時空を超えた戦い - Evo.37
だから、勝てる -2-






「きゃーっ!きゃーっ!!」
「グルゥアアアアアァァァァ!!」

上空を全速力で飛行するリリモンは、ギガドラモンと激しいチェイスを繰り広げていた。
とはいえ、二体の体格は同じ世代のデジモンとは思えないほどの開きがある上、攻撃力も機械竜の方が圧倒的に高い。
相手デジモンのウィルスを浄化する花の首飾りの使用も考えたが、あれは地上タイプの動きの鈍いデジモンに使うのが常套手段で、翼をもつギガドラモンに使うのは危険が大きすぎる。
結果、常に追う側は破壊兵器を満載した紫の機械竜で、リリモンはひたすら追われる側となっていた。

しばらく塔のはるか上空で幾何学模様を描くかのような飛行を続けていたリリモンだが、自分のパートナーの声を聞くだけの余裕はまだあった。

「リリモン!リリモン!」
「何!?何っ、ミミ!!」
「聞いて!そのまま逃げててもらちが明かないわ!降りてきて!」
「ダメ!ミミの所行ったら危ないもの!」
「こっちじゃなくて!塔の周り!」

彼女たちが立つ黒の巨塔の周りを見るよう、ミミが必死にジェスチャーをする。
ここは単純な柱状の塔ではなく、三つ又に分かれた形状をしており、ミミたちが立っているのは中央の最も巨大な尖塔の最上階だ。
しかも巨塔は外見にも複雑な彫刻を施しており、空中回廊や支柱がいくつも取り付けられている。

つまり、そう──ミミの言わんとしていることは分かった。

「うん、ミミ、それは無理!きゃっ!!」

パートナーの作戦に断りを入れる間もなく、またもミサイルが自分の僅か数メートル後方で爆発した。

「無理じゃない!リリモンなら大丈夫!!」

このまま逃げ続けてもいつかはやられる。
飛行能力という点においては、リリモンはギガドラモンを上回っているが、それだけではいつまで経っても勝てないのだ。

「あぁーっ!もうっ!知らないッ!!」

知らないと言っても、今危機に瀕しているのは自分自身の身体なのだが。
リリモンは素早く反転する。
ギガドラモンの巨大な右腕の一撃「ギルティクロー」を間一髪避けると、花の妖精は彼女の出せる限りの最大速度で、さっきまで自分たちの居た巨塔へと“落ちて”いった。





ジョーカモン親衛隊隊長・ゼクトの、通常のスカルサタモンの持つそれよりも一回り巨大な杖を軽々と振り回す姿に、サクヤモンは心底驚いていた。
彼女が戦う前から究極体への進化を望んだことは正しかった。
この相手は、同レベルの姿では到底倒せない。

ゼクトは巨大な杖を、まるで体操選手のバトンのように回転させながら、恐るべきスピードでサクヤモンへと迫った。
両端についた刃が床や壁を削り、火花が飛び散る。
サクヤモンはゼクトの肩や足を狙った連撃を錫杖で弾きながら、少しずつ後退した。
彼女は後退すること自体には焦りを感じていない。
ただでさえ巨大な武器を持ち、おそらく相当な鍛錬を積んでいる相手に対して、何も自ら進んで懐に飛び込む必要はない。
だが、この状況がいつまでも続くとすれば……サクヤモンには決して有利とは言えない。

“このままじゃ埒が明かない!”

留姫の声に反応し、サクヤモンはジャンプする。
神通力により強化された跳躍は、サクヤモンの体をゼクトが目論んだ距離よりも更に数メートル後退させた。

「飯綱!」

サクヤモンの召喚した管狐が、真っ直ぐにゼクトへ向かう。
管狐が到達する前に、ゼクトは杖を振り上げた。

「ぬぅ!!」

魔力を込め振り下ろした刃が、管狐を両断する。
さらにゼクトは杖を回転させ、両脇から襲いかかってきた二体の管狐を切り裂いた。
だが、サクヤモンが一度に使役できる管狐は確か四体のはずだ。
残り一体の管狐は背後か?
ゼクトは一瞬、杖の回転を止め、周囲を見渡すと──目の前にいたサクヤモンが、いつの間にか目の前に降りてきていた。

「!」

間一髪、サクヤモンの鋭い蹴りを、手にする杖により防ぐ。
しかしその直後、サクヤモンの背後から飛び出してきた最後の管狐が、ゼクトの足元を掠める。

サクヤモンは自ら召喚した管狐が作った格好のチャンスを狙い、錫杖を振るう。
だが、ゼクトは恐るべきバランス感覚で錫杖を転びながらも避け、再び立ち上がった。
そしてビデオの巻き戻しのように、半回転しながらサクヤモンに再接近し、彼女の腹に後ろ回し蹴りを浴びせた。

「うぁっ!」

驚きとともに、今度はサクヤモンがバランスを崩す番だった。
よろめきながら後退し、後方に下がる。
錫杖から手を放していないのは幸運だった。
さもなければ、続くゼクトの追撃によってサクヤモンは両断されていただろう。

何度も刃が閃き、鈍い光と火花が飛び散り、サクヤモンの目を晦ませる。
彼女は背中に固く冷たい感触を覚え、自分が廊の端、先ほど降りてきたエレベーターの前まで追いやられたことに気づいた。

もう、下がることはできない。
正面には、杖の先を怪しく輝かせる骸骨の姿があった。

「ネイルボーン!!」

強力な波動が放たれ、サクヤモンごとエレベーターの扉が吹き飛ばされる。
その先は、床の見えることのないほどの闇があるだけだ。
サクヤモンは闇の中に消えていった。





「!!」

激しい衝撃音のなか、ドルゴラモンの目が見開かれた。
獣竜の必殺技であるブレイブメタルは、地面を抉り、周囲にある三本の警備ポストすら倒壊させる。
破壊の暴風となったドルゴラモンは、その攻撃対象に激突し、さらに30メートル以上も直進していた。
ドルゴラモンは、この攻撃に耐えきることのできるデジモンなど存在しないと思っていた。
今までこの技を受けてなお、生命を維持していたデジモンはいなかったのだ。



だが──デュークモンは違った。



マントと鎧を傷だらけにしながらも、聖盾を構える騎士はまだ、自分の前に立っていた。
それはすなわち、自分の攻撃が受けきられたことを意味する。

「はッ!!」

突撃の威力が弱まり、デュークモンの足が再びしっかりと地面を捉えた瞬間……グラムの一撃がドルゴラモンの肩を削った。
これはこの戦いのなかで受けたドルゴラモンの最初のダメージだったが、それよりも目前の事実の方が、彼にとっては深刻だった。

この必殺技をまともに受けてまだ立っている、だと?

「くそォ!!」
「!!」

獣竜は回転し、尾の一撃が聖騎士を弾き飛ばす。
聖騎士は言葉も発しないまま、警備ポストの残骸の中へ突っ込んだ。
衝撃で警備ポストが更に崩れ、騎士の全身を隠していく。

束の間、静けさが訪れた。



「ブレイブメタルを食らって耐える、だと?」

静寂を破ったのは、彼のパートナーの声であった。

「カズト……」

ドルゴラモンが後ろを振り向くと、自分の最も信頼するパートナーは、固い顔で瓦礫を睨みつけていた。

「手加減したか?」
「……してないよ」
「まぁ、そうだろうな」

黒髪の少年は小さくため息をつく。
彼を失望させてはいけない。
ドルゴラモンは黒髪の少年の言葉に若干の焦りを覚えた。
だが、自分の攻撃が耐えられたことは事実であり、それならば、更なる攻撃で敵を潰さねばならない。
パートナーのために。





瓦礫のなかで、啓人は自分のパートナーと対峙した。
あのデジモンの攻撃力には敵わないことを、啓人は既に理解していた。

“まずい……デュークモン”

既にデュークモンは傷だらけだ。
対して、こちらがドルゴラモンに与えられたのは、ぎりぎりの所で突き出したグラムの一撃だけ──それも、僅かに肩を掠めたのみ──だった。

だが、彼のパートナーの考え方は違った。

「問題ない」

聖騎士は言い切る。
自らのパートナーにはっきりとそう言えるだけの自信が、デュークモンにはあった。

“どうして?ドルゴラモンは……強いよ。僕たちよりも強い”
「だが、彼は必殺技を使った」

啓人はテイマー・ボールのなかで目を見開いた。

「恐らく、あの技はドルゴラモンの最大の技のはずだ。このデュークモンを抹殺させることができると。そのつもりで彼は攻撃してきた。だが、できなかった。そして彼にはそれ以上の攻撃はない」

ドルゴラモン最強の攻撃を耐えた。
だから、自分たちは勝てる。
単純な論理であり、見立てと呼ぶにはあまりにも楽観的かもしれない。
しかし、デュークモンには既に戦いの勝利を確信していた。

「このデュークモンには今、力が満ち満ちている。タカト、勝利を約束しよう」
“……よし”

二つの命が溶け合った姿が、またゆっくりと動き始める。

“勝とう、デュークモン”

聖騎士の身体が輝き始め、テイマーとそのパートナーは、心を重ねた。
そこに新たな力が宿った。





ドルゴラモンは一瞬の違和感に気づき、その巨大な光を回避した。
瓦礫から放たれた極太の光は獣竜の翼を掠め、ブレイブメタル以上の速度で空気を震わせる。
それを放ったのは、あのデジモンか?
ドルゴラモンはコンクリートの残骸から現れた影を、信じられないという目で見た。

ドルゴラモンの推測は、半分は正解だと言えた。

そこにいたデュークモンは白銀を纏った姿ではなく、燃えるような紅蓮の鎧を装備した姿となっていた。
手にする武器は槍から白く光る剣へと変わった。
背中から見える白い10枚の翼は、神々しいまでの光を放っている。



佐倉一人も、ドルゴラモンも、思わぬ戦況の変化につかのま言葉を失った。
だがすぐに意識は戦いへと戻る。

敵がなんであろうと、自分たちは勝たなければいけない。

一人の持つデジヴァイスに、紅蓮の騎士のデータが浮かび上がる。
確認する必要もなかった。
指示はひとつだけだ。

「ドルゴラモン。勝て」

ドルゴラモンは再び前傾姿勢を取り、巨大な翼を広げることでパートナーに答えた。



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