時空を超えた戦い - Evo.39
Digimon Carnival!! -1-






白い霧の中を走り抜けると、地下道特有の一面コンクリートでできた空間が見えてきた。
迷路のような通路を走り続ける。
何回目か分からない方向転換の後、その巨大な影は見えた。
白い毛並、筋骨隆々とした体躯、そして右腕の先はエネルギー砲と化している。

「ゴリモンだ!」

ドルガモンが叫んだのを聞くと同時、視界にもその巨体が入ってくる。
ゴリモンの方はと言えば、足音と声に気づき、今まさに振り返りながら、右腕の銃砲を光らせていた。

「グルゥァアア!!」
「ドルガモン、左へ!壁づたいに走って!」

ドルガモンは跳びあがり、指示に忠実に身体を90℃近くまで傾けて、広告が掲げられた地下道の壁に着地し走り続ける。
エネルギーカノンが放たれたが、ゴリモンの反応は明らかに遅れた。
幾発かの砲撃が地下道の壁を破壊していくが、どれもドルガモンを仕留めるには至らない。

「天井!」

その声にドルガモンは反応し、更に回転して一瞬、足を天井へ貼り付ける。
そして次の瞬間には、自由落下よりも遥かに早い速度で、回転しながらゴリモンめがけて落ちていく。

「ッらぁっ!!」
「ゴっ……!?」

獣竜の尾が、ゴリモンの頭部にクリーンヒットする。
身体を更に半回転させ着地するドルモンと、ふらつくゴリモン。
だが、苦しんではいるものの、まだ倒れてはいない。
狙いを定められていないにも関わらず、右腕の銃砲が再び光り、捉えられない自らの敵を探している。

「ドルガモン、もう一回……」
「右腕にパワーメタルを撃て!!」

先程までの指示に、別の声が重なる。
ドルガモンは反射的に指示に従った。
すぐさま口を開き、そこから放たれた大型の鉄球が、銃砲の穴を塞ぐ。

「ゴァァァアアア!」

直後、爆発。
エネルギーを溜め込んでいた銃砲は破壊され、ゴリモンが叫び声を上げながら消滅した。





「お前ら……また俺を置いて先走りやがって……!」

荒い息を付きながら、少年が二人の元へとやってくる。
振り返り、先に反応したのは、ゴリモンを仕留めた獣竜だった。

「あ、カズト、お疲れ!」
「お疲れじゃねーよ……」

一人はやっとの思いで追いつき、両手を膝に当てて息を整えようとする。
元々、体力のある方ではない。
この二人に合わせて動くだけでも精一杯だ。

「なんだ、今日は来ないと思ってた」
「お前な、人のパートナー勝手に持ち出しやがって!俺が追いついたからいいものの……」
「一人がやったのは最後の指示だけでしょ?あんなの私でもできるもん」
「そういう問題じゃなくてだな……」
「ま、まぁまぁ二人とも!もういいじゃん!勝ったんだし!」
「そうそう、終わりよければ全て良し!ねードルガモン!」
「う、うん、フーカ」

一人の目の前で、ポニーテールの少女はドルガモンの頭に抱き着き、優しく額を撫でる。
その様子に一人は納得いかず顔をしかめたが、気づいていないのか無視しているのか、少女は一切の反応を示さない。

「俺がドルガモンのパートナーだぞ、楓香」
「分かってるわよ。でもアンタがいない間は、私がパートナー代理でしょ?」

芹沢楓香は、ドルガモンのパートナー・佐倉一人にいたずらっぽく笑いかけた。





Evo.39 「Digimon Carnival!!」





佐倉一人は物心がついてから間もなく、両親を亡くした。
その後は大学教授である伯父に引き取られ、新潟県で幼少時代を過ごす。
彼には両親の記憶はほとんど無いが、そこに引け目を感じたことはない。
子供のいない伯父夫婦は彼に不自由のない生活と愛情を注いでいたし、一人自身もその環境に適応していた。

6歳の時、一人は初めてデジタルワールドへ召還された。
パートナーを持たない“迷子”として、一人がデジタルワールドに滞在したのはわずか数時間。
だがこの僅かな時間の間に、一人はジョーカモン一派の幹部であるカオスドラモン、デスモン、そしてブラックインペリアルドラモンと邂逅する。
この時のデジタルワールドへの短い旅が、後の一人に大きな影響を与えることとなる。

デジタルワールドから帰還し、それほど間も経たない頃、一人は伯父の転勤により、新潟から東京へ住まいを移す。
新たな学校で出会った最初の友人のひとりが、長髪をポニーテールに束ねた少女・芹沢楓香だった。

伯父の影響で自分の時間を大学の図書館で過ごすことが多かった一人にとって、彼女との出会いは新鮮だった。
体育の授業となれば、男女含めても常に一、二を争う。
クラス内で喧嘩が起きれば、えげつない口撃でクラスのトップに君臨する男子を泣かす。
そして転校前・転校後どちらのクラスでも常に一番の成績を保っていた一人にもライバル心を剥き出しにし、出会った半年後には、楓香はクラス内で二番目の成績をキープするようになっていた。

楓香は人と競うことが大好きな少女だった。
当初は彼女のことを理解していなかった一人も、クラスで一番の成績を脅かされ続ける内に、その競争好きな性質を無視することができなくなっていった。

五年生へ進級した時、一人は学校内であらゆることを争い続けていた楓香が、どうやっても勝てない要素を手にする。
彼の人生二度目のデジタルワールドとの干渉。
そして得た、獣竜型のパートナーデジモン・ドルモン。
デジモンとの関わりだけは唯一、楓香がどうやっても敵わない分野だった。
一人はドルモンを、楓香を含めたごく僅かな友人にのみ見せた。
リアルワールドではドルモンを一人だけの手で隠すのは一苦労だったし、かといって不特定多数の人間の力を借りてドルモンを余計な危険に晒したくはない。
そこで一人とその友人たちは、各々が不在の時、塾の時、部活動の時などにドルモンの保護を持ち回りで行うことによって、リアルワールドでドルモンを匿い続けたのだった。
中でも楓香はドルモンの“テイマー代理”を積極的にやりたがった。
デジタル・ゾーンが付近で発生したときは、一人を気にせずにドルモンと戦場へ飛び出し、敵デジモンと戦う。
当然、楓香はデジヴァイスを持っていないが、デジモンに対する知識と勘、そして後方からの指示だけで、ドルモンを勝利に導いてしまうのだった。





「楓香の奴、またバトルしちゃったんだって?お前抜きで」

翌日の学校。
がやがやと騒がしいクラスの中で、ぽつりと席に座り読書に勤しむ一人の脇に、二人の少年がやってきた。

「あぁ、成田。何度俺を呼べっつっても聞かねぇんだよ、あいつ……」
「もうお前じゃなくて楓香が選ばれし子供だったら良かったんじゃね」
「それ以上言うな」

坊主頭にした少年・成田敬(けい)がニヤニヤしながら一人に言う。
一人の方はと言えば、うんざりした表情で少年へと愚痴を呟いていた。

「毎回、一番突っ走ってるのがあいつなんだよな。ドルモンが怪我でもしたらどうする気なんだよ」
「楓香の方を心配するべきだと思うけどな。何とかできないもんかな、雪陽?」
「楓香さんは、何かが起きたら自分が動かずにはいられない人だからねぇ」

坊主頭の隣に立つ茶髪の少年・荻原雪陽(ゆきはる)が困ったような顔をして言う。

「思い立ったら全力疾走だし」
「なるほど。猪木みたいだな、それ」
「腕力もプロレスラーみたいなもんだからな」

坊主頭が「上手いこと言った」と自分でも思っている様子で呟くと、次の瞬間には脇から飛んできたラリアットが彼を沈めていた。
当然ながら、話題の中心になっていた猪木ことポニーテールの少女の攻撃である。

「ぐおぉ……」
「聞こえたけど、誰が猪木だって?」
「それ猪木っつーよりハンセンじゃないか」
「誰よ、それ」
「ウエスタン・ラリアットの人」
「へぇー、一人死ね」
「あべしっ」

座っている相手にラリアットを仕掛けるのはどうなんだとか、即座にそれが出る時点でハンセンを知ってるんじゃないか等、言いたいことは沢山あったが、雪陽は口出しをすることをなんとか堪えた。

「……ところで、楓香が無双してるトコ悪いけど、今年の冬休みどうする?どっか行くの?」

いつの間にか、楓香の隣に、楓香と瓜二つの少女が立っていた。
芹沢爽香(そよか)と、双子の妹とを見分けるポイントは、眼鏡をかけている所と、髪型がポニーテールではなく、ショートヘアであるという所か。

「そうそう、よくぞ聞いてくれましたお姉さん!」

爽香の言葉に、ウエスタン・ラリアットから復活した敬が反応する。

「はい注目!今年の冬休みは……はいドーン!“ゆかいなスキー合宿”だ!」
「去年と同じじゃねーか」

一人のツッコミは早かった。

「仕方ないじゃんよ、俺と雪陽との冬休み審議会で決定したんだから。これは覆らない」
「いつの間にできたんだその審議会は」
「さて諸君。今年のテーマは“スタンド・バイ・ミー〜ひと冬の冒険〜”ということで……」
「長ッ!去年も思ったけど、そのテーマ意味あんの?」
「去年は“僕らをスキーに連れてって!”だったな」
「いい加減気づきなさいよ、極端なアオリ文は逆効果だって……」
「お前らなんでそんなに俺のこと叩くの?」

総攻撃を受け、ショボンとした顔を浮かべる坊主頭の一人目の幹事を、二人目の幹事はにこやかな笑いを浮かべながらフォローする。

「いや、折角だし、みんなで今年はちゃんと思い出を作ろうと思ってね。一泊二日のスキー旅行、来年は行けないかもしれないし」
「え、雪陽くん、やっぱり中学受験するの?」
「まだ分からないけどね」

机に肘をかけながら話を聞いていた一人だったが、「中学受験」という雪陽の言葉が現実味を帯び始めたことに多少の驚きを覚えた。
来年の今頃は、そんな時期なのか。
伯父は何時だったか、自分が私立中学へ受験することを望んでいるようなことを言っていたが、あれはどこまで本気だったのだろうか。

「ところで一人、ドルモンも連れてくよね?」
「え……」

楓香からの問いに、間抜けな言葉を返してしまった。

「そりゃそうだろ、ドルモンも俺たちの仲間だからな」
「ドルモン、雪山見たら喜ぶだろうなぁ」
「どんな反応するかな?楽しみ〜」
「あ、あぁ、うん……」

すっかりドルモンを連れて行く気になっている友人たちを見て、思わず一人は頷く。
あぁ、そうか、今年はドルモンもいるんだな。





腕時計を見ると、針は既に七時を指していた。
週三日ある塾の日にドルモンに会おうとすれば、どうしたってこの時間になってしまう。
薄暗い自宅近くの公園で、一人が向かったのは茂みの中にある古びたプレハブ小屋だった。
中断された公共工事のために残されていたらしいこの小屋は、ドルモンの“家”の一つであったが、最近は小屋の中でも肌寒さを感じる。
新しい寝床を探してやる方がいいかもしれないなと思いながら小屋に入ると、何かを幸せそうな表情で食べるドルモンと、楓香の姿があった。

「ん、んぐ、おかえりカズト」
「どうしたんだ、楓香?」
「お母さんが買ってきたパンが予想外に美味しくってさ、ドルモンにもひとつ持ってきたんだ」

何やら見たことのない──蜥蜴の顔?──のような形をした巨大なパンを、ドルモンは楽々と平らげている。

「あと、冬休みのアレね。ドルモンも行きたいってさ」
「うん、僕もスキーやってみたい!」
「……あ、あぁ、そっか」
「じゃ、私はそろそろ帰るね。バイバイ、ドルモン」

ドルモンの頭を撫でると、楓香は立ち上がる。
しかしプレハブ小屋を出る直前、楓香は真面目な表情を一人に向けて作った。

「一人、ドルモンをもう少し大事にしてあげなよ。寂しがってるよ?一人がパートナーなんだから」

そう言い残し、楓香は小屋を出て行く。

これでも、この忙しい中でドルモンとの時間は出来る限り作っているつもりだ。
言われなくても分かっている、と言い返したいところだが、恐らく「パートナー代理」の仕事を最も熱心にやっている楓香からそう指摘されると、言葉に詰まってしまう。
寂しがっている、か。

「なぁ、ドルモン、俺悪いことしてたかな?」

パートナーに問いかけるも、返事はない。
ドルモンは一人の方を向いてはいなかった。

真逆の壁、何もないように見えるその場所を見つめ、獣竜は毛を逆立てながら低く唸る。
その様子だけで、一人にはある程度察しがついた。
ここで聞き耳を立てるような怪しい者は、彼しか思いつかない。

「何しに来た、メフィスモン」

プレハブの壁が歪む。
羊の怪物のような姿をした彼は、嫌らしい笑みを浮かべながら一人に近づく。

「それ以上カズトに寄るな。その頭を噛み砕くぞ」
「おぉ、怖い怖い」

ドルモンの言葉にメフィスモンは足を止めるが、その言葉と対照的に全く恐怖を感じているようには見えなかった。

「お久しぶりですね。いやぁ、青春してますねぇ」
「何でそう見えるんだよ。何にでもしゃしゃり出てくる女だぞあいつ」
「おや、私はフーカ女史のことなど一言も言っておりませんが」
「……」
「あ、そのハメられたって顔いいですね。Twitterに上げてもいいですか」
「いい訳ねぇだろ」

どこから取り出したのか、携帯電話のカメラを向けようとするメフィスモンに眉をひそめる。
元々このデジモンに良い感情は持っていなかったが、なぜ今、リアルワールドに現れたのか?

「いえ、最近カズトさんがデジタルワールドにいらっしゃらないものですから、最近のデジタルワールドについての情報をお持ちしたのですよ」
「情報?」
「えぇ。デジタルワールドですが、近々滅亡するかもしれません」
「は!?」
「リアルワールドも無関係ではないですよ」

あっさりと恐ろしいことを口にするメフィスモンに、一人とドルモンは口を塞ぐことができなかった。

「デジタルワールドの最深部に眠っていた人工知性駆除プログラムが活性化を始めています。四聖獣が迎撃の準備をしていますが、果たして上手くいくのかどうか……」
「お前はなんでそんな……他人事なんだよ」
「不安定な世界情勢は繁盛期を意味しますから」

私にとってはね、と付け加える。
こういう考え方をする者はリアルワールドにもいるらしいが、実際に見るのは初めてだ。

「念のため言っておきますが、気をつけた方がいいですよ。最近のゲートの状況を考えれば、リアルワールドへの侵攻も十分に考えられます」
「その警告のために、わざわざこっちへ来たと?」
「えぇ。貴方たちは私の最後の商品ですから」

事も無げに言う死の商人に、表情をますます歪める。
言い返すことはしない。
言い返したところでこの怪物に論破されるのがオチだ。

「貴方とドルモンを巡り合せたのは私ですし、力を欲しがるデジタルワールドの住人から貴方たちを守っているのも私です。それをお忘れなく」
「よくもそんなことを」

ドルモンがますます唸り声を大きくするが、一人は無言を貫いていた。
メフィスモンの言う通りだからだ。
彼の庇護がなければ、選ばれし子供の力を欲しがるデジモンたちが大挙して彼の元に襲い来る。
その程度のことは彼にも容易に想像がついた。

「まぁ、そう気負うことはありませんよ。仮にプログラムが侵攻してきたとしても、貴方たちならそう簡単に負けないでしょう。フーカさんもいますしね」
「おい、楓香を頭数に入れるな。あいつは関係ない」
「ですが、戦いの才がある」

一人は顔を更にゆがめた。
コイツは本気で言っているのか?

「カズトさん。先日のドルモンとゴリモンの戦いを拝見させて頂きましたが、彼女は有能ですよ。同世代のどのデジモンテイマーよりも上かもしれません。選ばれし子供である貴方よりも」
「言葉に気をつけろ、メフィスモン。やろうと思えばお前のことなんかすぐに踏みつぶせるぞ」
「私は事実を言っているだけですよ」

ドルモンは目の前の商人を今すぐに捻り潰したい衝動を必死に抑えた。
楓香は第二のパートナーも同然であり、彼女が戦いの場に出てくることに当初は不安を覚えていたのも事実だが、その能力を知った今では全く抵抗を持っていない。
だが、それはメフィスモンが一人を冒涜して良い理由にはならない。
ドルモンにとって一人は絶対であり、楓香は守るべき対象だ。
こんな奴が軽々しく語っていい存在ではない。

「まぁまぁ、お二人ともそのような怖い顔はしないで。あくまでリアルワールドへの侵攻は可能性の話、取り越し苦労になるかもしれないですから。まずはスキー旅行、楽しんできてください」

含み笑いをしながら、死の商人はゆっくりとプレハブの壁に消えていった。







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