Blizzard
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多分、これが俺にとっての最後の仕事だろう。
一週間前から覚悟していたことだ。いや、三年前からだろうか?
特に恐怖心はなかった。これは本当だ。

吹雪の先に、ちらりと彼女が走る姿が見えた。
どんな表情をしているのかは分からない。
すまない。結局最後は、こうなった。
俺の判断は正しかったのだろうか?
あいつには怒られるかもしれない。
確かにそうだ。
自分の命を捨てるような行動は、間違っている。今ならはっきり解る。
だが、彼女はあいつと同じくらい重要な存在だ。
少なくとも、今の俺には。
あいつが俺のことを護ってくれたように、俺もあいつを護りたいんだ。

願わくは、せめて彼女だけは生き残らんことを。





「一向に天気は良くなりませんねぇ」

ヨウコモンが隣を歩きながら、どこか京弁訛りを感じるイントネーションで言った。

「参ったな。これは本当に駄目かもしれん」
「そのようなことを言わんといて下さい、ガオガモン様」
「まぁ、確かに、あまり悲観的になるのは良くないな。しかしヨウコモン、その言葉遣いはどうにかならないのか?丁寧過ぎて窮屈に感じるんだが」
「あっ…申し訳ございません、直そうとは思うて…思っているのですが」

まぁ、こんな会話が出来るのなら、まだ余裕が残っている証拠だな。
俺の場合は投げやりになっていると言えなくもないのだが、それは口には出さない方がいいだろう。





比較的単純で、簡単な仕事のはずだった。
一週間前、ゴッドドラモンの命を受けて、俺達の部隊は山間に潜んでいるというジョーカモンの手下を奇襲した。
結果は失敗だった。
ブレイズ7に気づかれていた。

オルガノ・ガード・アシュラモン奇襲隊40体の内、34体が死亡した。
その中には隊長も含まれていたから、指揮権は副官である俺に降りてきた。
俺はすぐに撤退を指示した。
更に逃走中二回の追撃で、4体の仲間が失われた。
昨日からは吹雪も強まり、通信機も使えなくなった。
南を目指して歩いているが、はっきりと今の場所も分からない。
ヨウコモンがまだ大した傷も受けていないのは幸いだった。
自らの命を犠牲にしてでも部下を生かした副官には名誉が残るが、隊長も部下も全て失い自らのみ生還する副官は単なる能無しだ。





「困ったな。暗くなってきてる」

結局、今日も天気は変わらないまま、夜を向かえそうだ。

「酷い景色だ。昨日からかなり進んだはずなのに全く変わらない。吹雪と山脈だけだ」
「そうですね…なれど、いい景色です」
「そうか?」

俺は思わず怪訝な顔つきになりヨウコモンを見た。
どうやら彼女は真面目にそう言っているらしい。

「汚れを感じませぬ」
「そうか…だがそれも死んでしまってはどうにもならないな」
「さすれば…夜を凌げる寝床を探しましょう」

せめて今夜の吹雪を凌げる場所をと、移動を再開した。
空が暗くなるにつれ、ますます寒さは増していく。
珍しくヨウコモンの方から口を開いた。

「そう言えば…ガオガモン様。知っておられますか」
「?」
「丁度今の時期のある日…リアルワールドでは“クリスマス”と呼ばれる祭日があるそうです。聖なる夜と呼ばれているそうですよ」
「…クリスマス…」
「その前日の夜は獣の牽くソリに乗った老人が子供に贈り物を配って回り、人々は神聖な一日を祝うそうです」
「…」

俺はしばらく景色を見ながら、その話を聞いていた。
何かで聞いたことのある話だったはずだ…と思ったところで思い出し、同時に様々な記憶がフラッシュバックしてきた。
確かに聞いたことがあった。





「俺もその話を聞いたことがある」

ようやく猛吹雪をしのげる洞窟を見つけ、ひと段落してから、俺はヨウコモンに言った。

「…?」
「クリスマスだ。お前に聞くまですっかり忘れていた。いけないな」
「それは…誰にお聞きになられたのですか?ガオガモン様にも、リアルワールドに関する学識に溢れる方が…」
「少し違うな」

まだ吹雪いている外界を見ながら、この景色とあの記憶とを重ねていた。
あいつと同じ会話をしたことをすっかり忘れていた。
その後に起こった出来事があまりに鮮明に記憶に残りすぎていて、それ以前の会話がすっかり頭から抜け落ちていたらしい。

「テイマーがいたんだよ、俺にも」

この呟いたような言葉に、普段冷静な彼女も少しばかり驚いていた。
まぁ、誰にも話してないから無理もないことか。

「…驚きました」
「同じ話を昔…三年くらい前の今頃に、あいつから聞いた。場所は忘れたが…よく考えたらあの時も、同じように猛吹雪だった」
「その方は…今、どうしておられるのですか?」
「この話をした後数時間後に死んだ」

再度沈黙が場を包んだ。
ヨウコモンがみるみる蒼白な表情な表情になり、慌てて頭を下げた。

「申し訳ございません!なんとご無礼なことを…」
「いや、俺が言わなかったのが悪かった。隠すことでもないし」
「左様ですか…」
「それに最近は昔のことを忘れ始めてる。最悪だな」

彼女がまた俺の顔を見た。
恐らく俺の顔が珍しく暗くなっていたからだろう。

「今、お前が言ってくれたみたいに、きっかけがないとあいつと話してた内容さえ思い出せないんだ。当然かもしれないが」
「…」
「あいつのことを思い出すと、最初に出てくるのはいつも…あいつが死んだ瞬間だ。肝心の、あいつの記憶が出てこない」
「…あの、不謹慎であることを承知でお聞きしますが…ガオガモン様、何があったのです?」
「あいつは俺を庇って死んだんだ」

話しながら、鼻の奥が刺されたような感覚がしてきた。
記憶が鮮明に戻ってくる。
まぼろしが徐々に、過去の現実へと戻っていく。

「酷い話だ。パートナーデジモンはテイマーを守らなければいけないのに。俺はそんなこともできなかった。全く立場が逆になっていた」





別に、あえて語るほどの話でもない。
誰でも推測ができそうな、三文小説にでも出てきそうな記憶だ。
同じような吹雪の中、あいつは俺に楽しそうに教えてくれた。
今日はクリスマス・イブという日で、サンタクロースというお爺さんが世界中の子供にプレゼントを配っていること。
ニンゲンの街は綺麗な飾りつけが施され、人々の心は幸せに満たされていること。
俺はリアルワールドに行ったことはないから、ただそれを聞いて想像することしか出来なかったが、楽しげに話すあいつの声を聞き、笑顔を見ていて、何となく気分が良かったのを覚えている。
それからあいつはクリスマスの唄を沢山教えてくれた。
きっと俺はそれを楽しんで聞いていたんだろう。
だが、今ではその一曲すらも覚えていない。

それから数時間後、ますます天候が悪くなり、あいつがテイマーとして、これ以上進むのが不可能という判断を下した時に、俺達は襲われた。
相手は究極体で、俺がどう足掻いても勝てないのは目に見えていた。
なのに、テイマーの声も聞かず、俺は敵に飛び掛った。
何度も吹っ飛ばされ、俺はついに起き上がれなくなった。
そして敵が俺にとどめを刺そうとしたその時…あいつは走りこんで、俺を庇った。
俺は降り積もる白い雪が赤く滲んでいくのを見て、ようやく状況を理解した。
白と赤の映えるその光景があまりに美しく残酷だったのが、俺の記憶からこの場面だけ色あせず残っている理由だと思う。





吹雪は相変わらずで、俺は無言のまま、洞窟の中にいた。
ヨウコモンはあの後起き上がり、洞窟の奥の方を探索しにいった。
どうやら思ったよりは大きな洞窟らしく、彼女は10分経っても戻ってこない。
少なくとも俺よりは頭の回る奴だから、迷ったりはしないだろう。
望みは薄いが、もしかしたら抜け道か何かを見つけるかもしれない。

やがて戻ってきた彼女は、何かを咥えていた。

「やはりここに抜け道はありませんでした。なれど、奇妙なものを見つけました」
「その機械か?」
「通信機でしょうか」

彼女はその機械を置き、俺に見せてくれた。
それが何かはすぐに分かった。ラジオだ。

「意外なものが落ちているんだな。誰かが昔、同じように寝床としてここを使ったのか…」
「私はこのような機械は使ったことはありませぬ」
「本当か?大きな街に行けば普通に使われているぞ」
「何分、古びた土地の出身故」
「スザク・シティ出身の奴が何を言ってる」

電源を入れてみる。
もちろん機能するとは思っていなかったが、驚いたことに「ザー」という小さな音が聞こえてきた。
しかも周波数のツマミを回していくと、除々に雑音ではなく、声と判別できる音が聞こえるようになった。

「…なんと」
「不思議だな。通信機は相変わらず動かないのに」

やがて響き渡る声が何を言ってるのか分かるほどはっきりした時、これが普段聞いているような放送ではないことが分かった。

“今日は待ちに待ったクリスマス・イブということで、街は幸せそうな人々で溢れかえり、家族連れやカップルがテーマパークやデパートで幸せなひとときを過ごし…”

俺とヨウコモンは目を丸くして顔を見合わせた。





ラジオはリアルワールドの人々の楽しむ様子や、クリスマスに関する話題を延々と流していた。
こんな場所でリアルワールドのラジオ放送が聞こえた理由はよく分からない。
もしかしたらこんな悪天候だったからこそ、あちらの世界の電波がこちらの世界に紛れ込み、受信できたのかも知れない。
が、結局俺もヨウコモンも専門家ではないし、考えたところで何か意味があるという訳でもなかった。
しばらく聞いていると、クリスマスを祝う唄がラジオから響き始めた。
あの時、あいつが教えてくれた唄…なのかどうかまでは分からない。
けれども、きれいな唄だった。明るい唄だった。
あいつが好きそうな唄だ。

ヨウコモンが言った。

「ガオガモン様は…何故オルガノ・ガードへ入られたのですか」
「ん…あいつが死んで、守るものがなくなったからか…いや、そんな崇高な理由じゃないな…単に、いつでも死ねるからかもしれん。戦いに日々直面していれば、それ程長生きは出来ないからな」
「それは…」
「正直、あいつが死んでからはいつもそう思ってる気がする。今の俺の人生は、あの時の戦いのロスタイムでしかないように思えて仕方ない。考えてみれば、俺はゴッドドラモンのように世界を守るだの、そんな大義を立てて戦った覚えがないしね」
「そうですか」

彼女は静かにそう言い、俺をまっすぐに見つめて続けた。

「ガオガモン様、命はそんなに軽いものではありません」
「そうかな」
「えぇ、私にとっては」

その答えが意外で、俺は思わず彼女の顔を見返した。
彼女の目は驚くほど真剣だった。

「なるほど、ガオガモン様にとってはご自身の命に、最早価値を見出せないのやも知れませぬ。なれどガオガモン様…ガオガモン様の命は、私にとっては大事なものなのです。私自身の命と同様、大事なものです。どうかそのようなことを仰らないで下さい」

思わず目を伏せた。
情けないが、負けている。完敗だ。
俺が死んだら、ヨウコモンは困る。
下らない理由だが、その単純な言葉に反論することが出来なかった。

「…そうだな、お前の言うとおりだ。失っていいと言っても、まだそのタイミングではないのかもしれないな。全く、お前には負けるよ」
「…ガオガモン様、その方の墓はお造りになられているのですか?」
「リトル・ラプリワの丘にある」
「よろしければ…その方の墓へ、共に御参りへ行きませんか?」
「…ああ…あぁ、そうだな。行こう。きっと喜ぶ」

ヨウコモンは静かな微笑を浮かべ、黙って俺を見つめていた。

「声をかけてやってくれ、あいつに」
「勿論です」

何時の間にか、外から響く吹雪の音は弱まり、ラジオから流れる音楽がより聞こえるようになっていた。
明日には助かるかもしれない。
吹雪が来るまでは通信が出来ていた分、救助の手もこちらに伸びている筈だ。
彼女は無事に生還させなければ。
そして俺も無事に生還できれば。





翌日は再び吹雪だったが、昨日ほどは酷くはなかった。
俺は洞窟を出る決断をした。
陽が昇り始める頃、俺達はまた歩き始めた。



だが、運命とはあっけないものだった。
三度目の襲撃。
遂に敵に追いつかれた。
それも、アイスデビモン10体というおまけ付きで。

だが、距離を大きく取り、しかも猛吹雪であったことが彼らの視界を悪くしていた。
彼女の体色が白銀であることも幸いだったのかもしれない。

先頭に立つ、あの野郎の声が響く。

「ガオガモン…奇襲部隊も残りは貴様のみ、一週間も逃げ延びるとは大したものだ。流石に副官であるだけのことはあるということか」

この言葉を聞いた瞬間、俺は即座の判断で彼女から離れ、突進した。
奴らはヨウコモンに気づいていない。

ヨウコモンが後ろで叫んだのが聞こえた。
吹雪の唸りで何を言っていたのかは全く分からなかったが、大体予想はつく。

俺は叫んだ。

「逃げるんだ!!」

だが、すまない。
命の捨て時があるとしたら、それは今だ。
お前を生かす望みを絶やさないために。

アイスデビモンを蹴り飛ばし、切り裂き、俺はデスモンに飛び掛った。

「久しぶりだな、ガオガモン」

脳天に激しい一撃を喰らって吹っ飛ばされる。
すぐに立ち上がり、光の矢を避けた。

「貴様も愛しのテイマーの元へと召される頃合いだ!」
「あぁ、そのつもりだ!!」

飛び掛り、腕に噛み付く。
更にありったけの力で胴体に斬りつけた。
あまり効いているようには見えない。

「なるほど?まさか貴様、この俺と相討ちを狙っているのか?笑わせてくれる!」

デスアローが肩を貫いた。
そんなもの、どうでもいい。

「違う!!」

飛び掛ろうとした途端、更にデスモンの瞳が輝き、数秒間宙を舞った。
口の中に鉄の味が充満し、腕はありえない方向に曲がった。
だが、立ち上がれた。
まだ足は三本あるのだから、動ける。
俺は許される限りのスピードで走りこんだ。

「テイマーと同じく、護りたい者がいるのだ!!」

再び光の矢が降り注いだ。
俺は更に速度を上げた。



多分、これが俺にとっての最後の仕事だろう。
一週間前から覚悟していたことだ。いや、三年前からだろうか?
特に恐怖心はなかった。これは本当だ。

吹雪の先に、ちらりと彼女が走る姿が見えた。
どんな表情をしているのかは分からない。
すまない。結局最後は、こうなった。
俺の判断は正しかったのだろうか?
あいつには怒られるかもしれない。
確かにそうだ。
自分の命を捨てるような行動は、間違っている。今ならはっきり解る。
だが、彼女はあいつと同じくらい重要な存在だ。
少なくとも、今の俺には。
あいつが俺のことを護ってくれたように、俺もあいつを護りたいんだ。

願わくは、せめて彼女だけは生き残らんことを。





この数時間後、ヨウコモンはパンジャモンの救援隊に保護された。
ガオガモンは三日後、名誉隊長としてその名がオルガノ・ガードの名簿に刻まれることとなった。
彼の墓はリトル・ラプリワの丘、今となっては名も分からぬテイマーの墓の隣にある。




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