時空を超えた戦い - Evo.final
後編:輝きのあとに、少年は









「……」

アリスはただ、部屋を見ていた。
白一色だった部屋は今や黒く染まっている。
この部屋の闇は、持ち主の心象風景だ。
彼女は部屋の主の息づかいを感じていた。
荒い息、鋭い痛み。
それらがまるで自分のことのように感じられる。

「頑張って、耐えて」

アリスは呟いた。

「貴方は負けない」





黒塔から数百メートル離れた所にある第二指令センターで、スカルサタモン・ベインはモニターに釘付けになっていた。
ここは本来の指令センターが使えなくなった場合のため予備に建造された塔で、今は彼を含めた残り僅かな将校の籠城先となり、防護壁に設置された無人大砲が、密林へ隠れたシールズドラモン達へ攻撃を行っている。
自分達では何も出来なくなった彼らにとって、最後の希望はまもなく復活する邪神竜だった。

「なんだ、これは」

今、モニターに映し出されているのは、その最後の希望の姿だ。
だが、こんなものが、最後の希望だと?

「聞いていたのと違うぞ……」

デジモンの状態異常に“液晶化”というものがあるが、今目の前にいるデジモンを表現するには、その言葉が一番適切に思えた。
もしくはレントゲン写真か、筋肉の断面図か。
思い描いていた希望の図とは程遠い。

「閣下は、肉体の再生途中で復活させたのか……?コントロールできないではないか、あれでは」

異形の竜の足下は黒く濁り、一歩足を進めるごとに新たに地面が黒ずんで壊れ、消える。
まるでその部分が消失したかのようだ。
いや、実際に消失している。
異形の竜へ吸収されている。

「邪神竜、こちらに接近しています……」

近くにいた通信士官のか細い声が聞こえる。
第二指令センターの内部は今や混乱状態だった。
コンソールを打つのをやめ、我先にと逃げだそうとするデジモン。
妨害電波の存在を忘れ、救援信号を送り続ける士官もいる。
ベインは何も出来なかった。

「閣下よ、ジョーカモン閣下、貴方は私に約束した筈だ」

突然、ベインが杖を落とし、呟いた。
画面いっぱいに広がる異形の竜が口を開き、光を収束し始める。

「全てが私の、我々の思い通りになる世界を……だって、そうでしょう、閣下?貴方はそうしたかったんですよね?閣下、わた、私の役職は」

モニターの竜が口から光を放つと、そこから先は何も感じられなかった。





邪神竜を肉眼で確認してすぐに、オルガノ・ガードの通信は回復した。
ゴッドドラモンは海岸線の本部キャンプまで戻ると、すぐに無線を手に取った。
オルガノ・ガードの戦闘隊長達は沿岸まで後退していたが、密林へ突入した特殊部隊の内、二チームと通信は途絶えていた。
まだ生存しているチームからは、オメガモンとインペリアルドラモンと思われる目撃情報があった。

邪神竜の巨大な姿は、沿岸ですらよく見える。
巨大なキノコ雲があがる。
足元の密林では阿鼻叫喚の地獄絵図が描かれているに違いない。
あの怪物の最大射程がどの位なのかは分からないが、もしもうすぐ、或いは既に、上空に現れた大渦のゲートにまで達していたら?

「戦闘隊長を全員集めろ」

ゴッドドラモンは通信士官に伝えた。

「戦闘準備。最後の攻撃を行う」





啓人の視界には、巨大な竜と、黒煙の塊が映っていた。

「さて、友よ」

森林も建造物も、何もかも破壊されていく外の景色を見ながら、仮面の悪魔が猫なで声で問いかけてくる。

「見ていたぞ。驚いた。君は邪神竜と交信したな?」

啓人は返事をしない。

「儂はずっと、あの怪物を使役できるのはカズトしかいないと思っていた。だが君は、ギルモンのパートナーでありながら、邪神竜との交信に成功したのだ」

ジョーカモンの声が興奮しているのが伝わってきた。
啓人は視線を逸らすこともなく、沈黙を続けた。

「儂にはようやく分かった。結局の所、最後の詰め、奴を覚醒させるのは誰でも良かったのだ。ドルゴラモンに干渉し、彼と繋がることのできるニンゲンならば!おかげでこうして、邪神竜は復活した。不完全な状態だが、それでも命を繋いでいる間に世界を終わらせるには十分だ。そのための準備もした」

床に伏したままの一人が、自分を見つめているのが分かる。

「君にチャンスを与えよう!」

ジョーカモンは両手を広げたまま、歓喜と期待を滲ませた声で言った。
外から入る光がマントで遮られ、仮面の奥にある瞳が輝いている。

「邪神竜のテイマーとなれ。そして儂と一緒に世界をリセットしようではないか!」

つかの間の静寂が訪れる。
啓人はひと呼吸置いて、口を開いた。

「ジャバウォーモンが今、何を感じているか分かる?彼は苦しんでいるよ。永遠の眠りから起こされ、望んでもいない役目を与えられて。彼を起こすべきではなかった」

啓人は一歩前に出て、言葉を続ける。

「ジャバウォーモンが何故僕と交信したのかは、彼と話して分かったよ。ジャバウォーモンは助けを求めていた。彼自身じゃない。彼のパートナーへの」

啓人はなおも続けた。
一人が息を止め、耳をそばだてているのが分かる。
聞いて、お願いだ。

「ジャバウォーモンを救えるのは僕じゃない。一人くんだ。そして一人くんを助けるために、ジャバウォーモンは僕たちに力を貸してくれたんだ」

ジョーカモンの瞳から、感情が消えた。

「ジョーカモン、ジャバウォーモンは一人くんを選んだ。この戦いは、それで終わりだよ」

一人は無言で、啓人を見つめ続けた。
それまでにジョーカモンが言った全ての言葉が、記憶のどこかに消え去っていた。

自分を選んだ者、自分のパートナー。
俺を救おうとしていた?



「……ならば、交渉は決裂だ」

氷のように冷たいジョーカモンの声と同時に、黒い柱と、電撃が啓人を襲った。
啓人には悲鳴も出せなかった。
奴は全身を焼こうとしている。
先ほど一人へ浴びせていた電撃が、本気では無かったことはすぐに分かった。
それ程に、この攻撃が放つ光は強烈で、思考もできなかった。

一人が攻撃された時同様に、反射的にギルモンが仮面の悪魔へ飛びかかる。
啓人のパートナーは仮面の悪魔の腕に噛みつき、僅かに電撃による痛みが弱まった。

「一人くん!」

啓人はほとんど反射的に叫んだ。
この痛みが身体を焼ききる前に、伝えるべきことを伝えなければ。

「君がジャバウォーモンのパートナーだ!君だけが、外の戦いを終わらせられる!」

ギルモンが振り落とされ、再び黒い電撃の威力が上がった。
声にならない声を上げ、啓人は身体を捻り、のたうち回った。

一人は立ち上がったが、何か言おうとして、言葉を言えなかった。
どうすればいい、何をすれば?
自分に何ができるんだ?

その時、彼のもう一体のパートナーが立ち上がって動いた。
紫色の影が、一人の眼前を通り過ぎる。

「うわあああぁぁぁっ!!」

叫び声と、何かを貫いた音、そして赤い血飛沫が周囲に広がった。
その場にいた全員が、一瞬何が起きたか理解できなかった。
ドルモン以外は。

「……は、はぁっ……!!」

ジョーカモンの杖は槍に変形し、一人のパートナー、紫色の獣竜を貫いていた。
それは反射的な防衛行動で、攻撃を行った仮面の悪魔でさえ何が起きたのかをはっきり理解できていないようだった。
黒い柱が消え、啓人が地面に転がる。
ドルモンは悪魔を睨みつけていた。

「貴様、何をしている?」
「これからするんだ。カズトと、兄弟のために」

ドルモンはそう言うと、自らを貫いた槍を更に奥まで沈め──牙を閃かせた。

部屋中に、悪魔の仮面が砕け散る音が響く。

「ぎぃああああァァァァァァッ!!」

悪魔は絶叫し、自らの仮面を押さえる。
ドルモンが作り上げた仮面の傷から、黒い煙が上がる。
続けて槍、すぐにその槍を握っていた腕も消滅し、獣竜が床へ落下した。
悪魔はのたうち回り、部屋を歩き回ると、やがて脚も消滅したのか、前のめりに倒れる。
そしてひび割れた仮面はマントを離れ、崩壊した空中回廊を転がり──眼下の密林に落ちていった。





一人は倒れている自分のパートナーへ駆け寄った。
ドルモンは息をするのも絶え絶えで、貫かれた胸部を覆う白かった体毛は、ほとんどが赤く染まっていた。

「こうするしか、無かったんだ……究極体に進化したら、その技までコピーされる」

ドルモンがか細い声で言った。
一人は口を何度も開いたが、喋れなかった。
手でドルモンの胸部を抑え、出血を止めようとする。
吹き出す液体は熱く、瞬く間に一人の両手を赤く濡らした。

「カズト、ごめん。時間はあったのに。カズトに、何も出来なかった」
「何を、何を言ってるんだ!!」

ギルモンに支えられながら、啓人が一人の背後にやって来る。
ドルモンは思った。
戦ったのが彼らで、本当に良かった。

「カズト、聞いて」

呼吸ができなくなってきた。
言葉を、自分のパートナーへ、最も大事な存在へ。
あまり時間は残されていないらしい。

「今の今まで、僕は君のパートナーとして失格だった」
「……俺は……お前を守れなかった」

ドルモンは笑った。

「じゃあ、お互い様だね」



こいつと出会ってから、どれだけの月日が過ぎたのだろう。
色んなデジモンと戦った。
学校帰りに買ってきたお菓子やパンを一緒に食べた。
楓香が悪友のように絡んできた。
敬と雪陽と一緒に隠れ場所を探した。
爽香が流行りの曲やゲームを教えてくれた。

冒険はとうに終わってしまった。
こんなことになってしまって、もう時計の針は巻き戻せない。

ドルモンが何もできなかったんじゃない、自分が何もしなかったんだ。
何もしてない、ということさえ、気づいていなかった。
一人はドルモンを抱きしめた。
ぼやけた視界に、紫色の毛だけが映っている。
大事な、自分だけのパートナー。



やがて、一人の視界から、彼のパートナーが消えた。






倒れた木々を飛び越え、煙を上げる警備ポストを無視して走り抜ける。
聖騎士と古代竜人は、空を飛ぶのとほとんど変わらないほどの速度で塔に向かって移動していた。
デジモン同士、あるいは子供達同士が、お互いの死角をカバーした。
それぞれの行動、考えていることが、まるで自分のことのように分かる。
相手の呼吸までも、自分がコントロールしているかのように思えた。

「そこ!」

ふいに、オメガモンがインペリアルドラモンのいる位置にガルルキャノンを放つ。
その攻撃はインペリアルドラモンがその位置を通り過ぎた瞬間に、彼らの背後数百メートル先に立っていた無人砲塔を崩壊させた。

「今のは危なかったぞ!」
「ちょっとだけっすよ、太一さん!」

これはサッカーの自主練と同じだ。
自分達はボールを持っていて、無人のピッチをゴールに向かっているだけなのだ。
彼らを攻撃してくるデジモンはもうほとんど存在していない。
大多数が逃げたか、捕縛されたか、死んだのだろう。
つまり今、彼らを攻撃してくるのは定められたプログラムに則って攻撃してくる無人大砲だけだが、それらは命中精度が酷く悪い上に、攻撃を行う前にガルルキャノンかポジトロンレーザーによって全て破壊されていた。

「危ない!」

オメガモンが跳び、落下してきた巨大な瓦礫を両断する。
粉砕したコンクリートが辺りに散らばった。

危うく振り落とされそうになりながら、ヤマトは頭上を見る。
どす黒い、形容し難い姿の竜の足元から、濃い煙が上がっていた。

「デジモンの大きさを気にしたことはそんなに無かったけど、あれ程デカいと流石に問題だな。ガルフモンよりずっとデカいんじゃないか、アレ」

ヤマトが毒づいた。
賢は一瞬、戦いの提案をしようとしたが、すぐに自分の目的を思い出し踏み止まった。

「急ぎましょう!」

視界を正面に戻せば、木々の間から黒いクロンデジゾイドの壁が見えた。
二体のデジモンはスピードを全く落とさず、片方は翼を展開し、もう片方は赤いマントを広げた。





幾度も揺れが起こり、足元の床が跳ねる中、救援はやってきた。
瓦礫だらけの空中回廊を拳で破壊した黒い古代竜人と、白い聖騎士の姿が見える。
啓人とギルモンは一人を起こし、黒塔を出た。

インペリアルドラモンとオメガモンは、来た時と同じように最短ルートで密林の中を抜けていく。
途中、燃え盛る建造物の残骸や、それに逃げ惑うジョーカモン軍のデジモンが見えたが、二体はそれら全てを無視した。
多くのデジモンは、まだ何が起きたのか理解できていないようだった。

竜人の肩には、啓人達と一人の他にも、数人の子供とデジモンが乗っていた。
塔の中で戦っていた他の仲間達だ。
この状況で喜びを示す者は誰ひとりいなかった。
ジャバウォーモンは復活し、行方不明の仲間もいる。
勝ったとはとても言えない。

「なぁ、カズトって、お前のことか」

俯いたままの一人の元に、ゴーグルの少年、インペリアルドラモンのパートナーが寄ってきた。

「戻ったら、ブラックインペリアルドラモンが伝えてくれ、ってな。ありがとうって言ってたぞ」

一人は顔を上げたが、返事が出来ない。
何を言えばいいのか分からない。

「後で謝っとけよ、アイツに」

彼はその様子も気にしないように、ぶっきらぼうに言った。





密林を抜け、待機していた他の子供達と合流した後、太一達はタケルからヒカリについて聞かされた。
ヒカリの様子はますます悪化していた。
酷く顔色が悪く、時々耳を塞ぐ。
彼女が何に反応しているのかは誰の目にも明らかだった。

「ずっと、悲鳴を上げてるの」

ヒカリが震えながら言った。

「苦しい、痛い、助けて、って言葉を繰り返してる」

疲労困憊しているデジモン達の中で、ジャバウォーモンを相手にしても戦えるのはオメガモンとインペリアルドラモンだけだろう。
今頃はゴッドドラモン達も戦いの準備をしている筈だ。
巨大な異形の竜を、力を持って制することができるかもしれない。
だが、啓人とヒカリが交信し、一人のパートナーと判明しているあのデジモンを倒すことが正しいのか?
世界を救うためには仕方がないのか?



佐倉一人は、子供達が話し合う横で俯き座り込んだままだったが、やがて突然立ち上がり、異形の竜へ目を向けた。
自分のパートナー、ドルモンの兄弟。
いや、この竜は、ドルモンにとって単なる兄弟以上の存在だった。
自分とパートナーとの絆の元であり、自分の犯した罪のきっかけでもある。
この竜もまた、この戦いの犠牲者だ。
そして今、この戦場で最大の殺戮者になろうとしている。

束の間、異形の竜は歩みを止め、こちら側をじっと見た。
一人には分かった。
ジャバウォーモンは、自分を探していたのだ。
だから止まった。



「一人くん?」

啓人はジャバウォーモンを見つめる一人に気づき、声を掛けた。
彼が振り返った時、そこに何時の間にかデータ粒子が舞っているのが見えた。

「啓人」

一人は何かに気づいたようだった。

「今だ。今だったんだ。俺はこのためにいたんだ」
「どういうこと?」
「啓人の言ったことだ。戦いが終わる」



一人は確信した。
この場で、彼にしか出来ないこと。
彼と、彼のパートナーにしかできないこと。

周囲に金色のデータの粒子が舞っている理由も、一人には分かった。
自分の役目は、この時のためにあったのだ。
デジヴァイスを掲げ、そこから溢れる光を収束する。
データの粒子が空へ飛ぶ。



“お互い様だね”と、ドルモンは言っていた。
そうだ、今までは。



「これからは」



もう、違う。





ロスト島上空に集まったデータ粒子は、やがて形を作った。

蒼いマントと、黒い鎧に身を包む聖騎士が、そこにいた。
とても静かに、まるで初めから異形の竜の前にいたように。
赤い瞳が、竜を見据えた。



子供達も、デジモン達も、戦いに参加していた全ての者がその光景を見た。
そして言葉を失った。
ヒカリに響いていた声は突然消え、痛みも苦しみも感じなくなった。
ゴッドドラモンとパンジャモン、ザンバモン、インプモンは、モニター越しにその光景を見ていた。
山木もジャスティモンも、アンティラモンも、小春も、成田にも、デジタルゲートからその光景が見えた。
啓人には何故か、ジャバウォーモンがこの瞬間を待っていたのが分かった。
一人は、その漆黒の聖騎士を一度も見たことがなかったが、彼を知っていた。



漆黒の聖騎士が両腕を上げると、上空に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
そこから巨大な光が放たれ、ジャバウォーモンと聖騎士を包み込む。
異形の竜は声を上げたが、それは雷鳴のような轟音ではなく、高い、か細い声だった。
やがて竜は目を細め、ゆっくりと形を崩していく。
光の中に、全てが還っていく。



「ドルモン……」

一人が、聖騎士へ向けて呟いた。

彼もまた光に埋もれ、徐々に身体が消えていく。
だが、赤い瞳だけは、パートナーの少年を見据えていた。





ありがとう、カズト。





光の柱が溶け、魔法陣が消滅すると、そこには何も無かった。
瓦礫と密林、そして子供達だけが残った。
一人はデジヴァイスをもう一度強く握り、パートナーのいた場所を見つめ続けていた。



「ありがとう、ドルモン」





アリスのいる部屋は再び、白い空間に戻っていた。
彼女はジャバウォーモンと対面し、彼の額を撫でた。
黒い竜は体を丸め、気持ちよさそうに目を瞑る。

「よく頑張ったね」
『カズトのおかげだよ』
「それにドルモンと、啓人くんと、ギルモンのね」
『みんなが助けてくれた』
「そうね……」

少しずつ、部屋の中の装飾品が消え始めた。
ランプ、机、椅子。
それらが消えることは、この部屋の消滅も意味する。

アリスがこの部屋を訪れることは、もう二度とないだろう。

『眠くなってきた』
「もうあなたの眠りを妨げるものは何もないわ。安心して」
『ありがとう』
「こちらこそ、ジャバウォーモン。あなたの手助けができて嬉しかった」

邪神竜と呼ばれた存在・ジャバウォーモンは、悠久の眠りについた。
パートナーのことを想いながら。
彼にとって、久々の心休まる眠りだった。

「おやすみなさい」





子供達が救援隊に発見されるのに、そう長い時間はかからなかった。
彼らは救出され、傷の深いものは湾岸部のキャンプで治療を受けた。
幸いにして、ドルモンを除き、子供達のパートナーで命を落としたデジモンはいなかった。
丈はキャンプで全身に包帯を巻いたゴマモンと再会し、彼を抱きしめた。
そして悲鳴を上げた彼に顔面を引っかかれた。

メフィスモンは拘束され、何体ものシールズドラモンに囲まれながら、ロスト島を離れた。
彼は捕まった他の将校と同様に、犯罪者として裁判にかけられる。
破壊兵器の不正製造・販売、多くのデジモンに不正に技術を転売した罪、違法なクローニング、数多のハッキングと技術盗用、そしてデジモンの生存競争を遥かに超えた戦争を起こした罪。
また、まだ見つかっていない彼の取引先も、芋づる式に発見できることが期待された。

ブラックインペリアルドラモンも逮捕された。
散々抵抗したキングエテモンと違い、彼は抵抗せず、静かにシールズドラモン達に従った。
島を離れる直前、ブイモンが彼を呼びとめ、その口の中にチョコを放り込んだ。
黒竜はしばらく咀嚼していたが、やがて顔色を悪くすると、手短な礼をブイモンに言うのみに留めた。

「皆にも礼を言っておいてくれ。それから、カズトに」
「『また会おう』とか?」
「そんな所だ」

ブラックインペリアルドラモンは静かに笑った。





夜になり、ロスト島沿岸では盛大な祝杯が挙げられた。
子供達と、パートナーデジモンと、戦いを生き延びた兵士達が混ぜこぜになり、食べ、飲み、犠牲を悼み、歌った。
海の向こうで、四聖獣の上げた花火が光る。

太一とアグモンは次々と出てくる料理を奪い合いながら食べていた。
ヤマトは久々にハーモニカを吹き、ガブモンを聴き酔わせた。
空とピヨモンは落ち着かないようで、途中まで配膳を手伝っていたが、その様子を周りのデジモン達に気づかれると、無理やり食べる方に回された。
光子郎とテントモンはキーボードを打ちながら、通信役のデジモンと非常に熱心な会話を繰り広げていた。
ミミはパルモンの合いの手に乗って歌い、歌を聴いていたデジモンに絶賛された。
丈はまだゴマモンと、顔をひっかかれた件について喧嘩している。
大輔とブイモンは自画自賛を繰り広げていたが、徐々にお互いのダメ出しへ会話の内容が変わっていった。
賢とワームモンはやや離れた場所で静かに飲み物を飲んでいたが、大輔達に引き戻された。
京はアルコールなど回っていない筈なのに飲み物を求めて暴れ、ホークモンを困らせている。
伊織とアルマジモンは持参していたチューチューゼリーを兵士達に渡し、それが何なのかを説明すると、彼らに喜ばれていた。
タケルはパタモンを頭に乗せたまま、宴会の光景を眺めながら、ノートへ文章を書いている。
ヒカリとテイルモンは宴会の様子をデジカメに残した。
ギルモンは宴の参加者でも一番の大食いで、宴会場で彼の周りだけ皿の上の料理が瞬く間に減り、啓人は仕方がないので他の席から料理を貰っていた。
健良は動けないテリアモンのための食事を沢山持ってきて、彼に食べさせた。
留姫とレナモンはジュースを飲みながら、馬鹿騒ぎをする男達が近づき辛いオーラを最大限に発し、静かに夜空を眺めていた。
樹莉はひたすら配膳を手伝い、空同様に食事を勧められてもすぐに配膳に戻ってしまうのだった。
クルモンも見様見真似で、樹莉を手伝った。
博和と健太は演歌を歌い、マリンエンジェモンとガードロモンがその後ろで踊っていた。
インプモンは料理を何度も啓人の皿から奪って食べた。
上空のゲートが閉じるまでの僅かな間に繋がった電話によれば、リアルワールドでも遼やサイバードラモン、小春とロップモン、そして山木や成田が祝杯を上げているらしかった。

啓人は宴会の行われるテントを離れ、ひとり座り込む少年の元へ近づいた。
彼は輝かなくなったデジヴァイスを眺めていた。

「一人くん」

持ってきたジュースを一人へ渡そうとするが、彼は片手を上げて断った。
啓人はそのまま、一人の隣へ腰かけた。

「俺はこれから、どうすればいいんだろうな」

自嘲的な笑みを浮かべ、一人は呟く。

「あの最後の瞬間まで、俺はドルモンにも、ジャバウォーモンにも、何も出来なかった」
「一人くん……」
「もう少し早く、気づけたら。全てが、変わっていたのに」

啓人は言葉が出ず、黙って彼のデジヴァイスを見た。
このデジヴァイスは、もう輝くことが無いのだろうか。



宴会が繰り広げられるテントへ、一体のデジモンが息を切らし走り込んできた。
白銀の肉体とたてがみを持つ獣人型デジモンは、巨大なビールジョッキを片手に握るゴッドドラモンの元へ駆け寄った。

「子供達はいるか!?」
「おぉ、パンジャモン、安心したぞ。まだ死んではいないようだな」
「おかげ様でな。今しがた、救助隊がとんでもない物を発見した」



その事実はゴッドドラモンから直接、子供達に伝えられた。
ほとんど料理が空になった机がコントのようにひっくり返り、驚きの声が上がる。
そして、血相を変えて走ってきた太一と大輔が、啓人と一人を無言でテントへ連れ帰った。

テントへ戻った啓人と一人の目の前に、それはあった。
啓人が顔を綻ばせて言った。

「一人くん、お返しはこれからしなきゃいけないみたいだね」





一人はデジタマを抱きしめた。
そのデジタマはぴくぴくと動くと、やがて見計らったかのようにひびが入った。





冒険はとうに終わってしまった。
こんなことになってしまって、もう時計の針は巻き戻せない。





けれど、また時間を刻み始めることはできる。





産声が響く。

「おかえり」

一人は笑った。






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