時空を超えた戦い - Evo.38
そして、事の発端へ






死の商人は嗤っている。
彼にとって戦いはビジネスだ。
戦争を巻き起こす者は彼にとって取引先で、戦いの道具になる物は彼にとっての商売道具。
そして、戦争を止めようとするものは彼にとって最大の障害だ。
平和は金にならない。
命が使われない場所で経済は生まれない。
だから戦いを継続させるため、メフィスモンは戦場へ降り立った。



「ぅぉぉぉおおおっ!」

カタストロフィーカノンを回避し、急接近する。
そのまま勢いを緩めず、グレイソードがディアボロモンの胴体を切断した。
そのまま背後を確認せず、オメガモンは後方へガルルキャノンを二発、三発と続けて放った。
再生を始めていたディアボロモンの身体は、更に腕が飛び、足が千切れる。
しかし、ディアボロモンはまだ再生する。
足りないパーツの方が多い身体のまま放たれたカタストロフィーカノンは、オメガモンの身体を僅かに逸れて密林に着弾した。

「私をお忘れなく!」

ディアボロモンへの攻撃を集中するオメガモンへ向け、ガルフモンは巨大な腕を降り下ろそうとする。
しかしその攻撃も、竜巻の如く巻き上げられた土煙によって標的を見失い、空を切る。
土煙を巻き起こしたのは、インペリアルドラモンが地面に向けて打ち込んだポジトロンレーザーだった。

「お前は邪魔すんなよっ!」

オメガモンは回し蹴りをディアボロモンに浴びせる。
なおも立ち上がろうとするディアボロモンだが、その肉体の腕や体の再生スピードが落ちていることにヤマトは気付いていた。

いける!

「オメガモン、ディアボロモンを追撃だ!」

オメガモンが、再び動いた。
右腕のグレイソードに渾身の力を込め、ディアボロモンの正中線めがけ、降り下ろす。

「はあああぁぁぁぁっ!」

激しい音。
そして、真っ二つになる白い悪魔の体。
その切断面は再び修復を試みたのか、僅かに光ったが、やがてそこから崩壊が始まる。
肉体そのものが修復の限界を悟ったかのように。

子供たちもオメガモンも、倒した、と思った。
崩壊したディアボロモンの肉体から鎖が飛び出るまでは。
単眼の幼年期デジモンが連結したかのようなその白い鎖は、ディアボロモンの肉体を食い破り複数出現し、自らの宿主を切り裂いたデジモンへ襲いかかった。

「な……!」

そしてそのまま、その鎖は肥大化し、オメガモンを包み込んだまま、不気味な球体を形成していく。

「ギャァハハハハハハハ!!」

ガルフモンの笑い声が戦場に響く。

「やった!やりました!かかりましたな!私の作ったディアボロモンの最後の武器!例え殺されても、鎖と化した体が自分を殺した敵を飲み込む最後の大技!大成功ですよ!そうですね、この技の名前は何と名付けましょうか!パラダイスロストは既にありますからね!チェイン・オブ・パラダイスロストなんてどうでしょう!オリジナルのディアボロモンを完全に超えた最後の必殺技!いい売り文句になりますよ!しかもオメガモンがこの罠にハマってくれるとは、何というデモンストレーション!あのオメガモンを抹殺したクローンデジモン!?素晴らしい!売れる、売れますよこの新商品は!世界中の戦争好きがこのクローンを欲しがることでしょう!私のこの新商品がデジタルワールドを変えるのです!素敵だ!素敵過ぎる!オメガモンをも倒した私の新商品が世界中の戦争で使われる!もう全てのデジモンは過去の存在となりますよ!ジョーカモンだってこのデジモンは欲しいに違いない!まぁ彼は今回の戦いで死ぬことになるのですが仕方ないですよね!何せ邪神竜の復活など夢物語、不可能もいい所なのですから!いやーこの怪物に脅える弱小デジモンたちの顔が目に浮かぶようだ!開発者としてこんなに嬉しいことはありません!私もう涙が出そうですよ!貴方たちにも感謝しますよ!この成功に感謝します!あ、そうそうパラダイスロストというくらいですからもちろんこの技の結末は分かりますよね!そう、取り込んだ相手もろともディアボロモンはドッカーン!!」

爆発が起こる寸前、白い球体を突き破り出てくるものがあった。
その白い聖剣を握ったことのあるデジモンは、この場に一体しかいない。

「「受け取れ!!」」
「「インペリアルドラモン!」」

聖騎士のパートナーたちの叫びに呼応する、竜人のパートナーたちの叫び。
それらとインペリアルドラモンが手を伸ばすタイミングは同時であり、完璧であった。

「は……?」

弾けて爆音を発する白い爆弾を尻目に、魔獣と竜人の間を通過しようとする剣。
その柄を握り自らの得物とした瞬間、インペリアルドラモンは回転する。

「っおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

激しい音と共に、インペリアルドラモンパラディンモードの剣が、ガルフモンを切り裂いた。





光子郎と空は、司令室で各地に散らばった子供たちへ連絡を取ろうと試行錯誤を続けていた。
光子郎が目まぐるしい速度でコンソールを叩き、隣で空はマイク付きの大型ヘッドフォンを頭に付け、呼びかけを続ける。
連絡の取れない仲間が、多すぎる。

「誰か、応答して!誰かいないの!」
“……さん?空さん?聞こえますか?”
「!タケルくん?大丈夫!?」
“どうしたんですか?こっちは順調ですよ!伊織くんとシャッコウモンで、この辺りの敵はあらかた倒して……”
「……『順調』って言葉を言ったのは多分、タケルくんが初めてよ」
“えぇっ!?そんな!”

空が頭を抱える。
なんとかタケル・伊織組の生存は確認できたが、ここからどうするべきか?
そこへ、新しいポイントからの通信が割り込んできた。

“空さん!?タケルくん!?聞こえますか!?”
「!」
“ヒカリちゃん!?”

少女の声に空は安堵の表情を浮かべながらも、続けて状況を聞こうとした。

「そっちは大丈夫なの?怪我は!?」
“私は大丈夫ですけど、大変なんです!……が……”

雑音が再び入り始める。
そして、いくつかの爆発音。

「ヒカリちゃん!?」
“……デスモンが……ブラ……”
“ヒカリちゃん、雑音が入ってる!もう一回言って!”
“ブラックインペリアルドラモンが……きゃあっ!!”

爆発音と悲鳴、そして奥から聞こえる唸り声。
デスモンと、行方不明だったブラックインペリアルドラモンがいる?

空が落ち着いてもう一度事態を把握しようとした、その時だった。

「なんだって!?」

ドキッとする叫び声が、今度はすぐ近くから聞こえる。
今度は光子郎の声だ。
席を立ち、コンソールと画面を眺める少年の顔は蒼白だった。

「馬鹿な……これじゃ……」
「ど、どうしたの……?」
「空さん……ジョーカモンは、邪神竜を今、この戦場で呼び覚ます気です!僕たちは偽の情報に動かされています!」





ドルゴラモンは真紅のデュークモンと何度も切り結んでいたが、例え敵が進化したとしても勝つ自信はあった。
それは打算ではない。
彼は並大抵のデジモンを遥かに上回る身体能力と、飛行能力を有している。
必殺技さえ格闘攻撃に分類される竜型デジモンは珍しいが、それ故に彼の戦い方は変幻自在であり、必殺技と他の技の組み合わせに対抗できる敵は皆無だった。
力が自分と肉迫するか、同等であろうとも、デュークモンは人型のデジモンだ。
一人もドルゴラモンも、高速の攻撃によってデュークモンを打ちのめすことができると確信していた。

まず、ドルゴラモンが己の認識の間違いに気づいた。
自分の攻撃が悉く“避けられる”のではなく“受け止められている”ことに気づいた時に。
爪の攻撃を止められるポイントが、数センチずつ自分の方に近づいていることを知った時に。
自分の攻撃が効かなくなっている?
否、それどころかこの状況は、自分が攻撃“させられている”のではないか?

「ドルゴラモン!!」

一人の声を聞き、ドルゴラモンは一瞬、夢想に走っていた意識を取り戻す。
神剣がすぐ目の前にあった。
ドルゴラモンはそれを避けようとして体を捻り、剣の鋭い感触が肩を掠めた。
獣竜は反撃に転じる。
体をそのまま更に半回転させ、巨大な尾をデュークモンに叩きつける。
紅い聖騎士は吹き飛び、黒塔の外壁を砕いて内側へ消えた。
だが、おそらく致命傷にはなっていない筈だ。
攻撃を受ける瞬間、ブルトガングを引き、防御の姿勢をとっていたのが見えた。

「止めを刺すんだ」

一人の言葉を聞くまでもない。
ドルゴラモンは飛び、デュークモンの崩した黒塔の外壁に足をかける。
自分を見上げながら、ゆっくりと立ち上がる聖騎士が見えた。

「なぜお前はそこまでして戦う?」

デュークモンが問いかけてくる。

「そんなの決まってる。僕はカズトのパートナーデジモンだ」
「己のテイマーが多くの人とデジモンを不幸にしようとしても尚、そう思うか」
「カズトの判断が僕の全てだ!」

デュークモンが剣を構え直したのを見て、ドルゴラモンは再び、両爪を輝かせながら突進した。

一人は黒塔の中へ足を踏み入れ、再び二体の戦いが見える位置へ移動した。
彼のデジヴァイスはデュークモンが進化し、ドルゴラモンと戦いを繰り広げている最中、ずっと激しい光を放ち続けていた。
ドルゴラモンの戦いに呼応しているのか、それとも邪神竜の復活が近いからか。
いずれにせよ、ここまで極端な反応は初めてだ。
一人の頭にはこの光に対する疑問がよぎったが、すぐに戦いに意識を戻す。
大事なのは目の前で起こっていることだ。

奴に勝てば、全てが終わる。



啓人もまた、デュークモンの中でこの戦いの異変に気づき始めていた。
この感じは依然に味わったことがある。
メガログラウモンが巨大化した本宮大輔と戦っている時、ゲンナイからの声が聞こえてきたような、何かが外側からアクセスしてくる感覚。
デュークモンは未だ、ドルゴラモンの攻撃を受け流しながら、隙を狙い神剣を振るっている。
デュークモン自身は気づいているのだろうか?

“うわ!”

ドルゴラモンの尾が寸前まで迫り、デュークモンがぎりぎりで回避する。
後方へ跳び態勢を整えるが、自分でも信じられないほどの勢いで身体のバネが機能しているのを感じた。
まただ。
絶好調、と言うよりも、普段以上の動きだ。
戦闘本能に身を任せたメギドラモンの戦いの時とも違う。
考えているよりも、身体が先行する感覚。

ブルトガングを一回転させ、再びドルゴラモンの至近距離へ跳び込む。
今度はドルゴラモンが一歩下がり、攻撃を受ける。
続けて二撃、三撃とブルトガングを振るうが、これもまた啓人自身が驚くほどのスピードだった。





──お願い、話を聞いて──





啓人は気づく。
脇目には、眩く輝くデジヴァイスを握り、焦りの表情を浮かべる一人。
まさか、と思った。

だが、この戦いに干渉しているものがあるとしたら……。

“デュークモン!”

テイマー・ボールの中から、啓人はデュークモンへ叫ぶ。
確信がある訳ではない。
しかし、彼のパートナーも、真意に気づくことを信じて。

「奴を潰せ!ドルゴラモン!!」

明らかな劣勢を感じ、無意識の内に一人が光り輝くデジヴァイスをパートナーに向ける。
その閃光が、剣を回転させるデュークモンと、爪を振りおろすドルゴラモンの二体を包み──。

啓人の意識は、呼び声の元へ向かった。





その白い部屋は、戦いの舞台であったジョーカモンの黒塔の内部とはずいぶんと対照的だった。
汚れひとつない白い壁と床、木でできたシンプルだが美しい机と椅子、部屋の両端に二つの扉。

目を開けると、啓人はそこに肢体を投げ出し、大の字になっていた。
ゆっくりと上半身を上げると、隣には自分と同様に寝転がるギルモン。
彼の方は、まだ状況に気づくこともなく寝そべっている。
デュークモンクリムゾンモードから、いつの間に退化したのか?
一人は?ドルゴラモンは?



「気づいたのね」

声。
啓人の後ろに、声の主がいた。

「ありがとう、来てくれて」

コツ、コツという靴の音が、無音の空間に響いた。
啓人は立ち上がり、驚きとともに彼女を見る。

黒い装飾に金髪の少女を、啓人は知っていた。

「アリス……」
「また会えて嬉しいわ」

黒の少女は優しい笑みを浮かべながら少しかがみ、未だ熟睡するギルモンを優しく撫でた。



啓人が彼女に会うのは実に半年ぶり、しかもその時はデ・リーパーとの戦いの真っ只中で、ほとんど会話した記憶もない。
ただ、彼女と、命を懸けたパートナーによる救援がなければ、あの戦いには勝てなかった。
思い出せば、あの時のお礼もまだ言っていない。

「あの、アリス」
「あなたたちを呼んだのは、また力を借りたいからよ」

黒の少女は啓人の言葉を聞かずに、そう言った。

「僕たちの、力……?」
「えぇ。佐倉一人くんとドルモン、そして……このコを救うために」

予想外の答えが返ってきた。
いや、佐倉一人とドルモンを救う、というだけでも既に不可思議だ。
だが、“このコ”とは誰のことを指すのだろう?
既に立ち上がり、喋りながら気ままに部屋を歩く彼女の姿を見ていると、少なくとも先ほど撫でていたギルモンのことではないようだ。

「あなたたちを呼びたいと言い出したのはこのコなのよ。私も、助けを借りるのはあなたたちが一番適任だと思ったけど……このコも寂しがり屋なのね。この部屋にあなたたちを呼ぶとは思わなかったわ」
「ごめん、アリス……もう少し説明してくれないかな?僕の理解力が無いせいかもしれないけど、よく意味が分からなくて……」
「ごめんなさい」

アリスが立ち止まり、自分の方を振り向く。

「今、あなたたちはこのコの作り出した世界に意識だけ飛ばされた状態なのよ。本当の身体はまだ、ドルゴラモンと戦ってる」
「えっ、それじゃあ……」
「大丈夫。今はあなたたちだけじゃなくて、一人くんとドルゴラモンの意識もこちらに来ている。ここにいる間は時間の流れも異なっているから、戻るまで戦いが進むことは無いわ。彼らは隣の部屋にいるけど、あの扉には鍵をかけてある」

アリスが啓人に近づき、彼から見て右の扉を指差す。
彼女の息がかかるほど近づいたので、タカトは自分の心臓が意を介さず跳ねたことに気づいた。
頬が赤く染まるのを、樹莉のことを考えて必死に抑えようとする。

「え、えっと、僕は、どうすればいいの?」
「知って欲しいの。一人くんに、ドルモンに、何があったのか」

いつの間にかギルモンが隣で目を覚ましたのに気づく。
彼は少々寝ぼけた顔をしながらも、自分とアリスの会話をちゃんと聞いていた。

「何があったのか……あのふたりの過去、ってこと……?」
「もうひとつの扉を開ければ、それを見られるわ」

アリスが、啓人から見て左の扉を指差す。

「ギルモンとふたりで、その先を確かめて」

そしてアリスは三歩ほど下がる。
後は自分とギルモンが進むだけ、と言うかのように。



正直な所、まだ全てを把握しきれたわけではない。
だが、どうやら自分たちは事の発端を知るチャンスを得たらしい。

「タカト」

ギルモンが自分の隣にいた。
自分のテイマーに付き従う、忠実なパートナーデジモン。
啓人は彼に頷いて、アリスの示した扉の前へ進む。

「ありがとう、アリス。行こう、ギルモン」

啓人はドアノブを回す。
扉が開き、その先から光が漏れだした。





「気をつけてね、啓人君」

黒の少女は呟く。

「一人くんを救えるのはあなただけ。でも、このコを救えるのは……」





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