「テリアモン…」
健良は傷つき倒れたパートナーを抱え、冷静さを取り戻そうとしていた。
突如として現れたこのデジモンは?
あのテイマーは何者なのか?
戦況が変わった?啓人たちは大丈夫なのか?
「もう一度言うぞ」
少年が健良の前に立つ。
「島にいる他のテイマーたちをリアルワールドへ帰らせるんだ」
静かな言葉だか、有無を言わせぬ重みがあった。
彼の後ろには巨大な竜型デジモン。
一方で自分は、最早戦闘不能なパートナーを抱いているのみ。
もう戦えない。
だが、ここから退くことは…。
「おっ、おいお前ら!次は、おおお俺たちが相手だ!」
「やめろ健太!」
健良の後ろでは、戦おうとする健太とマリンエンジェモンを博和が必死に押さえている。
普段は逆の役割が多いのに珍しいことだ、と普段の健良なら思ったかもしれない。
だが、ガードロモンがテリアモンと同じく倒れている今、この行動には何の違和感も感じなかった。
竜のパートナーである少年は健太を無視し、続ける。
「アンタも仲間との通信手段くらい持ってるだろう。さぁ」
「…無理な相談だ」
「連絡が取れないって意味か?それとも、話が呑めないってことか?」
「さぁ、どちらかな」
「…仕方ないな」
少年が一歩引き、代わりに竜が前に出る。
巨大な威圧感を持つデジモンだ。
健良はスーツェーモンと対峙した時を思わず連想した。
汗が頬を伝う。
「トップガン!!」
強烈な風圧とともに、竜の足下に光弾が激突した。
新たな敵に竜と少年が振り向く。
テイルモンとアクィラモンのジョグレス体、鳥人シルフィーモンが降り立った。
「嘘でしょ!?こっちの様子が変だと思ったら…ジェン君が負けてるなんて…」
息を切らし駆け付けた京は、戦況に絶句した。
シルフィーモンのもう一人のパートナー、ヒカリが叫ぶ。
「みんな下がって!ここからは私たちが!」
「ヒカリちゃん!そいつヤベェって!究極体だ!」
博和が顔面蒼白で叫ぶが、成長段階の差で引き下がる彼女たちではない。
再びシルフィーモンが構え、竜も戦闘態勢に入った。
「助かるな、アンタの代わりに話の分かりそうなコたちが来た」
「何を…」
少年は健良の言葉を最後まで聞くことなく、竜の下へと戻っていった。
「クルモン、マリンエンジェモン」
それまで顛末を黙って見ていた樹莉が、二体の小さなデジモンたちへ耳打ちする。
彼女はこの戦況を冷静に見つめ、流れを変える一つの方法を思い浮かべていた。
「お願い、啓人くんたちを呼んで…啓人くんたちの力を借りたいの」
自分の信じる少年の力を借りたい。
健太と博和も深刻そうに頷く。
クルモンとマリンエンジェモンはお互いを見て、それから彼らなりの最大の勇敢さを込めながら樹莉を見返した。
「くる、分かったでくる!」
「ぴぴぃ!」
そして二体はすぐさま飛んでいった。
「見たことのないデジモンだな」
シルフィーモンは竜型デジモンと対峙しながら、冷静に相手を分析する。
蒼白い装甲のような肉体を持ち、巨大な翼の先には剣の如き鉤爪。
堂々とした体躯の割にその頭部は比較的小さく、額にはオレンジ色のインターフェースがあった。
「何者だ?」
「…僕は」
竜は初めて口を開いた。
これほど巨大なデジモンには些か不釣合いな一人称だが、それが逆に、彼が普段はテイマーを持つ、自分たちと同じ成長期デジモンであることを思わせる。
「僕はドルゴラモン。邪神竜の兄弟、ただ一体の血を分けた存在だ」
その竜が両腕をゆっくりと広げると、額のインターフェースが発光し、両の掌には炎が纏わりついた。
破壊の権化、究極の敵の化身。
シルフィーモンはすぐさま、この敵は、自分ひとりでは決して勝てないことを感じ取った。
フジテレビ展望台から湾内に巨大な水しぶきが上がったことを確認し、自衛隊員が無線を通じて叫ぶ。
『機雷爆破確認!』
「いよいよ来るか」
晴海埠頭公園で設営されたテントから双眼鏡で状況を確認し、成田が呟いた。
「行けるか?」
「場所は予想通り、後は力比べだな。泡なんぞが人間様に勝てるか」
山木の言葉にもいつも通り、楽天的な分析で返答したが、内心彼は今回の戦いに不安を抱いていた。
新型弾薬の効果は果たしてあるのか?仮にあったとしても、自分たちの力で敵を押し返すことができるのか?
だが、その不安を口にすることはない。
子供たちは既に戦っているのだ。こちらもやれることをするのみ。
海面が盛り上がり、赤い泡が吹き上がるのと、成田が攻撃命令を下したのはほぼ同じタイミングであった。
瞬間、品川埠頭に並んだ90式戦車が一斉に砲撃を開始した。
砲撃を受けた瞬間、回路がショートしたかのような音が泡の周りに響き渡ったかと思うと、まるでハンマーか何かで殴られたかのように泡の一部が凹んだ。
いける、成田はそう直感した。
「品川部隊は攻撃を続けろ!芝浦埠頭隊、晴海埠頭隊は待機!フジテレビにいる偵察隊は退避の準備!」
泡が拡散したのか、再び機雷が爆発し、水飛沫が上がる。
が、同時に泡の中から、四本の“腕”を持つ緑色の小型兵士が無数に現れた。
本体とへその緒のようなコードで繋がるそれは、山木にも見覚えがある。
エージェント・デ・リーパーたちは生まれるや否や、本体へ攻撃を行なう戦車隊へと向かい始めた。
成田が叫んだ!
「来るぞ!エージェントから攻撃だ!」
「攻撃だ!」
オメガモンの動きは早かった。
彼は二体のデジモンから融合進化するや否や、巨大なグレイソードをメフィスモンに向かって振り下ろした。
メフィスモンが際どいところでそれを回避すると、敵を逃がさぬように、竜と獣の頭部を模した腕でラッシュをかける。
「行け!オメガモン!」
ヤマトの声とともに、ガルルキャノンによる一撃が遂にメフィスモンを捉えた。
空中でよろめきながら落下させる。
眼下の森林に激突し、土煙とダメージで咳き込みながらメフィスモンが立ち上がる。
オメガモンが有利だ。誰の目にもそれは明らかだった。
「ケホッ、これは…手痛いですね。流石はオメガモン」
「これ以上余計なことを喋らない方がいいぞ。言葉を吐く体力だけでも無駄遣いしている場合じゃないだろう」
オメガモンは彼の目の前に降り立つと、グレイソードを眼前に突きつけた。
聖騎士も、そのパートナーも、戦いを長引かせるつもりは毛頭無いのだ。
「お止めなさい。戦いは先急ぐものではありませんよ」
「覚悟しろ」
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