時空を超えた戦い - Evo.41
戦士達斃る -1-







あとどの位の距離なのか。
三つ叉の黒塔の中央塔から、数十階下の左側塔直結通路へ向けて、リリモンは落下当然の勢いで飛ぶ。
僅か数十メートル後ろにギガドラモンを引き連れて。

ギガドラモンがまた有機体ミサイルを発射したのを感じ取り、リリモンは反転した。
視界を猛烈な速度で覆っていく巨大な竜に向けてフラウカノンを連射する。
ミサイルが誘爆する。
ギガドラモンの速度が僅かに緩む。

「きゃあ!!」

それでも、爆風の勢いはリリモンを弾き飛ばした。
衝撃と、痛みが身体を包む。
何が起きているか分からない。
視界がぐるぐると回った。
頭が揺さぶられ、ぼうっとする。
真上から、逆光を浴びた巨大な竜が迫ってくる。

やっぱり駄目かもしれない。
このままでは、殺される。
ミミ……。





「リリモン!!」





黒塔から、ひとつの小さな影が飛び出してくるのが見えた。



あぁ、ミミだ。
飛び降りたのね。





飛び降りた!?





リリモンは覚醒し、四枚の翼で風を捉え直した。
その動きに驚いたのか、ギガドラモンが再び叫び声を上げて機械翼を開く。
リリモンはそれを見ていなかった。
そんなことはどうでもいい。



「ミミーっ!!」



身を投げ出した自分のパートナーは、中央塔から左側塔へ向けて落ちていく。

行かないと、行かないと!
ミミが死んじゃう!



「リリモーン!!」



小柄な身体と黒い柱の距離がどんどん縮んでいく。

待って。
もうすぐ、もうすぐ。
もっと早く!

城壁を避け、古代デジモンの彫刻の股を潜り抜け。

リリモンはその腕に、自らのパートナーを受け止めた。



その直後、何かが彫刻に激突した凄まじい音と、機械竜の壮絶な断末魔が響き渡り、巨大な黒い破片が塔からいくつも落下していった。





「へっへー、計算通り♪」
「なんてことしてくれたのよ、ミミ!!」

猛烈な風圧を受けたせいか、髪の毛がひどくボサボサになった自分のパートナーは、それでも満面の笑みだった。

「だって、リリモンだけに危険な思いさせたくなかったから」
「そんなこと言ったって……一歩間違ってたら!」
「リリモンは絶対に間に合うって信じてたもん」

そう言われるともう言葉が出ない。
今回は流石に同意しかねるが、こういう性格がパートナーとそっくりだと、リリモンはよく言われるのだ。

「もう……っ!」
「ありがと、リリモン大好き!結婚しよっか?」
「そういう冗談いいから!」

強烈な爆音で黒塔が揺れたのを見たのは、まさにこの瞬間だった。
再び降り注ぐ瓦礫を避けながら、ミミを抱えるリリモンは黒塔最上部を目指し始めた。

「丈先輩とズドモンだわ」
「えぇ、助けないと!」

一気に加速し、半壊した大部屋の高さまでリリモンが上昇する。
そこで二人は、獣同士の戦いを見た。





サクヤモンを下層へと落下させたスカルサタモン・ゼクトは、それでも敵を始末できていないことを予め分かっているのか、自らもエレベーターシャフトを降りて行き、その場で戦闘を続けているのはズドモンとメガドラモンのみとなっていた。
この二体はお互いがっちりと組み合ったまま、どちらも全く退かない。
メガドラモンはこの近距離であっては簡単にミサイルを放つことはできず、またズドモンが両腕の銃砲をがっちりと抑えつけているため、力ずくで相手を押し潰そうとしていたが、二体に大きな重量差がない以上、この戦術は難航していた。
一方のズドモンも、両腕を敵の必殺技を封じ込めるために使っている結果、右手のトールハンマーを振るうことはできそうもない。
お互いに行き詰っている。

丈は自らのパートナーに声援を送り続けていたが、突然メガドラモンが口を開き、巨大な牙を剥かせたのを見て叫喚した。
次の瞬間、メガドラモンはズドモンの左肩に噛みついた。

「ぐあああぁぁっっっ!」
「ズドモン!!」

まるでパニック映画の巨大鮫の如く大顎に噛みつかれ、たちまち大量の血液がズドモンの肩から飛び散る。
メガドラモンは顎に全身の力を集中させているように見えた。
このまま顎を振るえば、ズドモンの肩は噛み砕かれ、腕もろとも引き千切ることすら可能に違いない。

だがメガドラモン最大の失敗は、この筋骨隆々の海獣型デジモンの右腕ではなく、左肩を狙ったことだ。
巨大な力で痛みを受けようと、ズドモンは右手のトールハンマーを手放しはしなかった。
ありったけの力を掌に集中し、巨大な鎚を握りしめる。
メガドラモンは顎に力をかけるあまり、ズドモンに抑えられた両腕にまでは意識が回っていないようだった。
ズドモンは噛みつかれたままの左肩を差し出すかのように身体を捻りながら、右腕を大きく円を描きつつほぼ180度回転させて、メガドラモンの腹へトールハンマーの一撃を叩きつけた。

「ガッ……!!」

鈍い打撃音と何かがバキバキと折れる音が響き渡り、機械竜が声にならない悲鳴を上げる。
開かれた口から左肩が解放され、完全に自由になったズドモンは、巨大な音ともにメガドラモンの頭部へ二発目の攻撃を加えた。
機械竜の巨体がぐらりと揺れ、後退する。
そのままズドモンは姿勢を低くし、鎚を地面に叩きつけた。

「ハンマースパーク!!」

トールハンマーから放たれた強力な雷撃がメガドラモンを襲う。
先の二撃で身体を砕かれ、クロンデジゾイドの機械部にも罅が入っていたメガドラモンに、この攻撃は耐えられなかった。
くぐもった悲鳴のような声をあげ、上半身を痙攣させて、メガドラモンはうつ伏せに倒れた。



「やった!ズドモン、大丈夫かい!?」
「痛って……逆に聞くけど、この傷口どう見える?」

左肩を抑えながら丈の方に向き直るズドモン。
傷だらけではあるが、その表情は笑顔だ。
安堵の表情を浮かべる丈は、ズドモンの後方を飛ぶ良く知ったデジモンに気づいた。
ズドモンよりも傷は少なそうだ。

「ミミ君!リリモン!」
「ズドモン、無事!?」
「酷い、肩から血が……」

ミミとリリモンは、流血するズドモンの姿に少なからずショックを受けているようだった。
ズドモンが大丈夫だよ、というジェスチャーを二人に見せる。
しかし出血し続けている所を見ると、ズドモンの言う通りには見えない。
勝利はしたものの、応急処置が必要だろう。
黒塔に降り立つと、ミミは二体に駆け寄ろうとした。

出来なかった。



「グルァァアアアアッ!!」

機械竜はそれでも消滅しておらず、気を失ってもいなかった。
両腕を叩きつけ、床に巨大な罅が入り、塔が揺れる。
全身をのた打ち回らせ、辺りに瓦礫が飛び散る。

「危ない!」

咄嗟に、丈はミミに向かって走り、彼女を押す。
バランスを崩したミミの数十センチ先を巨大な黒いコンクリートが通過する。

大蛇のように身体を捩じる様子を見て、ズドモンはすぐさま攻撃の準備をしようとした。
だが、肩の痛みのせいか、鎚を担ぐのが一瞬遅れた。
その一瞬が致命的であった。
機械竜が突進してきたのだ。

「ぐッ!!」

怒りに燃え、狂気を宿した瞳で、メガドラモンはズドモンに掴みかかった。
何かのリミッターが外れているのか、先ほどまで倒れていたとは思えぬほどその力は強い。
直立しようとしても、メガドラモンの巨大な尾が身体に巻きつき、それをさせない。

そして、メガドラモンはそのまま飛翔した。

「グルゥアアアアァァァッ!!」
「ぐあっ、やめろ、この!!」

ズドモンは暴れ、何とか尾の拘束から逃れようとする。
全く動けない。
万力のような力だ。

「ズドモン!ズドモン!!」

丈の慌てる声が聞こえる。
この状況でパートナーである自分まで慌てる訳にはいかない。
活路を見出さなければ。
ズドモンはトールハンマーを取り出し、大きく振り被り、メガドラモンの頭部を殴打する。

「うおああぁぁっ!!」

ガン、ガンという鈍い音と、飛び散る機械竜の血液。
時々、視界を淡い色の光弾が抜け、また自分の攻撃とは無関係なタイミングで機械竜が揺れる。
リリモンが背後からメガドラモンに攻撃しているに違いない。
だがここまでダメージを与えても、メガドラモンはまだ大声を上げ、飛行を止めようとしない。
意識が残っているようには見えない。
戦闘本能だけでここまでの行動をしている。

不意に、身体の拘束が緩んだ。

遂にメガドラモンが機械腕と尾による捕縛を解いたのだ。
それも、空中で。

ズドモンは、彼をこの場に留めるものが何ひとつ無いことに気づいた。





くそっ。





「ぅあああああああああぁぁぁぁっ!!」

ズドモンはジャングルの中へ落ちていった。





デジタルワールド同様に、リアルワールドでの戦いもまた、激しさを増していた。
山木がデ・リーパーのど真ん中に送り込んだジャスティモンとアンティラモンはかなり健闘しており、芝浦ふ頭方面へ上陸しようとしていたデ・リーパーはほぼ壊滅状態にあると言えた。
ただし、あくまで二体のデジモンは援護のために呼び出されたのであり、戦いの中核を担う自衛隊の面々には、明らかに疲労の色が見て取れる。
実際、晴海ふ頭に展開された戦車隊の防衛ラインは既に後退し、デ・リーパーの上陸を許していた。

その晴海ふ頭にある臨時本部で、成田は他の本部へ無線を飛ばしながら、目まぐるしく指示を出している。

「芝浦ふ頭の戦車隊をこっちに回してくれ!違う、こちらは撤退する!第二次防衛ラインで防ぐんだ!」

無線機を片手に、成田は本部の機材を指さして撤収の指示を出していた。
数分後にはここも赤い泡が浸食してくるに違いない。

スーツを着たサングラスの男が成田に声をかける。

「まだ出れないのか、成田!」
「うっせー山木!色々あんだよ!」
「早く出ろ!もう近づいてる!そんな書類捨てろ!」
「俺もいらないと思うけど後で上から怒られんの!」
「成田ニ佐!危ない!!」

成田の後ろに立っていた機材が倒れ、本部を囲っていたテントが裂ける。
緑色の体を持つ、四本腕の怪物が潜入してきた。

「うおおおおっ!?来たぁぁぁぁっ!」

成田は腰のホルスターから、P220の9mm拳銃を取り出し、即座に安全装置を外してデ・リーパーに向け構えたが、彼の立ち位置は如何せん近過ぎた。
構えたのとほぼ同時にデ・リーパーの腕が動き、彼の右手から拳銃を叩き落とす。
拳銃が金具の擦れる音を鳴らしながら拳銃が床を滑り、成田はADR-04に押し倒された。
背中から地面に落ち、見上げると、そこではADR-04の腕が自分の方を向き、怪しく光り輝かせている。

この間約二秒、成田の目には何もかもがスローになっているように映った。

目に映る映像の速度が元に戻ったのは、視界の隅に転がった拳銃を誰かが握り、発砲音が部屋に鳴り響いた瞬間だった。



山木満雄は小刻みに震えながら、両腕で握った鉄の塊をただ凝視していた。
四発の発砲の内、ADR-04に命中したのは二発だった。
対電子生物用電子弾の効果は確かにあったらしく、着弾直後、デ・リーパーの緑色の身体に白い電撃が走り、データの泡へと分解した。
だが反動を腕に浴びた山木はその様子をまともに見る余裕すらなかった。

ひとまず、その場の危険は排除した。
ただ、別の意味での虚脱感が彼を覆っていた。

その場で固まっている山木の手から拳銃を引き剥がしたのは成田だった。

「お前が発砲した、なんてことになったら後々問題になるから、俺が奴を撃ったことにしてやる。感謝しろよ」
「……そうだな、お前があっけなく転ばされて非戦闘員に救われたとあっては、お前の尊厳に関わるだろうからな」
「お、おぅ……それだけ言えりゃ十分だ」

足音が聞こえ、再び本部のテントが捲れ上がる。
今度は、入ってきたのはデ・リーパーではなかった。
マスクのヒーローだ。

「山木さん!ここはもう危険です、避難を!」

ジャスティモンは秋山遼の声で状況を伝えた。
離れた場所で戦闘していた彼がわざわざこちらへ移動してきたことを考えると、晴海ふ頭周辺の状況はよほど酷く見えていたに違いない。

「ヒーローが助けに来てくれたのか、ありがたいことだ」
「成田、すぐに出よう。もうここは無理だ」

拳銃をホルスターにしまい、今度こそテントを出る。
成田と数人の部下たちは外へ出た直後の敵の攻撃を警戒していたが、そこにいたのは巨大な二足歩行の兎だけだった。
どうやらアンティラモンが事前に付近の敵を一掃してくれたらしい。
しかし、周りを見渡せば散乱した薬きょうや車両のタイヤ跡以外には防衛ラインの後は残っていなかった。
既に手勢は第二次防衛ラインまで撤退しているようだ。

「誰だよ、俺たちがまだいるのに撤退命令出した奴!あっ俺だ!」
「この辺りは僕たちに任せてください、まだ戦えますから」
「しかし……」

ジャスティモンの言葉に山木は眉をひそめる。
いくらジャスティモンとアンティラモンが強いとはいえ、ここに残っていつまで持ちこたえられるだろうか?
そしてジャスティモンが敗北してしまった場合、後退したところで戦況を立て直せるだろうか?
山木には到底、無理な話に思えた。



ただ、もう一つ別の変化も起きていた。

「あれは?」

耳を高く立てながら、アンティラモンが東京湾を──デ・リーパーの発生地点を──指差す。
ジャスティモンも、山木と成田もそこを見た。

「……ん?」

赤い泡の動きが止まっている。
デ・リーパーのリアライズも。

次々と発生し進撃していたADR達も突然動かなくなり、攻撃の構えを解除して、海の上で滞留していた。
この怪物たちには表情が無いし、感情も無い。
先ほどまでとは打って変わった様子は、何か単一の意思の元にそうしているようにしか見えない。

まるで何かを待っているようだ。

「あいつら、次は何をするつもりだ?」

成田は顔をしかめた。
残念ながら、あまり良い予感はしない。


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