時空を超えた戦い - Evo.28
Sacrifice(Break or Wake mix) -1-






デュークモンは見た。
記憶の中で照合される、その存在。
それは紛れも無く、工場の中で見た、青い幽霊だった。
今は青い幽霊と言うよりも、青白い氷像と呼んだ方が正しい。

異形の悪魔の氷像。黒い皇帝竜の氷像。
巨鳥の氷像。灰色の昆虫の氷像。
単眼の魔王の氷像。金色の猿の氷像。
そして、混沌の機械竜の氷像。

キングエテモンの言葉を思い出した。
“今は主の管理下で凍結保存されているわ。アチキであって、アチキではないデジモンとして”…しかし、聞くことと見ることではやはり、受ける印象が違う。
つい先程、自分達を苦戦させていたデジモン達の“抜け殻”は、ガラス細工のように酷く脆い印象を受ける。
そしてその横に、持ち主がいる。
その“芸術品”に、ゆっくりと触れながら。

「これが、その品だ。驚いたかね?」

ジョーカモンは言った。

「これはあの塵共が死んだ時、バックアップを利用して再生する為に五年前から保存している。肉体は少しも劣化していない。まぁ、外側から衝撃が加われば話は別だが」

ジョーカモンの目は大輔を見た。
そして言葉と視覚の効果を存分に楽しんだ。
良い表情だ。
その、足元が揺らいでいる感覚に襲われたような体の揺れ方さえ、心地良い。

「実の所、クローンの再生は今まで何度か行っているのだがね。時には奴らも戦いの中で死んだ。代わりの者を用意するのは容易いが、奴らと同じレベルの力を持つ者は早々居ない。しかし…」

ゆっくりとジョーカモンは移動し、今度はブラックインペリアルドラモンの氷像の前へと立った。
片手に持つ鎌、それを氷像にコツコツ、と当てる。

「同じ肉体を利用して復活を行えば、厄介な準備を行う必要もない。それにもう一つ、便利な利点がある。それが…記憶の継承、だ」

果たして、自分の言葉を理解している者は何人居るだろうか?
ジョーカモンはちらりとそう思い、周りを少し見渡した。
奇妙な偶然だ。
どうやら、今の立ち居地で彼に近い者ほど、彼の言葉を理解してないように見受けられる。
ジョーカモンの技、紅の壁によって行く手を封じられた者の中には、自分の言葉を必死に聞き、頭の中で処理しようとしている顔も幾つかある。
デュークモンやオメガモン、そしてそのパートナー達は──一言で表すのは難しかった。
自分の中での激情を抑えているような、そんな表情だ。
そして、インペリアルドラモンに大輔…この二人の考えていることは簡単だ。
敢えて考察する必要もないほど単純な、激情。
それが一瞬で読み取れる。

彼はそれを小さく鼻で笑うと、言葉を続けた。

「儂の造ったクローンには全て、生まれつきバックアップ用のチップを埋め込んである。これは対象が消滅した瞬間、この本体に転送されるようにプログラミングしてある。そうやってクローンを造り直すと、肉体だけでなく記憶も復活される。“教育”し直す必要もない…」

それからジョーカモンは、作品が何時まで経っても完成しない戯曲作家のような、やや憂いを含んだ声になった。

「…これは効率的な方法の筈であった。一度死んだ時の記憶が残れば、何が原因で死んだのか、それも奴らは知ることが出来る。だが…これは失敗であった」

ゆっくりと息を吐き、わざとらしく「何か分かるかね?」と小さく呟く。
それから彼は再び話し始めた。

「それはつまり、彼らに余計な感情を育てる機会を何世代分も与え過ぎた、ということだ。儂の駒である、それだけで充分であるのに、彼らは必要のない思考まで持ち始めた。とりわけ、この愚かな竜は。そこで、儂は“やり直す”ことにした」
「お前は…」

大輔が口から言葉を漏らした。
が、そこから先が続かない。

ジョーカモンは彼を一瞬だけ見た。

「さて、どうすれば上手く“やり直せる”か、これが問題だ。同じ個体を元にしたクローンは、同時に二体以上造れない。バックアップの際に混信してしまうからな。ならば、どうするか。その方法は一つ…」


一度、クローンを抹消し。
思考だけを消去してから、もう一度クローンを造る。


悪魔は、そう言った。



暫くはその場の誰も、何も言わなかった。
言えなかった、といった方が正しいのかも知れない。
悪魔の所業が、その先にある結末が、想像できない。
想像するのも恐ろしい。

「…幸い、君達が彼らの殆どを葬ってくれた。思考を消去すればすぐに造り直すことができる。そうすれば、彼らも真の意味での手駒として、不足のない…」

大輔が静かに出した指示を聞いたインペリアルドラモンは、既に銃口を向けていた。
ジョーカモンに、ではない。
氷像へ。

ドン、という音と共に放たれたレーザーは、パロットモンの氷像を貫いた。

「…あぁ」

爆風によって僅かに鎌に掛かった自分のローブを剥がしながら、ジョーカモンは小さく呟いた。
笑いながら。

「何ということを」



顔を上げた大輔からは、あらゆる感情が消えていた。
非常に冷たい目。
その彼が出した指示は実にシンプルだ。

「……全部…全部…壊せ」

否、感情が消えたというよりは…感情そのものが変貌したのだ。
感情は彼になった。
怒りが。
彼は何も考えることはなかった。考えては、決断が鈍る。

「“あれ”を全部壊せ、インペリアルドラモン!!」

インペリアルドラモンはただそれに従い、飛び上がった。

「…ッ!!」

空で横に半回転すると、ディアボロモン──異形の悪魔に向かって蹴りを浴びせた。
ディアボロモンは粉々に砕けた。
そして、その破片が消滅する頃には、オオクワモンもばらばらになっていた。
だが、その跡をインペリアルドラモンを見ない。
インペリアルドラモンもまた、何も考えない。
最も近い次の標的に向けて銃口を向ける、それだけだ。



「本宮!!」

賢は大輔に大声で叫んだ。
実際の所、賢自身も混乱に陥っている。
何か最善の策を新たに思いついたわけでもない。
だが、はっきり彼が言えることがある。
彼の判断は…極端で、早計だ、と。
とにかく、それを言わなければ。
彼は直感的にそう思った。

「本宮、もう少し冷静になれ!インペリアルドラモン!!今すぐ…」

ふいに、大輔が振り向いた。
その瞳には…烈しい炎があった。
それは短いメッセージを送っている。

邪魔をするな、これでいいんだ。

賢は一瞬、その炎にたじろいだ。
だが、彼はその炎を見なかったことにした。メッセージを受け取らなかったことに。
その上で、大輔に意思を伝えることに集中することにした。

「本宮、あんなことは止めさせてくれ!君は自分でやってることが分かってるのか!?」
「あぁ、分かってる。あのクソ悪魔がまた変な気を起こさない内に、奴の手を潰してるだけだ!」
「君は…」

賢は言いかけて首を振ると、インペリアルドラモンに再び目を向けた。
彼とて、インペリアルドラモンのパートナーだ。
これを今すぐ止めさせるべきだ。

だが、口を開く前に、今度は胸ぐらを掴まれた。
大輔は顔を更に近づけ、それまでよりも更に重みを込めた声で叫んだ。

「他に何ができるって言うんだ!!奴らを救えるってのか!?無理だろ!俺達に出来ることは、奴らが操り人形になる前に殺してやることだけだ!!」
「まだそうと決まった訳じゃ──」
「決まってからじゃ遅ぇんだよ!!」

大輔は賢を弾くように手を離すと、誰にでもなく──厳しい声を出した。

「これしか…無ぇんだよ!!」



「インペリアルドラモン…」

オメガモンはインペリアルドラモンの行動を暫く凝視していたが、すぐに我に返った。
インペリアルドラモンは、彼のパートナー──大輔の心理の影響を受けている。
彼を止めるべきか…だが、それには困難を極めるだろう。
ならば…。

「オメガモン!!危ない!!」
「何──」

不覚。
たった今から“その行動”に出ようとしていたオメガモンは、思考から腕を動かすまでの僅かな隙を、先に敵に狙われた。

青い閃光を背に浴び──これは今まで喰らったことはないが、よく知っている閃光だ──吹っ飛ばされる。
その最中に彼の瞳は一瞬、仮面の悪魔と、その腕に付いているメタルガルルモンの頭部を捕らえたが…二度目の閃光によって視界も遮られた。
三度目に同じ閃光を受けると、オメガモンの思考も揺らいだ。
聖騎士は壁に激突し、動かなくなった。

「オメガモンともあろうデジモンが、戦闘中に余所見は良くないぞ」

そんな言葉が聞こえた。
その頃には、攻撃を行った張本人に向けて、今度は紅いマントを靡かせる騎士が槍を向けて突進していたが…激しい痛みと、ぼうっとした思考は、彼が再度戦闘に参加することを許さなかった。

くそ。本当に、不覚だ。

紅蓮の騎士の叫びと、槍と鎌の激突音と、パートナーの呼び声。
そして、氷の壊れる音。
周りは騒音だらけだ。
しかし、状況は──騒音よりも遥かに酷い。
それだけははっきりと、思考の中に焼きついていた。
酷い。





これ程酷い状況になるとはな、ゴッドドラモンはそう呟いた。
外延部に存在する全ての司令室を占拠したデジモン達は再び集結し、今は封鎖された内部空間への入り口の前にいた。
だが、そこに待っていたのは予期せぬ戦いだった。
彼らにとっての障害は、発せられた非常事態シグナルだけでなく、それによって集められたジョーカモンの部隊でもあったのだ。
今、オルガノ・ガードのデジモン達は、待ち伏せしていた100体以上のデジモンと激戦を繰り広げていた。

ゴッドドラモンの必殺技が、彼を取り囲んだブギーモン達を焼く。
続いて彼は両手を合わせると呪文を詠唱し、最後に厳しい目で腕を突き出した。

「召喚!!」

両腕のリングから、二体の封印された龍が飛び出し、次々に敵を貫いていく。
更にゴッドドラモンは太い腕で、彼よりも大型のデジモンを殴り倒す。

だが、どれだけ戦闘で敵をなぎ倒そうとも──彼らが優位に立とうとも──焦燥感は消えなかった。
ゴッドドラモンは飛び掛ってくるデジモンを簡単に撃破する。
ガーゴモン達もよく戦っている。
ここからは見えないが、他から合流したピッドモン達や、勇猛果敢な戦闘隊長・パンジャモンもそうだろう。
恐らく、彼らはここでの戦いにも勝利するだろう。
時間は掛かるとしても。

だが、それにどんな価値があるのか?
ここでの戦いは単なる時間稼ぎ、あるいは囮に過ぎない。
事実、時間が掛かり、犠牲を払っている。

そして…内側では、ここよりも遥かに風向きの悪い戦いが行われている。
彼らは、負けようとしている。
子供達も。ベルゼブモンも。
ジョーカモンの思惑通りに事が進んでいる。

自分達のいる場所は、終わりの無い、そして意味の無い、果てしない戦場なのではないか?
この恐ろしい推測を、彼は否定することが出来なかった。

彼はただ、子供達、そのデジモン達の無事を祈るだけだった。
なんという皮肉だ。
神龍の名を持つ自分が、何も出来ないとは。





オメガモンが倒れる前に飛び出したデュークモンは、目にも留まらぬ速さでグラムを突き出した。
究極体クラスのデジモンでさえ追いつくことは出来ない速度。
勿論、ジョーカモンも易々と追いつくことはできなかった。
彼は攻撃を両刃の鎌で受けつつも、後退を余儀なくされた。
だが、ジョーカモンはそれ以上のことをする必要は全く無かった。
既にデュークモンの手が尽きかけていることは知っていたからだ。
上空で身内の破壊する氷の音が響く中で、焦りに駆られた表情で攻撃するデジモンの勢いが、長続きするとは思えない。
そして予想通り──余りにも都合良く物事が進んでいるので、逆につまらないくらいだ──デュークモンは間も無く後方に飛び退いた。

「くそ…」
「どうしたのかな、攻撃を続けなければ、儂を倒すことは出来んぞ」

デュークモンは彼を睨んだ。

「今すぐ…インペリアルドラモンを、大輔を止めさせるんだ!!」
「何を言っている?」

仮面の悪魔は更に声に余裕を乗せた。

「あれは彼らが自由意志で行っていることだ。そして君らにとっても有益な。困っているのは寧ろこちらなのだが?儂としてはどちらかと言えば、君に彼を止めて欲しいね」
「貴様…!」
「早くしてくれ。“人形”が造れなくなってしまう。彼らは君達の友達だろう?」
「…!!」

怒りが込み上げたが…その瞬間、デュークモンは膝をついた。
しまった。罠にはまったことに、今気づいた。
これはジョーカモンが仕掛けた罠ではない。誰が仕掛けた訳でもない罠に。
啓人の、デュークモンの内の怒りとは、全てを破壊する恐ろしい炎なのに。
邪悪な竜が、彼に襲い掛かったのだ。

“オレヲ出セ。怒リヲ吐キ出セ”

煉獄の邪竜が、デュークモンの内側でうねっている。暴れている。
それは出来ない。もう、そんなことはない。
お前は永遠に葬ったのだ。復活させることはないのだ。
ついさっき、カオスドラモンとの戦いでそれを誓った。
だが…恐怖の象徴、邪竜はデュークモンと表裏一体の存在。
奴はいつでも、“戻る”機会を伺っている。


“何ヲ恐レル?オレガ出レバアンナ雑魚、スグニ片付ケラレル。ツイデニアノ小僧ト竜人モ止メテヤルヨ”

“五月蝿い、出て来るな”

“ナァ、オ前ラニモウ、手ヲ貸シテクレル奴ハイナインダゼ?頼リノオ仲間ハ皆、都合ガ悪クテ戦エナイ。ダガ、オレハオ前ヲ助ケラレル”

“お前の力は必要ない”

“……ナラ…眠ッテロ。勝手ニ死ネバイイ。ソレデオ終イダ。オ前ラハ負ケル”

“…。”


突如として誘惑の消えた言葉は、デュークモンの意識を破壊した。
怒りは彼を支配する代わりに、敗北を約束させた。



ジョーカモンは、動きの止まった聖騎士を冷静に見つめた。
彼に何があったのか。
突然、戦闘はおろか、動くことすら放棄した。
まぁ…いい。多少シナリオとは違ったが、結果は同じだ。

「…さて」

残る詰めは、皇帝竜とそのテイマー。
…あれは、勝手に朽ちるだろう。
最早、勝利したも同然。



インペリアルドラモンは、その氷像を見つめていた。
それは、混沌の機械竜の氷像、そして単眼の悪魔像を破壊して間も無く。

今、彼の前には二つのデジモン、ブラックインペリアルドラモンとキングエテモンの像がある。
二体のデジモンは、虚ろな目で彼を見つめていた。
インペリアルドラモンを。
まるで、死体のような目。だが、デジモンに『死体』はない。
肉体が存在する、それだけで彼らの生存の証となるのだ。

「…」

しかし、彼はそれを壊す。
別の言い方をすれば、彼らを殺す。
壊さねばならないのだ。
壊せ。彼らのために。

だが、ここまで、圧倒的な勢いで破壊を行ってきた皇帝竜の腕は、初めて止まった。

「…インペリアルドラモン…!!」

その彼に声を掛けられる、命令が出来る人間、大輔も、改めて指示を出そうとした。
だが、そこから先、名前の次に出すべき指示は、彼の頭には閃かなかった。
何と指示を出せば良いのだろう?
彼らを殺せ、と?あるいは壊せ?
どちらも、彼らの命を奪う指示に変わりはない。
だが、それをしなければ…。

「……ッ…そい、つら、を…!」

大輔が再び顔を上げた時、彼の目に飛び込んできたのは、インペリアルドラモンと同じく、黒の皇帝竜の瞳であった。
虚空を見つめる瞳。だが、それは自分を見つめてもいる…。
自分を、あの時と変わらぬ冷静な瞳で見つめている。
彼の心までも見通している…。

そして、いくつかの光景がフラッシュバックした。
キングエテモンは、自分達に情報を提供しようとした瞬間、背中から貫かれている。
ブラックインペリアルドラモンは、彼らに謝罪しながら、肉を焼かれている。

そして、インペリアルドラモンと大輔は同時に気づいた。
自分達は彼らを殺そうとしている。
そんな当然のことに、気づいていなかった。これっぽっちも。
人形にされないために、彼らのために。
そんなものは、自分達の行為を輝かしい英雄的行為に見せかけるためのスローガン、目隠しだ。
そしてその目隠しは目的を達成し、自分達にとっての“敵”であったデジモン達を殺す口実となった。
それに気づいたのは自分達にとっての“味方”を前にしてからだった。

「…俺は……?」

大輔は全身から汗が吹き出るのを感じた。
すると今度はその汗が、彼ら七体の瞳となった。
そして実際に浮かんでいる二つの抜け殻と共に、虚空と彼を見つめている…。

「本宮ッ!!」

賢が彼を支えようとすると、大輔はただがくりと膝を折り、手を額に当てていた。

「…なんで…だ…」

同時に、インペリアルドラモンは停止した。
目の前の抜け殻と同じく、物言わぬマネキンとなった。





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