時空を超えた戦い - Evo.30
電脳温泉殺人事件〜湯けむりに消えた大輔〜 -2-







温泉には全員が一度に入ったわけではなかった。
太一、ヤマト、丈、空とそれぞれのパートナーデジモンはゲンナイに呼び出されていた。
部屋にはゲンナイとゴッドドラモンがいた。

「何なんだよ〜、オイラたちだけ…」
「そうブーブー文句を言うでない」

部屋の襖を閉めながら、ゲンナイがゴマモンに言う。
完全に閉じる前に、目を注意深く廊下に向け、誰もいないことを確認した。

「先程のことだが」

ゲンナイが子供達に向き合う前に、ゴッドドラモンは話し始めていた。

「作戦会議が終了した。我々は三日後に最後の攻撃を行う」
「最後の攻撃…って、もうジョーカモンの居場所が分かったってこと?」

ガブモンが思わず聞き返した。

「いや、場所自体は…奴の最終目的がはっきりした時から分かっていた。そこにジョーカモンの──もう一つの──本拠地があることも」
「?じゃ、何で今になって?」
「場所が問題なのだ」

子供達とゴッドドラモンが会話している所へ、実にゆっくりした足取りのゲンナイがようやく戻ってきた。

「うむ…後で皆にも説明するつもりじゃが…健良君にも来てもらったほうが良かったかのう。或いはインプモンか…」
「彼は話を聞きませんよ、ゲンナイさん」
「ほっほっほ…」

笑うだけのゲンナイを尻目に、ゴッドドラモンは部屋に用意した小さな機械を起動した。
会議室のものと同じ、孤島のホログラムが部屋に現れる。

「…この島は?ジジイ」
「タイチ、ジョーカモンのアジトなんじゃないの?ねぇ、そうでしょ?」
「おぉ、アグモン。良く分かったのう。意外じゃなあ」

アグモンは顔をしかめ、「僕だってその位分かるよ」と言い返したが、ものの見事に無視されてしまった。
更に空が問い詰める。

「それで、どうする気なんです?」
「うむ」

装置のキーパッドに二、三打ち込んでから、ゴッドドラモンは腕を組み、暫くホログラムを見ていた。
島を中心にした立体地図には、幾つもの青と赤の点が映し出された…それが互いのデジモン──互いの“駒”──の動きを表しているのだろう。

「青はオルガノ・ガードの配置、そして赤は…予測される敵の配備だ。島の防衛をするなら、海岸前を集中的に守るつもりだろうな」
「…こ、こんなに沢山いんのかよ?」
「ジョーカモンは自分の配下を半分に分け、片方はこの島の守備に利用していた。したがってまだ半分以上の配下が奴の手元にはある。まあ、雑魚ばかりだが」
「ざっ…」
「雑魚、ねぇ…」

平然とそんなことを言う辺り、この聖竜の肝が据わっていることが窺える。

「三日以内にデジタルワールド全域に散らばるオルガノ・ガードの全部隊を呼び戻し、包囲網を完成させる。当然だが、今度は逃がさないよう、ゲートも見張らせる」
「ねぇ、まだ私達はこの島のことを聞いてないわよ?」

ピヨモンに顔を向け、ゴッドドラモンは頷いた。
そしてゲンナイに目配せすると…話し手は老人に代わった。

「よいかの、これから話すことは重大な問題じゃ。この島のこと、戦いのこと、ジョーカモンのこと…全てが繋がっておる。お主たちもな」
「…つまり?」
「お主らだけを呼び出したのは、相談して欲しいからじゃよ。子供達だけで。わしや、ゴッドドラモン達も抜きでの。お主ら自身で決めて欲しいのじゃ、これからを」

ゴッドドラモンが言葉を繋ぐ。

「いいかな、ここから先のことは君達の口から子供達へと告げて欲しい。そして君達で決めるのだ。君らの決断には、我らが干渉すべきではない」

太一とヤマトは顔を見合わせたが、また前を向き…黙って頷いた。
そして、真実を聞いた。





「うら〜、飯じゃ飯じゃー!!」
「沢山持ってこ〜い!!」

箸で茶碗を鳴らすという、またもベタな行動を取りながら、空腹な大輔とブイモンが叫ぶ。

「ウルサイ、そこ!!アンタらも黙って手伝いなさいよ!」

留姫が様々な料理を盛った巨大な皿を持ちながら叫ぶ。
温泉から上がった浴衣姿の子供達は、宴会場とも呼べそうな畳部屋で並んでいた。
流石ゲンナイ邸といった所か、料理はすぐに用意されたが…それを部屋に全て持ち込むのはひと苦労であった。
しかも、こういった状況の性というべきか、必ず「作業を手伝う者」と「手伝わない怠け者」が現れる。

「全く、勝手な奴らだよな…あっ、これ美味い」
「だよねぇ〜…んっ、これもオイシイ〜」
「勝手に食べないでよ、インプモンにギルモン!」

その上「作業を手伝う者」のカテゴリは、更に「真面目に手伝う者」と「つまみ食いする不届き者」に別れるのだから、困ったものだ。

「ふぅ〜…これで全部かな?」
「そうみたいね。私達も座りましょう」
「ヒカリちゃ〜ん!俺の隣空いてますよ〜!」
「マヨネーズ!マヨ無いの、ねぇ?」
「あっ、俺これ食えない…伊織、欲しくねぇ?」
「コラ、そこ!好き嫌いするな!」
「ハイハ〜イ、皆さん宜しいですか〜?それでは、両手を合わせてー!」
「「「いっただっき…」」」

襖がガーッという音と共に開いた。

「ません!!」

部屋に入って開口一番、太一がそう叫んだので、全員がピタリと停止した。
…本当は競争率が上がる前に、目ぼしい料理を完食するつもりだったが…遅かったか。

だが、実際はそんなことは問題ではない。

「…食べる前に、みんなに話しておかないといけないことがあるんだ」
「?何すか、ヤマトさん?つーか、皆さん揃って。神妙な顔して…」
「大事な話なの。今、ゲンナイさん達に聞いてきたんだけどね…」
「…これからについて、ですね?」
「そうだ、光子郎」

広間は一気に静まる。
全員が、太一達に耳を傾けていた。

「これから、敵がどうする気なのか。そして、俺達がどうするか…」





ジョーカモンの真の本拠地、それは大陸から離れた所にある島、ロストアイランド。
四方が絶壁となっているこの最果ての島は、南側にある浜辺以外からは上陸することが困難であり、更にデジタルワールド全体へと放たれている光の柱さえ届かない。
その上、周囲の近海は原因不明の海難事故が多発する『魔の海域』であった。
島の大きさ自体もファイル島の半分程度であり、全体を掌握することは容易い。
まさしく『失われた島』、ジョーカモンが本拠地を構えるには最高の“立地条件”だったのだ。
しかし、ここに彼らが篭っているのは単なる“立地条件”からではない。
もっと重大な、深刻な理由がある。

「…その…理由って?」
「一つしかないさ。ジョーカモンが欲しがってるモノがそこにあるから、だよ」
「…『イニシエの力』ね、キングエテモンが言ってた」

丈が頷く。



古の力。
歴史の中に埋もれた、巨大な力。
今となっては古代文献の中にしか残っていない、封印された力。

それが、その島にある。



「ジョーカモンが手に入れたっていう古代文献には、それの…名前と、何処に眠っているのかまで記されていたみたい。だからジョーカモンが島に立て篭もることも分かった。でも、その前にゲート周辺にもアジトを構えて、しかもそこを中心に動いていたから…そっちをないがしろには出来なかった、ってこと」

今となってはもう、ジョーカモンのやることは一つしかないけれど…空はそう続けた。

「名前?…デジモン…?」
「『邪神竜』」

ヤマトが言った。

「“それ”の呼称だ」

それだけ言うと、両腕を組み、溜め息を漏らした。

「…それで、これからは?どうなるんです?」
「オルガノ・ガードの情報によると、長いこと時間を掛けた奴の復活計画はもう最終段階に入ってるらしい。ただ、それでもまだ二週間は掛かるそうだ。それまでにジョーカモンを潰す」
「ゴッドドラモンはもうオルガノ・ガード全体を集め始めてる。そして…三日後には攻撃を始める」
「…三日後…」

太一が前に出た。

「これからが本題だ。ハッキリ言う」
「は…はい」
「行くか、行かないか。ジョーカモンと最後まで戦うか、元の世界に帰るか…それを一人ひとり、決めて欲しい」
「!」

全員が太一を見た。

「こっから先は本当に危険なんだ。それに、今回は…啓人達の時のは分かんねぇけど…帰れる。無理に戦う必要はここにいる誰にもない。これ以上命を賭ける必要もないんだ」
「…」
「ゴッドドラモンは俺達が参加した時としなかった時、両方の作戦をもう考えてる。これからの心配はするなって、そう言ってた」


ここで彼は一瞬、言葉を切り、この意味が全体に浸透するのを確認した。
…本当は、全員が帰った場合の作戦概要も聞いていた。
その場合の戦いとは、周りの防御を確実に崩していく持久戦だ。
だが、彼らには時間がない。
厳しい戦いとなるのはまず間違いない。

しかし、これを全員には話さなかった。
口止めされているからだ。
これを話せば、義務感の強い者達は本人の意思を押し倒して必ず参加する。
そんなやり方は、命を賭けた世界では許されない。

あくまでそれぞれの意思を第一とする、それがゴッドドラモンとゲンナイの方針だった。



「…ここにいるみんなは」

丈が太一の隣に出て続ける。

「例え誰かが帰っても、誰も責めたりしないはずだ。そうだね?」
「当たり前っすよ、当然じゃないっすか」
「じゃあ…決めて欲しい。どっちを選ぶかを…どの位時間が要るかな…」
「ん…三分くらいで」
「…短くない、それ?」
「飯が冷めちゃいますから」

博和の言葉に、全員が笑った。
空気が少し明るくなり…そして、全員が彼の提案を受け入れた。



それから三分間は静かだった。
それぞれがパートナーと話し合い、頷いた。
時間が過ぎると、空が全員に目を閉じさせ…質問した。

「この戦いに…最後まで付き合いたい人だけ、手を挙げて」

そしてその結果を眺め、全員に目を開けるよう言った。


全ての者の手が挙がっていた。


互いを見合わせ、苦笑する。
馬鹿ばっかりだなぁ、と誰かが言う。

太一が高らかに宣言した。

「よっしゃー!今夜は食うぞ!!」

歓声が上がった。





「…まだ儂の邪魔を…するのかね?」

全身が傷ついたままのジョーカモンは、忌々しげに彼ら二体を見た。
この“抜け道”で、キングエテモンとブラックインペリアルドラモンは彼を待ち構えていた。

「あらぁ?当然じゃないのぅ。アンタみたいな、くっだらないことしか考えてない自己チューには…」
「ここで死んで貰わねばならん」
「そーいうコト」

ズン、と音を立て、皇帝竜の脚が一歩前に出る。
その振動を感じただけで、仮面の悪魔の周りを固めているスカルサタモン達はたじろいだ。
だが、矛先を向けられた本人は別だ。
彼は部下に手を振る。

「先に行け。あ奴らは儂と遊びたいそうだ」
「しかし…ッ」
「どの道貴様らでは相手にならん。行け…司令官に準備を急がせろ」

各々、困惑した表情を見せたが、三秒後には四体全てのスカルサタモンが、二体の“反逆者”を通り抜けていった。
二体は見向きもしなかった。

「聞き分けがいいじゃないのォ。アチキらも無駄な体力使いたくなかったしィ…」
「感謝するがいい、ジョーカモン。貴様は償いをする最後のチャンスを得たぞ」
「感謝?ふん…」

即座に、キングエテモンが暗黒の球体を作り出す。
だが、ジョーカモンは既に驚くべき速さで詰め寄っていた。
腕を竜人の頭に模した武器へ変化させながら。

「!!」
「それは…貴様らだろう!」

キングエテモンは回避しようとした。
グレイソードが伸びる一瞬の隙を狙えば…。
だが、グレイソードは現れず、代わりに竜人の頭は強靭な拳となってキングエテモンを吹っ飛ばした。

「がッ…!!」

同じく剣の出現を予測し、回避行動を取ったブラックインペリアルドラモンのすぐ真横の壁に、キングエテモンは叩きつけられた。

「感謝するがいい…儂がわざわざ時間を取ってお前達と遊んでやってることをな。雑魚が二匹集まろうと、所詮クローンの出来損ない…自分の立場を知れ」

笑いを挙げながら、ジョーカモンはグレイソードを撫でた。
それを見るブラックインペリアルドラモンには何の表情も浮かんでいない。



バリッ。


「…く…馬鹿なコト言ってんじゃないわよォ…まだまだこれから…」
「…キングエテモン、下がってくれ」

黒の皇帝竜が、彼を見下ろしもせずに、殆ど感情の篭らない声で言った。



バリッ、バチリ。



「あ゛!?アンタまで馬鹿言ってんじゃないわよ!アチキの真の見せ場はね、こっから──」



巨大な太い尾が、キングエテモンを弾き飛ばした。



「下がってくれと、そう言ったのだ」



ジョーカモンは目を丸くした。
ブラックインペリアルドラモンが…仲間を傷つけた?
尾で弾き飛ばしただと?

「…どういう…」
「言っただろう。貴様には死んで貰わねばならんと」



突然、ジョーカモンの背筋に、言いようのない恐怖が、冷気となって走った。
…何だ、この“戦慄”は?
奴は何をしている?
奴に何が起こっているのだ?



バリ、バリ。
バチリ。



やがて、ジョーカモンは気づいた。
闇の皇帝竜が、“狂気”に包まれ始めていることを。
その瞳が、普段の“赤”とは違う“紅”──血を欲する、邪悪な色──に染まっていることを。



「それを成す為ならば、私は死んでも構わん…」
「…まさか…N-2…ブラックインペリアルドラモン…貴様…」
「ブラックインペリアルドラモン?」
「…貴様は…」





「何を言っている、塵(ゴミ)が」



ジョーカモンは“彼”を見た。



「我はブラックインペリアルドラモンではない。我は“戦慄”だ」



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