「夏と言えば!海!山!花火!そして祭りだぁ!!」
…。
「…まぁ、そうだけど」
「くぉら啓人!テンションが低い!!」
「博和が高過ぎるんじゃないの?」
「うっさい健太!いいか、年に一度だけなんだぞ!?楽しまんでどうする!」
「そーそー、ヒロカズの言う通り!!」
…という訳で。
僕らは今、夜店の並ぶ、今は車両進入不可となった人の溢れる通りを歩いている。
メンバーは…僕に、ギルモンに、博和、ガードロモン、健太、マリンエンジェモン…まぁ要するに、いつもの軍団。
毎年お祭りはあるけど、その度に博和のテンションは高くなる。
勿論健太も何時もよりは高いけど、とても博和には及ばない。
それくらい、今の彼は普段に輪をかけてハイテンションだ。
それに加えて、「祭りとはテンションを上げるモノだ」と回路の中で理解したらしきガードロモンと、常に周りを行ったり来たり、いつ迷子になってもおかしくないマリンエンジェモン。
ギルモンは…うわ、まただ。
一番最初に見た焼きそばを焼く露店を見てから、涎が垂れっ放し。
万が一、彼が自制を解除して店を襲わない様にする為、僕が出来るのはただ一つ。
涎の量が甚大になる寸前に、ギルモンが凝視している食べ物を買って、彼に与えることだ。
今の所、この辺りに来てから30分くらい経ってるんだけど、既にたこ焼き、クレープ、チョコバナナがギルモンの口の中に吸収されてる。
でも…ギルモンの口から再び放射能漏れが起こってるんだよなぁ…うわ、もう小遣いが大ピンチだ。
僕はまだ何も食べてないのに…。
「…ギルモン、頼むから耐えて!あと30分くらい!」
「う、う〜ん…頑張る…」
ジュルル。
エマージェンシーの警報がギルモンの口から鳴り響いた。
まだ、メインイベントの花火まで1時間はある。
あと1500円くらいは覚悟しておこう、うん。
「おっし!これやろうぜ!」
博和が次に指を指したのは、三段の台に様々な景品が置かれている露店。
既に何人か、黒い銃からコルクの弾を飛ばしていくつかの景品を倒してる。
「射的か〜…うん、やってみよう」
「ぴぴ〜っ!」
まずは健太が挑戦。
「弾は4発、よく狙えよボウズ」
頭に手拭いを巻いた色黒のおじさんが健太に銃を渡しながら言った。
「見ててよマリンエンジェモン、ばっちり4発、全部景品に当ててやるから!」
「ぴいっ!」
銃身を一番近い場所にあるぬいぐるみに向ける。
健太の眼鏡が、景品を照らす裸電球の前でキラリと光った!
「はい残念、全部ハズレ〜。残念賞だ、ボウズ」
時間にして、大体2分後。
健太がマリンエンジェモンに見せた自信は見事なまでに崩れ去ってた。
よ〜し…と思って、僕は財布を見る。
「う…」
あと2000円…。
ギルモンの為に使うのを1500円として、残金は僅か500円。
射的1ゲームは400円…。
うわっ、どう考えても、これ楽しんだ後は何も買えないし、できなくなる。
お母さん、なんでギルモンの分のお小遣いもくれなかったんだよ〜。
…あ、ギルモンの分はとうに使い果たしたのか。
「よっしゃ、次は俺だ!」
「頑張れ、ヒロカズ!」
そうこうしている内に、先に博和が挑戦した。
「おっちゃん、一回!」
「よっしゃ、気張れやボウズ!」
勢いよく400円を支払い、代わりに灰皿に入ったコルクの弾を受け取る博和。
「よし…今健太が取り損ねたぬいぐるみを…」
と、それに指を指した瞬間、そこにコルクの弾が当たる。
ぐらりと揺れたぬいぐるみは、そのまま台から落ちた。
もちろん、博和は撃ってない。
まだ狙ってすらいない。
そこに、何だか何処かで聞いた気のする声が右側から聞こえた。
「なはははっ!どうだ俺の腕前は!」
「やるなぁ、成田…流石は自称・百発百中の男」
「だろ!?お前には無理だよ辺須!さ〜て、次は…」
隣を見ると…やっぱり、いた。
何でこのタイミングで「やっぱり」なんて言葉が出てくるのかはイマイチ分かんなかったけど。
とにかく、あの人だ。
「おいおいアンタ、勘弁してくれよ〜。商売にならないぜ、これじゃ」
「ははっ!これでも現役の自衛官なんでね!こういうのじゃ外さねぇ!」
案の定、博和は渋い顔をしている。
「ちょ、ちょっとそこのエキストラのおっさん!それはヒロカズが狙ってたんだぞ!」
「誰がエキストラだぁぁ!!…お、何だ、お前らかよ」
成田さんと、彼と一緒に射的をやっていた何人かの大人(確か、成田さんの部下の人達)は、博和を見てニヤリと笑ってる。
「残念だったな〜。取っちゃった物はしょうがない。さ〜て、次は何を狙おっかな〜♪」
う〜ん、子供の僕が言うのも難だけど、実に子供っぽい。
「何だとっ!クソッ、誰だか知らないけど、大人だからって許さねぇ!勝負だ!」
博和の方は博和の方で、未だに気づいてないし。
「気づけよ、オイ…まぁいい!じゃあ、あの一番上の段にある銅像を先に倒した方が勝ちだ!いいな!!」
「おぅよ、見てろガードロモン!」
で。
「「な、何故だ…」」
二人同時に呟いた。
博和が当たらないのは分かる…いや、本人には失礼だけど。
でも、どういう訳か成田さんも三発連続で外していた。
「よし…最後の一発だ、行くぜっ!」
博和が気を取り直して構える…と、突然、成田さんが焦った顔になった。
急いで構える成田さん。
「当たれーッ!」
博和が叫びながら引き金を引いたその時。
「させるかぁぁーッ!!」
ほぼ同時に、成田さんも同時に引き金を引いた。
すると…。
バシッ!!
普段はあまり聞かない音。
それと同時に、露店のおじさんの「ひっ!」って声と、成田さんの「しゃあッ!!」という物凄い気合い。
続いて…あぁ、やっぱり怒ってるよ、博和とガードロモン。
「汚ぇッ!!オッサン、今俺の弾に自分の弾当てて弾いただろッ!!」
「そうだそうだ、見たぞ!!」
「偶然だ、偶然!ホラホラ、ガキは家帰ってとっとと寝ろ!!」
うわ〜…やっぱり子供っぽい…。
いや、それよりも、普通は的に当てるのよりも、人の撃った弾に当てる方がずっと難しいんじゃ…?
「くっ…許さねぇ!こんなエキストラBさんに負けるなんて!啓人、やっちまえ!!」
「だから、エキストラじゃ…って僕!?」
「タカト、がんばれ〜!」
…。
なんでこうなるの…?
博和の執念深い眼差し。
ギルモンの羨望の眼差し。
成田さんの「やるか?」という眼差し。
…そりゃあ、ギルモンの口の中に残金が消えるのも嫌だけど。
せいぜい1ゲームしか出来ないし、大体、本職が自衛隊の人に射撃勝負で勝てるわけが無いじゃん…。
と、その時。
射撃勝負中はイマイチ存在感の無かった(やっぱり本人には失礼だけど)健太が──やっぱり彼も無念だったんだろうなぁ──耳元で囁いてきた。
「なぁ啓人、もしお前が勝ったら、前から欲しがってたデーモンのゴールドエッチングカードをやるよ」
…。
…!!
何ですとぉ!!?
「おじさん、一回お願いします」
「こ、今度はお前か、ボウズ…あのオヤジと勝負すんのか?」
「はい、僕はテイマーですから!!」
うん、今なら当てられそうな気がする。
当てる…当てる…当てる…。
「何なんだ?眼の色変えて…じゃ、先撃つぞ」
「…ぇ!?」
しまった…。
自分の事ばっかり考えて成田さんの方意識してなかった!
「今度は…外さねぇ!」
しかも当てる気満々だ!…当然か。
刹那。
コルクの弾は銅像の頭に当たった。
「しゃあぁぁ!!」という叫び声。
銅像は…あれ?
「…倒れてませんよ?」
「…あり?」
重みのある銅像なのか…ぐらりとは揺れても、銅像は落ちてこない。
…じゃあ。
「あ〜、やっちまったねぇ。落ちなきゃハズレだ」
「嘘ぉ!?」
…やった!
すかさず、僕は銃を構えた。
全ての動きがスローモーションに見えた。
…あれ?僕、今、なんか凄い状態になったりしてる?
「おりゃあぁぁぁ!!」
…あ、思い出した。
コレ、前にカードダスを壊した時と同じ感じだ。
ぱこーん。
ゴトッ。
…。
「「「うおおぉーっ!!?」」」
「やったー、タカト!当たったよ〜!」
ボーゼン。
…あ、当たったんだ…。
しかもさっきと違って、ちゃんと下に落ちてる。
隣で成田さんが怒り狂ってるのだけは分かった。
「ちっきしょおぉぉ!嘘だろぉ!?くそ、もう一回だオヤジ、今度はあの下段の…」
成田さんが隣にいた部下の人を押して、400円をおじさんに渡そうとしてる。
でも…。
「ぬごぉッ!?」
次の瞬間、成田さんは何者かに後ろから蹴られて、前のめりに倒れかけた。
「誰だ、何すん…」
成田さんは後ろを振り向くと、凍りついた。
そこにいたのは、見た目…14、5歳のお姉さん。
眼の辺りとか、何処と無く成田さんに似てる。ってことは…
とか何とか考えている内に、彼女は物凄い形相をして成田さんに何か言い始めた。
「何遊んでんのこのクソ親父!母さんが晩飯早く買ってこいって言ったでしょ!?もう忘れてんの!?さっさと言われたモノ買って帰ってこい!!」
これだけの事を息継ぎ無しでガーッと言い続けてた…一方で成田さんは、先ほどの勢いは何処へやら、すっかり萎んじゃってる。
「いや…い、いいじゃん、沙羅…」
「良くないッ!!皆さんもこのクソ親父を遊ばせないで下さい!!」
「「「は、ハイ…スンマセン」」」
凄い。
何が凄いって、成田さん含む5人の自衛官(ほぼ全員、30代)を一気に黙らせたことが。
その後、彼女は成田さんの襟首を掴み、有無を言わさず引っ張って行っちゃった。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ…俺、結構景品とかもゲットしたんだよ…」
「景品なんかどうでも良い!飯を買え飯を!!」
「なんでそんな娘になっちゃったんだよ〜…お父さん悲しいよ〜…幼稚園児の頃はあんなに可愛かったのに…」
「黙れ!!」
結局、僕は片手に銅像を持ったまま、皆と一緒にその場に取り残された。
「…ま、まぁ、啓人、とにかくお前はよくやったぜ!あのエキストラBさんに勝ったんだから!」
「だからエキストラじゃないって…」
そんな僕の手には、先程の戦利品、金メッキで塗装された銅像がある。
それは王冠を被り、逞しい胸肉には『大王』と描かれた、ボディビル並の筋肉質の猿…あれ?なんかこれに似たデジモン、どっかで見なかったっけ?
何となく嫌な思い出がある気がするんだけど。
…ともかく、400円かけて手に入れたモノがこれ、って考えると、どうも損したような気がしてならない…。
そんな時。
「あっ!啓人く〜ん!ギルモ〜ン!」
…。
あれ…?
!
!!
この声はッ!!
全員振り返ると、そこには…。
「おっ、加藤か〜。それにインプモンとクルモンも」
「くるっ♪こんばんは〜くる♪」
「みんなお揃いで〜。どう、楽しんでるの?」
「お、おぉ…」
「まぁまぁ、ね」
…状況を少し、解説します。
僕はまだ一言も発してません。
何故なら、発しようとしても唇の両端がどんどん伸びて、表情をニヤケさせようとするばかりだからです。
何故か顔全体の体温も上がってる気がします…何故か、って、理由はほぼ分かるけど。
だ、だって。
加藤さん、浴衣姿で…。
…か、カワイイ…。
インプモンは両手にわたあめを持って、ギルモンに負けず劣らずの大食いをしてるし、クルモンはお面を被ってて、あたかも空中にひょっとこが浮かんでるように見えるけど、そんなのは今、僕にとっては些細なこと。
自分が硬直してて、明らかに周りの皆と比べて変な表情になっちゃってるのは分かってるけど、それでもひたすら、加藤さんに見入ってしまう。
しばらく博和と健太が加藤さんと話をして、僕はただボーッと突っ立ってる、って状況が続いていたけど、博和達は僕の状況に気づくと、一瞬顔を見合わせてニヤリと笑って…。
「よっしゃ、じゃあインプモン、クルモン、一緒にどっか行くか〜」
とか言い始める。
「実はさ、さっきあっちで美味そうなたこ焼き屋見つけちゃって」
「「ほ、本当!!?」」
過剰反応するのはギルモンとインプモン。
流石、食欲に関してのテイマーズの2トップだ。
「マジだって。ささ、ギルモンも行こうぜ」
「あ、加藤と啓人は後からゆっくり来いよ。俺達、そのままラストの花火会場に行ってっから」
「そうね…うん、そうするね!」
そのまま、博和達は奇妙なほどの素早さで人ごみの中に消えた。
…。
…えっ、あぁっ!!?
「うえっ、えっ、ちょっと、ソレって…」
な、何だよアイツら!?
それってつまり…えぇっと…。
「ぼ、僕と加藤さんと、ふ、二人だけで…」
「?何か言った、啓人君?」
思わず考えていることがそのまま口に出ていたことに気づき、猛烈な勢いで首を横に振る。
でも、頭だけは未だにオーバーヒートしそうな勢いで思考を廻らせていた。
これはつまり…加藤さんと僕だけで花火会場に行くって事!?
ギルモンまで連れて行ったんだし、そう考えるべきだろう…。
それってつまり…えぇっと…男女が一組のみだから…いわゆる。
で…「でぇと」っていうモノ!?
し、しかも、夜のお祭り会場、観に行くのは花火、女性側は浴衣…。
何て事をしてくれたんだ、博和!
最高のシチュエーションじゃないか!!
僕は思わず、心の中でプラ●ーンのポーズをとった。
…待て待て、冷静になれ松田啓人。
これは確かに状況的には最高だけど、それだけにしくじった時のリスクも大きいぞ…。
ここは落ち着いて深呼吸、それから顔中の筋肉を落ち着かせて、声も何時もの冷静さを装う。
それから、英国の紳士の様な感じで優雅に…。
「ど、ど…どうする、か、加藤さん?」
…。
ダメだぁぁぁーッ!!
何?何これ!?
誰の声?
音域高いよ!?裏返ってるよ!?
ちょ、勝手に僕の声吹き替えないでよ作者!(お前の声だ:龍燈)
うわっ、なんか顔全体がスゴイ熱い…。
我ながら自らのヘタレっぷり、電●男並みの動揺に呆れてしまいそうだ。
…呆れられるような心理状態ではないけれど。
大体、加藤さんと会ったのは昨日今日じゃない。
普段は…まぁ、冷静ではないかもしれないけれど、それにしたってここまで動揺はしない。
これが『浴衣効果』か?
あるいは『祭り効果』?『夜効果』?妖しげだなぁそれ。
ってそんな事を考える暇は無いんだよ…。
とりあえず始末が悪いので、視線を露店の方へとずらそうとするんだけど、まるで首が意思を持ってるみたいにまた加藤さんの方へと向こうとする。
諦めて首に従い(変な言い方だ)もう一度、改めて言葉を放とうとした。
「え〜っ…と…加藤さ…」
「じゃ、私達は夜店を見ながら会場に行こうよ!」
「あっ…う、うん…そ…」
「じゃ、しゅっぱーつ!」
とっとと出発してしまう加藤さん。
あ〜…何時ものノリと変わらないや。
…そう思ったら、何となく肩の力が抜けた気がした。
「いや〜しかし、あの焦り様!最高だったね」
「タカト、頑張ってるかな〜」
「ぴぷ〜♪」
「さ〜て、どうかねぇ…」
…俺らはさっきの啓人の顔を思い出しながら、面白おかしく(本人にしてみれば迷惑だろうけど)話しつつ歩いてた…すると。
「お〜い、み〜んな〜!」
どことな〜く脱力したような声。
「お、テリアモン?ってことは、ジェン…」
片手に懐かしいサイダーのビンを持ったテリアモンを連れて、ジェンが視界に入った。
ジェンも浴衣を着てる。
それに加えて、彼の足元のテリアモン…と、同じく浴衣姿の小春、そしてこちらもやっぱりサイダーを片手にしたロップモン。
「あっ、皆来てたんだね。楽しんでる?」
こんな台詞をまぁ、よくも爽やかに言えるもんだ。
こっちのメンバーはこれだけかと思ったら…あれ?
ジェンの隣には、浴衣姿で、髪を下ろしたカワイイ…けど、若干眼つきのキツい娘がいた。
「…誰?」
そんな事を言ってしまった俺は次の瞬間、彼女に思いっくそ腰を蹴られていた。
「ぐおっ!?」
ってぇ…と呟きかけると、その女が尚も睨みをきかせているのに気づき、ようやく誰か認識した。
…最も、俺以外の全員が──ギルモン含む──既に気づいてたみたいだけど。
「何て言った、博和?」
「な、何でもないです、留姫さん…」
しかしまぁ、普段はあんなラフな格好なんだし、気づかなくてもしょうがない…と思う。
本人の前じゃとても言えないけど。
それにしても、何でそんな格好しようとしたんだ?
普段の留姫からは想像もつかん…ってまぁ、これも口には出せないんだけど、幸いにして留姫の方からその答えを掲示した。
「…お母さんがたまには着てみれば、ってね…別に好きでこんな格好してる訳じゃないから」
あ、そうですか…。
「ま、その割には結構、気に入ってるみたいだけどね」
ちょっとばかし笑みを浮かべながら、冗談ぽくジェンが言う。
それを聞いて留姫はジェンをキッ!という効果音が付きそうな顔で睨んだけど、言い返さない所を見ると、図星っぽい。
で、留姫の隣を見ると、更に奇っ怪な存在がいた。
「…レナモン、何でそんな格好してんだ?」
何故か、普段から留姫の傍についているお狐様は、顔にひょっとこ(クルモンが付けてるのと同じだ)を被ってて──しかも顔が縦長な訳だから、眼の部分しか隠れてない──早い話が、普段の雰囲気とはかけ離れた感じだ。
その場の全員からジーッと見つめられたレナモンは、何故か周りを警戒するような素振りを見せてから、そっとお面を外した。
「いや…それが…」
少し照れた表情で、それでもちょっと自嘲的な雰囲気で理由を告げる。
「その…この状況で…ご年配の方々が私を見ると、何故か皆拝もうとするから…」
…あ〜なるほど、狐だからね。
レナモンを中心に暫く、何とも言えない雰囲気が流れた(この間、テリアモンは我関せずとばかりサイダーを飲んでた)けど、雰囲気を変えるためにわざと大きな声で健良が言った。
「あっ、もうこんな時間だ!花火始まっちゃうよ、皆!」
「えっ…う、うん、そうだね!」
「行くか〜!」
そして俺達は、小走りで花火がよく見える川岸の方まで走った。
「この辺りがいいんじゃない?」
加藤さんが僕の顔を覗き込みながら言ってくる。
こういう仕草がまた、カワイヒ…ってまずい、また表情が恵比寿様みたいになってるよ、きっと。
成程確かに、加藤さんが上手く陣取ってくれた川岸のポジションは、仰角・距離・広さはバッチリ!…と思う。
「うん、ここで観ようか…」
と言った瞬間、大きな音と共に、空に第一号が打ち上げられた。
周りの人達(既に殆どの人が座り込んでる)が歓声を上げ、拍手を鳴らす。
僕ら二人も、急いで並んで座りこんだ。
続いて、二発、三発…と、夜空に花が咲く。
「…綺麗…」
「…うん」
ここで「君の方が綺麗だよ」何て言ったら…間違いなく引かれるかなぁ。
いや、雰囲気が雰囲気だし、言ってもいい気がするけど…どの道、言い出せる気力がわかない。
この場にいるだけで…それだけでいいと、今は思ってしまう。
う〜ん、こういう所で立ち止まる所、本当に恋愛関係にある人…早い話が本格的に付き合ってる人は、何か気の利いた言葉をかけるんだろうなぁ。
でも僕には…出来そうもない。
あまつさえ、浴衣姿を見るだけで完全に平常心を失ってしまう様な男だし…。
何か言った方がいいのかな…でも思いつかないなぁ…と、自問自答が延々と僕の中で続いている。
それでも加藤さんは一際大きな花火が上がる度に、小さく拍手をしながら僕の方を向いて微笑んでくる。
僕も笑い返した。
頭の中では言葉を考えるのに必死なのに、表情での返答は自分でも驚くほど素直に出来た。
「お〜、いた。中々イイ感じだね〜、あの二人」
俺達は対岸から打ち上げられる花火を見ながら川岸を歩いていたけど、啓人と加藤の後姿を見つけると足を止めた。
「へ〜…イイ雰囲気じゃねぇか。早速、悪戯イッとく?」
何時だったかのCMの「地球寄ってく?」みたいな台詞で、指の先から小さな炎を燃やし、笑みを浮かべながらインプモンが言う。
それに思わず俺も乗ろうとしたけど、ジェンが「あのままにしておいてあげようよ」と言ってきたから、俺は渋々諦めることにした…それでもまだ、インプモンは未練がましく自分の指の炎を見てたけど、そこで留姫が意外な一言を言ってくる。
「まぁ…ココは啓人の好きなようにさせときましょ…」
ちょっと驚いた。
別に留姫が加藤の肩を持つのは珍しくない…けど、啓人の肩を持つのは意外だし。
と、思ったら、やっぱり裏があった…っていうのを、その不気味な表情から感じ取ったりする。
「…これなら、後々になって弱みを握れるしねぇ…」
…不敵な笑い方をしてやがる。
おい、啓人…お前、知らぬ間にピンチだぞ。
ま、いいか。
せめて今くらい、幸せに浸らせておいても…うん、これ、一応親友としての優しさだからな。
別に留姫が怖いからとか、そういうのじゃないからな、これ。
それから俺達は、花火と啓人・加藤を好奇心満天の表情で(普通、もうちょい別な所に好奇心を向けるべきなんだろうけど)眺めていた。
また一つ、意思を持った様な勢いの火が空に舞い上がってく。
それが、一瞬パッと光ったかと思うと、存在を誇示するかの様な音と共に、頭上に大きな大輪の火を咲かせる。
とっても綺麗で、しかもそれを今、一番傍にいて欲しい人と一緒に見ている。
夜空の大輪は一度咲くと、すぐに消えてしまって…それが名残惜しいと思うと、また同じ様に空に花が咲く。
消える度に心が一瞬、不安になる。
それが再び咲くと、僕の心も再び明るく照らされる。
「ねぇ、また来年も観に来ない?一緒に」
たった今、僕が言おうとしていた事を先に言われた。
もちろん彼女はそんな事、知らないけど。
そんな事よりも、彼女が僕と同じ事を考えてくれてたことが嬉しかった。
「…うん、そうだね」
クスッと笑って、彼女はまた、輝く赤い花に視線を戻した。
ごめん、気の利いたことを言えなくて。
でも、僕はここにこうしていられること、それだけで幸せなんだ。
来年の今は、もっとカッコイイことを言えたらいいなぁ、って思う。
また一つ、漆黒の中に大輪が咲いた。
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