時空を超えた戦い - Evo.35 少年の戦い、少女の会話
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「選ばれし子供だって…君が…?」
「そうだ」

啓人は戦いとなること、そして相手が自分たちと同じ人間であることも理解してここへ来た。
しかしそれでも、疑念が頭を渦巻き続けている。
この少年、佐倉一人が選ばれし子供。
その彼が、どうしてこんなことをしている?

「その…君は…何でこんなことを?なぜジョーカモンの…」
「なぜジョーカモンの側に付くか?」

言おうとしていた質問は、先に読まれていた。

「なら逆に聞くけどな…何でアンタはジョーカモンと戦ってんだ?」

質問を質問で返すな、と言い返すこともできないほど、単純かつ重い質問であった。
強烈に単純な質問とは、時に答えにくいものだ。
それでも、啓人には明確な答えがある。
自分自身の発言に注意しながら、言葉を紡ぐ。

「ジョーカモンは…デジタルワールドとリアルワールドを支配しようとしているんだよ!?君は知らないの?」
「知ってるさ。で、それに何か不都合があるのか?」
「不都合って…君は…」
「リアルワールドにデジモンが現れるなんて、以前からあったことじゃないか。支配者が四聖獣からジョーカモンに変わるだけだ。違うか?」
「四聖獣はデジタルワールドを独裁してるわけじゃない!それに四聖獣は、リアルワールドを侵略しようとして攻撃してきたわけじゃなかった!」
「リアルワールドが奴らに攻撃されたことには違いないだろう。それに、今後もうリアルワールドが攻撃を受けないとでも?」

一人の言葉は冷静に聞こえて、何処か感情的な重みも存在した。
スーツェーモンがデーヴァを使い、リアルワールドに侵攻したことは事実だ。
彼はその時に被害を被ったひとりなのか?それとも、デ・リーパーに?
だがいずれにせよ、四聖獣と対峙する理由になったとしても、ジョーカモンの側につく理由にはならない。

「いいか、松田啓人。この後どうなるか教えてやるよ。ジョーカモンは邪神竜を復活させることでデジタルワールド全土を制圧する。俺はその後に、デジタルワールドからリアルワールドへ侵攻しようとするデジモン全てを消させてもらう。もう二度とデジタルワールドからの侵略ができないように」
「…そんなことを、本当に…?」

彼は正気で言っているのか。
邪神竜の復活、デジタルワールドの支配、その先にあるものが、二つの世界の通行の管理、それが彼の“やりたいこと”か?

「なら…リアルワールドの支配は…?」
「あぁ、ジョーカモンなら本気でやるかもな。だが人には手を出させない…俺がさせないさ。どうだ、アンタもこっち側につかないか?ジョーカモンが気に食わないなら…やるべきことが終わってから、ヤツも殺せばいい」
「…誰が、そんなこと!」
「悪くない案だと思うけどな。実際、そうやって…寝首を掻くつもりだったやつもいるようだ」

啓人には何のことか分からなかったが、ギルモンはその気配に敏感に気づき、一人とドルゴラモンの遥か上空を見ていた。
樹莉や健良たちも、いつの間にか自分たちから空へ視点を移している。
間もなく啓人も、ギルモンの視線と、周りを包む巨大な影によりその存在を感知した。
だがそのデジモンは、自分ではなく、一人を凝視していた。
一人はゆっくりと振り向き、デジモンに語りかけた。



「なぁ、ブラックインペリアルドラモン」





ブラックインペリアルドラモンは我が目を疑っていた。
だが同時に、こんな奇跡が起こりうるのか、やはりあの時出会っていたのは運命だったのか、と、満ち足りた幸福感も得ていた。
少年は自分を知っているようだ。
そして自分も恐らく、あの少年を知っている。

「カズ…ト…?カズト、か…?」
「久しぶりだな」

ブラックインペリアルドラモンはこの少年と既に出会っていた。
5年前だ。
その時、あの少年はまだ幼く、パートナーデジモンも(おそらく、隣にいるあの竜型デジモンがパートナーなのだろう)いなかった。
彼は危機に陥った時、見を挺して自分を庇ってくれた、大切な“友だち”だ。
年はダイスケたちと同じくらいだろうか、立派に成長している。

「あぁ、良かった…カズト…君に逢いたかった…カズト…」



この時、ブラックインペリアルドラモンは既に満身創痍であった。
ジョーカモンやメフィスモンとの戦いで重症を負った身体に鞭を打ち、すぐにキングエテモンと共にロスト島へ向かってきた。
辛うじてまだ飛行することはできたが、出血は止まらず、飛行中にも失神しかけることが何度もあった。
その彼が、なぜ佐倉一人がこの戦場にいるのかなど、冷静に思考することができるのだろうか。
あるいは、彼が自分と敵対する存在であるなどと想像できただろうか。

ブラックインペリアルドラモンにはできなかった。
彼にできたのは、シルフィーモンの鋭い叫びによって、自分に危機が迫っていることを知ることだけだった。

「…カズ」
「ブラックインペリアルドラモン!危ない!!」

光の矢がブラックインペリアルドラモンの脇腹に突き刺さる。
それは二本、三本と刺さり、痛みによってこの技が自分の兄弟の技であることを思い出させた。
やがて矢よりも更に太い怪光線が彼を包み、闇の皇帝竜はジャングルの中へ落下していった。

回転する視界に、漆黒の身体を持つ一つ目の魔王が映った。





粉塵を上げる密林を見ながら啓人は愕然とした。
いや、啓人だけではない。
一人とドルゴラモン以外の全ての者が、衝撃を受けていた。

「ブラックインペリアルドラモン!!」

博和が叫ぶ。
樹莉は恐怖で声が出せないでいるようだ。

啓人は初めて、一人に敵意を持ちながら睨んだ。

「一体、君は…」
「ブラックインペリアルドラモンとは前に会ったことがあったんだ。命を助けられた。個人的な恨みも無い」
「じゃあなんで!!」
「ジョーカモンの敵になったから。それ以上の理由が要るか?殺したくはなかったが、此処に来たのなら仕方ないだろ。それに、デスモンは前からブラックインペリアルドラモンを殺したかったみたいだしな」

啓人はデスモンを見た。
もはや精気を失った単眼は、ブラックインペリアルドラモンの落下地点を凝視し、それ以外には目をくれようともしない。

やがてデスモンは、落下地点へ右腕を向けながら、ゆっくりと密林へと降下していく。
ブラックインペリアルドラモンの姿はまだ、見えない。



啓人はギルモンを見た。
自分の相棒はここに到着した時から臨戦態勢に入っていたが、ブラックインペリアルドラモンの落下を見てからか、今にも巨竜に跳びかかりそうなほどの殺気を飛ばし始めていた。


だが、それは自分も同じことだ。
この話はもう終わりだ。



「答えを聞いてなかったな、松田啓人。どうするんだ?こっち側に来るか、それともここで戦うか」
「…僕は」

金色のディーアークを取り出す。
ここまでの自分の会話を悔いながら。

「できれば他のテイマーとは戦いたくなかった。戦い自体、したくなかった。でも…」

ディーアークを正面に構える。それが答えであると、はっきり示すため。

「甘かったみたいだ。考えれば、ジェンと博和がやられたと聞いてここに来た時、すぐにやるべきだったんだ──君たちを、倒す」

佐倉一人は無表情のまま、ドルゴラモンから一歩引いた。
それが彼の、ドルゴラモンに対する戦闘開始の合図だった。



啓人はブラックインペリアルドラモンと自分たちを交互に見ながら、不安そうな表情を浮かべる樹莉に気づいた。
大丈夫、今度は大丈夫。
僕は大丈夫だから、彼を心配してあげて。



「加藤さん、みんな、ブラックインペリアルドラモンの方を頼むよ。僕たちだけで戦う…ギルモン、行くよ!」
「ガアァッ!!」

そしてディーアークが輝き、その光が啓人とギルモンを包み込む。



【MATRIXEVOLUTION_】





オメガモンの苦戦は続いていた。
ガルフモンによる白いディアボロモンの運用方法は理に適っていたが、それは本来のデジモンの戦い方とは到底思えなかった。
ディアボロモンはオメガモンを再生する腕で絡み取ると、そのまま一切動こうともしない。
代わりに攻撃を行うのはガルフモンの役目だった。
ガルフモンは腹部に存在する巨大な口を開けると、白いディアボロモンに狙いを定め、必殺の叫び声・デッドスクリームを放つ。
瞬間、ディアボロモンはオメガモンを解放し飛び上がるが、オメガモンは何が起きているかも分からない内にデッドスクリームに呑み込まれるのだ。

「ヒャッハハハハハ!ヒャハ、ハハハハ!!オメガモンが…オメガモンともあろうデジモンが!何ですかこれは!!もっと真面目に戦って下さいよ!!」

オメガモンは非常に強靭なデジモンだ。
ガルフモンの必殺技であるデッドスクリームを受けようとも、一撃で消滅するほど脆くはない。
だが、強力な究極体二体を相手にサンドバッグとなるのは、強靭な聖騎士であろうとも限界があった。

「これでは!まともなデータが取れませんよ!!商品の信ぴょう性が問われます!!さぁ、もっと戦って!!ヒャハハハハハ!!」
「ヤバい!」
「オメガモン!また捕まるぞ!!」

太一とヤマトの言葉に目を開くも、ディアボロモンの捕縛を回避するには至らなかった。
再び視界が白い闇に染まろうとしている。

流石に、これ以上は耐えられない。

「く…」





「お前何で白いんだよッ!!」

叫び声、それと、凄まじい打撃音。
吹っ飛ぶディアボロモン。





「は…は?」

ガルフモンの笑いと、太一とヤマトの焦りも吹っ飛んだ。





オメガモンはもう一度前を見た。
ガルフモンは今までディアボロモンがいた場所を見た。
太一とヤマトは、激突され落下したディアボロモンと、彼を押しやったデジモンを交互に見ながら唖然としていた。



「太一さん、ヤマトさん!大丈夫っすか!!」

今までディアボロモンがいた場所には、古代の竜戦士と、見知った後輩二人がいた。



太一とヤマトはポカンとした表情のまま、二つの疑問をぶつけざるを得なかった。

「お、お前ら…なんでここに来た…?」
「あと…ここに来て最初のツッコミが『なんで白いんだよ』、って…」

対して、ゴーグルの後輩は、威勢の良い反応を示した。

「本宮大輔、インペリアルドラモン、他一名!!只今到着ッ!!」

しかし残念ながら、疑問の答えにはなっていなかった。










少女は白い世界で会話をする。



「──唄ってるのね」
『                   』
「そうね、もう、始まってしまったわ。悲しい?」
『                          』
「そうね。あなたの兄弟も戦ってるわ」
『                            』
「でも、それを止めようとしている人たちもいるわ。啓人くんたちが戦ってるのを知ってる?」
『              』
「そうよ。それができるかは、分からないけれど。あなたはどうしたいの?」
『           』
「なら、できることもあるよね」
『 』
「あなたがどうしたいか、それを言ってみて。私に教えてほしい」



少女は対話を続ける。

自分と、彼と、あとひとりにしか聞こえない、秘密の会話。





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