時空を超えた戦い - Evo.final
前編:使命




スカルサタモン・ゼクトがエレベーターシャフトを最下層まで降りた時、そこにデジモンの気配は全く無かった。
おまけに暗闇で視界が悪く、酷く湿気が高い。
部屋の奥から時々スパークするように輝く不気味な緑色だけが、この部屋を唯一照らし出す光源だ。
これはこの部屋の特性上仕方ないものに思えた。
塔の最下層でありながら、ここが精密に温度・湿度が調整されているのは理由があるのだ。

「私は闇そのものだ」

ゼクトは一歩一歩進みながら、暗闇に向けて語りかけた。

「闇に紛れようが、私の隙を突くことなど出来ぬ。何が起きているのか手に取るように分かる!」

突然、ゼクトは杖を回転させ、背後を向いて構えた。
それだけでサクヤモンの錫杖の一撃が止められた。
狐を模った金色の仮面の奥に、サクヤモンの見開いた目が見える。
髑髏の悪魔はそのままサクヤモンを空中に放り投げ、彼女のデジコアを貫こうと杖の先端に付いた刃を突き出した。
金色の神人は寸でのところで身体を捻る。
刃がデジコアの代わりに、彼女の右肩を刺し抜いた。
サクヤモンは仰向けに落下し、小さく呻く。

「良い力を持っている、実に良い」

ゼクトは、成長段階で言えば自分を上回っているはずの相手に、教師が生徒を窘めるような口調で語りかけた。
実際、このスカルサタモンはサクヤモンの戦いぶりに感心していた。
だが、それでも自分には敵わない。

「私の部下として欲しいくらいだ」

サクヤモンは、錫杖の助けを借りて立ち上がった。
銅の擦れる音が小さく響く。

「前にも、貴方と同じように誘ってきたデジモンがいたわ」
「ほう」

狐の神人が構え直すのを見て、ゼクトも彼女の中心、デジコアがある位置へ刃を向けた。
サクヤモンは笑って語りかけた。

「私が美味しく頂いたけれど」

ゼクトはサクヤモンが身体を前に傾けるのを見て、彼女の一歩目が出るよりも先に前に跳んだ。
再びゼクトの刃が、サクヤモンの胸の数センチ手前で錫杖に止められる。
攻撃を受けられようと、ゼクトにとっては全く問題なかった。

ゼクトは更に回転しながら、今度は杖の反対側に付いた刃を彼女に向ける。
自分の背丈以上の長さを持つ杖を玩具のように操り、ゼクトは回転し前進する。
サクヤモンは再び後退した。
骸骨の悪魔が振るう杖が半回転するごとに、彼女は二歩後退しなければいけなかった。
今度は飯綱を放つタイミングさえ与えられない。

緑色の輝きを放つ巨大な部屋まで後退した時、サクヤモンはつまずき、背中から倒れた。
ぎりぎりで振るった錫杖が悪魔の杖を弾き、折れた刃が部屋の隅まで転がる。
しかし、まだもう一方の端に付いた刃があるゼクトは、それほど焦っているようには見えなかった。

ゼクトはふと、サクヤモンの背後にある景色の方を向いた。
そして語りかける。

「これに気づいているか?」
「えぇ」

サクヤモンの背後、部屋の中心には、巨大な灰色の楕円形が鎮座していた。

楕円形の物体は何十本ものワイヤーとパイプが物体に繋がれており、何かの鼓動と、耳障りな機械音が辺りに響いている。
表面は半透明で、僅かな緑色の光を放っている。

その中で、どす黒い模様のようなものが蠢いていた。

サクヤモンは肩で息をしながら、上半身を上げる。
ゼクトの刃が胸元の数センチ上で止まり、彼女はそれ以上起きあがることが出来なかった。

「これが何か予想はつくだろう」
「……邪神竜のデジタマ」
「そうだ」

ゼクトは表情を変えず、呟いた。

「間もなく、邪神竜は誕生する。閣下の描く新秩序と新世界がもうすぐ誕生するのだ。お前達にはどうすることもできん」
「へぇ、そう」
「あぁ。長かった……」

ゼクトの声が僅かに震えているのが分かった。

「このデジタマは元々、私の故郷にて封印されていたものなのだ。誰が決めたかも分からぬ古い言い伝えで、封印を解くことは禁じられていた。そこに現れたのが閣下だ。閣下は圧倒的な戦力と指導力でこれを護る者達を破り、このデジタマを手に入れた……」
「そこで貴方もジョーカモンに付いたの?」
「力で世界を変えるために。サクヤモンよ、もう一度だけ問おう。私の元に付け。かつて私がそうしたように。新しい世界を見せよう」

サクヤモンは沈黙した。
見計らう必要があった。



留姫は違った。



“アンタみたいにフラフラしてる奴は嫌いよ”

金色の神人が身体を捻った。
瞬間、ゼクトは杖を突きだしたが、当てが外れた。
サクヤモンは身体を起き上がらせるのではなく、地面にうつ伏せになったのだ。
ただし、錫杖をしっかりと握ったまま。

錫杖の底が金属音を立てて地面に着いた時、同時に不定期に輝いていたデジタマがまたも緑色に発光し、部屋中を照らした。

ゼクトは目を見開いた。
床に巨大な結界が描かれている。
サクヤモンがこの薄暗い部屋を戦場にしたのは、狙いがあった。
先程まで杖で戦うふりをして前進しようとしていたのは、この結界を悟らせないためのフェイクだったのだ。
そして錫杖を着いた時、この必殺技は起動する。

「待て!」
「金剛界曼陀羅!!」

サクヤモンの言葉と同時に、浄化結界が起動し、サクヤモンとゼクトの周囲を包んだ。
叫び声を上げる間もなく、髑髏の悪魔は消滅した。





「ルキ、相手の出方は慎重に見なければ……」
“だって、だって……ムカついたんだもん”
「同感だけれど」

ゼクトの身体が跡形もなく消えた後、サクヤモンは立ち上がった。
悟られては絶対に通用しない罠だった。
しかも、もしタイミングを外せば、次の瞬間にはデジコアを刺し抜かれていたかもしれない。
幸運にも、この戦術は有効に働いた。

“私達を誘うなら、あれくらい気づいて欲しいわ。自分より弱い奴の手下なんてお断りよ。強くてもお断りだけど”
「そうね。せめてカードではルキより強いとか、そういう所が欲しいものね」
“……もう!”

まさかサクヤモンにそんなことを言われるとは思わず、テイマーとしての叱責をパートナーにぶつけようとした所で、再び部屋が緑色に発光した。
サクヤモンは、背後の楕円形を見た。



黒い影が、自分を見ている。



いや、影に瞳などない。
外見からでは説明がつかないこともある。
中の影はサクヤモンを“見て”いた。

次の瞬間、接続されたパイプやワイヤーが次々に弾け飛んだ。
それまでの静寂を打ち破るように電子機器が悲鳴を上げ、火花を散らす。
それから、巨大な殺気を感じた。

“なんか、マズそう”
「上階にソラ達がいる。指令室よ」
“そう、じゃあ”

行き先はそこで、と留姫が叫ぶと同時に、きびすを返してサクヤモンは走った。
背後でバキッ、という、何かが割れるような、とても嫌な音がした。





佐倉一人が白い世界で出会ったのは、決して初めて会う人間などではなかった。
それどころか、随分と前から求めていた相手だった。

「でも、違う……違うんだ」

これは彼女じゃない。
彼女は、今も病院ベッドの上で横たわっている。
目を瞑り、何ヶ月も眠っている。
だから目の前にいるのは彼女じゃない。
これは夢だ。
立っているのは幻だ。

「夢じゃないわ」

その目の前にいる幻は、一人のよく知る声で語りかけてきた。

「一人、ねぇ、お願い。戦いを止めて。ドルモンを止めて」

聞いてはいけない。
これは悪魔の囁きだ。
俺の目的を阻む敵の罠だ。

「このコは、ドルモンの兄弟は、目覚めることを望んでない」
「黙れ!」

一人は声にならない声を発し、幻に背を向けた。
そもそも、ここは何処だ?
俺は戦っていた筈なんだ。
俺のパートナーデジモンが、もう一つの力が間もなく手に入るんだ。
もうすぐなんだ、もうすぐなのに!
ここから出してくれ!





気づくと、ドルゴラモンのテイマーは膝を折って座り込み、真っ青な顔で震えていた。
両手を床について何とか身体を支えている状態だ。
いつ倒れてもおかしくない、啓人はそう感じた。

デュークモンの一撃を受け、ドルゴラモンはぼうっとしたまま倒れていたが、ふと視界の隅に、自らの最も大事な存在を見た。
すると突然意識が覚醒した。
燃え上がる両腕を床に叩きつけ、もう一度起き上がる。

目の前には紅蓮の聖騎士。
そして黒い竜の影。

彼の、兄弟の影だ。

「ドルゴラモン」

紅蓮の聖騎士が、静かに言った。

「このデュークモンとの戦いは終わった。お前のテイマーは戦意を喪失したのだ」

ドルゴラモンはゆっくりと振り返り、再度一人を見る。
一人は瞳を濡らし、震えながら、ドルゴラモンには見えない何かを見ていた。
頬を透明な線が一本伝い、床に水滴を作る。

「戦いは終わってない。僕が勝つことが、この戦いの終わりだ」
「冷静になれ、ドルゴラモン!」

デュークモンはなおも語りかける。

「もうお前達は勝てない!お前の兄弟は、カズトの元に復活することを拒否したのだ!このデュークモン、お前の命までは奪いたくない!」
「僕の命なんかどうでもいい!負けなんて認めない。大事なのはカズトのために勝つことだ!」
「テイマーのために死ぬことが、パートナーのすべきことではない!」

ドルゴラモンは呼吸を止めた。
身体が震える。

「パートナーのすべきことは、テイマーが道を誤った時、立ち上がる手助けをすることではないのか!?」

今の言葉の何かが自分の耳に鋭く突き刺さったことに、ドルゴラモンが気づくまでは少し時間が掛かった。
いや、同時にドルゴラモンは脳内で呟く。
この言葉を聞いてはいけない。

刺し違えてでもデュークモンを倒さなければ、パートナーの望みは叶えられない。
ここで敗北することは、全ての野望を放棄することだ。
そんなことはできない。

ドルゴラモンは前傾姿勢になり、痛む翼を最大まで展開した。
身体が随分と重い。
それに吐き気がする。
デジコアの動く音が全身に響いているのが分かる。
だが、デジモン特有の戦闘本能だけは、今まで感じたことが無い程に研ぎ澄まされていた。
ドルゴラモンの全身が再び赤く発光し、燃え上がる。
Xバーストモード、全ての力を解放した姿。
パートナーが与えてくれた力に報いる時だ。



デュークモンはドルゴラモンの姿を見て、再び神槍グングニルと神剣ブルトガングを起動した。
白いエネルギー翼が背中から生える。
黒い影は、ゆっくりとデュークモンの左隣で首を上げた。

もう、デュークモンと啓人にも、影の意思ははっきりと理解できた。
彼と交信することも、会話することもできた。
彼が何を見て、何を感じているかが分かった。



『チャンスは一瞬だよ』



影が呟いたのが聞こえた。
啓人が獣竜から目を逸らさずに小さく頷く。

実際、これは勝つことよりも難しい。
ドルゴラモンを捻じ伏せることは、大変だが、できる。
今からやろうとしていることは、そうじゃない。

“うん。絶対に、失敗できない”
「その通りだ、タカト」
『君達ならできる』

影と、デュークモンと、啓人の意思が一つになった。





「ブレイブメタル!!」



ドルゴラモンが動いた。
デュークモンも、それに合わせた。
影は飛んだ。



ドルゴラモンはデュークモンに突撃を仕掛けた。
最後の、そして最大の必殺技だ。
だが、目の前に巨大な影が広がった時、視界が黒に染まり、何も見えなくなった。
突然意識が、五感が、失われた気がした。
それは一瞬だったが、次の瞬間には、視界に腕を振り下ろす紅蓮の聖騎士がいた。



周囲に炎が飛び散り、辺り一帯のあらゆる破片、石像、石柱、床を引き剥がし、吹き飛ばした。





白い部屋で、二人の少女は向かい合った。

「もう、いいの?」

アリスはポニーテールの少女に呼びかけた。

「うん、もう大丈夫」

佐倉一人と交信した少女・芹沢楓香は、アリスへ笑いかけた。
アリスは白い部屋に浮いている扉を開けた。
扉の向こうは輝いていて、よく景色は見えないが、そこが楓香の戻る所なのだ。

「私はここから先へは行けない。あなたのための道よ、楓香。あなたの家族と、友達が待ってるわ」
「ありがとう。このコを、よろしくね」

楓香は扉の向こうへ戻っていく。
リアルワールドへ。

光に飲み込まれ消えていく楓香に、任せて、とアリスは呟いた。
そして扉を閉じた。





一人は周囲が静かになったことに気づき、我に戻った。
周囲を見渡すと、周囲は火の粉と粉塵に塗れており、所々に煙が立ち上がっている。
そしてそれよりも、奇妙なことが起きていた。
ドルゴラモンが、自分のパートナーが見えない。

「一人くん」

何者かが、自分の眼前に手を差し伸べてきた。
少年……ゴーグルをした、自分と大して年齢も変わらない。
ずっと、自分が戦っていた相手だ。

「……何、何が……ドルゴラモン……」
「大丈夫」

粉塵の先に、小さな動く影が見えた。
一体、いや、二体のデジモンが折り重なっているのだ。
一人は言葉を失った。



初めは、何が起きたのか分からなかった。
ブレイブメタルに対し、邪神竜の影がデュークモンから跳び、ドルゴラモンへ纏わりついた。
ドルゴラモンは、それが目眩ましであり、聖騎士のブレイブメタル回避のため、そして返しの一撃のための牽制だと考えた。
だがその影が自分を通り過ぎた時、自分は成長期の姿へ退化していた。

今、ドルモンはギルモンに抑えつけられ、地面に伏している。



「ドルモンの負け。ギルモン、勝った」



土の味と鉄の味が混ざり合って、口の中に広がっていた。
自分の視界に入っているのは煙と、黒く冷たい床と、赤いデジモンの身体だけだ。
しかし、分かる。
自分のパートナーが、自分を見ている。

「……ぅ……」

どうしてこうなっているのか、分からない。
この後、どうすれば良いのかも、分からない。
自分が負けた後に何が残るのか、彼には想像がつかなかった。
だからパートナーの次の言葉も聞きたくなかった。

「ドルモン、もう、いい」

その瞬間、ドルモンの中の何かが切れ、崩れた。

「ぅ、ぐ、うあああ、うあ、うあああああ」

決壊した何かは視界を濡らし、擦れた声が口から洩れる。
ギルモンが身体の拘束を止めたのが分かっても、動くことが出来なかった。

それから暫くの間、戦いの終わりを示す慟哭が部屋に響き続けた。





デスモンとの戦いを終えた健良達は、それぞれ自らのパートナーの傷の具合を確かめている最中、塔にいる光子郎達との通信が途絶えたことに気づいた。
周囲の戦闘は最初に比べ、随分と落ち着いていた。
戦いはもう長くは続かないのかもしれない。
戦闘を上手く避けていけば、無駄な体力を使うこともなく、塔に辿り着ける可能性もある。

現状はもっと酷いということを知ったのは、太一達のグループが健良達へ合流し、現状を伝えられた時だった。

「じゃあつまり、泉先輩達は今、孤立無援ってことですか!?」

京が悲鳴のような声を上げた。

「そうだ」

ヤマトが答えた。
密林の中での戦闘がどうなっているかは、敵も含めて誰ひとり把握していない。
通信が断絶されるまでの状況は、ジョーカモンの黒塔にある指令センターを占拠した光子郎達が一番理解していた筈だが、彼とも連絡が取れない今ではどうしようもない。
確実なのは、自分達が今や、ジョーカモンの手下だけでなく、誰に攻撃されてもおかしくないということ。
光子郎や空達、それに恐らくデュークモンはジョーカモンの黒塔内部にいるだろうということ。
そして、邪神竜がいつ復活してもおかしくない状況であるということ。



「ま、分かりやすいじゃねぇか」

カラッとした声の主は、立ちはだかる黒塔を視界の中心に置きながら言い放つ。

「要は、やられずにあのデカい建物に辿り着いて、アイツらを助けりゃいいんだ」
「随分簡単に言うね、大輔」
「おうよ、健太!簡単な方がいいだろ!」
「あぁ、うん、まぁ……」

太一は単眼鏡で、森林側に潜んでいると思われるデジモンを確認した。
オレンジ色の巨体をした竜型デジモンがニ体、こちらを狙い向かっている。
光子郎との通信で、ベルゼブモンがメガログラウモンのクローンと交戦したことは既に伝わっていた。
何の問題も無い。
邪魔する敵は押し返すだけだ。

「なぁ、ブラックインペリアルドラモン」

インペリアルドラモンが、自分とよく似た姿の竜人に声を掛けた。

「えーっと……お前、チョコって食べたことある?」

ブラックインペリアルドラモンはこの島に到着してから、まだこの竜人と話していなかった。
一瞬、言葉を忘れたかのように戸惑った様子だったが、すぐに顔を向け返事をした。

「いや、無いな」
「やっぱり。お前そういうの食ったこと無さそうだしな」

青い竜人が笑った。

「じゃあ、戦いが終わったら食わせてやるよ」
「戦闘の最中に終わった後の話をするな。不吉だぞ」
「大丈夫、オレ達は強いから。戻ってくれてありがとう。ここは任せるから、頼んだぞ」



今、子供達の背後には、二体のデジモンが立ち並んでいた。
一体は純白の長身に赤いマントを羽織り、竜の頭部を模した左腕と、獣の頭部を模した右腕を持つ聖騎士型デジモン。
もう一体は青い皮膚を黒い鎧で覆い、大きな赤い翼と金色の爪、巨大な砲を右腕に装備させた古代竜人。

「いいか、今からやることは救出だ。戦いにいくんじゃない」
「森林を通って、陸路で城まで行く。空を飛べば敵の恰好の的だからな。ただし時間は掛けられない。極力戦闘は行わず、最短ルートで行くんだ」
「ジェン達はここを動くな。少なくとも身元がちゃんと分かれば、シールズドラモン達は攻撃して来ないし助けてくれる筈だ。話が通じない相手なら、ブラックインペリアルドラモンがいる」
「もし、万が一、邪神竜が復活しても、攻撃するな。今は戦う時じゃない。自分とパートナー、仲間を守るんだ」

やるべきことを確認し、ヤマトは純白の聖騎士の右肩に乗り込んだ。
ここは彼の定位置だ。
オメガモンの反対側の肩には太一がいる。
そしてその奥では、大輔と賢も、インペリアルドラモンの肩の上に立っている。

「さぁ本宮選手がピッチに立つ!ゴーグルを装・着!」
「珍しく有効活用できてるな、大輔」
「太一さんの期待、無駄にはしませんから!」
「空回りしないでくれよ、本宮」
「それじゃ、まぁ、行きますか」

聖騎士と竜人が立ち上がるのを狙っていたかのように、密林の奥から四本のレーザーが照射された。
だが攻撃された先にはもう誰もいなかった。
二体のメガログラウモンがレーザーの先を確認し、攻撃を止める前に、オメガモンとインペリアルドラモンは至近距離まで接近していた。

「邪魔だあああぁぁぁッ!」

機械の巨体が、背後にあった巨大な大木ごと薙ぎ倒された。





怒涛の勢いで密林を進撃していく二体のデジモンを彼方に見ながら、タケルは手当てを続けている仲間達の元に戻った。
その景色を見て、何か違和感があったが、ほどなくして原因に気づいた。
ヒカリがいない。

彼女は木陰に座り込んでいた。
隣にテイルモンもいる。
かなり顔色が悪い。
タケルは細心の注意を払いながら、膝を曲げ、ヒカリに言葉を掛けた。
こういう時の彼女は、単なる言葉以上のメッセージを放っている場合が多い。
それはテイルモンの不安そうな表情からも分かる。

「ヒカリちゃん、どうしたの?……疲れた?」
「ごめん、その」

ヒカリは一瞬、黙り込む。

「さっきから、悲鳴が聞こえるの。デジモンの声が。とても、とても大きな」





悪魔は、見計らったかのようなタイミングで現れた。

「終わったかね?」

杖が床を叩く音が徐々に近づいてくると、啓人と一人は黙り込んだ。
その杖の持ち主は非常にゆっくりとした歩みをしているが、響いてきた声はこれ以上無いくらい不気味で、鋭く耳に突き刺さる。

「随分と儂の城を荒らしてくれたものだ」

紫色のマントで身を包み、杖を突く腕は腐敗して荒れている。
頭部にある仮面は表情を一切変えず不気味だが、唯一仮面の奥に見える瞳は嗜虐的で、笑みを浮かべているかのようだ。

一人が立ち上がり、彼の方を向く。

「ジョーカモン」

ジョーカモンは立ち止まり、不気味な両腕を広げた。

「君にはがっかりしたぞ、カズト。ここまでの状況を用意したのに、君は負けた。儂が用意した他の計画は全て上手くいった。君さえ勝利すればパーフェクトだったのに」

啓人も一人同様に立ち上がり、そこでようやく、敵の姿を見た。
この戦いの首謀者、陰謀と犠牲を生み出した存在だ。

その背後では、同じく立ち上がり、戦闘態勢となったパートナーの姿も見える。

「まぁ、まぁ、待ちたまえ、友よ。とは言え、シナリオは九割上手くいったのだ」
「何がシナリオだって?お前は負けるんだ、ジョーカモン。君の仲間達も、今頃は大輔達に倒されてるよ」
「生憎、外の世界の勝ち負けは、儂にとっては興味の範囲ではない。勝敗は関係ないのだ。見たまえ」

ジョーカモンは、ドルゴラモンとデュークモンの戦いで破壊された城壁から、野外の様子を示した。
所々煙を上げる密林と、時々響く戦いの音。
だが、一番の異常は空の上に起きていた。
一人が目を見開いた。

「なッ……!?」

そこに見えるのは、この戦いがもたらした結果だった。

島全体を使って、何百というデジモンが戦った。
中には究極体も多くいた。
デジタルワールドでは、究極体クラスのデジモン同士が戦う時、空間にさえ影響を起こすことがある。

だが、それでも、これ程巨大な空間の歪みが生まれるのは、人為的な操作を加えなければあり得ない。
ましてや、リアルワールドなど──。



「まさか、お前」

突然、一人の顔から血の気が引いた。

「あぁ。邪神竜がこれから攻撃を行うための準備だ。この島から、全ての世界へ。リアルワールドも、デジタルワールドにも」
「なんで、そんな……聞いてないぞ」
「言ってないからな」

仮面の悪魔は平然と答えた。

「デ・リーパーを使って、各地にゲートを開けた。ここまで立派なものが用意出来れば、後は攻撃するだけだ。戦いの必要すらない」
「待て、デ・リーパーだと?何が、どうして……そんなものを造るなんて、メフィスモンには」
「君に言うと思うかね?そもそも君のパートナー、あの出来損ないのドルモンが、究極体にまで進化できたのは何故だ?」

一人は額に汗を浮かばせた。
最悪の予感が頭をよぎる。
口が酷く渇く。
言葉を出そうにも、上手く出てこない。

「あの雪山で君達がデ・リーパーと戦ったおかげだろう。不思議には思わなかったのか?あの時、リアルワールドでも東京都内にしか出現していなかったデ・リーパーが、何故都合良くあんな辺境に現れる?」

眩暈がする。
気持ち悪い。

「全部……全部、お前か」
「親心と言うやつだよ、カズト」
「だが……だが、俺は邪神竜に選ばれし子供だ、パートナーなんだ!邪神竜の力は俺が使う、お前じゃない!」

一人はどうにかして吐き気を振り切り、自らも城壁の前に出て、外の景色を指差した。
体の震えだけはどうにも抑えられないが、気にしない。

「その虚勢が目障りだ」
「……!待て!」

啓人が止める前に、ジョーカモンは腐敗した手で一人を指差し、呪文を唱える。
突然、半透明の黒い柱が一人を取り囲み、内部に稲妻を放った。

「がああああアアアアアアアァァァッ!!」

一人が絶叫する。

「止めろ!」

その姿を見て、ジョーカモンの背後へドルモンが飛び掛った。
だが、その動きは最初から予測されている。
ジョーカモンのもう一本の腕がマントから飛び出し、ドルモンの喉を掴んで、弾き返した。
呼吸も出来ず、ドルモンは肺から酸素を全て吐き出す。

一人を取り囲む柱はすぐに消えた。
倒れ込み、目も開けられず、荒い呼吸をする。
悪魔の声がどこかから聞こえる。

「貴様のコントロールなど邪神竜には不要だ、儂の芸術品を貴様には渡さぬ!」

ジョーカモンは腕を広げ、そして啓人を見た。
その声は歓喜に満ち、仮面の奥の瞳は歪んでいる。

啓人には徐々に、その音が聞こえてきた。
地面が揺れている、

まさか。

「祝福してくれ給え。君達はこの式典の来賓である!これこそが封印されし伝説上の力、世界をリセットする魔獣だ!」

床がひび割れ、波打ち、啓人もギルモンも立っていることができなかった。
何かが崩れる音が響き渡り、やがて雷鳴のような“生き物の声”が聞こえた。

やがて、外の景色、啓人達の眼前に、黒い巨大な影が聳え立った。

「見よ!」

それは、今まで見たことも無いような、不気味な影だった。
全身が黒く何かが渦巻き、デリートするような音が聞こえる。
時々全身を構成するデータが輝き、レントゲン写真のように白く肉体の内部を照らし出す。
黒ずんだ血流と筋肉が、理科の教科書で見た銀河系の写真のように蠢いている。
頭部の巨大な赤い三角形が発光を繰り返す。

啓人には、これをデジモンと形容して良いのかさえ分からなかった。
だが、不定形ながらもその姿は、確かに“黒い竜”だった。

「邪神竜・ジャバウォーモンだ!!」

ジョーカモンの声を押し潰すほどの大音量で、雷鳴のような竜の叫び声が、島中に響き渡った。



<< ・ INDEX>>
inserted by FC2 system