時空を超えた戦い - Evo.20
CRASH Stream 2:Kill the friend -1-






「ぐあっ!!」

遂にカタストロフィーカノンがメタルガルルモンの背中を直撃した。
一撃が当たれば、その後の第二・第三撃を命中させることなど簡単だ。
激しい音と共に無数の弾が叩き落される。
ディアボロモンの作戦は完全に成功し、一方でメタルガルルモンは満身創痍であった。

無限階段の塔の一つに落下する。
塔は崩れるが、瓦礫に飲まれる寸前に立ち上がり、再び飛び上がった。
まだ戦意が薄れてないことを自分自身に確認する。

…当然だ、こんな所で死ぬ訳には行かない。

「大丈夫?マダマダ遊ベルヨネ?」

あの悪魔は、さも心配するかの様な──しかし、音には喜びが満ちている──声をかけてくる。
メタルガルルモンは上空を見上げた…その、無数に広がる悪魔達の姿を。

「サ、続キ続キ♪」
「…くそ」

悪態をつく。
既にディアボロモンの数は数十体に増えている。
全てのディアボロモンが不気味な笑い声を上げ…瞳をホラー映画にでも出てきそうな不気味な動きで忙しなく辺りを見回していた。

これだけの数を相手にするのは、単なる自殺行為だ。

まずやるべき事は…ウォーグレイモンの元へと向かうこと。
彼も苦戦しているに違いない。
恐らくあの場から離れ過ぎたのだろう、自分のパートナーの声すら今は聞こえないが…戻ることくらいはできる。

次の瞬間には全速力で走り出した。

「アッ、逃ゲタ」

まるで逃したかのような発言。
口調からは失態を犯したかのような雰囲気は微塵も感じられなかったが。

「この…だぁぁっ!!」

全身のミサイルを射出した。
目標を設定している訳ではない…少なくとも、火気兵器は自らの蓑となれば良い。
加えて、重みのある兵器を放つことで自身の重みを減らす狙いもあった。

三体のディアボロモンが飛び掛ってくる。
だが、一体目は頭を踏んで通り抜け、二体目、三体目の間をうまく通過し、霧の中を上手く進んでいった。

やがて、靄の中から二人の人間が立つ無限階段の塔を発見した。
まだディアボロモンは追ってこない。
数が多過ぎるが故、粉塵の中で混乱しているのかも知れない。
だが、それはメタルガルルモンの関心を惹くことは無く…機械の狼の眼は、ただ二人の人間へと注がれていた。

二人とも無事だ…だが。
片方の人間はうなだれている様にも見えた。

何が…嫌な疑念を振り払い、メタルガルルモンは無限回廊へと舞い降りた。

「…ヤマト?」

降り立つ寸前にヤマトは彼に気づいた様だった。
この視界の利かない霧の中では当然かも知れない。

「…あぁ、メタルガルルモン。悪い…視界が悪くて…」
「あ…うん…それより…」

申し訳なさそうな言葉。
だが、メタルガルルモンには「視界が悪いことが原因で自分に気づかなかった」というよりも「途方に暮れていて気づくことが無かった」様に感じられた。
理由はない…ただ、パートナーの雰囲気の違いを直感的に感じたのだ。
そしてこの感覚が出した答えは正解だった。

「…メタルガルルモン…」

太一がヤマトの脇に立っていた。
メタルガルルモンは彼を怪訝そうな表情で見る。

「…タイチ?どうしたんだ?」

彼の表情は、まるで自らを嘲笑しているような…しかし、微かに苦しみが現れている。
普段の明るさが無い…ここに来て、ようやく状況が飲み込めてきた。
最悪の予感が彼の心を覆う。
「それは違う」と彼は自身に言ったが、「それは真実だ」と彼自身の勘が切り返してきた。

表情の中で必死に平静を装う。
それでも彼の機械の内側に流れる血が、一秒毎に揺れ動く感情を構成するデータが、彼の中から平静を奪っていった。

「…ウォーグレイモンは?」

問いには殆ど感情が入らなかった。
平静を奪われ、血の気が引いていた。

太一は言葉を吐く代わりに、少しばかり体を揺らした。
自分にその存在を提示するかの様に。

彼は、複数のディアボロモンとの戦いを始めたその場から、全く動いていなかった。
変わっていたのは、悪魔の数。
こちら側で彼と戦っていたディアボロモンも、自分の戦っていた奴らの数とほぼ同等な程に増えていた。


だが、悪魔の数など、メタルガルルモンの瞳に映る情報としては塵ほどの価値も無かった。
彼の瞳は友を映していた。
ウォーグレイモンを。
微動だにせず、体色が濃い紫へと変わり、悪魔と全く同じ瞳を動かす彼を。



何が起こった?
彼に何が起こった?

凄まじい衝撃に打たれ、彼は頭を瞬時に支配したその疑問を吐き出すことが出来なかった。
喉が作り出したのは、自分の声とは思えないほどくぐもった音だけだった。


「…何…だよ…。あれ…」

ようやく言葉が出たが、それは自身への問いなのか、竜人への問いなのか、太一やヤマトへの問いなのかも分からなかった。

「アッ、仲間ガ来タヨ〜♪」

ウォーグレイモンの周りを取り巻いていたディアボロモンの中から、一体がメタルガルルモンにようやく気づいた。
そして言葉を放ったディアボロモンと、その言葉に反応した隣の、同じ顔の悪魔が、彼らの立つ塔のすぐ隣の、同じ塔へと降りた。
この悪魔に表情の変化なんてものは殆ど無いが、もしあるとすれば、それは喜びに満ちているはずだ。
最初にメタルガルルモンに気づいた悪魔が、得意そうに彼に話し始めた。

「ネェ、アノでじもんハ君の友達デショ?」

メタルガルルモンは彼ら二体にようやく目を向けられたが、表情を変化させることは出来なかった。
憎しみの表情も、怒りの表情も無理だった。
思考が停止していたと言えるかも知れない。
ましてや彼らの問いに答えることなど出来なかった。

「キットソウダヨ、友達ダヨ」

メタルガルルモンの代わりに、隣にいたディアボロモンが答えた。
彼の声も喜びに満ちている。

「アァ、ソウカ〜。デモネ、モウスグアノでじもんハ君ノ友達ジャ無クナルンダ」

相変わらず得意そうな口調で、言葉を続ける。

「エッ、何デ何デ?」

隣のディアボロモンが、その言葉に漫才の様なわざとらしい口調で聞き返す。

「アノでじもんニハ、別ノ僕ガ入ッチャッタンダ。今ハ、別ノ僕ガアノでじもんノ"ココロ"ヲ食ベテルンダヨ」
「食ベテルノ?食ベ終ワルトドウナルノ?」
「別ノ僕ノ新シイ体ニナルンダ。アノでじもんハ、新シイ僕ニナルンダヨ」
「エェーッ!?凄イ凄イ!ジャア、アノでじもんハ僕ラノ新シイ友達ニナルンダネ!」
「ソウダヨ!キット、アノでじもんモ幸セダロウネ」
「キットソウダヨ。ダッテ『僕』ニナレルンダモン」

そう言って、彼らは笑い転げた。



この言葉は既に打ちひしがれているメタルガルルモンの体に、更に鞭の様な鋭い一撃を加えたが、それに伴う痛みを感じる余裕はメタルガルルモンには無かった。
彼は確かに、ディアボロモン達の言葉を聞いた。
だが、それを飲み込むことは出来なかった。
辛うじて動く感情の何処かでは、その言葉を理解していたのかも知れない。
だが、その意味を受け入れることは出来なかった。

奴らは今、なんと言った?



二体のディアボロモンは再び空に飛び上がり、まるで魚の大群の様にウォーグレイモンの周りを取り巻く悪魔の『流れ』の中に消えていった。

メタルガルルモンは彼らを目で追うだけだった。
太一とヤマトは肩を僅かに震わせていた。
ウォーグレイモンは動かなかった。
ウォーグレイモンに巣食う悪魔は、眼をひたすら動かしていた。

どうして?なぜ?
あのウォーグレイモンが?
歴戦の戦士であり、自分の無二の親友である彼が?

「…お前らに」

感情は、煮え滾る怒り、装甲の内側を掻き毟る憤怒となって戻ってきた。

「…何でそんな事をする権利があるんだ!!」

怒りは激流の如く彼の中に流れ、常時の冷静さを破壊した。
ウォーグレイモンを取り戻せ。
彼の感情はそれだけを叫んでいた。
ウォーグレイモンを取り戻せ。

彼の怒りは悪魔達にのみ向けられていたが、他の感情が自分の相棒に向けられていた訳ではない。
彼は、彼自身と、ウォーグレイモンだけを見ていた。
普段、誰よりも大事である筈の、自分のパートナーの事は殆ど見ていなかった。
ましてや、彼の友人、ウォーグレイモンのパートナーの事など、彼の感情の中には全く干渉しなかった。
その瞬間までは。

「…ヤマト!ウォーグレイモンを今すぐ…」
「ヤマト!!メタルガルルモン!!」

激流が、止まった。
一時、彼の感情から完全に取り除かれていた人間が、その激流を一瞬にして封じ、消し去った。
怒りの激流は堤防に阻まれ、曲げられ、砕かれた。
八神太一によって。
彼の決意によって。




この瞬間に彼自身、太一の決意は完全に固まった。

アグモンは彼にとって単なるパートナーではなかった。
それは他の子供達にとっても同じかも知れないが、とりわけ太一にはその感情が強かった。
彼にとってのアグモンは彼を形成する心の一部だった。
そして家族であり、親友であり、兄弟であった。
その一部は最早失われた。
だが、失われている物を手放すことは、簡単ではなかった。


「…頼む」


しかし、彼は決めた。
全ては決意に動かされて。
彼は、彼自身が立てた決意に全てを委ねる決断をした。
仲間を守るための決断を。


「ウォーグレイモンを…」


この決断を通す為に、彼は感情を構成する、あらゆるものを砕いた。
影と光、欲望と願望を壊した。
時が経てば、これらは全て再建される。それも彼には分かっていた。
それでも、この瞬間には破壊し、一時であっても全てを捨てる必要があった。
それ故に、彼は一切の感情を無視して、その決断を仲間に向ける為に告げた。

代価は彼の全てだけでは足りない。
アグモンの全て、彼の心の全てを支払った。

息を吐き、震えを必死に止めて。
額の汗と、心の闇を弾いて。
決断を外の世界へと送った。


「アグモンを、殺してくれ」






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