時空を超えた戦い - Evo.41
戦士達斃る -2-




多少息が乱れているとはいえ、テイマー・ボールの中にいる啓人は冷静だった。
アリスと再会した白い世界を抜け出した彼は今、デュークモンとして、再び暗い城の中に立っている。
より大きな呼吸音は、デュークモンの外側から聞こえる。
目の前にいるデジモンの隣から。

佐倉一人は両手を床につき、黒い大理石の床に映る自分の顔を凝視していた。
頬を汗が滑り落ち、床に落ちる。

今、確かに自分は何かを見た。
見覚えのあるものを。

同時に、何かを見られた。
しかも、自分のデジヴァイスからの影響で。

「何を見た」

見たくない記憶を見させられた。
良くない。
目の前の敵にも。

「何を見た!」

それでも、啓人は落ち着いていた。
デュークモンの内側から見た一人は、その前に立つドルゴラモンの身体よりも遙かに巨大な闇を抱えているように見えた。
爆発寸前の巨大な闇だ。

「必要なものを見た」

隣のドルゴラモンが前傾姿勢を取る。
この竜は何を思っているのだろうか?
一人が吐いた次の言葉は、僅かな震えが感じ取れた。

「必要だと?何が必要だ?今からお前達はドルゴラモンに負けるんだ。敗北に必要なものなど何もない!」

その声が合図だった。
ドルゴラモンが地面を蹴り、巨大な爪が飛んでくる。
自分を貫こうと向かってくる。

驚くほど遅かった。

神剣ブルトガングが巨大な爪を弾き、獣竜の巨体を押し戻す。
ドルゴラモンは尾を振るい、再度果敢に突撃した。

「この戦いの始まりを見た!」

槍を突き出し、ドルゴラモンが苦痛の叫び声を上げる。
獣竜の左翼に巨大な傷が付いたのだ。
更なる神剣の追撃をギリギリの所で回避し、ドルゴラモンは再び後退を余儀なくされた。

ドルゴラモンがまた立ち上がる。
一人は自分のデジヴァイスを見た。
あの瞬間を過ぎた後も、未だにデジヴァイスは壊れそうなくらいの光を放ち続けている。
その光がドルゴラモンを、自らのパートナーだけを照らし続けているのではないのは明らかだ。



「カズト……」

ドルゴラモンの声は、まるで自分の、最悪の懸念を肯定しているかのようだった。
一人は自分のパートナーの言葉を聞きたくなかった。
違う。この想像は間違っている。



戦いが始まってから、明らかに上昇した聖騎士の戦闘能力。
自らのデジヴァイスの輝き。
そして、本来無関係であるはずの、松田啓人とギルモンへの、何者かによる過去への導き。



違う、それでも、間違っている。
間違っている必要がある。



何故なら、この想像がもしも正解なら、



「一人君、もう分かっているはずだ」



ドルゴラモンの視界に入る紅き聖騎士の背に、何かの影が宿っている。
影は龍の形を取り、巨大な敵意をこちらに向けている。
姿と気配は自分そっくりだった。
ドルゴラモンが戦っているのは、デュークモンだけではなかった。

影は一人にも見えた。
それでも一人は、間違っていると信じた。



「認めない……俺は認めないぞ……」



この想像がもしも正解なら、自分の願いは、遙かな目標は、既に潰えていることになる。



「どうしてだ」



ドルゴラモンは一人よりも僅かに冷静であったが故に、一人よりも先に、その失望と怒りを言葉にした。
啓人に対してでもなく、聖騎士に対してでもない。
その叫びは影に向けられた。



「どうしてお前が敵になるんだ、邪神竜!!」





密林の奥地で、パンジャモン率いる部隊は橙色の機械竜三体と交戦に入った。
子供たちを除けば、戦闘隊の中で最も奥地へ進攻していたパンジャモン隊は、メガログラウモンの格好の的であった。
パンジャモンはメガログラウモンと組み合う。
だが、続く戦闘に疲弊した彼に対して、機械の身体を持つメガログラウモンは到底敵わない存在だった。
軽々と持ち上げられ、投げ飛ばされる。
大地に叩きつけられると、口内に鉄の味が広がった。

「隊長!!」

パンジャモンが叩きつけられた衝撃で折れた大木を飛び越え、緑色の竜人型デジモンが彼に駆け寄ってきた。

「無事ですか、隊長!」
「ディノヒューモン、見ての通りだ」
「隊長、撤退命令が出ました!ゴッドドラモンからです!逃げましょう!」
「逃げられると思うか?あの敵を前にして」

ディノヒューモンが前を見る。
ゆっくりと一歩ずつ、橙色の機械竜が三体、こちらに向かってくる。
声を発さない代わりに、腕にN-08Aという刻印のある竜が、胸の砲門を輝かせ始めた。

「ディノヒューモン。私を置いて、すぐに部下を率いて撤退しろ。メガログラウモンのクローン体が敵の側にいることをゴッドドラモンに報告するんだ」

ディノヒューモンの表情が凍った。
緑色の肌から、更に血の気が引いているのが分かる。

「それは……できません」
「これは隊長命令だ、ディノヒューモン。死に損ないを連れていかせるリスクをお前には追わせられない」
「俺に与えられた仕事は」

ディノヒューモンが無理やりパンジャモンを担ぐ。
パンジャモンは抵抗しようとするが、ディノヒューモンは意にも介さない。

かつて、デ・リーパーとの戦いで、オルガノ・ガードは多大な死傷者を出した。
自己犠牲精神の固まりと言えるパンジャモンならば、あの戦いの時、真っ先に死んでいても何らおかしくはなかった。
そうならなかったのは間違いなく、この副官が原因である。

「あなたを戦場で生かすことです。あなたを死なせる手伝いをする仕事ではありません」
「いつからそんな口を利くようになった!」
「オウリュウモン先生に、総大将にこの役目を頂いてからです」

そうしている間にも、メガログラウモンの重い足跡が周囲に響く。
熱を感じられるくらいの輝きが敵の砲門に収束していくのが分かる。
ディノヒューモンが立ち上がるが、既にN-08Aは攻撃対象をロックしていた。

「よせ、降ろせ!お前も死ぬぞ!」



轟音と凄まじい光に、N-08Aが焼かれた。
巨大なクレーターが生まれ、N-08Aが立っていた場所からニ体のメガログラウモンが飛び退く。
同時に二体が背を向けたのを見て、ディノヒューモンは自分達から敵の攻撃対象が変わったことに気づいた。
丘の上に、黒翼の魔王が銃を向けている。



ベルゼブモンがまだ生きていたことに気づいて、ニ体のクローンデジモンは即座に優先順位を変更した。
つまり、倒し損なった敵の排除である。
見たところ、あのデジモンは、自分達が与えたと想定したダメージをほぼ忠実に受けているようだ。
全身がボロボロで、左腕はだらりと垂れ下がっている。
これなら、倒すことなど造作もない。
メガログラウモン達はそう計算し、アトミックブラスターの充電に入った。

ベルゼブモンは緑色の三つの瞳で敵の動きを観察しながら前方に描いた魔法陣を解除し、陽電子砲を下ろした。
カオスフレアは一撃必殺に等しい威力を持つが、魔法陣と充電した最大威力の砲撃が必要な以上、残りのニ体にはもう通用しないだろう。
そして先ほど、メガログラウモンに踏みつけられた左腕は言うことを聞かない。
それはおそらく相手も把握しているだろう。

「覚悟しろ、偽モン共」

これはかなり勝率の低い戦いだが、選択の余地は無い。





アトミックブラスターが放射される瞬間、魔王は全速力で走り出した。
合計四本のレーザーがサーチライトのようにベルゼブモンを目指して向かってくる。
だが、ベルゼブモンを捉えることはついに出来なかった。
彼がニ体のメガログラウモンの間に走り込んだからだ。
これ以上砲撃を続ければ、同士討ちになってしまう。
即座に砲撃を止めたN-08Cの懐に、魔王は飛び込む。

メガログラウモンは、大きなダメージを受け左腕も負傷しているベルゼブモンが、自分達に接近戦を挑んでくることはないと計算していた。
そうではなかった。
サイボーグ化されていない生身の肉体が残る下腹部に、鋭い蹴りが入る。
声無き声を上げながら、メガログラウモンは両腕のペンデュラムブレイドを振り下ろす。
落下してくる刃を、跳躍し回避する。
今度こそ自分から距離を取る、メガログラウモンはそう考えているだろう。
まだだ。

「ぬぅあああッ!!」

黒翼を羽ばたかせ、急速な方向転換をする。
ベルゼブモンは身体を回転させ、機械竜の頭部へ踵落としを直撃させた。
衝撃が機械の身体に響く。
白目を向きながら、N-08Cは倒れた。

N-08Bは、N-08Cが倒れる前に、次の攻撃行動に移っていた。
バーニアの出力を全開にし、ベルゼブモンへ突撃する。

ペンデュラムブレイドが起動し、地面に降り立ったばかりのベルゼブモンに落ちてきた。
最初の一撃は彼の身体の代わりに地面を裂いた。
横回転し、次の一撃も回避する。

どうやらこちらのメガログラウモンは、ベルゼブモンが距離を取ろうとすることを絶対に阻止するつもりらしい。
距離を離せば陽電子砲からの攻撃が来ることを知っているからだろう。
最初から敵の姿を捉え逃げさせなければ、肉弾戦で自分が負けることは絶対に無い、そう考えている。

だがベルゼブモンは距離を取るつもりなど最初から無かった。
先ほどから彼は右半身をメガログラウモンに向けながら攻撃を避けているが、それは左腕が使えないからではない。
左腕を使うチャンスが一度しかないからだ。

ベルゼブモンは改めて想起する。
分解寸前まで追いやられた自らの肉体を、それでも繋ぎ止めていられるのは、己の身体が自分だけで組み立てられていないからだ。
そして感じ取る。
奴が身体の中を疾走するのを。

ベルゼブモンは、降り下ろされた左腕の刃をジャンプしながら避ける。
身体に半時計回りの回転をかけながら。
地面にペンデュラムブレイドが深く突き刺さり、一瞬だけ、メガログラウモンの動きが停止した。
ベストなタイミングだ。

動かなくなった左腕に、あのデジモンの闘気を集中させる。
骨ではなく、その技によって、左腕を動かした。

「獣王拳!!」

具現化された百獣の王の波動が牙を剥く。
目を見開いたN-08Bを飲み込み、消滅させた。



意識を取り戻し、N-08Cはその巨体を起こす。
戦闘システムが、まだ戦いの最中であることを彼に思い出させた。
最優先攻撃目標はベルゼブモンブラストモード。
手負いである以上、自分の力なら一撃で抹消できる。

N-08Cの戦闘システムは、今現在どこに敵がいるのかを探した。
そしてすぐに見つかった。
自分の真横にいた。
右腕の陽電子砲を開き、自分の頭部に向けている。
N-08Cの身体が、僅かに動いた。

「避けられるかよ」

陽電子砲が、N-08Cの頭部を正確に撃ち抜いた。
それだけで、決着した。





消えゆくクローンデジモンの肉体を見ながら、ベルゼブモンは静かに呼吸をしていた。
酷い頭痛がした。
左腕の痛みを忘れそうになる。

頭を上げると、密林の先に見える黒塔が見えた。
今のこの戦いはあくまで小競り合いだった。
もう、啓人もギルモンもあの塔へ行っているだろう。
早く行こう。

黒塔からふらふらした飛び方をする黒い点が見えた。
どこかへ向かっているように見えない、暴れているかのような飛び方をする点は徐々に大きくなり、それが何かを抱えた竜型のデジモンであることが分かるまで数十秒かかった。
しかも、どうやら別のデジモンを抱えているらしい。
蛇行し回転し、竜型が腕を放す。
叫び声を上げながら、抱えられていたデジモンが落ちていく。
地面が揺れる。

ベルゼブモンはほぼ何も考えず、再び右腕を上げた。
今度は竜がこちらに向かってくる。
早くあれも倒して、啓人達に加勢しなければ。



「おい!逃げろ!」

さっきから声が聞こえる。
メガログラウモンに狙われていた、あの竜人型デジモンの声らしい。
あんな瀕死の敵、簡単に倒せるのに。
逃げる必要がどこにある?

右腕を見ると、何故かそこに陽電子砲がなかった。
代わりに赤い手袋をしている。
おまけに、腕がやけに短い。

インプモンは何時の間にか、自分が力を使い果たし、退化していることに気づいた。

「冗談だろ……」

メガドラモンから放たれた黒いミサイルが、とても近い所で爆発した。





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