時空を超えた戦い - Evo.37
だから、勝てる -1-







「閣下、時間です」

彼が目を覚ますと、自分が緑色の液体の中にいることが分かった。
回復液と強化ガラスの先に、片膝をつき頭を垂れるスカルサタモンが見える。
自分の身体を見ると、あの黒竜につけられた傷は大分癒えているようだ。
このカプセルはもしも致命的なダメージを受けた時の緊急治癒のため、メフィスモンが彼に“特別に”与えたものであった。

「この回復液は解析したかね?」
「はい。閣下の予想された通り、対ウィルス種デジモン用の毒が検出されました」
「ククク……やはりか」

メフィスモンよ、もう儂は要らぬということか。
単に資金はもう十分に得たということか、それとも売ってきた“情報”が、自分自身にも危険が及ぶと危惧してのことか?
どちらにしても、もう遅い。

カプセルの表面にひびが入り、やがて粉々に砕け散る。
中から回復液が溢れ、傷の残る肉体から液を滴らせたジョーカモンが現れる。
指を一本ずつ動かし、身体が毒に侵されていないことを確認していると、どこからか現れたバケモンたちがバスタオルで丁寧に彼の身体についた液体を拭っていった。

「メフィスモンを使うのも、もう終わりだな。さて、戦いはどうかね」

ジョーカモンは静かにスカルサタモンに問う。

「戦況は我らが方に不利です。既に四分の一のセクターが攻撃を受け、敵の手に落ちています」
「子供たちはどうしている?」
「松田啓人とギルモンはドルゴラモンと交戦中。オメガモンとインペリアルドラモンはメフィスモン及びディアボロモンと戦っています。そして牧野留姫、レナモンをはじめとする何体かは、この塔に潜入しました」
「ほう、素晴らしい。この塔に」
「彼女らは私にお任せを」

ジョーカモンはニヤッと笑う。
スカルサタモンは、それが彼の許可であると解釈した。

「客人を楽しませてやれ」





お台場での戦いは、成田からすれば“若干まずい”展開になっていた。
最新鋭の電子兵器を投入した戦車隊の砲撃はよく効いていたし、血税を費やして開発しただけの意味はあっただろう。
また、芝浦埠頭隊・晴海埠頭隊の動きは完璧だったと、成田は評価していた。
ではなぜこうなっているのか。
思いつく第一の理由は──

「数が多すぎる!!」

晴海埠頭公園の臨時本部で成田はバリバリと頭を掻いた。
ADRたちは成田の予想を超える速度でリアライズし、地上めがけて侵攻を続けていた。
戦車隊の一斉攻撃でひとつひとつを取り除いても、全体の勢いはなお止まらない。

「撤退の準備をしますか?」

彼の部下の自衛官が、半ば諦めたような顔で成田に進言する。

「まだ早いって。おい山木よ、お前も何か策を考えてくれよ」

また近くで砲撃音と、電子音と破裂音が混ざったような音が響く。
成田の旧友はと言えばパイス椅子に腰を掛けながら、さながらどこかの特務機関の司令官のように腕を組み、ノートパソコンのモニタを眺めていた。

「問題ない。手はもう打った」
「何だと?」

この戦闘を指揮している自分に何も言わず“手を打った”だと?
全く、これだからデスクワーク派の人間は分かってない。
事件は常に現場で起きているんだ。

とは言え、このままだと1時間もしない内にお手上げ状態になることが目に見えている成田にとっては、正直な所願ったり叶ったりの話であった。

「やはり、デジタルにはデジタルをもって制するべきだな」
「は?」

また轟音が聞こえた。
だが、それは爆弾がさく裂した音でもなければ、砲撃の音でもない。
それにずっと音が続いている。

これは、ヘリコプターの音だ。
数は多分、二機だろう。
一体、これは誰か手配したんだ?

考えるまでもなかった。

山木は立ち上がり、いつの間にか付けていたヘッドセットに指示を伝えていた。
成田の耳にはよく聞こえなかったが、それでも最後の一言は理解できた。

「気をつけてくれ」

そして間もなく、二つの影がヘリから落ちていくのが見えた。
一つの影は人間の大人と大差ない大きさだが、赤いマフラーを靡かせる姿はさながら昭和のヒーローのようだ。
もう一つの影は少し大きく、両腕が斧のような形をした兎のようだ。

「あぁ、うむ……そういうことか」

巨大な体を持つADR-07の頭部に、人型の影が落下の勢いをつけた蹴りを浴びせる。
そのまま崩れ落ちるADR-07を足場に巨大兎が跳ね、何体ものADR-04を斧で切り裂いた。

成田にはキュピーンという何かの音が聞こえた気がしたが、晴海埠頭公園から見える影は小さすぎて、影がどんなポーズを取っているのかはよく分からなかった。





大型エレベーターの扉が開き、留姫とタオモンがまず降り立つ。
続いてミミとリリモン、丈とズドモンも降りる。
黒塔の下層部に潜んでいたジョーカモンの配下は、タオモンたちの前にほぼ倒されていた。
光子郎から送られてきた図面を頼りに辿り着いた最上階は、それまでの無骨なデザインの各階とは全く別の、整然とした装飾のされた空間となっていた。
黒を基調とした無機質な壁面と、古代のデジモンの石像が延々と並んでいるのが見える。
奥には、この空間同様に重々しい黒で彩られた巨大な門があった。
それと忘れてはいけないのは、四体のアイスデビモン、六体のミノタルモン、八体のメカノリモンだ。

まず、うなり声を上げながらミノタルモンたちが即座に襲ってきたが、その内の半分は一歩前に出たズドモンのハンマーによって壁に叩きつけられた。
更に残りのミノタルモンがズドモンに向かい、メカノリモンは照準をリリモンに合わせてめちゃくちゃにビームを放ってくる。

こうなると、残る一種類のデジモンたちは自分たちを狙ってくるのだろう。
アイスデビモンにはあまり良い思い出がないのにな……留姫はちらりとそう思ったが、それを口に出し、自分の信頼するパートナーの気を悪くするのは馬鹿馬鹿しい。

タオモンはと言えば、実に軽やかな動きで飛び、狩衣から閃かせた鉤で、一気にニ体のアイスデビモンを切り伏せた。
更に反転しながら袖口から呪札を出現させ、鉤を辛うじて回避したアイスデビモンを消滅させる。
残りの一体はタオモンの背後から必殺のフロストクローを放ったが、それを予知し垂直に飛び上がった彼女に回避され、やはり鉤によって両腕を切り飛ばされ、倒れた。

「タオモン、留姫君、大丈夫かい?」

留姫が振り向くと、丈とミミはすでに奥の門の前にいた。
最後のアイスデビモンが倒れるのを留姫が確認すると、どうやらズドモンとリリモンもそれぞれの敵を倒し終えたようだった。

「大丈夫です」

留姫は今回の戦いでこの二人の先輩と共に行動していたが、どちらも(失礼ながら)見かけによらず強いことを短い時間のうちに理解した。
丈は、普段は心配性で主体性がないように見えるが、頭の回転が非常に早く、それでいて味方に対し誠実だ。
アンバランスに見えて、豪快な戦い方をするズドモンと実に相性がいい。
対するミミとリリモンは似た者同士だ。
純真で天真爛漫、年上の丈を翻弄するような時も一度や二度ではないが、その場で何が本質なのか、何が求められているかをすぐに把握する。
既に塔の戦いの中でも、ミミは留姫たちの危機を何度か救っていた。
数日前までは、この二人のことをどちらも「苦手な相手」と認識していた留姫だったが、今では少なからず、尊敬できる先輩だと考え始めていた。

「用意はいい?」
「はい」

図面によれば、この扉の向こう側が最後の部屋である。

「さぁ、行こう」

丈がそう言った瞬間──手をかける前に門が開き、杖を突いた人影が現れた。
一瞬、留姫はそれが自分たちの標的だと思ったが、すぐにそうではないことを認識した。
ジョーカモンよりも背が高く、マントも羽織っていない。
このデジモンはスカルサタモンだ。
それも一体だけ。

だが、デジモンたちは即座にただならぬ危険を感じ取った。

「残念だが、ここは行き止まりだ」

スカルサタモンが口を開く。
このスカルサタモンは、留姫たちが下層で出会ってきた下士官たちとは明らかに違う。
ピンと伸びた背筋が支える骸骨型の肉体には無数の傷があり、多くの戦いを切り抜けたことを示している。
彼が持つ杖は通常のスカルサタモンが持つそれよりも一回り大きく、両端に稲妻のような形状の刃が装備されていた。

「ルキ……」

留姫のパートナーは成長期に退化し、一歩下がって彼女に目線を送る。
この敵は完全体の姿では駄目だ。究極体への進化を。
テイマーは自分のデジヴァイスを既に握っていた。

門が更に開いていく。
スカルサタモンの後ろに、彼よりもさらに巨大な機械竜が二体従っている。
一体は赤色の身体、もう一体は紫の身体を持ち、それぞれサイボーグ化されていた。
二体の竜──メガドラモンとギガドラモン──はそれぞれ翼を広げ、目の前にいる二体の完全体を見る。
おそらく、ズドモンとリリモンに対峙するように指示されているのだろう。

「私の名前はゼクト。親衛隊の隊長だ。我々が、お前たちをこの場で始末する」

親衛隊隊長──スカルサタモン・ゼクトが、静かに刃を構える。

「残念だけど」

留姫はデジヴァイスを構えた。
丈とミミは僅かに下がり、ズドモンとリリモンが前に出る。

「私たちの誰も、あなたの面白い冗談に従うつもりはないわ」



【MATRIXEVOLUTION_】



レナモン進化!

光の中でレナモンの身体が留姫と融合すると、桜吹雪が舞い、金色の鎧がその肢体に纏われていく。
金色の錫杖と握る神人型のデジモンが、ゼクトに対峙する。

サクヤモン!!



二体の竜が同時に腕を振るい、開き切った門と壁を更に破壊する。
巨竜の前では、この巨大な廊でさえ狭すぎるのだろう。
やがて壁が崩れると青空が広がり、竜が同時に飛び上がる。
そして空中で反転すると、両腕に装備されている銃砲を二体の完全体デジモンに向けた。

「リリモン、飛んで!」

不敵な笑みを浮かべた有機体系ミサイルが発射される直前、リリモンは空へ舞いあがる。
連射音が空気中を伝わり子供たちの耳に届く前に、リリモンは両手で花に包まれた大砲を作り出し、必殺技を放ってミサイルを爆散させた。
爆煙のなか放たれた第二射は更に数が多かったが、その内の一発が稲妻を浴びると爆発し、残りの全ても誘爆した。

「いいぞ!ズドモン、迎撃だ!」
「分かってるって!」

更にズドモンが鉄槌を床に振りおろし、電撃を上空の敵に向かわせる。

「ハンマースパーク!!」

紫色の機械竜はズドモンからやや離れた位置にいたためこの攻撃を避けたが、赤色の竜は回避する暇が与えられず、稲妻の直撃を受けた。
怒りの叫び声をあげたメガドラモンは、一瞬ギガドラモンの方向を見て唸り声を上げ、更に飛び上がったかと思うと──すぐさま、一気に急降下する。
どうやら、二体の竜は、それぞれ役割分担を決めることにしたらしい。

空中から急降下するメガドラモンの迫力に丈は一瞬怯んだが、彼のパートナーは逆にニヤリと笑った。

「そうそう、やっぱぶつかり合いでやってくれなきゃ困るよ!!」


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