時空を超えた戦い - Evo.26
CRASH Stream 8:Pain of universe -1-







「配置が完了しました、ゲンナイさん」
“気づかれてはいないかね?”
「無論です。尤も、奴…ベルゼブモンが、失敗していなければ、ですが」
“彼は大丈夫だよ。何より、彼をこの作戦の特攻隊長に推薦したのはスーツェーモンだ。それを忘れたのかい?”
「いえ、そう言う訳ではありませんし、スーツェーモンの判断も私は尊敬しています。ですが、彼は…何と言うか、忍耐力が無さ過ぎます」
“ははは、それは私も聞いている。大丈夫だ、彼を信用してやってくれ”
「はい。…それでは、これで。ゴッドドラモン終わり」

ゴッドドラモンはゲンナイとの通信を切ると、溜め息をついた。
長く四聖獣に仕えている彼は、四体全てに絶対的な忠誠を誓うと同時に、彼らを尊敬していた。
しかし…いや、だからこそ、スーツェーモンがこの作戦の特攻隊長に、何処の馬の骨とも分からないデジモンを推薦したことに驚いていた。
実際、数日前に合間見たあの魔王は、彼が率いる保安部隊に求められる人物像とはまさしく正反対の性格であった。
風貌もそうだが、性格は反抗的かつ自己中心的。
会うなり、いきなり彼に「ベヒーモスを置いてきたから移動手段がない。何かくれ」と言われた時は、殴ってやろうかと本気で考えてしまった。
そんな存在が、いきなり重要なポストに就くことは異例中の異例である。
その宣告を受けた時のゴッドドラモンの表情は、場に居合わせたシェンウーモンがその場で、


「あぁ、何といったかのう、その表情。ほれ、リアルワールドで有名とかいう絵…『ムックの叫び』じゃったかなぁ、のう、スーツェーモン?」


と発言したことからも想像がつく(ちなみに、この問いをスーツェーモンは無視した)。


だが…彼の実力は確からしい。
話によれば、彼は一年前のデ・リーパー侵攻事件の際、「ゲートキーパー」の異名を持つADR-09の防御壁を砕いたのだと言う。
当時、デジタルワールド側で戦闘に参加し、重傷を負ったゴッドドラモンにとっては、この事実は驚くべきことであった。



意識を内側からその場に戻すと、後ろに立つ十数体の部下に目配せしてから、ゴッドドラモンは目の前の防護壁を睨んだ。
どちらにせよ、彼がやるべきことは一つ。
この作戦を遂行することのみ。



第三司令室の頑健な扉が吹き飛んだ瞬間、席でパネルを打っていたスカルサタモン達は驚いて振り返った。
粉塵が晴れて見えたのは、扉の両脇に倒れるブギーモンと、向こう側に平然と立つ金色の竜、そしてその後ろで構えるデジモン達だった。

「…『オルガノ・ガード』だ。貴様らを逮捕する」

ゴッドドラモンは静かにそう言ったが、彼が名乗った時にはスカルサタモンは既に別の扉に向かい必死に叫んでいた。

「…衛兵!何をしている!衛兵!!」

すぐさま、別の場所を警備していたブギーモン達が向かってくる。
が、彼らには目もくれず、ゴッドドラモンは両手を合わせると、一言呟いた。

「ゴッドフレイム」

次の瞬間、轟音と共に巨大な波動が彼の体から放たれる。
放射状に放たれたそれは、ゴッドドラモンが狙ったあらゆるものを吹き飛ばした。
司令官のスカルサタモン達は壁に頭を打ち付けるだけで済んだが、彼らよりも遥かに敵に近い場所まで歩を進めていた衛兵達はそうはいかなかった。
浴びると同時、全身を焼かれ消滅する。
中にはこの第一激を間逃れ、襲い来る者も何体かいたが…すぐにゴッドドラモンの後ろに控えていたガーゴモン達によって抹消された。

「う、うぁ…あぁぁ…」

恐怖のあまり腰を抜かし、後ずさりするスカルサタモンに対し、ゴッドドラモンは静かに距離を詰めていく。
そして一体の首を掴み、無理やり起き上がらせた。

「が…こ…この野郎が!!」

もがき苦しみながらも、スカルサタモンは握っていた杖で一矢報いようとした。
だが、その杖を振り上げた瞬間…ゴッドドラモンもその杖を握り、簡単にへし折っていた。

「なッ!?」
「杖は必要ないだろう」

静かに、しかし重みを込めて言うゴッドドラモンに、スカルサタモンは恐怖した。

だが…その感情とは対照的に、彼の口元には笑みが浮かんでいた。

「ふ…ヒ…ヒヒ…」
「何が可笑しい?」
「…いや…いや…」

彼の口に笑みが浮かぶ理由を、ゴッドドラモンはすぐに理解した。
だが、それが確信に変わるのは、それがスカルサタモン自身の口から出た時だ。

「…お前達は遅過ぎた…何もかも…こんな事をしても無駄だ…ジョーカモン様は間も無く新たな神となる…お前達は死ぬ…私達が勝つ…ヒヒ」
「その話は私にする必要はない。四聖獣の前でその続きを話してもらおう」

平然とゴッドドラモンは言ったが、スカルサタモンはまだ奇妙な笑いを続けていた。

「時は満ちたぞ…ヒハハハ…」





主人不在の荒野の部屋は、既に蜂の巣を突いたような状態になっていた。

「うぉぉぉあぁ!?」

間一髪、放たれた銛は博和の頬を掠め、すぐ後ろの岩石に突き刺さった。
だが、武器が在ろうと無かろうと、目の前にいる魚人は完全体だ。
そしてその完全体は、自分に物凄い勢いで殴り掛かってくる。

「ヒロカズに何すんだ、この野郎っ!」

寸での所で、ガードロモンの拳が彼を襲う脅威を吹っ飛ばした。
命からがら、といった表情で首元を触りながら、博和は再び走り出した。
幸いにして傷はないらしい。
だが、すぐに次の敵が迫ってくる。
それも一体ではなく、大群で。

「何してんだ博和、急げっ!」
「うっせー!!」

随分簡単に言うな、健太に向かって言うつもりだった言葉は、目の前で熱線が引き起こした爆発によって短い悲鳴に変わった。
そうしている間にも、ガードロモンが、敵の大群が放つ光線と同じ位の数のミサイルで応戦している。

「ガードロモン!そろそろ切り上げろ、危ねぇぞ!」
「オレだって切り上げたいよ!」

彼の無事を祈りつつ改めて正面を見ると、樹莉や健太が大きな岩に登っているのが見えた。
健太が登り終えると、彼はすぐにその下に到着した博和に手を差し出した。

「くそ、全く…」

よじ登っていく最中も、頭のすぐ横で岩山に銃弾が直撃し、火花が散る。
こんな状況に──目の前で爆弾やレーザーが炸裂するような状況に──慣れる人間などいる筈が無いが、それでも悪態の一つくらいはつかずにはいられなかった。

「ぴぴぃっ!!」
「あぶないくるっ、ガードロモン!!」

激しい金属の打撃音は、博和がどうにか一枚岩を登りきった瞬間に聞こえた。
そしてマリンエンジェモンとクルモンが悲鳴を上げた時には、ガードロモンが地面に倒れている画が彼の視界にも入った。

「ガードロモンッ!!」

声に反応したのか、金属の両腕を動かし、立ち上がろうとするパートナー。
だが、その後ろから何十という数の敵が迫っている。
間に合わない。その大群が歩を緩め、ガードロモンの周りを囲んでいくのが何よりの証拠だ。
反対側の岩山に立つスカルサタモンが笑いながら叫んでいる。

「ハハハハッ!よし、よし!まずは最初の獲物だ!!」
「やめろ!!ガードロモン!!」
「見せしめだ、肢体を引き裂いてから壊してやれ!!それから…」

それから先は、先程の打撃音の何十倍も大きな音によってかき消された。

全ての者が言葉を失い、全ての音が消えた。
全ての行動が止まり、全ての者が何が起こったのかと辺りを見回す。

“それ”に最初に気づいたのは、一番近い場所にいたスカルサタモンだった。
続いて子供達とパートナーデジモン、更にガードロモンの周りを囲んでいたデジモン達もそれに気づく。

だが、一番最初に気づいたスカルサタモンでさえ、暫くの間言葉を発することは出来なかった。
目に飛び込んできた光景が、彼には信じられないものであったからだ。
彼のすぐ後ろに倒れる、灰色の姿。
二枚の羽はボロボロ、頭部の硬い鎧にも傷が入っている。

適切な言葉を発することが出来たのは、意外にも樹莉が最初だった。

「…っ、え…なんでデスモンが…?」

そこに倒れる灰色は、確かにリアルワールドで、キングエテモンの死の間際で、丈達との別れ際で見たあの究極体であった。
だが、そのデジモンが何故今になって、しかも負傷した姿で現れたのか?

その理由は間も無く明らかになった。
樹莉達の足元の影が突然広がり、頭上に降る日光が遮断される。

「…何だココは…なんでこんな広い場所が…」
「ベルゼブモン!?」

頭上のひび割れた“空”から現れたのは、こちらに来てから顔を見ていなかった知り合い。
いや、それだけでは無かった。
空のひびから、更に幾つかの影が落ちてくる。
その影は傷ついたガードロモンの前へと落ちた。
落下…いや、着地した影は全部で5つ。
すぐさま影はガードロモンを円形に囲み、外側を向いた。

「…だああぁぁぁっ!!」

そのうちの一つ──姿を現した巨大な海獣──ズドモンのハンマーが、ガードロモンを囲むデジモン達を蹴散らす。
その反対側では、アンキロモンの尾とアクィラモンのレーザーが同じように敵を一掃していた。
彼らを飛び越え、尚もガードロモンを抹消しようと試みた何体かは、リリモンの狙撃を受けることになった。

「あっ、博和君、健太君、樹莉君も!大丈夫かい?」

その声は、落ちてきた影の最後の一つ、エビドラモンの背に乗っている丈の声だった。
よく見れば、あのエビドラモンは丈、ミミ、京、伊織を乗せている。
そして見た目に似合わない俊敏さで、彼にまとわりつくデジモン達を次々と殴り倒していた。
大丈夫か、と聞かれても、寧ろ見覚えの無いデジモンに乗っている彼らの方が大丈夫なのだろうか、という疑問が浮かんだが、それは愚問である気がした健太は黙って頷くことにした。

「全員大丈夫です!丈さん達は?」
「こっちも大丈夫!そこの助っ人さんが助けてくれたからね!」
「そういうことだ!!ほら、さっさとしゃがめ!流れ弾に当たっても知らねぇぞ!」

何時の間にか自分達の立つ岩石に着地したベルゼブモンは、元々の標的である博和達を狙ってくるデジモン達を次々に打ち抜いていた。
まぁ、彼の力を鑑みれば、“流れ弾に当たる”なんてことは起きないと思うが…それでは余りにもぞんざいな態度なので、彼らは黙ってベルゼブモンに従う。
成熟期三体、完全体二体、究極体一体の奇妙な援軍は、確実に混乱する敵デジモン達の数を減らしていく。



「おのれ…何をしている!さ、さっさと侵入者を殺せ!間抜け共!!」

数十秒前まで有頂天で指揮を取っていたスカルサタモンがようやく発した一言だった。
後ろで倒れているデスモンの状況はよく分からないが、彼の性格を考えれば、ここで振り向いて気遣うような真似はまずい。
プライドの高いデスモンにとっては、格下の者に気遣われることも侮辱なのだ。
しかし、ここで彼があの乱入してきたデジモン達を殺せば、それは手柄としてカウントされるに違いない。

「さっさと殺せ!デスモン様のために!そんなことも出来ないのか!!」

何と言っても、任務を何より優先するデスモンである。
きっと自分がここで良い功績を残せば、それを高く評価してくれるであろう。
この時、スカルサタモンは任務そのものよりも、自分の名誉と保安を第一に考えていた。
したがって、彼の髑髏を模した頭部に三本の指が置かれたことへの反応は一瞬遅れていた。
次の瞬間には、何も考えられなくなっていた。

起き上がったデスモンは、右手で掴んだ部下の頭を、怒りに任せて握り潰した。
そしてそのまま彼の体を地面に叩きつけ、殆どが骨だけの体をバラバラにした。
悲鳴も上がらぬまま、消滅していく骸。
しかしデスモンの単眼が見たのはその死体ではなく、右手にこびりついた元スカルサタモンの体液だけだった。
デスモンは掌についた最後のスカルサタモンの名残りを、汚物のように振り払う。

こんな汚らしいものは、強いデジモンへの侮辱だ。
強いデジモン…灰色の魔王は自分の中でその言葉を反芻する。
そうとも、自分は最強のデジモンだ。例え今そうでなくても、間も無くそうなる。
作り主であるあのデジモンに従うのはあくまで力を得るためであり、彼に心の底から忠誠を誓ったことなど一度も無い。
いつかはあの仮面の悪魔すら見下す存在となる。或いは、自分にロードされる存在に。
ブラックインペリアルドラモンもそうだ。
奴は見込みはあるが、下らない感情に盲従している。
彼が自分で作り出した下らない哲学を捨てるのであれば、俺はブラックインペリアルドラモンを受け入れる。
もし捨てないのであれば、五年前にやろうとしていた通り、奴を殺すのみだ。
ましてや、あそこ、あの岩の上に立つあの悪魔。
何から何まで憎たらしいあの魔王は生きる価値がない。
下等で下品で、おぞましい。
今すぐにでも倒せる存在だ。
倒せる存在で“なければならない。”

今では記憶の片隅にすら残っていない、髑髏の悪魔を殺した時のグシャリという音で、全ての動きが止まった戦場。
全ての目が──敵味方関わらず──デスモンを見ている。
静かに、デスモンは腕を上げた。


「…デスアロー」


冷たく放った一言と同時に、右手の眼から光の矢が放たれた。
だが、その目標は子供達のデジモンではない。

呆然とデスモンを見ていたハンギョモンの体が貫かれ、その後ろにいた二体のタンクモンの頭部も吹き飛ばされた。

「…ぇ…」

樹莉がそう呟いた時には、二撃目・三撃目のデスアローが放たれ、敵味方関わらずあらゆる者に襲い掛かっていた。
そのうちの一撃はズドモンに向けられたが、寸での所でデスアローはトールハンマーに“叩かれ”た。
腕が吹き飛ばされそうな反動を受けながらも、何とかデスアローを消滅させたズドモン。
だが、彼の周りにいた、デスモンにとっての味方である筈のデジモン達は次々と打ち抜かれ、絶命していた。

「なっ、何なんだよ!!?」

そう叫んだズドモンに答える意思があったのかどうかは怪しいが、結果的にデスモンの次の言葉は答えとなった。

「貴様らのデータを差し出せ、塵共め!!俺は、俺は最強のデジモンなのだ!!」
「何を言って…」
「死ね、死ね、死ね、全員死ね!!どの道お前達に生きる価値などあるまい!!喜んで俺にロードされるが良い!!死ね!!」

「死ね」という言葉が何度も繰り返された。
その間もデスモンは攻撃を続け、逃げ惑う『味方』を抹消していく。
最早デスモンは正気とは思えない。
狂気に囚われている。だが…。
デスモンが何をしようとしているのか、彼には分かった。
ベルゼブモンには。

「野郎…勝てねぇからって、仲間を殺して強くなろうってか!?」
「「「え!?」」」

ベルゼブモンには理解できた。何故なら、彼もそう考えていた時期があったからだ。
殺すことでのみ、最強のデジモンへの道は開かれると。

だが、今の彼が確信しているように、それは間違いだ。
まして、勝てないから部下を殺すデジモンが、即座に力を得ることなどあり得ない。
結局の所、ロードという行為は、それだけでは大した意味を成さない行為なのだ。
人間が人を殺しても強くならないように、動物が他の動物を食った所で即座に力を得るわけではないように。
生物であるデジモンが、そんな馬鹿な行為だけで強くなることはない。

「おい!止め…」

ベルゼブモンは叫ぼうとしたが、デスアローは彼にも向かっていた。
陽電子砲を上げたが、流石に今回は間に合わなかった。
光の矢が彼の肩を削る。

「ぐあ…」
「ベルゼブモン!?」

悲鳴のような声が下から聞こえたが、堪える。
間も無く、混乱する味方の殆どを殺したデスモンは舞い上がり、再び自分が落ちてきた切れ目に飛び立っていく。
幸いにしてこちら側で負傷したのはベルゼブモンだけだったが、戦場は…形容し難いほど酷い。
ガードロモン、そして彼を囲んで護っていたズドモン達は立っていたが、彼ら以外で立っている者は居なかった。
殆どの敵デジモンが消滅し、辛うじて生きている敵デジモンでさえ四肢のどれかを失ったり、体を貫かれていた。

「…ぃ、嫌…何これ…」

樹莉の押し殺した声を聞いて、ベルゼブモンは我に返った。

「何してんだ!奴を追うぞ!!」
「えっ、何言って…」
「馬鹿野郎!今のアイツを放っておいたらどうなる!誰が死ぬか分からねぇぞ!!」

真意を知り、我に返る。
“啓人でさえ危ない…”そういうことだ。

「おい海老!コイツら連れてけ!!」

ベルゼブモンが言葉を発するか発さないかの内に、エビドラモンは軽快な跳躍でベルゼブモンの元に降りた。
丈とミミが手を差し伸べ、有無を言わさず博和達をエビドラモンの背に乗せる。
樹莉は死の蔓延する荒野をもう一度見る。
敵とは言え、そこにいる全てに死と激痛が迫っているのだ。

出来れば、救ってやりたいと思う。
だが、何も出来なければ、何かをする時間もない。
ただ心の中で彼らに謝るしかなかった。
ごめんなさい。ごめんなさい。



「追うぞ!!」

ベルゼブモンの一声で、アクィラモンとリリモンがアンキロモンの体を拾い上げる。
更にベルゼブモンはズドモンの甲を掴むと、ありったけの力を込めて飛んだ。
エビドラモンは驚くべきことに、ガードロモンを銜えると、体についた全ての脚を器用に使って壁を一気に登り、空のひびを目掛けて跳躍した。
最後にマリンエンジェモンとクルモンがその後を追って消えた。




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