中間管理職の挽歌
中間管理職の挽歌











「おっ!山木じゃねぇか!!」


酒を注ぐ手が止まる。
しまった…あいつ、この店に来るのか。
迂闊。いつもと違う店に来てしまったばかりに。

「あ、成田さん!奇遇ですねー…この店にはよく来るんですか?」
「お〜鳳ちゃん!その通り、何を隠そう、オレはこの店の常連だからねぇ!」

嗚呼、お願いだから話を広げないでくれないか…。
この男、調子に乗せると止まらないことはよく知っているだろう…。


居酒屋・「藁藁」…夜も更ける中、ネットワーク管理局の面々は、先日の騒動の慰安の意味も兼ね、珍しく鳳麗花主催の飲み会を行っていた。



「えっへへへ〜…成田さぁ〜ん、こんばんみ〜…もぉ飲めません…お休みなさい…でっへへ…」


そんなことを考えているうちに、オペレータの小野寺は酔い潰れて寝てしまった。
他の捜査官や局員も皆、既にかなり酔っていて、お互いにどうでも良い話に花を咲かせている。

「お〜い、皆聞いてくれ!今宵は我が戦友・山木室長が奢ってくれるそうだ!」
「「「ありがとうございま〜す!!」」」

ゾロゾロと成田の後ろから、四人の自衛官が入ってきた。
…今、何と言った?

「おい、待て成田…私が酔って記憶があやふやになっていないなら、奢るなどと一度も言ってないはずだが」
「ま、いーじゃねぇのソコは!サービスしてくれって!…実際問題、今月、小遣いが結構ピンチだし…」

後半の方の言葉がやけに小声だった気がするのだが。

「…それに、お前の地位なら、お上から結構な金が舞い込んでくるんじゃねぇの?」
「…お前な…」

「おい成田!何山木室長に失礼してんだよ!」
「え〜…いいじゃん、入間。この前の真のMVPは俺だし」
「入間の言う通り!謝っとけや〜!」
「失言は自衛官失格ですよ〜!」
「な…数簑、文屋…」

…普通に部下の自衛官にもタメ口を使れてるし…。
まぁ、それぞれ年齢が近いし、入間准陸尉に至っては小学校からの旧友だと聞いているが。

「辺須もなんか言ってやれ〜!」
「山木室長、ウチの上司がスンマセン!申〜し訳ないッ!!…あと奢り、ありがとうございや〜す!」


…それでもやはり奢らなければいけないのか、私は。
「Noと言えない日本人」…私もその仲間なのか、もしかして。



「…すみません、彼らにも一杯ずつ。一番キツいのをお願いします」
「ハイよ!…いいのかい、コレで?」
「えぇ。彼らにはとっとと酔い潰れて貰わねば」
「…おい、聞き捨てならねぇな。どういうこった?」
「言ったままの意味だ。奢るだけありがたいと思え」
「…よっしゃ…これは俺たち自衛官に対する挑戦と受け取っていいんだな?」
「それはお前の好きだが…酒の強さで私に勝てるとでも?」
「舐めんなよぉ…なら、こーいうのはどうだ!先に潰れた方が全員分の勘定!これで文句ねぇだろ!」
「ふ…私はおろか、ココにいる局員にすらお前たちは勝てまい。ヒュプノス・チームはネットワークだけで無く、酒にも強いことを教えてやろう」



後で思った…何故こんな対決をしてしまったのだろうか。
こんな戦いを仕掛けたばかりに、後に財布の中では吹雪が吹き荒れたのに…どうして其処まで考えが及ばなかったのか。
…もしや、私も酔っていたのか、既に。








ともかく。


数時間後…殆どの局員も、成田の部下の自衛官も酔い潰れていた。
この不毛な戦場(居酒屋『藁藁』)で、私は生き残った。
今日ほど酒に強い自分に感謝したことは無い…戦後賠償が大変心配だが。

加えて言えば、計算外のことがもう一つ。
生憎、最強の敵がまだ生き残っている。



「…へっへっへ…イカす口だなぁ…山木ぃ…」
「お前もな…ここまで来るとは…だが、ここまでだ…私には勝てまい…」
「言って…ろや…ヘッハッハ…俺はまだ…飲めるぜぇ…オヤジ、もう一杯ィ!」
「あー…お二人とも…強い…ですねェ…私、先に失礼しま…す…」
「スミオヤ〜…」

我らが優秀なチーフ・オペレータと、成田の部下の中でも最も酒が強い男・文屋もここでダウンした。






更に夜は更け…お互い、チビチビとコップに口を付けながら、支離滅裂な会話が続いていく。


「まぁ…お前はよく頑張ったよ、成田…がんばった大賞だ、私的には…」
「な〜に言ってんだぁ…お前こそ…FNSの裏の星だぜぇ…ちなみに表はタモさんだけどなぁ…」
「しかし…よくここまで来たな…大学時代はすぐに潰れてたお前がな…」
「ハハ…ヘハハ…ナツいなぁ…大学時代…青春だった…」
「…だな…」





…。

何時の間にか…頭の中に当時の記憶が甦ってくる。




十数年前、春。
東都大学キャンパス


「よぉ!テメェか、山木ってのは!」
「…そうだが。僕に何か用か?」
「オレの名前は成田 隆次!この大学でテメェを超える男だ!」
「…は?」
「クク…テメェがセンターで最優秀の成績を取ったことは聞いている…オレは苦汁を舐めさせられたぜ…だが所詮は入試!オレはこの大学でテメェを超えてやる!」
「…はぁ…そうか…せいぜい頑張ってくれ。じゃ」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょい待て!」
「…何だい。これから図書館に行かないといけないんだが…」
「お前、本気にしてねぇだろ…コレはアレだぞ、熱血ライバル宣言だぞ?お前が●吹ならオレは力●、お前がア●ロならオレはシャ●、お前がケン●ロウならオレは●オウ、お前が飛●馬ならオレは伴宙●…」
「最後のは違うと思うが。伴宙●はキャッチャーだし」
「細かいことはいい!いいか、オレはテメェのライバルだからな!覚えておけよコラぁ!」




そんな強引な引き合わせ、つくづく迷惑に感じたのだが、こんなのは序の口。
それからコイツは本当に、私を一方的にライバル視してきた。
正直、一時期は本気で忌み嫌ったのだが…何時の間にか、食堂で一緒に昼食を取る中になってしまった。




「…おい、山木」
「…何だ?金なら貸さないぞ」
「オレ…結婚するわ」
「へぇ…はぃ!!?」
「いや、この前見せたじゃん、彼女…」
「お前…まだ僕たち、二年だぞ?」
「お、おぉ…分かってるけどさ」
「親御さんはどうしたんだ?」
「親父は許してくれた。それと、彼女の両親には…根性で通した」
「はぁ…お前には…本当に呆れるな…。どれだけ生活が大変になるか分かってるのか?」
「わ、分かってる!だが今のウチに結婚しておきてぇんだ!…で、山木、お前に仲人を頼みたい」
「あぁ…はぃぃ!!?」




つくづく、コイツの突拍子もない行動には呆れた。
コレだけじゃない。他にも。




「なぁ、山木」
「…どうした?…いや、聞かない方がいいか」
「ちょっと待て。何でだよ」
「お前の話に付き合うとロクなことが無い。この数年で学んだ」
「…知恵がついたな、オイ…でも言わせて貰うぞ」
「ちょっと待…」
「俺、陸自に入ろうと思う」
「て…はぃぃぃ!!?」
「止めるなよ!もう決めたんだ!」
「止めるというか…お前、前に弁護士になるとか言ってなかったか?全然違うジャンルだぞ…」
「そんな事関係ねぇ!俺は…人間の命を救う仕事をするんだ!」
「…あ、そう…」
「…で、お前は進路、どうするんだっけ?考えてみりゃ、お前の将来について聞いたこと無かったな、俺…」
「…私?…私は…」





大学を卒業した後、成田とは暫く会うことが無かった。
成田は宣言通り、陸上自衛隊へ…私は科学者の道を進んだ。

何時の間にか、科学者の道を進む間に、私は…ただ、使命のみに駆られる人間となっていった。
ネット管制室長という力を持ったからか、未知なる存在に対しての脅威を自らから完全に取り払いたかったからか。

あの頃掴んでいた「何か」を、私は知らずうちに捨てていた。
一人で突き進む事が自分の義務だと感じていた。

だが、それは──あの子供たちと、敵視していた筈の生命によって間違いだと気づかされた。

──この男は、その間、どうだったのだろうか?
相変わらず、あの無茶な言動と行動を武器に日々を過ごしていたのだろうか。
明日の事を考えることも無く…私とは全く違う日々を。





…。



はっ。


「…しまった!」

何時の間にか、寝ていた。
まずい、奴は───!

「…Zzz……」


…。


「…引き分け、か?」
「かー…すぴぃぃ…」



…。

コイツは…。


「あっ、お客さん…起きた?ホレ、もう閉店だ…」
「あっ…も、申し訳ありません」
「…ったく、連れの方々は皆帰っちまいましたよ…アンタら二人を出払わないと、店じまいも出来やしない」

という事は…局員は全員、私たち二人を残して解散したということか?


「申し訳ない…お勘定は?」
「あいよ」

全く…結局コイツの分も払うことになるとは。


「えーと、18人合計で…」




…18人?

…!!?



「…えっ、あ、あの、すみません…こ、この値段は…」
「?何言ってんだ、アンタらが全員分の支払いをするんじゃなかったのか?」


…馬鹿な。

酔いが一気に醒め、テーブルを見渡す。
…すると、爆睡する成田の横に、紙ナプキンに書かれた伝言を見つけた。
この筆跡は見たことがある。




“閉店時間を過ぎたので先に帰ります。入間さんからお二人が奢って下さると聞いたので、局員全員、お言葉に甘えさせて頂きます。明日も時間通りに出勤するようお願いします。
    麗花 ”




………。





翌日。
公園で遊んでいた小春とロップモンは、背中に何かが憑いているような表情で財布の中を見るサングラス男と、顔が青ざめ、今にも口から何かが出てきそうな中年男を見かけたという。




───今の日本を担う二人の中年に栄光あれ。



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