時空を超えた戦い - Evo.42
赤い龍 -1-




インプモンは自分の身体が予期しない方向に引っ張られ、眩しい光が自分の瞼を刺激しているのを感じて目を開けた。
全身に痛みと疲労感が充満している。

「まだ息がある。デリートもしていない」
「おい、インプモン!聞こえるか!」

視界には、メガログラウモンとの戦いの最中、眼下に見えた二体のデジモンが映っていた。
パンジャモンと、彼の副官のようだ。

「一体……どうなって……」
「無理するな。傷を広げるぞ」

自分は何かの上に寝かされたようだった。
身体が持ち上がったのが分かる。
これは、担架か?

「待てよ、まだ戦いは続いてるだろ。撃ってきたデジモンは多分メガドラモンだ。俺が戦わなきゃ……」
「既に対処している」

パンジャモンが冷たくインプモンの言葉を遮った。
続いて重低音の叫びが響き渡ったのを聞いて、インプモンがその方向に顔を向ける。
そこでは血塗れの機械竜が、何体かの黒いデジモンに囲まれ、もがき苦しんでいた。
黒い影の一つが腕を振り上げ、ナイフのようなものを竜の首に突き刺す。
くぐもったような声を上げ、竜は頭部を地面に叩きつけた。
そしてそれきり動かなくなり、徐々に身体が塵となっていく。

インプモンは途端に、自分がこの戦いにおける居場所を失ったような、異様な不気味さを感じた。
何だ?自分が倒れている間に、何がどうなった?

「ズドモンは?ズドモンが落とされたのも見た。お前らも見ただろ?助けに行かねぇと」
「私の部下がこの先でゴマモンを救出している。彼は無事だ。君はこれから私と一緒に撤退するんだ」
「なんで……」
「撤退だ。君の仕事は終わった」
「まだ戦ってる仲間がいんだよ……おい、降ろせ、降ろしてくれよ!」

パンジャモンは無言だった。
頭が覚醒するにつれ、インプモンは自分がとうに戦えるような状態ではないことが分かってきた。
進化できるどころか、今こうして意識を取り戻しただけでも幸運なのだろう。
多分、それは彼らも分かっている。
リタイアだ。

「戻るぞ、インプモン」

くそ、畜生、この状況を表す言葉は他にもたくさんあるが、どれも言うだけ無駄なように感じた。
そしてインプモンは疲れと痛みと睡魔に、再び支配された。





「ぐぐ……ぐゥゥッ……ウ……」

ガルフモンは胸から腰にかけて巨大な刀傷をつけ、前のめりに倒れた。
濁流のような血液が地面に浸み込み、周囲の木々が衝撃で二、三本押し潰される。

純白のインペリアルドラモンは自らの握る剣を下したが、まだその場からは動かず、臨戦態勢を解いていなかった。
この敵が、このまま引き下がるとは限らない。
既に満足な戦いができる状態とは思えないが、かといってこのまま敗北を認めると断定する訳にはいかなかった。
まだ何か、奥の手を隠している可能性もある。
そして予想は当たっていた。

「ヒヒ、ヒッ。終わ、って、まだ終わってないですよ……」

ほとんど狂気に近い笑いを浮かべ、うわ言のようにガルフモンは呟いた。
やはり、まだ戦う気でいる。
インペリアルドラモンは緩やかにオメガブレードを持ち上げ、上段に構えた。
少しでも動きがあれば、即座に振り下ろす。

「私をその剣で傷つけましたね……狙い通りです、狙い通りですよ!」
「!」

突如右腕を持ち上げたガルフモンに反応し、即座に剣を振り下ろす。
それは魔獣の半身を切り落とす筈だったが、腕には肉を裂く感覚ではなく、何かが激突した感覚が走った。
黒い剣。
自分が握っているものとよく似た形をしている。

「なッ……!?」

オメガブレードが弾かれたかと思うと、黒い剣が半円を描く。
すぐさま、インペリアルドラモンは後方に跳んだ。
相変わらず魔獣が笑っているのが見えた。



「オイ!何だよあれ!」

大輔は戦いを見ながら、唖然として叫んだ。
勝利したと思った。
まだこんな続きがあるとは思いもしなかった。

「コピーしたんだ……オメガブレードを」

拳を握りながら、賢が呟く。
予想しておくべきだった。
敵の武器に触れるだけでそれを複製できる槍をジョーカモンが持っているのを、彼は既に見ている。
そのテクノロジーがメフィスモンからジョーカモンにもたらされたのか、或いはジョーカモンの能力をメフィスモンが再現したのか、それは分からないが、ともかく予想はできた筈だ。
それでも。

「まさか、オメガブレードまで……」

太一とヤマトは戦場からアグモンとガブモンを救出し、大輔と賢に合流した。
戦況が一変したのはその直後だった。
オメガモンという最大戦力、その力が凝縮された剣が複製された。

「なぁ、だけど、奴は手負いだろ?だったらまだ……」
「インペリアルドラモン!気をつけろ!」

太一が叫ぶよりも前に、皇帝竜は落ち着きを取り戻していた。
再び上段に構える。
対するガルフモンは構えず、歪んだ笑みしか浮かべていない。
腹部から血を垂れ流しながら、右腕と一体化したオメガブレードをぐるぐると振り回している。
まるで子供が木の枝を振り回しているかのような取り扱い方だ。
だが勿論、その剣は究極体最高クラスの武器と全く同じ性質を持っている。
自分たちの仲間を冒涜するような剣の扱い方に、インペリアルドラモンは激しい怒りを覚えた。

「あ〜……軽いんですねぇ、オメガブレードって!こんなもので斬られたなんて……気分が悪いったらありゃしませんよォ!」

失血が酷いからなのか、狂気に溺れているからなのか、ふらふらと揺れ動きながらガルフモンはやっと中段に構えた。
空気が凍ったかと思えるほどその場は静まり返り、遠くから断続的に聞こえる爆発音が酷く場違いに感じる。
ヤマトと賢は呼吸を殺し、二体を見た。
太一と大輔が、攻撃の合図を送ろうとして──静けさが破られた。

突然、眼下の森林から空飛ぶワイヤーが幾つも現れ、ガルフモンの身体を巻き取る。
ワイヤーの先端には動く小さな影がいた。
インペリアルドラモンはその影が生き物であることを見抜いたが、当のガルフモンの反応は一瞬遅れ、オメガブレードと同化した右腕は振り上げる前にワイヤーに絡め取られた。
魔獣は言葉を発する代わりに、痛みを感じ、悲鳴を上げた。
ワイヤーの先端にいた複数の影が、その先端を目にも止まらぬ速さでガルフモンに“設置”したのだ。
恐らく、銛か苦無のような物で。

『シールズドラモン、アンカー固定完了』
『次だ、行け!』

辺りにくぐもった、無線によるものと思われる音声が響いた。
小さな影が巨大な魔獣の身体から飛び抜くと同時に、森林から更に太いワイヤーが四本放たれ、ガルフモンを貫いた。
血液が飛び散り、周囲に雨を降らせる。

今度は大輔達の目にも、ワイヤーを放った者の正体が分かった。
タンクモンのように見えたが、彼らの知るタンクモンよりも遥かに大きい。
それにずっと重武装をしている。

戦車型デジモンはインペリアルドラモンを挟んで二体存在し、極太のワイヤーは二本ずつ、彼らの両肩に装備された巨大な砲身とガルフモンを繋いでいた。

『タンクドラモン後退!奴を跪かせろ!デッドスクリームを使わせるな!』
「なんなんですかぁぁぁぁ!邪魔するなあぁぁぁぁぁぁ!!」

ガルフモンが次に行動を起こす前に、無線の指示に忠実に二体の重戦車は後退した。
全速力で下がる彼らに従うように、魔獣は前のめりに倒れる。
その後は再び小さい影が再びガルフモンに群がった。
インペリアルドラモンや子供達が何も行動を起こさない内に、ガルフモンは血塗れになり、その肉体を痙攣させた。
そして二度と立ち上がらぬまま、究極体の肉体を手放した。





「無事かね、子供達」
「ゴッドドラモン!どういうことだ、オイ!?」

戦いが終わって暫くしてから、ようやく自分達の知るデジモンの姿が見え、太一達は黄金竜に詰め寄った。

ガルフモンが倒れてからの数分間は、戦っている最中よりも更に目まぐるしく周囲の景色が変化した。
ガルフモンへ銛付ワイヤーを突き刺したのは、黒い装甲服を身に纏った数体の竜型デジモンだった。
彼らは傷だらけのガルフモンがメフィスモンへ退化すると突き刺さっていたワイヤーを切り離し、その身体をすぐさま拘束した。
メフィスモンが激痛から発したと思われるうめき声にも無反応だった。
一体は先ほどまで無線を飛ばしていたデジモンらしく、メフィスモンの様子を見ながら、子供達には分からない用語を連発して通信し続けていた。
彼らは暫く、地上に降りたインペリアルドラモンにも、唖然とする子供達にも無反応だったが、メフィスモンが完全に身動きできなくなったことを確認すると、子供達に一枚ずつ毛布を掛けてきた。
それから丁寧にも、水の入ったペットボトルも一人一本手渡されたが、あまりに何が起きているか分からず、子供達は──大輔とブイモンは除いて──それを飲む気にはなれなかった。
ゴッドドラモンが現れたのは、その更に二分ほど後である。

「君達の戦いに水を差したのはすまなかった」
「水?あぁ美味かったぜ、ありがとう」
「僕たちには、何が起きてるのかさっぱり……」
「メフィスモンがこの戦いに現れたのがそもそもの問題だった。彼はジョーカモン以上に危険視されていた、我々や四聖獣が何年も追ってきた死の商人、戦争犯罪人だ。かつて君達が戦ったいくつかの悪党も彼の商売相手だった。この場で殺す訳にはいかなかった」
「あ、無くなっちゃった……水……」
「今、メフィスモンと戦った彼らは一体?」
「我々が要請した特殊部隊だ。彼らも四聖獣の任で、長い間メフィスモンを追っていた」
「これからメフィスモンはどうなるんです?」
「あと水もう一本もらえねぇかな?」
「本宮、話聞けよ」
「ひひ……私にも水を一本頂きたいものですね……それと、話の続きを……」

話題の中心にいるデジモンが、拘束されてから初めて意味のある言葉を発した。
ゴッドドラモンの近くにいたシールズドラモンが猿轡をメフィスモンに噛ませようとしたが、ゴッドドラモンが片腕を上げてそれを制した。
竜神はメフィスモンに歩み寄り、ゆっくりと語りかける。

「詳しくは言えん。貴様は然るべき情報を吐いた後、裁判にかけられる」
「言えない?決まってないんでしょう、ふふふ」
「懸けられている容疑が多過ぎてな。楽しみにしていろ、デリートした方がマシだと思うような体験が待っているぞ」
「へぇぇ。ところで、私を捕まえるのにこんな大人数使っちゃっていいんですか?まだそこかしこで戦いが続いてますよ。子供達に任せて、私なんか殺しちゃった方が良かったでしょうに」
「心配する必要はない。間もなく戦いは終わる」
「いや、いや。それでは困るんですよね。こんな簡単に終わってしまっては!」

メフィスモンが突然大声を出し、奥歯のある部分に鈍く光る何かにゴッドドラモンが気づいた時には、もう手遅れだった。
シールズドラモンが再び動く直前、メフィスモンはその銀色の金属を思い切り噛んだ。
太一達の背後で巨大な爆発音がいくつも聞こえた。
ガラガラと崩れる音、何かデータが壊れる音。
この世界では、これは命が失われた音だ。

ゴッドドラモンは何が壊されたかを確認する必要はなかった。
周囲のシールズドラモンが即座に耳の辺りに手を当て、彼らの装備品の機能を確認する様子が見えたからだ。
彼らは大声を出しているが、お互いの声に反応しない。
ゴッドドラモンはメフィスモンを見た。
彼は満足そうに笑っていた。

「貴様……通信ポストを吹っ飛ばしたな。全てか?」
「私達の物を勝手に使おうとするからこうなるんですよ」
「全員、周波数を切り替えろ。緊急コードを使え」
「無駄ですよ、通信ポストを壊したのと一緒に、この島の何処かから妨害電波も放たれてますから。貴方のお仲間のサーチモン、全部が通信ポストの近くにいたみたいですけど、無事ですかね?心配ですよ」

ゴッドドラモンは思わず、メフィスモンの首に両手を掛けた。
自分の力を制御するのがここまで大変だとは思わなかった。

「自分が何をしたのか分かってるのか?貴様の部下もこの密林の中、孤立無援になるんだぞ!」
「私の部下?あぁ、ジョーカモンの部下ですね!いいんじゃないですか?どうせこの戦いが終わったら、彼には配下のデジモンなんて必要なくなりますからね。その後彼がどうするかは知りませんが。私はただの出入り業者ですし」
「狙いはなんだ?こんな最果ての島の戦いで勝利したところで、大した意味は無いぞ」

答えの代わりに、何かが凹んだような音が聞こえた。
子供達はさっき手渡された水入りペットボトルの凹んだ音だと思ったが、その音は際限なく響き渡り、上空から響いていることを気づかせた。
先程まで青一色だった筈の空の景色を見上げた時、賢にはまるで鳴門海峡の渦潮を見ているように思えた。
ひとつやふたつではない、十は超える数の渦潮だ。
その渦の中心にはぼやけた景色が見えた。

その内の一つは──何か建物が見える。
上下が反転しているが、あれについては良く知っている。
球体の展望室がある建物だ。

「ああ」

ゴッドドラモンは青ざめた。
たちの悪いジョークの解説を受けているような気分だ。

「これだけ大きな戦いが小さな島で起きれば、過負荷でゲートの壁はボロボロになりますよ。そこにちょっとした衝撃を加えれば、ほらこの通り」

渦潮は更に大きくなり、空中にいくつものゲートを作り出していた。
はじまりの街にグランドキャニオン、リアルワールドとデジタルワールドの様々な土地が浮かび上がっている。

「リアルワールドには我々が培養したデ・リーパーの複製品を送り込みました。お陰様で立派なゲートが作れましたよ……さぁ、この次はどうなりますかね?ハハハ、これは私達がやったんじゃありません、皆さんがここまでコトを大きくしてくれたからですよ!ニンゲンも四聖獣も、オルガノ・ガードも馬鹿ばっかり、滑稽なほど愚かだ!貴方達は」

そこから先の言葉は、大輔が放った右フックがメフィスモンの顔面にクリーンヒットしたことで止められた。
二本の白く光る歯と、銀色の破片がメフィスモンの口から飛び、山羊の悪魔は白目を剥いて気を失った。
大輔は右手を抑えて唸っていた。どうやら思ったより痛かったらしい。
賢とヤマト、ワームモンとガブモンは唖然としていたが、ブイモンと太一、アグモンは親指をグッと大輔に向けた。


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