、戦闘トレーニングはそれほど積んでいないようだ。



「それじゃ…ガルダモン、アトラーカブテリモン、後ろは頼むわよ」
「ええ」
「はいな」

空は周りにもう敵が潜んでないことを確認し、巨大なコンソールの操作を始めた光子郎の隣に座った。
機械音痴という訳ではないが、こういった作業はあくまで光子郎のサポートに回るべきだと彼女は理解していた。

「それで?」
「予習した甲斐がありましたよ。どうやらここで使われてるコンピュータはゲンナイさんやオルガノ・ガードが利用してるものとほとんど変わらないみたいです。ご丁寧にUSBポートまでありますし、簡単に侵入出来ますよ。あとは…」
「…その話、長くなる?」

普通、デジモンが操作している機械を使えと言われて、本人の望み通り操作できると考える人間はいないだろう。
だが光子郎は、この点について普通とは言いがたい。
なにしろ彼は小学生の時、既にムゲンドラモンとの情報戦を経験し、あの究極体を翻弄していたのだ。
更に彼は今回の戦いに備え、事前にゲンナイの元で使用されている機器に一通り触れていた。
半分予習、半分興味本位であったが、見事にその経験は生かされたのだ。
その上、彼自身の個人的な理由もあった。

光子郎は担いできたバックパックからノートパソコンを取り出し、起動した。

「京さんにばかり良い所を持っていかれたくないですしね。さて…」

巨大なコンソールと使い慣れているノートパソコン、二台を交互に操作する光子郎を見ながら、空は自分の出番が無いかもしれないという予感を感じ取っていた。
それほどまでに光子郎の作業は自分の理解を超えているのだ。

光子郎はまず、コンソールの通信記録を調べ、島全体をカバーできるだけのアクセスポイントを割り出した。
そして、ジョーカモンの軍勢が使っていたものとは微妙に異なる周波数で、信号を送り出した。
もしオルガノ・ガードが首尾よく行動していれば、既にこの島には5,6体のサーチモンが配置され、電波を探っているはずだ。
ゴッドドラモンに対してこの塔から連絡が取れれば、それだけでこの戦いには圧倒的に有利となる。
既にジョーカモンの逃げ場はないのだ。






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