時空を超えた戦い - Evo.16
ブレイズ7






単眼の魔王は薄暗い暗い通路を進んでいた。
新たな任務を受けた彼は、何時もの様な落ち着いた、冷静な表情で進む──そして、佇んでいる、自分と同じ地位の竜を目に留めた。
冷静で何事にも動じない性質はデスモンと良く似ているものの、その巨竜はどちらかと言えば穏健派であり、
彼らの主の命よりも自分の考えに基づいて動くデジモンであった。

「…任務か、デスモン」

黒色の体を持つ彼はデスモンへと話しかけてきた。

「そうだ…貴様も聞いているだろう、『N-7』が敗れた。その処理作業だ」
「…そうか」

そうして、彼はまた黙り込んだ。
恐らくは何時ものように、この事実を自らの中で反芻しているのだろう。

デスモンは彼のこの性質がどうにも気に入らない。
いや、このような思慮深いデジモンは何も彼だけではないのだが、
巨竜の性格とこの「癖」の組み合わせにどうしても不快感を覚えているのは事実である。
彼と話すこと自体があまり好ましくない──そう感じたデスモンはそのまま彼の前を通り過ぎようとしたが、
そこで巨竜は再びデスモンを引き止めた。

「…お前も…」
「…まだ何かあるのか?」
「あの世界でニンゲンの子供をパートナーに持つデジモンと対峙したのだったな」
「…そうだが。何を今更」
「やはり、ニンゲンのパートナーデジモンとは…我々とは違う力を持っているのか?」

妙なことを聞いてくる、デスモンは心底そう感じた。
…尤も、こんなことは何も今になって始まったことではない。
昔からこの巨竜は、本来ならデジモンが興味を示さないはずの事に固執する癖がある。
…そういう部分も、デスモンが嫌う彼の性質であった。

「俺が知るはずはないだろう…全く、貴様は下らない事に興味を持つのだな。今度はニンゲンなどという卑小な生き物か」
「…私はニンゲンのことを卑小な存在とは考えていない。私が興味を持つのは、ニンゲンがデジモンに与える影響
──我々が持ち得ない別の力について、だ」
「…そんな物が本当に存在すると、そう貴様は考えているのか?」

デスモンは振り返って切り返した。

「…存在するかどうか、それが知りたい」
「下らん」

気に入らない──ニンゲンの子供、そして彼らに味方するデジモン。
思い出すだけで虫唾が走る。

「ニンゲンなど、我々よりも劣った、下らない生物だ。まして彼らと力を共有するデジモンなど、堕落し切っている。
そんな物たちから学ぶ要素など、一つとして存在しない」
「…」
「それに…忘れるな、我々の計画は既に実行段階に移っていると言う事を。今我々が考えるべきは下らん不確定要素などでは無い。
この計画をどうすれば円滑に進められるか、それだけだ」

それだけ告げると、デスモンは巨竜の前を横切った。
だが、その後ろ姿に巨竜がただ一言、呟くように声をかける。

「内の面しか理解しない者に、外の世界など決して見えない」
「…詭弁だな」

それっきり、二人は言葉を交わさなかった。





「私の名前は井ノ上京でぇす!今は中学一年、パートナーはこのホークモン!はい拍手〜」
「は、初めまして皆さん…」

京のハイテンションな自己紹介に少々引いている者もいたのだが、空気を読まない仲間たち
(ギルモン、博和、樹莉etc…)は京たちに賛辞の拍手を送っていた。

「さっ、こちらは〜…賢くんです!」
「初めまして、僕は一乗寺賢…こっちがパートナーのワームモンです…」
「賢ちゃん、照れてる〜!初めまして、ワームモンです」
「拍手〜!」

またしても京の強引なテンションが啓人たちを圧倒する。
大輔の時もそうだったが、どうにもあちらの世界の人々は個性的な人が多い気がする…。

「…お前なぁ、盛り上がるのも程々にしろよな…皆疲れてんだから」

大輔が溜め息交じりに京に言う。
そもそも、先程まで自分たちは…認めたくないが、大苦戦していたのだから。
一方でブイモンの方は別の疑問をもっていた様で。

「…ミヤコたちは、どうしてオレたちがココにいるって分かったんだ?連絡はこっちに来た直後の1回だけしかしてなかったし…」
「まぁ、半分はたまたまだったけどね。ケンちゃんたちと一緒に、近くまで来たのは偶然だったんだけど…」
「泉センパイが別れてアンタたちを探そうって提案してて、私たちはこの辺りに来てたの。そしたら…」
「?」

京がくくっ、と笑いを僅かに抑えながら続ける。
大輔は話を黙って聞いていたが、その笑い方を見て嫌な予感を感じていた。
…そして、やっぱり的中。

「…アンタが『生きろッ!!』なんて馬鹿みたいにデカい声で叫んでるから…それで場所が分かったの」
「うっ…」

それを聞いた啓人たちも「あぁ、あの時…」と思い出す。
エクスブイモンが殺されそうになった時の叫び声は、そう言えばよく反響していた。
戦っている場所がそれによって特定されても、何の不思議も無い。
…一方で、「しまった…」という表情で顔を赤らめる大輔。
京はそんな大輔に詰め寄って話し続ける…というか、弄び続ける。

「ねぇねぇ、どんな表情で叫んでたの?やっぱり顔くしゃくしゃにして、涙ながらにパートナーのことを案じてたってトコ?
…流石、『勇気を受け継ぐ者』は熱血漢ねぇ〜。かっこい〜、大輔♪」
「うっ…うっさいわ!泣きべそなんざかいてねぇよ!」
「…随分と楽しそうに話してるわねぇ…」

そんな中、いかにも『恨みがましい』という感じの声。

「…ちょっとぉ!いい加減アチキをどうにかしなさいよ!何この状況!?放置?放置プレイ!?」
「「「あ…忘れてた」」」
「…ムッキィィィ!フザけんじゃないわよぉ!!こンのチェリーボーイ共!!」
「ハッ!前みたいなハードゲイに言われたくないね!」
「(さっきから危険な言葉ばっかり使ってるよこの人たち…)」

「そもそも、アチキをどうする気ィ!?そこから話しなさいよォ!!」

ひたすら叫んでいるキングエテモンは、本来こんな状況なら直ぐに殴りかかってくるのだろうが、動きを封じられていれば彼とて無力。

遡る事数分前、インペリアルドラモンとメガログラウモンの攻撃で壁にめり込んだ彼は、それでも消滅はしていなかった。
それもインペリアルドラモンが技の威力をある程度加減したから、なのだが。
気絶状態のままそこから掘り起こされたキングエテモンは、その後──


「それにこの拘束具!何する気?アブないビデオでも撮る気なのアンタたちはぁ!?」
「あーもう、お前勝手に喋るな!青少年に悪影響を与えるから!」

大輔が逆ギレして叫ぶが、キングエテモンがひたすら叫ぶのも無理はない。
何せ彼の体には、十以上のトレーニングギプスが取り付けられて、もはや動くに動けない状況なのだから。
…ちなみにこの案は、留姫が啓人たちに発案(というか、強制)させて行ったものである。

「…まぁ、アンタを生かした理由は…大体分かるんじゃない?」

博和と健太の恨みがましい目線を尻目に、キングエテモンの前で留姫が聞く。

「そうねぇ…アンタたちも何だかんだ言って、そういうのが好きなオ・ト・シ・ゴ・ロ?」
「…それ以上フザけたら骨折るわよ?」

留姫の指がボキボキと音を立てている。
とりあえず、留姫に任せると本当に危ない…直感的にそう感じた(そんな自分に少なからず自責の念を感じたのだが)レナモンが代わりに告げる。

「…お前たちの目的を知りたい。一体、何が目的で行動している?そしてお前たちの長は…何者だ?」
「ふぅん、やっぱりそう来るワケね…」

キングエテモンは一呼吸置くと、驚くほど落ち着いて返答してきた。

「NOね。それを話すワケにはいかないわ」
「…何だよ、この期に及んでまだそんな事言ってんのか?」
「悪いけど、そういう規律があってね。利用された後に殺されるのだけは御免よ」
「…?」

キングエテモンは子供たちを睨み付けながら言う。

「どうせ死ぬなら、美しく死にたいわ…」
「…は?何言ってんだお前?」

大輔がキョトンとした表情で聞く。


「殺すって…俺たちが?」
「さぁ、煮るなり焼くなりお好きなように…」
「…俺たち、別にお前を殺す気なんて無いんだけど…」



は?


と、今度はキングエテモンが聞き返す番だった。

「…いや、だから別に、俺たちにとっては情報をくれればいいだけなんだけど…」
「殺すとか、そういうことまで考えてなかったし、ね…」
「だよなぁ…」

大輔と啓人が顔を見合わせ、話す。
やはりキングエテモンは組織の一員、環境が違うと、常識も違うということだろうか…。


大輔が髪を散らすように掻きむしると、振り返って不機嫌そうな表情で仲間たちに言った。

「あーくそ!これじゃ仕方ねぇ、さっさと先行って、太一さんたちと…」

そこまで言って、言葉が止まった。
後ろから何故か、『ヤバい雰囲気』のオーラを感じる…。

「ご…う…りゅ…」

ゆっくりと振り返ってみる。
…やっぱり、正解だった。


…先程の猿が、強烈な表情で涙を流している…。


「…ほ…本当なのォ!?なんて…なんて慈悲深いのボウヤたちはァ!!」

全身のトレーニングギプスがギチギチと物凄い音を立てている。
…ヤバそう…。
その場の全員が、目線で瞬間的に会話し、状況とやるべき事を確認した。
何とかこの、オーバーリアクション過ぎる猿を抑えなければ…。

「い、いや…別にそんな感動するようなことでもないだろ…?」
「そ、そうですよ…初めから我々はそういうつもりで…」
「そんな、慈悲深いだなんて、僕たちは別に…」

だが、最早話など聞いていないことは明白だった。

次の瞬間、キングエテモンを拘束していたギプスが全て吹っ飛び、再びその黄金の肉体に自由が戻ってしまった。
相変わらず感動の涙を流しながら。


──最悪だぁーッ!!


「ボウヤたちに惚れたわッ!大好き!!アチキのこの思いをナイスに受け止めてェ!!」
「「ギィィィヤァァァッ!!」」

案の定、というか、この面子におけるポジションというか。
…キングエテモンは涙と鼻水を垂れ流しながら、大輔と啓人に全速力で突進してくる!

「だあぁぁぁ!たっ、助けてくれェブイモン!!」
「うわぁぁぁん!もうお婿に行けないよォォォ!!」
「逃がさないわよォォ!マイ・ベスト・フレンド!!まずは友達からでも!!」

流石肉体派の究極体、足は速い。
確実に二人との距離は縮まっていた。

…やがて、デジタル空間に絶叫が響き渡る。


「「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!!」」


…その惨状に、固い友情で結ばれているパートナーから目を逸らすブイモンとギルモン。
そして足が硬直し、その場から動けない男性陣。

「…い、いいんですか…」

辛うじて声が出た賢が留姫と京に聞く。
何が「いい」のかは言うまでもないが。

「「生け贄だから仕方ない」」

声を揃えて返事が返ってきた。

…女の人って、怖いなぁ…。





やがて、一通りの騒乱が収まってから、全員はキングエテモンの説明に耳を傾けた。
啓人と大輔は最早、留姫たちから廃人扱いを受けていたが、何とか話を聞くことは出来るようで。

「…さて、話を聞かせてもらいましょうか!」

京がどこからか、ノートとシャープペンを取り出して聞く。

「…その前に、これが終わったら二人をお持ち帰りしてもイイ、って約束してくれるゥ?」
「あーハイハイ、OK」
「ま〜♪アンタ話が分かるわねぇ!それにボウヤたち、お持ち帰りしたらたっぷり可愛がってあ・げ・る!あ〜もう、食べちゃいたいわぁ〜!」
「(…食べられる、本当に喰われちゃうよぉ…)」
「(嗚呼、さらば俺の青春…)」

最早適当な答えを返した京に反抗する気も起きなかった。

「…そうね、まずは…あなたたちは、何時から、何の為に動いているの?」

京の真剣な問い掛けに、キングエテモンも真面目な表情に戻った。

「…全ては、アチキたちの主が始めた計画…数年前からと聞いているけど。アチキたちの最終目的は、新たな秩序の創造。そして…」

一瞬、静寂が流れ、再びキングエテモンが口を開いた。

「…新秩序を形成し、維持できる戦力を手に入れることよ」
「…新秩序と、力…?」
「そう」

静まり返った空間で、京のシャープペンがノートの上を動く音のみが小さく響く。
キングエテモンは続ける。

「秩序の方は、言うまでもないでしょうけど…デジタルワールドの神、四聖獣に取って代わり、世界を支配すること…」

これは先日の戦いで、デスモンが告げていた事実でもある。
ゲンナイから既に聞いていただけに、それほど驚くべきことではない──だが、あの四聖獣に取って代わるなど、不可能な話に思える。
それを実現させようとしている「主」とは一体、どれ程の力を持った者だと言うのだろうか──。

「…そして、力…それは長い歴史の中に埋もれた、古の力よ」
「…古の力…」
「太古のデジタルワールドに存在した、強大過ぎる力…
それが、現代でも『世界』に処分される事なく、この世界の何処かに眠っているとしたら?
そして、その存在を知り、且つ利用しようとしている者がいるとしたら?」
「…それが、あなたの主人…と、そういう事?」

京の手が止まる。
今、彼の話していることが事実だとすれば…。

「主は、この世界についての古代文献を手に入れたわ。今話したことはそこに記されている、紛れも無い事実よ」

唾を飲む音。
それまで誰一人として予想していなかった、その位状況は深刻であったのだ。
古の力と言う物がどれ程の物なのかは予想もつかないが、世界の新たな支配者を生み出すことが可能となる力であることは間違いない。
そんな力が敵の手に渡れば…。



「ちょっと皆、悲観的になり過ぎてるんじゃないかな?」



そこに健良の声が響いた。
意外にも、彼の声は明るい。

「確かに、そんな物が敵に渡れば、途轍もない脅威になるだろう…でも、これは逆に有利になったと考えるべきだよ。
まだゲンナイさんも知らない情報を入手出来たんだし、逆に言えばまだ彼の主人はその力を手に入れてない。
彼らが計画を実行に移す前に先手が打てるかもしれない」
「ジェンの言うとおり〜」
「あたまいいくる〜!」
「…そうだな、こっちが先に奴らを仕留めちまえばいいんだ!」

その場の空気が明るくなる。
まだ希望は十分残されているのだ。

だが、今までの話を反芻した賢は、別の疑問に行き着いた。

「…ん、ちょっと待って…それがキングエテモンの主人の思惑なら、なんで本宮を操ったりしたんだ?」

彼の疑問に、その場の子供たちは揃って「あ…」と呟いた。
疑問は尤もである。
一見、この計画において大輔を操る意味など全く無い気がする。
だが、キングエテモンは隠すことなく答えを提示した。

「簡単なことよ…アチキたちの主にとって、ボウヤを操ったのは試験を含んだ『余興』よ。
単純に、別次元への侵攻のシュミレーションだっただけ…暴れさせたのはついで、よ」

大輔にとっても、啓人たちにとっても、これは少なからず衝撃だった。
拳を握り締めながら、大輔は静かに呟く。

「…じゃあ、何だよ…俺はヤツに遊ばれてた、ってことか…皆に迷惑をかけて」
「テストをする必要があったことは事実だけどね、ボウヤ…。次に別次元へと手を伸ばす時が、主にとって真の侵攻となるでしょうね」
「…腐ってるな、本当…」

憤りと、脅威の再確認。
そんな中で一人冷静に、ノートに情報を書き記していた京が立ち上がると、話を中断させた。

「冷静になりなさい、大輔。まだ全部、キングエテモンの主人の作った計画に過ぎないわ…それより、これで私たちの目的がはっきりしたわね」

眼鏡の蔓にくいっ、と触れる。

「キングエテモンの主人──そいつが力を手に入れる前に、計画を打ち砕く。それが私たちのやるべき事」
「…主人を撃退するか…いや、捕らえるだけでも十分だろう。こちらから先に動けば、それ程難しいことでもない」

レナモンも冷静であった。
ともかく、まだ時間はある。
そして太一たちと合流すれば──勝算はあるのだ。

博和が空気を盛り上げるように、勢いよく叫んだ。

「…いよっし!話は簡単だ、早速準備しようぜ!」

戦いはこれから。
全員が顔を上げ、お互いを見る。


──僕たちには力がある。
後は気持ちの持ち様だ。


「…そーだな、皆、早いとこ太一さんたちと合流して、パパッと済ませちまおうぜ!」
「だね、ダイスケ!」
「…素敵ねぇ、それがボウヤたちにとっての『信頼』?」

キングエテモンが大輔を眺めながら、からかうように聞いてきた。
それを聞くと、少しばかりムスッとした表情で大輔が言い返す。

「…笑い話にでもする気かよ、やっぱり」

が、キングエテモンは今までの、嘲笑のような笑いは浮かべていない。
強いて言うなら、穏やかな笑み。
先程戦っていた時の彼の表情とは大分違っていることに大輔は気づいた。

「…そうねぇ、今決めかねてるわぁ。…少しばかり、ボウヤの言う事も信じ始めてるわよぉ」

意外な、そして曖昧な答え。
だが、少なくともそこに侮蔑の意味は無かった。

「あ…あぁ、そっか…よし、行くか皆?」
「あっ、ちょっと待って」

立ち上がろうとすると、京が止める。

「最後に、もう一ついい?キングエテモン」
「どうぞ、お穣ちゃん」
「『ブレイズ7』について…それと、あなたの主人について、もう少し詳しく教えてくれない?」
「あぁ…すっかり忘れてたわねぇ」

キングエテモンがうっかり、といった感じで答える。

「…いい?アチキたちブレイズ7とは主に仕える幹部クラスのデジモン。主は…例えばボウヤたちや、
四聖獣のようなデジモンとの戦いを最初から想定していたわ…そこで結成されたのがブレイズ7よ」
「…まぁ、戦いを想定してる、ってのは当然か…その為にデジモンを集めるってのも」
「集める?ちょっと違うわね。アチキたちは『造られた』の」
「あぁ、なるほど──」




…え?




「…つ…造…?」
「アチキたちが他のデジモンと根本的に違う点…アチキたちはクローンのデジモンよ」

クローン──人為的に作り出された、オリジナルと同じ姿・形をもつ個体。
人間の世界では論理的には可能でも、倫理的・技術的な面で問題のあるもの。

しかし、デジモンの世界では、それが実際に…。

「主はデータのコピーや改造が得意でね…オリジナルのデジモンからアチキたちを造り出したのよ」
「その…オリジナルは…?」
「今は主の管理下で凍結保存されているわ。アチキであって、アチキではないデジモンとして」

恐ろしい話である。
デジモンの複製を行うデジモン──それこそ、彼らと対峙する元凶なのだ。

賢は驚きながらも、その話に納得してしまった。

「驚いた…でも、確かにそれだけの技術力が無ければ大輔をあんな風には利用出来ない」
「でも…なんであなたたちの主人はオリジナルの方を利用しないの?凍結保存してクローンを作り出すなんて…」

キングエテモンがまた、その答えを提示した。

「クローン独自の利点があってねぇ…まず、コピーの前にある程度データの改ざんが出来ることよ。
デジモンの改造、って言えば分かり易いかしら?」
「…生物を改造するということか」
「ふざけてるわね…冗談みたいな話」
「それと、もう一つ。アチキたちが死んだ場合、データのバックアップチップが残るわ。そのデータはオリジナルへ戻り、
凍結された元の体へとロードされる。ロードを行ったオリジナルを利用すれば、データを継承したクローンを造り直すこともできるのよ」
「おいおい…何でも有りじゃねぇか、それじゃ」

これが意味すること…それは、クローンデジモンを何度倒そうが意味が無いという事だ。
現在分かっているデスモン、キングエテモンだけでも強敵だったと言うのに。

どうやら自分たちが考えていたほど、彼らとの戦いは簡単なものでは無いらしい。
これまでのようにただ敵を倒せば良い、という訳ではない。


いや…それ以上に、その危険な敵である彼らの「主」と、クローンとして生み出された彼ら…
ブレイズ7に対して、これまでとは少なからず違う感情を抱いてしまう。


「…ま、アチキたちを本当の意味で殺したいのなら、クローンを倒した後に、カッチコチのアチキたちのオリジナルを破壊するしか無いわね…
出来そう?」
「…いや、殺すって…大体、お前はそれでいいのかよ?」
「どの道、倒すべき敵だったボウヤたちにアチキは負けたわ。いつ消されてもおかしくない身なのよ、実際」

「…」


再び静寂が流れた。


「…じゃあ、お前らを造った『主』ってのは一体、どんな…」
「ちょ、ちょっとダイスケ!」

ブイモンが彼の問いを止めようとする。
これ以上、彼らの内部構造に深入りするのは全員、気が引けていた。
だが、それでも大輔は、彼らの主のことを知っておきたいと感じている。

──自分が彼らの『主』に利用され、更に許しがたい行動を取っているから、だろうか…。


「いいのよ、その質問にも答えてあげるわ…アチキたちの主、彼は…」


刹那。

キングエテモンの言葉の代わりに響いたのは、激しい貫通音。
何が起こったのかも理解出来ないうちに網膜に映ったのは、
身を犠牲にしてでも情報を提供しようとしたデジモンの口から、言葉の代わりに流れ出た血液。
続いて、一部が消滅した彼の脇腹と、同じようにそこから流れる夥しい赤だった。

「なっ…」

嗅覚に鉄の臭いが状況を訴えてくる。

「ぐ…ぎ…ィ…」

その貫かれた脇を押さえ、痛みに耐えるキングエテモン。


「キングエテモンーッ!!」


大輔の叫びが再び響く。
一体、何が?そして誰が?

「…あれは!」

樹莉が通路に現れた新たな影を指差す。
そこに立つデジモン…単眼のついた腕を構え、無慈悲な眼で場を見下ろす、あの魔王。

「…デスモン!!」
「あなたが…!!」

レナモンと留姫が誰よりも早く彼の名を呼んだ。
数日前に見た、あの魔王は、あの時と同じ冷酷な声で語り掛けてくる。

「…堕ちる所まで堕ちたか、『N-7』よ」
「…デス…モン…」

キングエテモンが痛みを堪えながら後ろを向き、言葉を発する。

「…テメェ!キングエテモンに…」
「久しぶりだな、ガキ共。本当は貴様らの相手をしたい所だが…生憎、今はこちらの任務の方が先なのでな」
「シャハハハハ!バカじゃねぇのかァ、プラチナスカモンよ!さっさとくたばっちまえよ、シャハハ!!」
「ホホ…ホントーに、おバカなデジモンだわ…あたス、アンタみたいな愚か者は初めてみたわぁ!」

デスモンの後ろに、もう二体のデジモンがいる。
一方は、巨大な顎に付いた、異様な形状の牙が印象的な、灰色の巨大昆虫。
そしてもう一方は、鮮やかな緑と黄の体を持つ、オウムのような姿の巨鳥…。

「お前ら…」
「デスモン、コイツらが例のガキ共かぁ!?メッチャ弱っちそうだなぁ、シャハハハ!」
「フザけてんな!今すぐ俺たちが…」
「…待ち…なさ、い…ボウヤ…」

激昂する大輔を抑えたのは、瀕死のキングエテモン。

「今は…戦うべき…では…無いわ…そ、れより…覚えておき…なさい、あの二人も…ブレイズ7、よ…」

その言葉を聞き、再び、現れた三体の刺客に眼を向ける。
デスモン、オオクワモン、パロットモン…全てが、単一の目的の為にここに送り込まれた幹部なのだ。

「…ウソだろ、じゃあ、お前を殺すためだけにブレイズ7が…」
「別に…驚くほどの…ことじゃ、無いわ…主なら、やりそうなコト…」

キングエテモンがか細い言葉を発しながら立ちあがる。
そうする間にも、脇腹からは血が流れ出していく。

「…お、おい…」
「…それに、ボウヤたちなら…」

何とか立ち上がると、流血を抑えるために使えない右手の代わりに、キングエテモンは左手を上げ、そこに暗黒球体を作り出した。
それを静かに見つめていたデスモンが呟く。

「…抵抗する気か?」

だが、キングエテモンはダークスピリッツを足元に向けた。

「…まだ、道はあるわ…!」
「!?キングエテモ…」

暗黒球体が大輔たちの足元で炸裂した。
それによってデジタル空間に変化が引き起こる。

まるで流砂のように、足元の空間が崩れ、渦を巻きながら落下していくのだ。

「う、うわっ!?」
「何!?何なの!?」
「動かないで!!」

キングエテモンが狼狽する子供たちに叫んだ。

「この下も…通路に…なってるわ…このまま落下すれば、ココを抜け出せ…る…!」

子供たちはキングエテモンの意図を理解した。
彼は自分たちをこの場から脱出させようとしているのだ。

だが、それではキングエテモンは…。

「キングエテモン!!」

「…アチキも、ボウヤたちの言う『力』を信じたくなったわ…」

その場で、か細く、しかし驚くほど穏やかに呟くキングエテモン。
データの流砂に飲み込まれながら、大輔はその様子を見て、ただ彼の名を叫ぶことしか出来なかった。
だが、やがて全身が崩れ行くデータに飲み込まれていく──



「…さよなら、ボウヤたち」

「キングエテモンーッ!!」





流砂の崩れが収まった時、そこには立つ事が精一杯であるキングエテモンと、彼を殺す任を受けた三体の敵だけが残っていた。

「…バカもココまで行くと感動モンだなぁ、シャハハ!」
「ホホ、全く!あたスも感動しちゃったわぁ、オホホッ!」

キングエテモンの行動を笑いへと昇華する二体に対し、デスモンは冷酷な表情を保ったままだった。

「…愚かだな、キングエテモン」
「何とでも…言い…なさい…」

再び左手を上げる。
だが、最早ダークスピリッツを作り出す程の力は彼には残っていなかった。

「(…限界ね…)」


次の瞬間、デスモンの両脇に立っていたパロットモンとオオクワモンが消える。
瞬く間にキングエテモンの前に移動した二体は、傷ついた脇腹へと切りつけた。
更なる流血と共に、言葉にならない声が響き、キングエテモンは膝を折る。


「…せめて、後顧の憂い無き様に、一瞬で葬ってやるよ」

血塗れのキングエテモンが顔を上げる。
デスモンは頭部の巨大な単眼を真紅に光らせ、辺りには激しい電撃が走っていた。


「…さらばだ」


「…ボウヤたち…」

キングエテモンの声は最早、声にはならない。
デスモンの冷酷な声が、彼の最大級の攻撃の合図となった。



「エクスプロージョンアイ」



凄まじい光が、キングエテモンを包む。




 “決して、躊躇ってはいけない。
   彼らは、戦いの為、ボウヤたちを殺すためだけに生み出されたのだから”


言葉は無論、子供たちには届かない。





この戦いの最初の犠牲者となったキングエテモン。
だが、彼の伝えた情報は、少なからずこの後、彼らを手助けすることとなる。




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